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第32話 憂うべき世界の膿

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 奴隷馬車が停車したキャンプ地 夕方

 街道から少し離れたところだろうか? 轍が大きく周回してこの広場の入り口へ向かっている。どうやら森を一部拓いた、キャラバンのキャンプ地らしい。

 キャラバンは四台の馬車で構成されていた。先頭一台目は小さいが乗り心地の良さそうな馬車で貴族階級が乗りそうな馬車だ。二台目は倉庫だろうか、三台目が女性奴隷の荷台牢屋、四台目の馬車から飛び降りたことになる。

 日は傾き、降りて来た半獣人の女の子達は、どの子も見目麗しく、夕陽を浴びてあどけなさを残しつつも艶やかさを放って居た。疲れと憂いに染まった顔でなければもっと魅力的だったに違いない。猫科の大型肉食系、多分豹かな。そして狐の耳と尻尾のつり目美人。解りやすい。次にハーフリングかと思う程小さいが巨乳で無駄な肉のないアンバランスな半獣人が出てきた。尻尾を確認すると大きめのフサフサでリスだった。常識を破る美形で多少の出っ歯も気にならない。存在が信じられん。最後に降りて来た渦巻き型の角は羊か天パだが幼馴染みのクリスに似ていた。思わず凝視してしまった。

 クリスはハーフエルフで目の前の子は歳上だったので別人とすぐに分かったがそれでも目は釘づけになった。目が合って数瞬間。気恥ずかしさから目を逸らした。
 それぞれ美形だけに彼女たちの行く末は奴隷の価値が高いと言うだけで明るくはない。

 男の子達は、筋力自慢が多そうだ。特に牛の角を生やしてる見た目だけならオーガの人。それなのに牛の尻尾があるからミノタウルス系なのだろうか? 次ににエイプス? 腕が太くて大きな猿が肉食系になった感じの人。それから青に白のメッシュが入った髪に大きな三角耳フサフサの髪と同じ色の尻尾。多分ウェアウルフだろう。こちらも、それぞれ各特徴を残しつつ人の姿に近い。この時はじめて知った。僕以外全員奴隷服で首輪があったりなかったりだが、七分丈のズボンを履いていたことを!

 イジメか!

 そして突き飛ばしたウェアホワイトタイガーの彼以外は哀れみを送る様な目でこちらを眺めながら拍手していた。

 その意味をこのあとすぐに知った。


 拍手喝采の中、筋骨隆々とした男性司祭が歩み出た。その途端、一斉に静まり返る。

「貴方、調子に乗ってますの? まだ、奴隷の自覚が無い様ですね。あら、綺麗な顔、悪魔族の波動を貴方から感じます。ダークエルフの血が入ってますわね! 反省なさい!」

『は?』
『超! 面倒臭そうだな』
『なんなのこのオカマッチョいきなり言い掛かり吹っかけてきて、ヘル、死なない程度に精力奪って良し』
『お、良いのか? でも全員に辻褄合わせの為の夢を見せた方がいいんじゃね? お前若すぎて綺麗だからこの先目立つとこう言う手合い増えるぜ?』
『若くなきゃ良いのか……じゃ、全員に幻夢よろしく』
『綺麗な顔もヤベーんだよ……』
『“させぬよ~♪”』

 あの忘れもしない声がテレパスリンク内に響き、少女の姿をした超越者とか言う奴の姿が蘇った。しかし、ここはあえて知らないフリをする。

『『なっ、誰だ!』』
『“あらあら、もう忘れたのかえ? 超越者にして監視者のヘスペリアーちゃんだえ?”』
『よくも、いけしゃあしゃあと!』

 オカマッチョ司祭が両手を右で打った。あの悪人面の御者達が動き出す。御者達が纏う雰囲気が変わる。

『“ほ、ほ、ほ、嫌われたものじゃの、しかし、この程度の難局、自力で越えて貰わねば眷族として恥部じゃ。親としてはレクチャーの一つでもしてやらねばとな”』
『僕は、悪魔族になんてならない! そんなものになるのなら奴隷の方がマシだ!』
『“作られた先入観が強いようだの? お前の横にいる使い魔も悪魔族だと言うのに”』

