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第40話 交渉と信仰と恋心っぽい何か

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『な、に、……を?』

 驚愕の色に染まる彼女の顔。さて、教会の教えがある以上簡単に考えを覆すことは、この程度では不可能だろう。

『嘘だ!! 穢らわしい! 悪魔族と同じ作りだなんて嘘だ!!』
『信じられないと?』
『当たり前だ!』
『では、この先の話もおそらく、貴女方様には受け入れ難いものとなります。全てお見せした上で理解いただきたかったのですが、残念です。己の力量不足ですね』

『な……に? なにを言っている』

 目を見開き、ミュトス神殿騎士見習いは混乱して何の理解も示さない。"神域侵犯"をちゃんと理論展開して説明しようとしたが、"教義への否定たる生物を形作るのは遺伝子"が火に油を注ぐ形になってしまった。こちらが身を引く形で収束させようと試みたが既に処理オーバー。だからこの態度なのだろう。やってしまった事は仕方ない。もう、僕が何を言っても無駄な状態であることは明らかだろう。うん、やっぱ無理だねコレ。

『つきましては、私のことを外部に漏らさないとお約束いただき、お引き取り願いたい。仕事はお済みでしょう?』
『で、出来るわけがないだろう!』
『何故です? 僕はただ、家族の元へ帰って平穏に暮らしたいだけです。ヘスペリアーによってややこしい事になってますが、元々はデコグリフ教とは関係のない事。貴女方に危害を加えるつもりも毛頭ございません』

 平和的にことを収める姿勢を見せる。極めて慇懃に皮肉を込めて。

『だからと言って禁忌違反に教義否定のマヤカシ! 加えてラキムゲル司祭の従属を見過ごす訳にはいかない! 身内とは言え重罪行為を平気で行うとは、恥を知れ!』
『では、どうしろと?』
『ラキムゲル司祭を解放し、大人しく聖印の儀をうけろ!』

『それは、どの様なものですか?』
『背中の皮を剥ぎ、聖印具を押し当て聖印を転写した後回復の加護で治療を行います』
『従者の方にも同じ事を?』
『……引き取るより以前の事ですが、その儀を受けている筈ですわ』

 少しだけ"鎮痛な面持ち"のイメージがした。そんな事を容認し続けているのか? 悪魔族と言うものの教会が言う縛りが絶対的に働いている教義か。まるで呪いだな。親しくなれるかも知れない相手が悪魔族なら光の民に危害を加える前に躾と称して罰してまわるか。馬鹿なのか? 自ら恨みを買いに振りまいてる様にしか見えない。

『到底、容認出来ませんね。もう、秘密にしなくても結構です。お引取りを願えませんか?』
『まだ、言うか』
『既にどうこう出来るレベルではないのでしょう? そちらの条件は呑むに値しないし、そもそも聴く耳を持つにも値しない』

『ば、バカにして!』
『バカになんてしてません。僕では貴女に歩み寄っていただける提案は出来ないなと諦めただけです。これ以上は、お互いに不幸にしかないので関わり合いにならない事が懸命と存じます』

『そうは、行かない! 神域を侵し、悪魔堕ちした身内の恥を逃したとあってはお母様にも顔向け出来ない!』

 彼女が敵意を明確に向けて、猫耳双子従者がそれに呼応する様に控えの姿勢から立とうとしている。具体的には本人達はスッと素早く立とうとしているが20秒かけて立ち上がってる感じだ。

 敵意を明確にと言うのは、腰に付けたメイスに手を掛けようとしている。酷いなぁ。あんなので殴られたら骨折は必至だ。頭なんか殴られたら一発昇天だろう。一応は殺傷ではなく脅しとして使おうとしてるみたいだが……。それに手をかける意味をちゃんと理解しているのだろうか?

『その儀とやらを受けた上で磔刑投石で死んだ僕を更に奴隷と称して虐げ続けるのが、貴女の望みですか?』
『う、ぐっ、黙れ! で騙そうとも私は騙されないぞ!』

 ……はて?

?』
『しらばっくれるな!』
『? 少し待て、ケン、一旦交渉用リンク切断、向こうを2にこちらを500』
『なに……を………………だ』

 ケンに、ミュトス達とのテレパスリンクを切り、ミュトス達の加速度を2倍にこちら側を500倍にと指示を出す。そして、虚空へ問う。

『ヘスペリアー、俺の属性はヴァンピールで間違いないか?』
『……なになにトツゼーン? こっちに問いかけるのはルール違反だよ?』
『勝手に色々やってルールとか理不尽極まりないな。答えろよ』
『まぁ、正解だからいいか。その通りだよ。君はヴァンピール。でも私の作った血清から産んだネオ・ヴァンピールとも言うべき存在で……』
『それは、今はどうでもいい。魅了とか常動か?』
『ふ、ふーんだ。人の説明聞かない人には教えてあげないよーだ。そもそもイケメンなら魅了はいらない。魅了持ちならイケメンである必要はない。そうは思わないかなぁ』
『演技とかもどうでも良い。キャラ統一しろ』
『ツレないねぇ。話しやすいように配慮してあげてると言うのに』
『監視やめろ。俺を人間に戻せ。そしたら考えてやる』
『君みたいな面白い存在を野放しにするわけないだろう?』
『あぁ、そうかよ』

