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第12話 閑話休題 ゴブリナ・クィーン

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 受精1日目

 薬品のすえた匂いの染み付く薄暗い部屋。
 大きな純度の高いガラスがが覆うバイアスベッド。それが3つ部屋の壁を占拠するように並んでいる。中は透明度の高い液体で満たされていた。

 真ん中のベッドには耳の尖った緑色の肌をした子供が寝ている。
 その部屋に誰かが入ってきた。
 狂気の科学者か……まともとは縁遠そうな雰囲気を醸し出した人物だ。

 その怪しい人物は机に並べ立ててあった試験管を取り、コルク栓を親指で弾くと中の赤い液体を飲み干した。
 続いて三角フラスコに飲み干した試験管の隣に立ててあった透明な液体ーー培養液と思しきものーーを鼻歌交じりに注ぎ込む。

 "キュアー・ディシーズ"

 注ぎ終えて、酔っ払いの如くフラつきながら特定の条件のタンパク質を分解する呪文を唱える。
 どうやら狂気の科学者ではなく魔女だったらしい。
 その魔女は何もない空間におもむろに右手を突き出すと虚空に手の平大の魔方陣が浮かび右手がその中へ消えた。

 直ぐに棚から何かを出す様な仕草で手を引っ込めるとその手には直径5×20mmの小さな筒が収まっていた。
 その小さな筒の蓋を開け、フラスコの中へ液体を垂らす。
 それを見て怪しい魔女はニヤリと笑った。

 ◆

 1ヶ月後
 真ん中のベッドは空に。
 左のベッドには耳の尖った緑の肌の女の子が寝て居た。
 その寝顔は天使の如く、作り物かと思うほどあどけなさを残した美しさだった。

 この子は小鬼(ゴブリン)と言う種族。
 さらに言えばゴブリンのメスの中で先祖帰りした、人の外見に近い古代種。ゴブリナ。
 その昔、悪魔族に簡単に増える労働力と使い捨ての戦力として遺伝子情報をモテアソばれた人達がいた。

 ゴブリンに堕とされたのだ。
 その中で人に近い外見の異端児である彼女達の末路は想像に難くない。
 淘汰され伝説上の存在となった種族。

 その彼女を怪しい魔女は作り出し、持てる叡智の全てをもって魔改造を施しているのだった。
 外見を傷つけること無く、ゴブリナの弱さや儚さをそのままに。
 魔女にとって最高傑作の玩具。

 その意識は産まれて一月を経過しても未だに覚醒せず、超技術により無意識の基、知識を植え付けらセーブさせれて居た。

 しかし意識を、自我を持っていても不思議でない彼女。
 普通のゴブリンには知り得ない悪魔族と呼ばれる種族の歴史とたまに見せる天使と呼ばれる存在の情報。この戦争の始まった本当の理由。
 嘘か真かも判断できない内に刷り込まれていく記憶。

 覚醒もされないまま夢の中ただ1人、時に佇んで、時に漂って、流れてくる情報の意味も理解出来ずに見つめて自分が何者なのか考える。
 母を知らず、愛情を知らず、生き物の生態情報を読取り、外の世界を知った。

 夢と言うなんでも出来る世界で流れ込む情報により強制的に学習させられた。
 知らない世界に焦がれ続けた。

 ◆

 2ヶ月後
 魔法技術と超技術を修めたゴブリナ。
 超技術とは神から盗んだと言われる超古代魔法の事である。
 この魔女は、光の民側が未だに錬金術で人造人間を作れないものかと研究している事を、いとも容易く実現させていた。

(正しくは複製クローンゴブリナだが)
 その彼女の瞼がユックリと開かれた。
 筋肉には微弱な電気を流して居た為、衰える事無く立ち上がる事に多少の苦労はしたものの、特に問題なかった。

 初めて見る世界と初めて見る創造主。
 しかしそこには感動も感情らしいものさえなかった。
 彼女には、初めから破格のスペックが与えられている。

 ゴブリンとしては長期の成長期間を与えられ、記憶の着床にも時間をかけられてゴブリンを束ねる王女として造られた。
 超技術の魔法薬服用魔導器で強化された身体の基本ステータス。

 もともと長過ぎる詠唱の超古代魔法。知識は得ても経験不足から無詠唱に出来なかった。
 そこですぐに使い物になる様、詠唱を補助する珠をつけた杖を与える。
 それを操る術も与えた。

 光の民が産み出した魔法も、超技術の一旦である超古代魔法も、使い熟せる知識と技術。ゴブリンの枠を超え単騎で聖騎士さえ翻弄出来得る壊れたスペックをゴブリナ・クィーンはもたされた。
 そしてついに目覚めの時が迫る。

 覚醒させる為に眠り続けるシステムを止めた。怪しい魔女はひたすら待ちながら次の計画の準備をする。

 ゴンゴンゴンゴンン……ゴパッ

 バイアスベットの調整水が強制排水されて行く音が響く。直後、マスクの収容と同時にカバーガラスの上半分が機密を解くエアの音が室内に響いた。
 彼女が遂に目覚めた。

「おはよう。私の可愛いゴブリナ・クィーン、フォールーン」「……フォールー……ン」
 超古代語で語り掛ける魔女。
 それに応えるようにたどたどしく続けるゴブリナ・クィーン。

「そう、貴方の名前よ」
「私の名前、フォー……ルーン」

 彼女がその名を呟く瞬間、額から出来の悪い台形ドットで構成された魔法陣が円筒状に幾重にも現れた。名前を一文字口にする度に外側から何層かがキーシリンダーの様に回転し完全な魔法陣が形成され最終的に三つの魔法陣が完成した。彼女が名前を言い終えた刹那、完成した魔法陣が強く光り輝き、紅い鍵の光が額へ沈んでいった。それが完全に沈み切ると彼女の目付きが世界を初めて目にする子供から一切の感情の消えた抑揚の無い顔に変貌した。

「悪魔族に課せられた使命の為、貴方は私に代わりそれを果たしてきて頂戴」

「はい。我が創造主」
「先ずは効率良く果たす為に、野蛮で下賎な者どもを付き従えると良いわ。その為の知識も戦略もお前には与えた」

「はい。我が創造主」
「あぁ、いけない。羞恥心を覚えなさい。服はそこに用意してある物を。では、使命を果たす以外は好きに生きるが良い。ゴブリナ・クィーン・フォールーン」

「産み出して下さいまして、ありがとうございます。必ず貴方の満足の行く成果を」
 そう傅き、礼を述べた後、かけてあった服を着ると杖を持った。空間門を魔女が創り出し送り出す。

 かくして、光の民にとっての脅威が野に放たれた。



 ____________________
 オマケ


 ◆バイアス・ベッド
  最大30度まで傾けられる縦置きの様な傾きの人造
 生命体専用培養ベッド。ゴブリンやゴブリナ以外も
 作れる可能性が高い。ベッドに入れる前の受精体が
 持つ遺伝子のレシピ次第なのだろう。

 ◆古代魔法 ディスシック
  ある特定条件のタンパク質を分解する魔法。仕組
 みや方式は今のトコ不明。病気を治せるとされる。

 ◆契約
  魂に刻み込み、従属する。主に使い魔ファミリアに使う。

 ■登場キャラクター紹介■
 ◆モンスター
 ・ゴブリナ
  人からゴブリンを作る過程で生まれた出来損ない
 と悪魔族からは言われている。既に存在していない
 種族。デコグリフ教会の聖典に書かれている歴史の
 出自には書いていない。



_____
 いつもお読みいただき、ありがとうございました。
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