悠久の旅人

久遠院 純

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 運搬船、操縦室。
 船長を含むクルーが数人、それぞれの座席についている。
 クルーは全員若い男だ。
 船長でさえもまだ若い。
「あの研究施設、裏じゃかなりやばい事してるらしいですね」
 副操縦士の男が言った。
「らしいね。あそこの創設者はかなり危険思考な人物らしいから」
 操縦士でもある船長がうなずく。
「入ったら死ぬまで出られないって噂も本当なんですかね」
「いや、死んでも出られないんだよ。死んだら、死体実験の材料になるだけさ」
「うわ~。それって最悪ですね。脱走でもしない限り、死んでも出られないなんて。ま、出られたとしても死んでからじゃ意味ないですけどね」
 副操縦士はぶるっと震えた。
「あそこの連中は皆おかしいよ。まともな人間も、入ってからおかしくなる」
 船長は暗い表情でスクリーンを見つめている。
「入ったら死ぬまで研究を続けなきゃいけませんもんね。普通の人間だったら脱走したくなったりもしますよね」
「脱走か······したくてもできないだろうな。あの警備の厳重さからして」
「確かに、警備は厳重ですよね」
「現に、僕の友人があそこに入ったんだけど、ずっと音信不通だよ」
「そうだったんですか。お気の毒です」
「きっともう、二度と会えないんだろうな······」
 船長はスクリーンに広がる宇宙空間を見つめたままつぶやいた。
 この船長、名前はシールと言う。
 脳は本物だが体は合成体だった。
 昔、事故に巻き込まれて合成体になったらしい。
「船長、貨物室から点検終了の連絡が入らないんですが」
 通信士がそう言ってシールを見た。
「おかしいな。いつもならとっくに終わってる筈なのに」
 シールはそれを聞いて首を傾げる。
 そして何故か、嫌な予感がしていた。

「すごいよユウカっ。脱出大成功じゃんっ」
 アーリスは嬉しそうに飛び跳ねた。
 ここは運搬船の貨物室。
 床には気絶したクルーが横たわっている。
「いやあ、成功するかどうかひやひやしてたんだけど、ばれないで済んで良かったよ」
 ユウカも嬉しそうだ。
「統括員連中はまだ誰も気付いてないだろうな」
 シャミニが笑う。
「立体映像であそこまで騙せるとは思いませんでしたね」
 ヒロカが感心したように言った。
「ま、相手は運搬船のクルーだったしね。脱出しようとしてる事なんて知らないワケだし」
 ユウカは床に横たわる係員を見ながら言う。
 係の者が荷物を取りに来た時に研究室にいたのは、ユウカが造った立体映像だったのである。
 あの時、本物のユウカたちは既に荷物と一緒に箱の中に入っていたのだ。
 荷物をスキャンする機械はアーリスが細工しており、モニターにはただの機材が映るようになっていた。
「さ、次は操縦室を占拠するぞ。懐かしい顔に会えるかな」
 ユウカは旧式のエネルギー銃を片手に、のんびりと貨物室を出た。
 他の4人もそれぞれ旧式の銃を手にユウカに続く。