 ヘスペリアーを無視して、ヘルと分身へメッセージを飛ばす。

『全員、ちょっと協力頼む』

 一斉に加速度を合わせて来て応答待ちのイメージが返ってくる。そして作戦会議をした。会議自体はすぐに切り上げてミュトスとの会話に戻った。勿論加速度を20倍に戻して。

 ◆
 ミュトス視点

 ラキムゲル司祭の言動やら行動が以前会った時と大分違う。カンテラも手にして迎えに来ていない事も含め、問いただすと赤子の時見た従兄弟と思われる男の子が出て来た。しかも何やらとんでもない事をしでかした上に悪魔族に堕ちてた。

 更に奴隷の首輪をしているにもかかわらず、奴隷の首輪についたフックリングを意志ある魔導具インテリジェンス・アーティファクトだと言い、それに魔法を使わせてるとのたまった。意味が分からない。その上テレパスだか思考加速だか変な支援魔法で邂逅中に私が生きて来た全てとデコグリフ教徒を否定するような事で惑わしてきた。混乱の中の衝撃的な話。許せようか? いや、許せない!

 幾らハーフエルフの血を引いて私好みの男の子に成長しようと! 幾ら悪魔族堕ちして魅了をかけてこようと! 私は屈服しない。絶対にだ!
『う、ぐっ、黙れ! で騙そうとも私は騙されないぞ!』

 アイルスが首を傾げた。くっ……可愛い。

?』
『しらばっくれるな!』
『? 少し待て』
『なにをだ!』

 アイルスは首を傾げたまま謎の宣言をし、ちょっとの間の後、直ぐに此方に話しかけて来た。

『待たせたな』
『え? なんだ今の間は』

 今、何かされたのか? メイスまで手を移動させたが身体が重い。いや、風が粘着質を帯びた液体の様に普段感じない程の質量で押さえ付けてくるのか?

『それを抜いたら、それなりに対処します。後悔しませんか?』

 ぐぬぅ。可愛い。なんだこの庇護欲を煽ってくる生き物は!

『今更、君の口車には乗らない!』
『キミ?』
『しゃべるな!』
『口を使って喋ってはいない』
『屁理屈を!』

 そして、私はメイスを握り構えようとする。メイスにかかる風圧が想像以上に重い。一体どれだけの加速がかかっているのだろうか。

『残念です。……ヘル、ファイア撃て

 メイスを正眼に構えた瞬間に彼が呟く。足元に小さな火球が穿たれた。ほぼ同時にさほど高くない頭上に白と青に光る魔法陣が無数に、いや、視界いっぱい、無限に展開され、そのどれもがこちらを向いていた。その魔法陣の一つから目にも止まらぬ速さで火球、いや、紅い光線が放たれた。着弾点には小規模の窪みと煙。窪んだ表面が滑らかになって赤熱化していた。

 どれ程の温度があったのだろう? 嫌な汗が噴き出る。

『動くな。改めて譲歩してやる。此方の条件を飲んでお引き取りを願う。教義の為に嫌だと言うなら一瞬で灰塵か時間をかけて焼かれる殉教の道を選ばせてやる』

 そう宣言する子供は、その体とはアンバランスな完成された大人のような振る舞いが異様に似合う男の子だった。駄目だ。コレは駄目だ。今までの自分を全て捧げても構わないと思えてしまうほどだった。血縁のせいかも知れない。悪魔族堕ちとか普通じゃないシチュエーションのせいかも知れない。

 今までロクな男のいない環境だったのも手伝って彼の存在は猛毒だった。教義に関しては許せない。が、手に入れるのは不可能か。敵対するには惜しい。本気で消されかねない。この思考もどこまで読まれているか……本当に猛毒だ。

『分かった。言う通りにする』
『ミュトス様!』
『諦めるのはまだ早いです!』
『だまれ、彼我の戦力差も分からんのか愚か者目』

 猫耳双子従者のシロとクロが頭悪く喚く。戦意はまだあるようだ。勝ち目など無いのに。私の死が自分達の奴隷解放に結びつく訳もない事は理解してるはず。ただ無謀に抗おうとしてるだけだろう。そのバカさ加減が可愛い反面、こう言う時は苛立ちを覚える。

