上 下
56 / 77

第56話 セリ前交渉と故郷への想い

しおりを挟む



 チッペタ領 ガレラッチア郊外

 馬車が近付くと門番が屋敷の門を開けて入れてくれた。さすが教会の馬車だ。お咎めなくここまで入れるとはその権威がどれほどか察しが付くというもの。護衛もろくにつけていないのに政治的に良からぬことを考える者達に中身がすり替わられて、クーデターを起こそうものなら簡単に起こせるだろうに。その後のこともうまく立ち回らなければならないだろうけれど、そこは教会の威信にかけてとか言って高いセキュリティが考えられてそうだ。

 もっとも、ラキムゲルの記憶では、教会を敵に回すこと自体がこの世界で生きていく事が困難になる事から、一筋縄では行かないらしい。教会には聖鎧を持つテンプル・ナイツが居るのだ。悪魔族と戦える戦力に目をつけられては国家転覆どころの騒ぎではない。そんな訳で教会の馬車には護衛がつかないのが常識らしい。もっとも、御者奴隷がかなりの強さではあったが……。

 更に言うとその教会に落とし前をつけさせなければいけない可能性が高いと言うのも頭の痛い案件だ。考えを巡らせていたら、馬車が大きな庭を抜けて玄関に到着した。馬車から降りる。


「これはこれは、ラキムゲル様よくぞ参られました」
「お久しぶりですね、フソイール殿。本日は奴隷オークションの開催のお知らせに参りました」
「ほう。では立ち話もなんですので、どうぞこちらへ。我が君マイロードもその件ではお待ちかねです」

 妙齢の執事に応接室へと通される。部屋には豪華な家具と格式高そうな調度品が据えられ、権力を誇示する為の虚勢が見て取れた。潤沢な資金ぶりで訪問者に適度に舐められない為なのだろうか。

 そんなことを考えていたら、メイドがワゴンを押して入室して来た。

「ご主人様をお呼びしますので、お待ち下さい。その間こちらのお茶をお楽しみ下さい」

 メイドを残して、フソイール執事は部屋を出た。沈黙が続くが、アイルス達はテレパスで会議と承認を持続していた。承認作業が終わる頃にレジーナ辺境伯とその叔父のバーンノックス卿が現れた。

 ◆

 物静かなレジーナ辺境伯がテーブルの反対に、その右にバーンノックス卿が就き、交渉の為に口を開いた。

「お待たせして申し訳ない、このところ立て込んでまして」
「いえ、こちらこそ定期とは言え、突然の来訪ですからお気になさらず」
「それで、新しい奴隷オークションの件ですか?」
「その通りです」

「貴族連への連絡と準備が必要というわけですね」
「ええ、そうですね。その件はいつも通りにお願いいたします。それで実はですね、今回の奴隷達は特別な力があります」
「特別な力?」

「ええ、特別な力です。上手く使役出来れば、この街の発展に繋がるでしょう。しかし逆にそうでない場合、この街の衰退につながる可能性もあり得ます」
「むむ? 獣人の血は身体能力は高いが魔法は苦手と記憶しておりますがそれ以外の何かが備わっていると?」

「そうですね、
「教えてはいただけないのですか?」
「その前に一つお願いがあるのです」
「お願い?」

「ええ、お願いです」
「はぁ、どのような事でしょうか?」
「簡単な事です。彼らは半分は悪魔族の血をひいてますが、半分は我々光の民の血を受け継いでいます。彼らとて好きで獣人の血を受け継いで生を受けたのではありません。ですので、平和で居るうちは彼らの人権を尊重していただきたいのです」

「はぁ、人権ですか……」
「ええ、それが守られるならば、この街は発展する加護を得られましょう」
「発展の加護ですか?」
「まぁ、その様なものです」

「分かりました。ところでココにまで連れて来ていらっしゃる、その奴隷はお譲りいただけるのでしょうか?」

 突然、レジーナ辺境伯が口を開き問いかけて来る。普段は交渉に口を挟まないとラキムゲルの記憶では確認が取れていただけに面食らう脳内アイルス陣営。

『緊急加速!』

 一気に時間が間延びし時が止まった様になる。

『予想外だ』『勿論、断ろう』『母さんの血が不味い結果を招いたな』『要求を出して来たって事は何かカードを持ってる可能性があるな』『教会に対する利益でこちらの利益じゃないだろう交渉のカードにはならない』『奴隷が捌ければ良いなら代わりをたてれば良いのだろう』『よし、身代わりと交渉は極力しない方向で』『一応、"モニター・リレー"の配置はおおむね完了している。長居は無用だ』『交渉の意味もないね』『まとめると"断って交渉もなし、愚図ったら代わりを立てる"だな?』『じゃ、それで』

