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想われ人の心、想い人知らず
しおりを挟む敗北。勝者ある所の影に必ずいる、抗えない立場。そこに立たされた者の心は容易に解消されない。後悔、憎悪、怨恨、嫉妬etc……。それら破滅へ向かう負の感情を糧に己を鍛え直すことの出来る人は報われる可能性が訪れるが、相手を責めたり、その責任を他人に擦る行為を行う者には可能性の道さえ閉ざされる。
勝負や敗北とも関係なく、それら負の感情を被るケースもある。
大事なのは、前向きになれない事を、『自分を騙して』でも前向きにさせる事だろう。それが嫌ならば最初から勝負する状況を作らない事だ。真の己の敵は常に、過去の己なのだから。
それでも、暴言や罵詈雑言、誹謗中傷、果ては暴力まで行使したくなるのが普通であり、それが負の感情を課せられた者の咎だろう。一時の感情のままそれらを振るえば、その時は快楽に浸れる。が、そこに纏わり付く周りからの評価や評判は割りに合わない物をいただく事になる。
負の感情を被らされ、『嫌い』になる事は多い。であれば相手を制するのではなく、離れる事がお互いの為だろう。しかし、わざわざ『嫌い』に突っ込んで行く人種は多い。愚かしい行為と取るか和解の為と取るか。だいたいは相手を制したい欲望に踊らされていると考えておいた方が無難だ。
『人となり』というものは長い時間かけなければ見えないのだから。力に囚われたままでは、望んだ結果に辿り着くのは困難だと思われる。今回の話については特に。
◆
01/25 20:00
綾式寮 六号室(楠井自室)
感情について調べた。記憶と並ぶ動物の持つ大切な機能だが、大自然の中で生きる為と言う前提条件が主に付随する。何故なら、現代社会において、知識や知恵を使いこなす上でしばしば邪魔になる傾向がある。
感情とは少し違うが、『気分が乗らないから』とかが一番目標の邪魔だ。そして、この気分は、日常の外的要因が絡み易く感情にも左右され易い。習慣作りの間だけでも出来るだけ排除したい機能だ。
そうして、発生頻度を減らす為にも感情トリガーを減らす考えに至ったのだ。えーとなになに?
『感情は感情物質が引き起こす化学反応』らしい。『化学反応なので、直接的制御は不可能』マジか。いきなり座礁かよ。と思いつつ続きを読むと、次のような事が書いてあった。感情が起こった瞬間、次のプロセスが起る。主に表情筋らしい。喜怒哀楽の怒哀が最も現代の人間社会では、邪魔になるのだが。
この二つの感情は是非とも制御したい。その為には感情のプロセスを知り、連続する機構に割り込みを掛け感情物質が血中を満たしてしまう前に制御する。
感情の制御。その一つは哀しい顔、怒りの顔を脳が認識し感情物質の追加分泌を促す。このステップを途中から崩す為には、営業スマイルが効果的だ。
二つ目。感情物質は致死量に至るまでかなり必要だが毒の一種だ。コレを血中から取り除く臓器がある。肝臓だ。酒や薬なんかも中和して血液を綺麗にしてくれるのだから考えてみれば当たり前だね。
血中から感情物質が少なくなれば脳の感知に引っ掛からなくなり、感情はプロセスを終える。起こってしまった感情はすぐには消せないが、起因する事から離れて1~5分血流させれば感情を消せる。
感情自体を直接コントロールは出来ないが、間接的なら制御方法はあるという事らしい。
そして、三つ目そもそも感情を起こす起因をなくす。例えば『怒り』は、原始的な意味で『受け入れ難い現実に対し、起る感情』で捕食者に対してだったり、窮地に立たされたりと言ったことに対し、ノルアドレナリンを分泌し戦闘態勢に身体をシフトさせて困難を乗り切るシステムらしい。
現代社会において、喧嘩や事故に巻き込まれたりスポーツする意外に必要は無さげだ。プライドを傷付けられても発動するのは、仲間内でヒエラルキーの最底辺に陥れる状況が作られた時などだろうか。オメガ個体については既に読んだので理解しているが群れは群れであって仲間と安心はしない方がいいと言う事を肝に命じたほうが良さげだ。
本能に囚われて、友達を馬鹿にする奴は友達を辞める宣言をしているのと同義だ。自分より下になる奴が欲しいだけでそれは都合の良い自分専用のオメガ個体が欲しいって事だ。敵と大して変わらない。
コレの恐ろしいトコは、群が変わるとヒエラルキーリセットが起こると言うトコだ。底辺が群を抜け新たに底辺だけで構成された群れの中で、されて来たことをその群の中で行う愚かしさが起る。大抵、やってる本人は気付かない。