『君たちは半獣奴隷なのに大事にされてるんだね。感情イメージから分かるよ。だけど既に君たちの主人の言質はとった。これ以上の戦いは無意味だ。それでもやると言うなら容赦はしない。そうだね。死よりも安全な策を取らせて貰う』

 彼の鋭くなった眼光の瞳に紅い光が宿る。それは双子の背筋を凍らせるには十分だった。

『て、撤退! 撤退しましょう! ミュトス様!』
『戦略的撤退です! ミュトス様!』

 コイツらは……。

『戦略的ね……つまりコレからも戦うと言うのだね? 仕方ない。君達には、コレからずっと監視の為に分身をつけさせて貰う。破壊しても構わないよ。その際、分身がどう判断するか僕は一切責任は持たない。僕の先の条件も守らなくても同じく、分身達に即時判断して貰う。以上だ』

 魔法が解け、彼は馬車へ帰って行く。

「ま、待って」

 思わず口から出てしまった言葉に戸惑う。待ってもらってどうする? 何の策もない。彼との繋ぎは正直欲しいが監視は嫌だ。いくら修道女からの神殿騎士見習いで神に捧げる身とは言え、羞恥心はある。神に捧げて来たのに彼が欲しいと言う心の矛盾にも大いに戸惑う。どうする? どうする? どうしたらと頭は無駄に空転した。そして直ぐに彼は足を止める。

「僕の足を止めたと言う事は、戦闘に変わる、それなりの交渉材料をまだ持ち合わせているのかな?」
「監視なんて……やめて欲しい」

 顔が赤くなっていくのが急に熱を帯びたことで意識してしまい、途端に耳まで熱くなった。

「何故? 君達の方が先に僕に手を出してきたのだよ。奴隷罪の奴隷に慣れとも言ったね? それは、七年しか生きていない僕に人権を否定して死んだように生きろと言うのと同義だし、そのつもりだったんだよね」
「神域を侵した罪を償わせる為で、決してそう言うつもりじゃ」

「でも、そこの従者や半獣人と同じ扱いを必ず受けるんだろ。一度デコグリフ教の司祭に殺され、死んだ僕にもう一度死ねと君は言った。僕にはそう言う意味にしか聞こえなかった。しかもやり方がエグい儀とやらを強制しようとして。正直冷静に君達と相対するには、既に難しい。話があるならコイツと話して欲しい。以上だ。サブ治判断は任せるがリンクはして置く」

「了解しました」
「風呂やトイレも監視する気かよ! 変態!」

 クロが叫ぶ。彼はそれには一瞥で反応して何も言わず、馬車に引っ込んでしまった。

「私にはラキムゲル司祭ではなくサブ治とお呼び下さい。生体脳はラキムゲル司祭のものですが、私はこの体を分かりやすく伝えるために使っています。本体は体内にあります。その気になれば、飲食、睡眠、発情等の生物の機能を一切必要なく使えます。そして私の本体と同タイプが皆様方の監視を務めさせていただきます」

 ラキムゲル司祭の形をした者がスラスラと説明しだす。その所作は何の感情も見出せない違和感の塊としか言えない不気味さだった。

「変態が! 操られてるだけだろう! 目を醒ませ!」
「いや、シロ、コイツは最早ラキムゲルじゃないんじゃないのか?」
「マスター、お下がりください」

 シロとクロが前に出る。自慢の猫耳双子従者だが、何故だか増長しやすいのが玉に瑕で今も立場を理解できていない言動が見受けられる。それを嗜めるが、ラキムゲル司祭の普段の言動もあってサブ治と名乗った元ラキムゲルへの風当たりが強い。イラッとさせる天才だな。さすが猫獣人。

「そちらの条件を呑むから、監視はやめてくれないか?」
「はて? 交渉決裂にしたのは、貴女方と記憶しております。あまつさえ、私共の主人に奴隷になれと脅迫し、その後に彼我の実力差をお認めになって敗北なさったのですよね?」
「う、ぐっ……」

 言わなければ良かったのか? しかし監視など羞恥の極みではないか!

「お前はどっちの味方なのだ! ラキムゲル!」
「ちょっと黙ってて」
「ラキムゲル奴隷管理司祭に会いたいのですか? テレパス越しになら会わせられます」
「何を言って?」

 問答無用で頭に情報が流れ込んで来た。

 ◆

 【今回のおまけの話】
 時は少し戻る。500倍の加速になった処へ。

『全員、ちょっと協力頼む』
『ねぇ、アイルス、こいつヤッテ良い?』
『ヘル。曲りなりにも従姉妹だ。駄目だよ』
『じゃぁ、どうするの?』
『こちらがもっと上回る武力を持ってるぞって見せびらかせばどうとでもなる』
『ドンぱちしないのー?』
『ケンは、殴り合いを提案しないんだ?』

