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第56話 セリ前交渉と故郷への想い
しおりを挟むチッペタ領 ガレラッチア郊外
馬車が近付くと門番が屋敷の門を開けて入れてくれた。さすが教会の馬車だ。お咎めなくここまで入れるとはその権威がどれほどか察しが付くというもの。護衛もろくにつけていないのに政治的に良からぬことを考える者達に中身がすり替わられて、クーデターを起こそうものなら簡単に起こせるだろうに。その後のこともうまく立ち回らなければならないだろうけれど、そこは教会の威信にかけてとか言って高いセキュリティが考えられてそうだ。
もっとも、ラキムゲルの記憶では、教会を敵に回すこと自体がこの世界で生きていく事が困難になる事から、一筋縄では行かないらしい。教会には聖鎧を持つテンプル・ナイツが居るのだ。悪魔族と戦える戦力に目をつけられては国家転覆どころの騒ぎではない。そんな訳で教会の馬車には護衛がつかないのが常識らしい。もっとも、御者奴隷がかなりの強さではあったが……。
更に言うとその教会に落とし前をつけさせなければいけない可能性が高いと言うのも頭の痛い案件だ。考えを巡らせていたら、馬車が大きな庭を抜けて玄関に到着した。馬車から降りる。
「これはこれは、ラキムゲル様よくぞ参られました」
「お久しぶりですね、フソイール殿。本日は奴隷オークションの開催のお知らせに参りました」
「ほう。では立ち話もなんですので、どうぞこちらへ。我が君もその件ではお待ちかねです」
妙齢の執事に応接室へと通される。部屋には豪華な家具と格式高そうな調度品が据えられ、権力を誇示する為の虚勢が見て取れた。潤沢な資金ぶりで訪問者に適度に舐められない為なのだろうか。
そんなことを考えていたら、メイドがワゴンを押して入室して来た。
「ご主人様をお呼びしますので、お待ち下さい。その間こちらのお茶をお楽しみ下さい」
メイドを残して、フソイール執事は部屋を出た。沈黙が続くが、アイルス達はテレパスで会議と承認を持続していた。承認作業が終わる頃にレジーナ辺境伯とその叔父のバーンノックス卿が現れた。
◆
物静かなレジーナ辺境伯がテーブルの反対に、その右にバーンノックス卿が就き、交渉の為に口を開いた。
「お待たせして申し訳ない、このところ立て込んでまして」
「いえ、こちらこそ定期とは言え、突然の来訪ですからお気になさらず」
「それで、新しい奴隷オークションの件ですか?」
「その通りです」
「貴族連への連絡と準備が必要というわけですね」
「ええ、そうですね。その件はいつも通りにお願いいたします。それで実はですね、今回の奴隷達は特別な力があります」
「特別な力?」
「ええ、特別な力です。上手く使役出来れば、この街の発展に繋がるでしょう。しかし逆にそうでない場合、この街の衰退につながる可能性もあり得ます」
「むむ? 獣人の血は身体能力は高いが魔法は苦手と記憶しておりますがそれ以外の何かが備わっていると?」
「そうですね、それ以外の何かが備わっているかもしれません」
「教えてはいただけないのですか?」
「その前に一つお願いがあるのです」
「お願い?」
「ええ、お願いです」
「はぁ、どのような事でしょうか?」
「簡単な事です。彼らは半分は悪魔族の血をひいてますが、半分は我々光の民の血を受け継いでいます。彼らとて好きで獣人の血を受け継いで生を受けたのではありません。ですので、平和で居るうちは彼らの人権を尊重していただきたいのです」
「はぁ、人権ですか……」
「ええ、それが守られるならば、この街は発展する加護を得られましょう」
「発展の加護ですか?」
「まぁ、その様なものです」
「分かりました。ところでココにまで連れて来ていらっしゃる、その奴隷はお譲りいただけるのでしょうか?」
突然、レジーナ辺境伯が口を開き問いかけて来る。普段は交渉に口を挟まないとラキムゲルの記憶では確認が取れていただけに面食らう脳内アイルス陣営。
『緊急加速!』
一気に時間が間延びし時が止まった様になる。