「やっぱり何かあったのかも知れないな。行ってみよう」
 シールは立ち上がった。
「あ、自分が様子を見て来ます」
 副操縦士も立ち上がる。
「そうか、じゃあ頼むよ」
「はい」
 副操縦士はうなずいて、出入り口の扉へ向かった。
 前に立つと、自動で扉が開く。
 音もなく開いたその扉の向こうに立っていたのは、見知らぬ若い男だった。
 薄い紫の瞳が特徴的な、中性的な美貌の青年。
「えっ」
 突然の事に、副操縦士は思わず固まってしまった。
「こんにちは」
 驚く副操縦士に向かってにっこり微笑んだのはユウカだった。
 その後ろには他の4人もいる。
 そして、副操縦士が腰の銃を取るよりも早くユウカは銃の引き金を引いていた。
「誰だ!?」
 他のクルーも銃を抜こうとする。
 しかし、シール以外の全員がユウカたちの前に倒れた。
 だが、殺した訳ではない。
 ユウカたちの銃は旧式な上にエネルギー残量もゼロで、殺傷能力はないのだ。
 全員、撃たれた衝撃で気絶していた。
 そしてシールが、驚きの表情でユウカたちを見る。
 シャルの顔を見た時、シールの目が見開かれた。
「もしかして、シャル?シャルなのか?」
「久し振りですね、シール」
 シャルはシールを見て微笑んだ。
「じゃあ、もしかしてこの4人は······」
 シールは顎をがくがく震えさせながらユウカたちを見る。
 ユウカはにこにこと笑みを浮かべている。
 ヒロカも微笑している。
 シャミニは人を小馬鹿にしたような笑いを浮かべているし、アーリスは能天気な笑みを浮かべていた。
「ユウカ、ヒロカ、シャミニとアーリス······?」
 シールはゆっくりとユウカ達を指差しながら確認していった。
「その通り。命の恩人を覚えてるなんて偉いじゃん」
 ユウカは嬉しそうにそう言う。
 シャルとシールはユウカたちと出会った当時、仕事で砂漠の惑星デサリーに来ていた。
 シャルは遺跡調査員として、シールはシャルの乗るシャトルの乗務員として。
 そして2人は、シャトルの着陸ミスによる事故に巻き込まれてしまった。
 その時に彼らを助け、合成体ながらも元通りに蘇らせたのがユウカたちなのだ。
「あの施設から脱走したのか?」
 状況が飲み込めたのか、シールはシャルを見た。
「そんなところです。まああそこは監獄ではないし私達も罪人ではないので、逃げたところで罪に問われる事はないんですけどね。ええ、逃げた事だけなら」
 シャルは疲れたような顔でため息をついた。
 そして、これまでの経緯をかいつまんで説明した。
「そんな事が······」
 シールは信じられないといった顔だ。
 4人が普通の人間でないと知ってかなりショックを受けているようだ。
「信じられないでしょうけど、本当なんです。あのままあそこにいたらきっと実験の材料にされていたでしょうね」
「そうだったのか······でもどうしてこの運搬船を?」
「調べたんじゃん。施設に来る運搬船のクルーの名前をね。そしたらシールの名前を発見したもんだから、この船を乗っ取るしかないじゃんって事になってさ」
 副操縦席に座ったユウカがそう言って笑う。
「この船を選んでくださって光栄です。のんびりと平和に船長をしていた日々とお別れかと思うと嬉しくて涙が出ます」
 少しも嬉しそうには見えない顔でシールはそう言った。
 そして項垂れながら大きなため息をつく。
 出会いの当初から、シールはユウカたちにろくな目に遭わされていなかった。
 命の恩人ではあるが、その恩を返したいと思う気になれないくらい、とにかくえらい目に遭わされた記憶しかないのだ。
 ただやはり命の恩人であるがゆえに、何をされても逆らえないのも事実だった。
 一体どんな目に遭わされたのか。
 それはシールにしかわからない。
 