 御者達がそれぞれ魔獣に変わって行く、あの悪人面はイタチ型に。他にはクマ、ネズミだった。大きさは全部熊並みで充分脅威だ。

『うるさいな! ヘル達はもう僕のモノなんだから悪魔族辞めたんだよ! ほっといてくれよ!』
『アイルス! 魔法式が!』
『ケン! サポート!』
『任せろ! “フィジカル・プロテクション”、“シンキング・アクセル・アンド・アナライズ・アシスト”、“フィジカル・ムーブ・アシスト・サイコキノ”、“キャリング・レジデュアル・ヒート”』

 判ってる。アイツヘスペリアーが介入して来たのは予想外だったけど、恐らく幻術でこの場を乗り切らせてくれないだろう。下手をしたらヘルの魔法だけじゃなく、魔法も一部使えない。僕にかかる魔法はokの様だ。

『大変だ! 簡易武器魔法の魔法式が発動出来ない!』
『あー、予測はしてた。強制転移とかやってのけるヘスペリアーだし』

 凍結せずに魔法をロックさせるとは、一体どうやってるのか解明したいな。身体の一部及び、空気なんかを使った武器はダメって事か。超越者ともあろう者が意外と野蛮なんだな。人が折角平和的にやり過ごそうとしたのに!

 そうこう思案してると敵が目前に迫って来た。向かって来たネズミの抱き着き羽交締めの腕の中をジャンプしてすり抜け。両腕の交差を上から一瞬だけ足場にしてバック転跳躍。輝きの強い星が上から下へ幾筋かの白い線となって視界を過ぎる。そのすぐ後に、背後から迫るクマが見えた。

 しかし、相手の体幹が弱くて両腕は勢い良く下がり、高く跳べなかった。少し予想外。ネズミの額にフィジカル・プロテクション込みの蹴りを入れ、後ろから迫るクマに向かってジャンプ。

 クマの右手が左から迫って来たので、キャッチして力に逆らう事なく肉球タッチ。体内の魔法で凝縮した余熱をプレゼントしつつ、ジャンプのベクトルも合わせてクマ自身の力でクマの左上に身体が向かう途中でクマの左目に着地の要領で左足をペタっとくっつけ、勢いに任せて行く。

「ああぁっっっちいいぃぃぃ!」

 間延びした悲鳴をあげながら、クマが堪らず後ろへ倒れるそのまま頭を踏み抜く勢いで着地しようとする。しかし、残ってたイタチが待ってましたと襲いかかって来た。加速アクセルをぶん回してる中によくついてこれるなと感心しつつ、クマの頭を蹴ってジャンプ。

イタチの両肩に着地して、頭を左右から五、六回小突き回して後方へ蹴り飛ばした。
 着地すると至る所の筋肉が断裂し、強烈な痛みが襲って来る。と同時に

『“レイズ・ヒール“』
『痛ってててて、サンキュー助かった』
『まさか、サーヴァントと同じ動きを生身でやらかすとは思わなかったわー』
『ヤバ過ぎ。加速中の痛み、ヤバ過ぎ! まだ治らん。動けん!』

 クマがゆっくりと体を起こし始める。

『“ほ、ほ、ほ、素直に眷族になった方が面倒ないのじゃがの”』
『うるさい!』
『“仕方ないのぅ。説得は不得手じゃ。不甲斐無いで済まぬな。まぁ、辛い道なぞ形は違えど誰も彼もが通る道。早い内に経験して置け”』
『うぅぅぅしぃぃぃろおぉぉぉ!』

 間延びした、ヘルの声が届く。しまった。まだ一人居たか。左に首を回して眼だけで後ろを確認する。大きなトカゲが槍を構えてこちらの首につき付けようとしていた。まだ身体の修復に時間がかかっていた。そこでふと気付く。アンデッド系眷族? 回復魔法で回復出来る? ダメージでは無く?
 くそっ! 確かめたいが今はそれどころじゃない!