 苦笑を禁じず返す。そのあとの答えもやり方ももう決まってるが。

『ドンぱちしないよ。幻影でヘルの作るこの魔法陣をここら一帯の上空10m~100mに無限展開して見せかけ、初弾だけ加減してミュトスの足元に撃ったら後は決まるだろ』
『えー? そんなのつまんないよーって、何この魔法陣……火炎じゃなくて光?』

『あぁ、遠赤外線メインの光線レーザーだよ。レーザー自体の出力は最低限の赤に設定してあるけどその分熱変換しやすい遠赤外線に出力割り振った。3本の1000℃の見えない光線がターゲットを照らした赤い点に向かって収束するから、多分そこいらの鎧位なら溶かせると思う。わざわざ見える光にしたのは、"今からここに超高熱撃ち込むから全力で逃げてね"って言う、せめてもの温情かな。光だから避けられないと思うけど』
『見える様にした? 見えない光なんてあるのか?』

『前に言った時と今の知識量が違うからニュアンスは多少異なるんだけど、魔法の基礎の"ライト"って可視光域の電磁波を発生させる魔法式だったんだよ。電磁波の知覚範囲を光って呼んでてその範囲ってごく限られてるんだ。光を理解すると、その極狭い視野で邪悪っぽいとか聖なるものっぽいを判断してるって理解させられるよ。その理論だと邪悪っぽい範囲が随分と広くなるけど。理解するとどれだけ見た目に騙されてるかスッゲーばかばかしくなる』

『ごめん、お前が何言ってるのか、よくわかんねぇ』
『まぁ、見てなって。見えない光を話してて見てなって変だけどね。合図の時はヘルを呼ぶから魔法陣を一つだけ実際に発動してくれればいいよ』


____
 ■登場キャラクター紹介■
 ミュトス・ハイデン
 種族:人間(14歳) 身長:130㎝程度
 髪:ライトブラウン 瞳:
 冒険者ランク:シルバー Bランク
  ソフラトの姉の四人の末娘。アイルスの従姉妹。
  美人というより可愛い系。
  神殿騎士見習いで冒険者としても活動中。
  奴隷を集める仕事を二十回目にアイルスと遭遇。
  仮の儀を行える権限を持つ。
  身体強化系の奇跡により物理的に強い。
  アイルスの容姿が度ストライク。
  実は優柔不断。盲信度合いはその反動。


 シロ&クロ
 種族:ウェアキャットの半獣人(12歳)
 身長:110cm程度 毛並名前の由来の通り
 瞳:金と青のオッドアイ
 冒険者ランク:シルバー Bランク
  猫の擬人化を体現化した様なバカさ加減と行動の
  半獣人。主人に対してあざとく可愛い(つもり)
  ミュトスに拾われるまでは苦労してた。
  奇跡の使い手としてミュトスをサポートする。
  シロが回復とバフ、クロが病気治療とデバフ。


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 【ステータス】
 アイルス・プリムヘッツ(7歳)
 弟子35日目(夜)
 ※ステータスは変更部分のみ
 ◆才能:
 アカシック・リーディング(無自覚)
 →スキルからのフィードバック
  サーチャー(コネクト・トゥ・アカシック)

 ◆ユニークスキル/ユニーク複合スキル
 頭脳使用法:Lv 35→36
  (並列処理により上限解除)
 グリッド・ブレイン 獲得

 ◆技能:
 見稽古(分析、考察)Lv 5→6
 魔法式改造マジック・カスタム Lv 8
 魔法上級改造マジック・ハイ・カスタム(並列連動等)Lv 7→8
 混成魔法ミクスド・マジック Lv 7

 スキルカスタム Lv 5→7
 →グリッド・シンク・コミニュケーションでの略語
 並列意識連携処理グリッド・シンク Lv 7
 ※外部からの強制参加で略語がどんどん生産
 新言語体系確立技術 Lv3
 分析パターン体系化技術 New
 重力混合魔法式簡略オブジェクト操作技術 New
 他個体記憶内検索高速化(アカシックサーチャー連動)

 ◆独自魔法
 エーテル加速
  魂の素であるエーテルを思考加速の要領で加速。
 時間感覚が間延びし、強制的に相手を加速時間の世界
 に放り込める。
 身体の反応速度を連動させない事も調整次第で可能。
 その際には支援魔法"思考加速"として呼称される。

 ◆サイズ感比較
 リルナッツクラス:1cm
 サンド・グレイン級old:2~3mm
 サンド・グレイン級new:1mm
 ソード・アームズ級old:0.05mm(50μm)
 ソード・アームズ級new:0.01mm(10μm)
 ナノ・アームズ級:0.0001mm(100nm)
 プローブ・サーヴァント 1nm

 マイクロスライム(仮)20~60μm



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 いつも、お読みいただき、ありがとうございます。
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