 時間を戻し、ラキムゲルに開口一番言わせる。

「いいえ、お譲り出来ません」
「何故?」
「彼は手違いで首輪をかけられてしまったので厳密には奴隷ではありません。英雄候補の御子息ですが、ワケあって呪いの所為で悪魔族の波動を出しているのです。その為聖王都で直せないかと目指している間、私の専属として動向しています」
「あなた、お名前は?」

 レジーナ辺境伯がこちらに向かって名前を問う。ここで名乗って良いものか。下手な受け応えをすれば長引く。かと言って答えないわけにも行かない。

「アイルス」
「そう、良いお名前ね。でも私の直感が貴方を必要とすると囁いてるの。私の側で支えて欲しいわ」

 『その直感は気のせいです』『本気にしないでください』『しっ』
 一斉にG.I.Aがツッコミを入れ、それを制す。

「身に余る光栄ですが、呪いの力が強いので災いをもたらす可能性の方が大きいです」
「では、聖王都で治ったら私のところへ来なさい…悪い様にはしないわ」

『本体のハーフエルフの血がお気に召したと見える』『まぁ、そうだろう』『教会と戦争したら押しかけてみよう。その時本音が見えるかもしれない』『じゃ、それまで保留』

 そんな会議が交わされながらもラキムゲルとアイルスは無言で会釈し、席を立つ。

「どうされましたか? ゆっくりされては行かれませんか」
「いえ、キャラバンを待たせていますので、告知の件はお願いします」
「そうですか、では、良い奴隷をお待ちしております」

 そうしてレジーナ辺境伯の屋敷を後にした。アイルス自身を取られても困るのでオークション前だが、早々にアイルスだけ先に離脱させるか、その際の理由なんかも考えたが良い案が出ず、結局キャラバンは夕暮れを迎えた。

 ◆

 夕方に奴隷オークションは、始まった。手始めに五人の半獣人をくじ引きで選び、外壁の外に設営した特設オークション会場でお披露目している。あの白黒のホワイトタイガーもどきっ子も一緒だ。彼の場合魔法云々と教会の連中にうっかり溢してしまう可能性があったのでイカサマで選んだ。小さなサーヴァント様々である。

 アイルス達は馬車で待機していた。暇なのでこの大陸の地図の進捗を見る。だいぶ出来上がってきたのだろうか? 大陸の東に所々ハゲた森があった。畑を作った後だろう。魔物も出るのに随分とワイルドな者が居るのだろう。いや、父さんも良く森へ行くのだから意外とそう言った狩人は多いのかも知れない。

 漠然と思いつつ森をヒントに故郷の村を捜してみる。いまいち分からなかったので、現地のサーヴァントにコネクトした。観た景色がある様に思えたので直感で直線加速形態アーゴ・レジェロ・フレームを四騎編隊で飛ばし、周辺と思われる場所に差し掛かると、予め改善したオプションフレームを位相空間曳航から出して接続、トレ・アーギ・フレームに変形する。

 四方向に分かれてさらに捜索。遂に故郷エーゼルバニア村を見つけた。懐かしい。一月程前迄あそこでちょっとポルターガイスト現象を起こすただの少年として暮らしていた事に思いを馳せた。

 日は沈みかけ、あたりは薄暗い。サーヴァントの魔法感知センサーでなければ暗闇の中探さなければいけなかっただろう。感慨深気に実家の屋根を見つめてから、森の奥へ加速した。

 森の入口の雰囲気とは違う、見る者に恐怖を想起させるあの森の上空に到着する。あの頃は分からなかったが、今なら一際高く木を隠す結界が分かる。

「師匠、帰ってきましたよ」


____
いつもお読みいただきありがとうございます。
しおりを挟む
感想 4

あなたにおすすめの小説

スライム10,000体討伐から始まるハーレム生活

昼寝部
ファンタジー
 この世界は12歳になったら神からスキルを授かることができ、俺も12歳になった時にスキルを授かった。  しかし、俺のスキルは【@&¥#%】と正しく表記されず、役に立たないスキルということが判明した。  そんな中、両親を亡くした俺は妹に不自由のない生活を送ってもらうため、冒険者として活動を始める。  しかし、【@&¥#%】というスキルでは強いモンスターを討伐することができず、3年間冒険者をしてもスライムしか倒せなかった。  そんなある日、俺がスライムを10,000体討伐した瞬間、スキル【@&¥#%】がチートスキルへと変化して……。  これは、ある日突然、最強の冒険者となった主人公が、今まで『スライムしか倒せないゴミ』とバカにしてきた奴らに“ざまぁ”し、美少女たちと幸せな日々を過ごす物語。