『ケン! ソードの最初にできた奴から二体、今すぐ“格上げ”だ! 名前はギューフとウィン。思考する手数が欲しい』
『しかし、混沌の意思を混ぜた影響は大丈夫か?』
『何、使えるものはなんでも使うだけだ』
『そ、そうか』

『不具合が有ればバージョンアップもする。格上げが終わったら、俺にヒートだ。それとお前達は絶えず思考加速を切らさず作業だ。三倍辺りから常時やってみて行ける様なら倍速を上げていけ』
『わかった、ちょっと待ってて』

「ううぅぅぅぅごおおぉぉぉぉ……」

『トカゲがなんか言ってんな』
『槍突きつけられてるんだから、動くなだろ? 格上げ終了! ほらよ! "ヒート”』
『暑っつ!』

「くううぅぅな?」

 トカゲが言い終える前に槍の下をくぐりトカゲの右側から後ろ側へ。背後から飛びつき抱き付いて、首の頚動脈に両手を当てた。最初に唱えた運動で出来た余熱を手に運ぶだけの魔法がまだ効いてる。本当はクマに使おうと思ってたから長期戦覚悟してたけど、もっと効きそうなヤツが居たので使うことにした。

『地味な攻撃だなぁ』
『確実に無力化可能な作戦だよ』

「ううぅぅわあぁあぁあ! あああぁつううぅぅぅぅいいい! はああぁぁぁぁなああぁぁぁぁせええぇぇぇぇ!」

 言い終えるとトカゲは力無く倒れ臥す。口から舌を出し、息も絶え絶えになっている。アドレナリンがようやく効いてきた。再び無理して動いて断裂した筋肉の痛みも和らいだ気がする。

『いやはや、恐るべし魔法熱伝導』
『“レイズ・リジェネレーション” 次の指示をギューフとウィンにお願い』
『自分達の生まれたわけを考えろ。ドル師匠の教えを反芻しろ。ケン、もう一度ヒートだ』

 クマがこちらに向かって走り出す姿勢だった。そこでいきなり実時間に引き戻され、テレパスがかき消え、ヒールもリジェネも打ち消される。

「うがぁあっ!」
「あぁ!」
「ヘル……!」

 司祭が取り出したカンテラに照らされ、ヘルがカンテラとは反対方向へ吹っ飛んで行く。

「なんてガキなの! よもやヴァンピールとは!」

 筋肉断裂が中途半端に治ってる痛みに声をあげ、その場に膝をついた。そこにクマが左肩から組み伏せて来る。丸腰の七歳にホント大人気ない。

「うぐ、ヴァ、ヴァンピ?」

 ヘスペリアーに攻撃手段封じられてるからってサーヴァントも出し惜しみせず試すべきだったって反省してる。

「あら、違うのかしらね、あんな速さで動いて三人もノしておいて、知らない魔法まで使って! ヴァンピールじゃなきゃ、なんの悪魔族か知らないけれど、光の民に仇なす存在である事は確定ね。コレがあって良かったわぁ」

 筋肉司祭が、オネェな仕種のシナを作り特殊なカンテラを見せてきた。あれに魔法式を邪魔されたのか……サーヴァント達も効果範囲内なのか? また、全部作り直しになりゃしないだろうな?