 疲れた顔のシールを後目に、ユウカ達は気絶したクルーを縛り、貨物室へ運び込んだ。
「さーてと。しばらくお世話になるよー」
 そして操縦室に戻ると、ユウカはシールを見てにこりと笑った。
「トレイアまでは送りますから。トレイアに着いたら開放しますよ」
 ヒロカもにっこりと笑う。
「じゃ、まずは惑星トレイアに進路を取って」
 操縦席を陣取ったアーリスが計器類を見ながら進路を入力した。
 他の面々も適当に席に着く。
 シールはそんな呑気なユウカ達を見て、やはりため息をつくしかなかった。
「アーリス、後の事は頼むよ」
 ユウカがのんびりと言った。
「うん。任せてよ。追っ手が来ても絶対に逃げ切るからさ」
 アーリスは得意げに胸を張る。
 それを見てヒロカが笑った。
「まあ、当分は追っ手も来ないと思いますけどね」
「それはどういう事ですか?」
 シールが訊いてきた。
「この船が発着場を離れると、発着場の防御シールドが自動でロックされるようにプログラムを変えてあるんだよ。パスワードを入力しないと、爆破でもしない限りシールドは開かない」
 ユウカが答える。
「それだけじゃ心細いから、外部との通信ができないようにメインコンピュータも色々といじっておいたんだよね~。つまりあの施設は次の運搬船が来るまでは孤立無援って感じ?」
 アーリスが楽しそうに付け加えた。
「施設所有のシャトルなどは全部、格納庫にありますからね。格納庫のシールドもパスワードを変更してあるんです」
 シャルがそう言ってシールを見た。
 シールは感心した様子でうなずく。
「ユウカは昔から抜け目ないからね」
 アーリスが楽しげな顔でそう言った。
「トレイア経由でリスタールまで行って、そこからはどうしますか?」
 シャルがユウカに訊いた。
「無事にリスタールに着いてから考えるよ。ル・エポに生息する例の木について調べるのもいいいかもね」
「それなら、あの施設から持って来た資料が役に立つね」
 アーリスがにっこり笑う。
 彼らは本当に抜け目がなかった。
 施設にある膨大な研究資料を盗み出していたのだ。
「持って来た資料の中に、ル・エポの情報もあるといいけどな」
 シャミニが言った。
「きっとあるってば」
「それにしても、あのパスワード、施設の連中は絶対にわからないでしょうね」
 ヒロカが楽しげに笑う。
「一体どんなパスワードにしたんですか?」
 シールが興味津々といった顔で訊いた。
 ユウカたちにえらい目に遭わされるのは、この好奇心が原因であるとわかっていないようだ。
「ああ、確かシールドは“ユウカとゆかいな仲間たち”だったな」
 シャミニがつぶやく。
「格納庫の方は“ユウカと不思議な仲間たち”で、メインコンピュータが“ユウカとおかしな仲間たち”だよ」
 アーリスがにこにこしながら言った。
 そしてシール以外の5人は顔を見合わせて笑う。
 シールは唖然としてそれを眺めていた。
「ところで、シャルに訊きたかったんだけどさ。何であの施設に記憶喪失の俺たちを連れて行ったワケ?」
 ユウカが思い出したように訊く。
「4人を保護するのに丁度いいと思ったんです。情報が外部に漏れる事もないですしね。あんなとんでもない施設だとは思いませんでしたよ。よその星の施設と同じような感覚で見ていたのが間違いでした」
 シャルは反省したようにそう答えた。
「それにしてはシャルって上層部の統括員のひとりだったよねえ」
 アーリスが恨めしそうな顔でシャルを見る。
「私は別の星の施設で上層部にいたので統括員の席を用意されましたが、統括員なのは肩書きだけでしたよ。統括員として扱われた事なんてほとんどありませんし。ユウカたちの処遇にしても、私が統括員であるのにも関わらず何の相談もありませんでしたからね」
 シャルは少し怒ったような顔でそう言う。
 上層部の者たちは、有能でも合成人間を人間だとは認めていないのだ。
「なるほど~」
 アーリスは納得してうなずいた。
「今はこうして逃げ出せているんですから、細かい事はこの際気にしないで行きましょう」
 ヒロカがにこやかな顔で言った。
「そうだね」
 アーリスもにこりとうなずく。
 ユウカものんびりと笑みを浮かべていた。