理由は『相手を下と認識すると気持ちが良い』からだ。
実害があるまでは、『本能に囚われた猿だし仕方ないな』と思って感情を殺す以外良い手が見つからない。大人でも本能に逆らうのは困難だろう。昨今のニュースで先生が先生を虐めるとか良い例だ。
実害の時のために法律とかのことも知っておいた方が良さそうだ。学校が生徒も先生もどこでいじめが起きようと不幸が起きるまで黙殺とかよくある話だしね。怒りの対処には多大な身を守るための知識が付随して来そうだ。
◆
再び、十二年前 吉田 晶の記憶
男とか女とかよく分からなかった。
物心つく前から、『女の子みたいで可愛い』と言われ続けていたらしいし、物心ついてからも変わることはなかった。いっそ成れれば良かったのに。そう思っていた。ある日、引っ越した先で里原 秀雄君に告白された。
「アキちゃん、大きくなったら俺と結婚してくれ!」
男なのに女の子みたいと持て囃す大人達。女傑な家族構成で男らしさの主張がなかった父。男とか女とかよく分からない鋳型に収められて、なんの疑問も持たない友人達。それらを全部無視した里原 秀雄君に一瞬で憧れた。
「どんな事があっても、嫌いにならない?」
だから、返事は『はい』や『いいよ』ではなく、ずっと側に居られるように答えた。この時、私、吉田 晶の人格にとって、里原 秀雄は拠り所となったのだ。
◆
03/08 16:00
旧校舎二階 オカルト研究会部室前廊下
「その話、詳しく教えてもらってもいい?」
「え? でも……」
吉田君は何かを躊躇った。若干の違和感を感じて返事を少し待ったが、何かを逡巡している様子だ。
「吉田君、此方には現状の問題を解決できる術がある。詳しく話してくれないとスムーズに解決には導けない。言いにくい事があるなら二人きりで他言は無用とするよ」
「いや、俺も誰にも言わないよ」
宗吾が追従して言う。
「いえ、言います」
吉田君は、覚悟を決めてメリケンサック先輩との甘くてほろ苦い昔話を聞かせてくれた。案外サクッと話は終わり、何となく表面に出てこないモノが分かりかけて来た。
「里原君は、幼稚園時代の奴等に囃し立てられて変わってしまったんだと思う」
「なるほどねぇ。今は、同性婚も可能な時代だし、本気にしないにしても歩み寄れるとは思うけど……あの性格はこの先苦労するねぇ……」
「吉田はどうしたいんだ?」
「……昔みたいに仲良くしたい……」
依存関係が築かれている? 恋愛に限りなく似た友情っぽい何かが吉田君側には出来上がっているな。リアル裁判より和解が良いのか悩むトコだ。
「今の段階では賭けだが、手がないわけじゃない」
「え?」
「どんな手だよ?」
「まぁ、それはカバンを取ってから話すよ」
部室の前に丁度ついたので、扉を開けて中へ。
「会長、コレありがとうございます」
「ちょっと、楠井君、所々汚れてるじゃないの。喧嘩でもしたの?」
「まぁ、ちょっと転びまして」
「……」
「何か?」
「使ってないでしょ?」
「あ、会長、実は……」
宗吾が制汗タオルを使ってない事で口を挟み、その後ろに控えてた吉田君が覗くと会長の態度が豹変した。
「なに!? この可愛い子! 勧誘してきてくれてたの!?」
声に驚きつつ、会長の視線を辿りながら吉田君と会長の間から半身引く。宗吾も似たような反応をしていた。
「え? 男……子……?」
「えっと、僕……なんかゴメンなさい」
可愛いと言われた所為か、顔を真っ赤にする吉田君。
「いや、会長、この子は勧誘とかじゃなく」
宗吾がそう言った瞬間閃いた。そうだ勧誘してしまえば良いじゃないか。
「会長、この子入れても良いって事ですかね」
「いいも何も、三年生が卒業して部から非公認研究会になって今年も誰も入らなかったらココが使えなくなるのよ?入ってもらえるなんて奇跡じゃないの」
「と言うわけで、吉田君仮入部お願いしてもいいかな? この時間にあんなトコにいたって事は部活入ってないんだろ?」
「え? え? 入ってませんけど……入ってもいいですよ。里原君も一緒なら」
ピシッと空気が凍った様に感じたのはオレだけだろうか。これは難しい課題になった。考えてみればそうだろう。そうだった。敵認定されてる奴をどう懐柔する?
「よし、じゃ、楠井君は二人をオカ研に引き入れる事。それが出来てからゴールデンウィークの計画を立てるわよ!」
後藤会長が宣言する。とんでもないことになった。
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