「貴方もこの魔を払うカンテラにメロメロみたいね。顔は綺麗だから私のペットにしてあげようかしら?」
「誰がキモい筋肉オカマになんか興味持つんだよ」
「あぁん!? いまなんつった!」
「誰がキモい筋肉オカマに……」

 無言で顎を蹴り上げられた。凄く視界がブレてなんだかわからない内に痛みが遅れてきた。弱い者には滅法強くて虚栄心の強い人格か。司祭が。聞いて呆れる。

「貴方には、今すぐ躾けが必要ね!」

 ◆

 今や口にはボロ切れを詰まされ、頭にフルフェイスのヘルム。その上から更に袋を被せられた状態で周りがどんな状態か分からない。オネェマッチョがてめー勝手な御託を並べている。

「……悪魔族の手先として光の民に害をなす存在よ、己が過ちに気付き悔い改めなさい。さぁ、この清められた石を取り悪魔に投げつけなさい……」

 何やら磔にされてるが、心底教会に入らなくて良かった。個々人の一部の者がやっているとしても到底許容できることでは無い。行倒れを拾い、本人に無断で魔法封じの首輪を付け、仮奴隷として扱い、抵抗をしたら磔刑投石とかどんだけ時代遅れの頭の中なのか。

 後で同じ目を疑似体験百回して貰うのは決定事項として、どうやってここを切り抜けようか。ヘルと並列思考からの応答も親とかほざいたヘスペリアーからも何も無い……。

 ガンッ

 痛くは無いが耳朶に響いて、耳が痛い。投石が始まった様だ。と次の瞬間。

 ガンッガンッガンッガガンガンガガガンッ

 うるせぇーー!

「何をやっているの! 体を狙いなさい!」

 あぁ、奴隷達もオネェ司祭が気に食わないんだな。上々酌量の余地ありか。怪我しないヘルメットの強度実験の如く、コントロールの良いのが揃ってる様だ。

 気絶させた連中からの報復があるかと覚悟していたが、意外にも司祭が命令するまで、身体に一発も当たってない。その後も威力弱めの投石に続き司祭が怒って強めになった。

 共犯者意識からくる同調圧力狙いの為の儀式なんだろう。無駄な時間だ。付き合わされる身にも慣れってんだ。

 その間、体内の修復されてないダメージにより内部出血が酷かった僕は何度か気を失いかけた。一刻も早く回復魔法が必要だが石により外傷も増え死を覚悟せざるを得なかった。死んだら化けて出て復習してやることを強く決めた。痛みと寒さの中、不自然な程の強烈な眠気が襲ってきた。抵抗出来ず、僕は意識を手放した。



____________________
 ステータスは割愛

 ◆オリジナル・マジック
 フィジカル・プロテクション
  物理防護の薄いバリア。皮膚や髪、眼球などの
 表面を丈夫にする。

 シンキング・アクセル・&・アナライズ・アシスト
  思考加速と瞬間で判断する為のベクトルの予測
 計算処理を行ってくれるが大分大雑把。

 フィジカル・ムーブ・アシスト・サイコキノ
  秒以下環境下での動作を筋肉だけで行うのは、
 余程の手練れでなければ出来ない。イメージ通り
 に念動で身体を動かせる。

 キャリング・レジデュアル・ヒート
  物理的に早く動くと、無理矢理とは言え筋肉が
 伸縮し熱が作られてしまう。アクセル中の蓄積熱は
 逃げないで溜まる一方になりかねないので、手の
 平に集めて攻撃手段にも使えそうと咄嗟に作られ
 た熱伝導を促す魔法。

 ◆魔法複合技能
 ※ケンが掛けられるがアイルスは使用不可
 短時間睡眠術メンテナンス・リブート
 分散関連記憶回収整理処理メモリー・デフラグ・フロー
 共有記憶同期メモリー・シンクロ
 並列複合魔技最適化
 技能分析スキル・アナライズ
 技能複製スキル・コピー
 才能読取タレント・リーディング
 才能分析タレント・アナライズ


 ◆並列思考関連事項
 上書きオーバーライト
  物理的に負の意思ネガティヴも記録された形式がある為、
 その記憶領域を正の意思ポジティブで上書きが可能だ。上書
 きと言うと大抵この類いを指す。アイルスが何故
 これが必要と感じているのかと言うと、負の意思
 は何かと破滅へ向かう傾向がある為、生きて正常
 な判断とは真逆に自ら進んでしまう。冷静な判断
 ができていないと結論付けている為である。



 


_____
お読みいただき、ありがとうございました。
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