『予想外だ』『勿論、断ろう』『母さんの血が不味い結果を招いたな』『要求を出して来たって事は何かカードを持ってる可能性があるな』『教会に対する利益でこちらの利益じゃないだろう交渉のカードにはならない』『奴隷が捌ければ良いなら代わりをたてれば良いのだろう』『よし、身代わりと交渉は極力しない方向で』『一応、"モニター・リレー"の配置はおおむね完了している。長居は無用だ』『交渉の意味もないね』『まとめると"断って交渉もなし、愚図ったら代わりを立てる"だな?』『じゃ、それで』
時間を戻し、ラキムゲルに開口一番言わせる。
「いいえ、お譲り出来ません」
「何故?」
「彼は手違いで首輪をかけられてしまったので厳密には奴隷ではありません。英雄候補の御子息ですが、ワケあって呪いの所為で悪魔族の波動を出しているのです。その為聖王都で直せないかと目指している間、私の専属として動向しています」
「あなた、お名前は?」
レジーナ辺境伯がこちらに向かって名前を問う。ここで名乗って良いものか。下手な受け応えをすれば長引く。かと言って答えないわけにも行かない。
「アイルス」
「そう、良いお名前ね。でも私の直感が貴方を必要とすると囁いてるの。私の側で支えて欲しいわ」
『その直感は気のせいです』『本気にしないでください』『しっ』
一斉にG.I.Aがツッコミを入れ、それを制す。
「身に余る光栄ですが、呪いの力が強いので災いをもたらす可能性の方が大きいです」
「では、聖王都で治ったら私のところへ来なさい…悪い様にはしないわ」
『本体のハーフエルフの血がお気に召したと見える』『まぁ、そうだろう』『教会と戦争したら押しかけてみよう。その時本音が見えるかもしれない』『じゃ、それまで保留』
そんな会議が交わされながらもラキムゲルとアイルスは無言で会釈し、席を立つ。
「どうされましたか? ゆっくりされては行かれませんか」
「いえ、キャラバンを待たせていますので、告知の件はお願いします」
「そうですか、では、良い奴隷をお待ちしております」
そうしてレジーナ辺境伯の屋敷を後にした。アイルス自身を取られても困るのでオークション前だが、早々にアイルスだけ先に離脱させるか、その際の理由なんかも考えたが良い案が出ず、結局キャラバンは夕暮れを迎えた。
◆
夕方に奴隷オークションは、始まった。手始めに五人の半獣人をくじ引きで選び、外壁の外に設営した特設オークション会場でお披露目している。あの白黒のホワイトタイガーもどきっ子も一緒だ。彼の場合魔法云々と教会の連中にうっかり溢してしまう可能性があったのでイカサマで選んだ。小さなサーヴァント様々である。
アイルス達は馬車で待機していた。暇なのでこの大陸の地図の進捗を見る。だいぶ出来上がってきたのだろうか? 大陸の東に所々ハゲた森があった。畑を作った後だろう。魔物も出るのに随分とワイルドな者が居るのだろう。いや、父さんも良く森へ行くのだから意外とそう言った狩人は多いのかも知れない。
漠然と思いつつ森をヒントに故郷の村を捜してみる。いまいち分からなかったので、現地のサーヴァントにコネクトした。観た景色がある様に思えたので直感で直線加速形態アーゴ・レジェロ・フレームを四騎編隊で飛ばし、周辺と思われる場所に差し掛かると、予め改善したオプションフレームを位相空間曳航から出して接続、トレ・アーギ・フレームに変形する。
四方向に分かれてさらに捜索。遂に故郷エーゼルバニア村を見つけた。懐かしい。一月程前迄あそこでちょっとポルターガイスト現象を起こすただの少年として暮らしていた事に思いを馳せた。
日は沈みかけ、あたりは薄暗い。サーヴァントの魔法感知センサーでなければ暗闇の中探さなければいけなかっただろう。感慨深気に実家の屋根を見つめてから、森の奥へ加速した。
森の入口の雰囲気とは違う、見る者に恐怖を想起させるあの森の上空に到着する。あの頃は分からなかったが、今なら一際高く木を隠す結界が分かる。
「師匠、帰ってきましたよ」
____
いつもお読みいただきありがとうございます。
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