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第34話 報い.1

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 奴隷キャラバン、キャンプ地

 その中央磔刑投石の結果、アイルスの反応がなくなった。

「声をあげなくなったわね。よし、お前達、奴隷の儀を行うわ。悪魔を下ろしなさい」

 司祭の指示で磔から悪魔の少年を降ろそうと、奴隷たちが近づき、拘束を解く。磔から力無く倒れる少年をクマとネズミに変身した御者が受け止めた。少年の肌は不自然な紫色に変色しデコボコと変形していた。

 司祭を除く、その場で見ていた全員が異変に気付く。御者達が急いで頭の袋とヘルメットを取り、少年の呼吸を見る。しかし、虫の息どころか一切の呼吸をしていなかった。

「ラキムゲル様、死んでいます」
「あぁ!? ヴァンピールなんだから当たり前でしょう!サッサと背中をむき出しにして……ん? ちょっと貴方、芝居しても無駄よ! 悪魔の癖に小賢しい真似してんじゃ無いわよ!」

 ラキムゲルと呼ばれた筋肉ムキムキのオネェ口調の司祭は奴隷達の方に近付き、遺体の状態を確認した。

「チッ。ハーフダークエルフのヴァンピールなんてレアな奴隷なら高値が付く筈なのにどうしてこんなに損傷した、まま……なの、か、しら」

 言いながら、ある可能性が頭を過る。それは、魔法を封じられながらも何かしらの特殊なスキルでなく、見たことの無い魔法を使っていた可能性。ヴァンピールなどでなく本当に単なる人間だったら、この脆弱性の説明が付く。

「そんな事あり得るわけはないわ! きっと、芝居よ。見てなさい! “神よかの者の傷を癒し給え、ヒール”」

 奇跡は発動したが、少年の遺体には何の反応もなかった。

「チッ紛らわしいわね、蘇生するから私の馬車へ運びなさい。お前達は食事の用意をしなさい!」

 仮に、人間ならば、これほどの掘り出し物はない。魔法封じを打ち破って、未知の魔法の使える者など未だ嘗て居なかった。真実かどうかを即刻調べる必要がある。と同時にこの少年をラキムゲル司祭は自分の庇護下に置き、きたる大戦時の隠し球として使えば出世は間違いのないものだろうと彼は考えた。

 そして魔法封じ破りだったとしても、こちらには魔祓いのカンテラがある。完全奴隷の儀を行えば何も問題などない。それまで照らしていればただの子供だ。
 人間でなかったとしても、同じく義を行なって仕舞えば結果は同じだ。
 
 蘇生の奇跡は大金を積まれない限り行われず、失敗する確率も存在する為、使うことの少ない奇跡だ。それでもそれを行う価値のある奴隷だとラキムゲル司祭は結論付け、馬車に運ばせた。司祭も自馬車へ向かう。

「あーあ。あの子可愛そう」
「しっ」

 人死が出たと言うのにニヤニヤ笑いを含む言葉が女性奴隷の誰かから漏れた。それを嗜める奴隷が口に人差し指を立てて当て振り返る。余計なことを言って貰わなくてもいい罰を受けに行くなど愚か過ぎると。

 矛盾する自らの言動に気付かない。司祭は気に食わないが、自分たちより弱いものが酷い目にあうのを目にする事で彼等はどうにか精神の安定を確保出来ていた。

 しかし、彼女達が予想した事と、これから起こる事実は大きく異なる。今まさに、自らの手で悪魔族が顕現したとは、夢にも思わぬ事だった。

 ◆

 馬車は長旅を想定して少し大きめに作られている。ラキムゲル司祭はカンテラを所定の位置にかけた。クマの御者が少年を寝台に横たえる。

「お前達は、奴隷達を頼むわね」

 人払いするとラキムゲル司祭は蘇生術の準備に入った。そして、は突然起きた。

 カタッ

 何処かで硬い何かがぶつかる音がした。途端、魔祓いのカンテラが突然何かで覆われていく。馬車内は徐々に暗くなっていった。

「な、なに!? なんなの!?」

 カンテラを覆って行く何かに驚いて、それの破片の一つに手をかけた。引き剥がそうとすると新たな石か泥か判別出来ない破片が構築され司祭の指ごとカンテラを封じ込める。

「な! なにこれぇ! ちょっと! 誰か!?」

 魔祓いのカンテラの封じ込めが完了する。司祭の手は中途半端に塊に埋まった状態になった。叫んだのに御者達が異常を感じて入ってこない。

「ちょっと! 呼んでるでしょうが!」

 司祭が再び叫び、馬車の扉のガラスに手ごと封じ込めた塊を叩きつける為に振り上げた。すると塊が急に発熱する。それも尋常で無い熱量で。

「熱っ! ぎゃあああぁぁああ!」

 埋まっていた部分が熱を感じた次の瞬間、骨も残さず蒸発した。塊も蒸発して行き、赤熱したカンテラだった物が床にペチャッと落ちると不自然な速度で冷え固まった。カンテラは水溜りに盛大にお茶をこぼした飛沫のオブジェに成り果て、そこにあった。

 あまりの異常事態に痛みよりも恐怖が勝り、ほとんど無くなった手を見て床のオブジェを見る。

「な、何が……だ、誰かー! 誰かー!!」
「少し黙れよ。奴隷商人」

 ラキムゲル司祭では無い、子供の声が暗い馬車内に不気味に響いた。



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