変身シートマスク

廣瀬純一
ファンタジー
変身するシートマスクで女性に変身する男の話

日本帝国陸海軍 混成異世界根拠地隊

北鴨梨
ファンタジー
太平洋戦争も終盤に近付いた1944(昭和19)年末、日本海軍が特攻作戦のため終結させた南方の小規模な空母機動部隊、北方の輸送兼対潜掃討部隊、小笠原増援輸送部隊が突如として消失し、異世界へ転移した。米軍相手には苦戦続きの彼らが、航空戦力と火力、機動力を生かして他を圧倒し、図らずも異世界最強の軍隊となってしまい、その情勢に大きく関わって引っ掻き回すことになる。

タビと『双生の錬金術師』〜世界を変えてきた錬金術師の弟子になってダンジョン踏破します〜

ルーシャオ
ファンタジー
ある日、親に捨てられた少年タビは伝説の錬金術師『双生の錬金術師』の片割れイフィクラテスと出会い、こう誘われた。「お前には錬金術の才能がある。俺と一緒に来ないか?」。こうして、何も持たなかった少年は錬金術師の弟子になり、さまざまな人と出会って、世界を変えていく——。 それはそうと姉弟子ロッタは師匠から手伝うよう要請されて頭を抱えた。何せ、冒険者が潜るダンジョンに弟弟子タビを放り込むと聞いて、知り合いに声をかけて必死に協力を仰がなくてはならなかったからである。 冒険者、鍛治師、元官僚、巫女との出会い、そして——極北ヒュペルボレイオスの民が信仰する超巨大ダンジョン『大樹ユグドラシル』への挑戦。 これは少年タビが『杖持つ闘争者(ベルルムス・エト・カドゥケウス)』と呼ばれるまでの物語。

ひきこもりのゴーレムマスター

ゴロヒロ
ファンタジー
世界各地に突如出現した謎の黒い光の柱 そんな光の柱から魔物が現れる!? そんな中、世界中の人々に聞こえた謎の声 謎の声は言う 世界はレベルアップしたと レベルアップした世界に順応する為、謎の声から人々は力を与えられ、これからの世界を生き残れ!! だが、そんな世界に変わっても俺はひきこもる? カクヨムでも投稿してます

転生貴族のハーレムチート生活 【400万ポイント突破】

ゼクト
ファンタジー
ファンタジー大賞に応募中です。 ぜひ投票お願いします ある日、神崎優斗は川でおぼれているおばあちゃんを助けようとして川の中にある岩にあたりおばあちゃんは助けられたが死んでしまったそれをたまたま地球を見ていた創造神が転生をさせてくれることになりいろいろな神の加護をもらい今貴族の子として転生するのであった 【不定期になると思います まだはじめたばかりなのでアドバイスなどどんどんコメントしてください。ノベルバ、小説家になろう、カクヨムにも同じ作品を投稿しているので、気が向いたら、そちらもお願いします。 累計400万ポイント突破しました。 応援ありがとうございます。】 ツイッター始めました→ゼクト  @VEUu26CiB0OpjtL

異世界帰りの底辺配信者のオッサンが、超人気配信者の美女達を助けたら、セレブ美女たちから大国の諜報機関まであらゆる人々から追われることになる話

kaizi
ファンタジー
※しばらくは毎日(17時)更新します。 ※この小説はカクヨム様、小説家になろう様にも掲載しております。 ※カクヨム週間総合ランキング2位、ジャンル別週間ランキング1位獲得 ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー 異世界帰りのオッサン冒険者。 二見敬三。 彼は異世界で英雄とまで言われた男であるが、数ヶ月前に現実世界に帰還した。 彼が異世界に行っている間に現実世界にも世界中にダンジョンが出現していた。 彼は、現実世界で生きていくために、ダンジョン配信をはじめるも、その配信は見た目が冴えないオッサンということもあり、全くバズらない。 そんなある日、超人気配信者のS級冒険者パーティを助けたことから、彼の生活は一変する。 S級冒険者の美女たちから迫られて、さらには大国の諜報機関まで彼の存在を危険視する始末……。 オッサンが無自覚に世界中を大騒ぎさせる!?

フリーター、ゴーレムになり異世界を闊歩する

てぃー☆ちゃー
ファンタジー
旧タイトル)オレはゴーレム、異世界人だ。あ、今は人では無いです 3/20 タイトル変更しました 仕事を辞めて、さあ就職活動だ! そんな矢先に別世界へ強制移動とゴーレムへの強制変化! こんな再就職なんて望んでません! 新たな体を得た主人公が異世界を動き回る作品です

処理中です...