 やがて運搬船は何事もなく惑星トレイアに到着した。
 施設からの連絡はまだ入っていないらしく、追っ手が来る事もなかった。
 ユウカたちはここで運搬船のクルーを解放し、乗っ取った運搬船で目的地の惑星リスタールへ向けて飛び立った。
 巻き込まれてしまったシールだが、シャルがユウカ達と行くなら、と結局ユウカ達と共に行く事を選んだ。
 出会った当時からユウカたちの正体には興味があったらしい。
 ユウカたちも特に異存はなく、旅の仲間は6人となった。
 操縦室に全員集まり、それぞれ適当な席に着いている。
 スクリーンには自動操縦の文字が浮かんでいた。
「でもシールもよくついて来る気になったよね~」
 アーリスが楽しそうに言った。
 口ではそんな事を言っていても、シールが加わったのが楽しいのである。
「あそこで別れたら、次にいつ会えるかわかりませんからね。それに皆と旅するほうが退屈な運搬船の船長しているより何倍も楽しそうですし」
 シールは満足そうな顔で答える。
 やはり好奇心旺盛な所は昔から変わらないようだ。
「で。話は随分前から本題とずれてると思うんだけど。事の発端はやっぱり俺かな?」
「そうでしたね」
 ユウカの言葉にヒロカがうなずく。
 不老不死かどうか調べようと提案したのはユウカである。
 実験の結果もし記憶喪失になっても手出しをしないでとりあえず保護だけするようにシャルに言ったのもユウカだ。
 そして記憶喪失になり、当時4人と一緒にいたシャルが4人を保護するために施設に連れて行った。
 結局、全ての元凶はユウカという事だ。
「ま、終わり良ければ全て良しって事じゃん。時間はたっぷりあるから、のんびり俺達の正体を調べればいいさ」
 ユウカは余裕の笑みを浮かべながらのん気にしている。
「でも、ル・エポはもうないぞ?」
「そうだけどさ。木ならどこかの研究者が持ってたりするかも知れないじゃん?」
「それもそうだな」
 シャミニは納得してうなずく。
「その可能性は充分ありますよ。ル・エポは謎の多い星として有名でしたから」
 シャルが言った。
「ま、正直言うと正体なんてどうでもいいんだけどさ。不老不死って事に変わりはないんだし」
 ユウカはそう言うと、副操縦席に腰掛けてふんぞり返る。
「でも僕は4人の正体に興味あるんだけどなあ」
 操縦席のシールがぼそっとつぶやいた。
 ユウカはそれを聞いて、にやりと笑った。
 そして傍らのアーリスに視線を送る。
 アーリスもユウカを見てにやりと笑った。
 ヒロカとシャミニは苦笑している。
「言ってしまいましたね」
 シャルが苦笑しながらシールを見た。
「え?」
 シールはきょとんとして全員の顔を見回す。
「施設から盗んで来た資料がたっくさんあるから、好きに調べていいよ。僕らの正体がわかったら報告してよね」
 アーリスはそう言うとシールに向かって微笑んだ。
「頑張って俺たちの正体を調べてくれよな」
 シャミニもにっこり笑う。
「ええっ、そんなぁ」
 シールは情けない顔で情けない声をあげた。
「じゃ、頑張って」
 ユウカはのん気に伸びをする。
 楽しみは最後まで取っておく、と言うよりは最後までずるずると引きずるのが大好きなのがユウカである。
「あーあ。一体何のために施設から逃げ出して来たのかな~」
 アーリスが退屈そうにつぶやいた。
 施設での生活は窮屈な部分もあったが、遊びで研究するのは楽しかった。
「好きなだけ、好きな事するためじゃん?」
 ユウカがにこりと笑う。
 しかしシャルとシールは複雑な顔だ。
「どうかしたの?」
 アーリスが訊く。
「皆さんには時間がたっぷりありますが、私とシールの時間は限られています」
 シャルがうつむいて答えた。
「あれ、シャルもシールも合成体じゃん」
「確かに普通の人間と比べたら寿命は長いですが、永遠という訳ではないんですよ」
「合成体なんだから、何かあってもボディの交換はできるだろう?」
 シャミニが言う。
「そうそう、できるよね」
 アーリスが同意した。
「ですが、脳は本物なんですよ。脳には寿命がありますから」
「だよな······」
 シャルの言葉にシールがうなずいて考え込む。
 体は合成体で老化しなくても脳は本物なので老化する。
 脳の寿命は普通の人間の寿命と大差ないだろう。
「なんだ、そんな事か。脳の遺伝子情報を取り出して合成脳にコピーすれば済むじゃん。合成脳も合成ボディも、定期的にちゃんとメンテナンスすれば半永久的に保つよ」
 ユウカは何でもない事のようにあっさりと言う。
「そうすれば、今の人格のままで人工脳になれると······」
 シャルがつぶやいた。
「ほとんどの星の法律では禁止されてるけど、俺たちには関係ないしな。そもそもそれを言ったら死に掛けてたシャルとシールの脳を合成体に移植する事だって法律違反だった訳だし」
 シャミニが笑う。
 2人の悩みはあっさり解決してしまった。
「だーかーらー、細かい事は気にしなくていいんだってば。ユウカに任せておけば不可能な事なんてそんなにないからさ~」
 アーリスが楽しそうに笑う。
「そんなとこじゃん。細かい事は気にしないの。例えばシャルとシールの脳を合成脳に替える時に、自己再生機能のあるナノマシンを組み込んでー、顔もボディも一新して限りなく人間に近くしてー、俺たちと同じくほぼほぼ不老不死にしちゃうって手もあるよねー」
 ユウカは2人を見つめてにまにま笑った。
 シャルとシールは何故か寒気を感じて肩を震わせた。
「ユウカなら本当にやりそうですね······」
 シャルがため息をつく。
「もちろんユウカは本当にやっちゃうよねー」
 アーリスがけらけらと笑った。
「ま、いいんじゃないか?」
 シャミニが肩をすくめる。
「合成体とナノマシンがあれば不老不死は人工的に作れるって事じゃん?」
「それをさせないためにどこの惑星でも法律で禁止されてるんですけどね······」
 ユウカの言葉にシールが疲れた顔で呟いた。
「あの施設の統括員達はそれをしないだけ、まだ法律を守ろうという気があったって事ですね」
 シャルはそう言ってため息をつく。
「俺達には関係ないもんね。不老不死は俺達の特権なのさ。のんびり楽しく行きましょー」

 こうして彼らの、文字通り永遠と呼べる旅が始まったのだった。

 終。

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