オックルティズム・インペリウム

すあま

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フェロモン・マスター

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 魂が肉体を得て行動できるようになったとしても、肉体の美醜まではままならない。殆どの魂は肉体と言う霊獄に縛られ、限られた寿命を無駄に使うケースが多い。例えば肉体の操作の仕方。例えば肉体のケアの仕方。例えば知識の習得と使用法。それらを使いこなす為に費やされる時間は軽く十年程を費やし、知らぬまま四〇を過ぎるケースさえ存在する。

 こと『恋愛』に関して興味をそそられることは多くとも、思春期以前ともなると『ガツガツしてて格好悪い』だの『恥ずかしい』『私にはまだ早い』などと言い、いざ理想と思えるパートナーにしたい相手が現れた時に、なんの手段も持たず慌てる事態に陥ることも多い。更に成就に至るまでの項目の大半は微々たる効果の手段の上、失敗すれば幻滅される。

 それら成就したい欲求が必ず発生するにも拘らず、その時のために備えようとするのが理論的な解決なのだが、非論理的解決に走る者は多い。

 平たく言えば、『勝ちに行きたい戦になんの準備もせず、いざ戦となった時に占いだの神頼みだので挑もうとしている』者のなんと多いことか。

 教えられてないからと言い訳する時代は終わりつつはある。インターネットで調べられるのだから。しかし、初手は必ず指導者が必要だ。親か教師が少なくとも個人を尊重し教えるべきだろう。『来るべき戦に備えよ』と。

 ◆

 01/24 17:30

 元両親の寝室にて私、綾式 香澄は目に涙を溜めながら母の話を聞いている。

「先ず第一に巷でも度々耳にする、モテ要素“フェロモン”について」
「フェロモンって虫なんかが出す匂いのヤツ?」
「そう。ギリシャ語の運ぶと刺激するから作られた造語で殆どの生物が同種の異性に繁殖を促す為に分泌する物質の総称よ」
「人間も出てるの?」

「人も生物だもの。汗に含まれると誤解されてるけれど、アポクリン腺と呼ばれる、腋の下やデリケートなトコにしかない特殊な分泌線から出てるの。そこから出る汗は細胞の一部が千切れて出てくるから常在菌の餌になりやすいの。その所為で本来の目的の匂いが食べられて違った匂いになる事もある……」
「目的と違う?」

「そうね、例えば、納豆菌、乳酸菌、イースト菌とかも常在菌で渾然一体となると納豆チーズトーストを汗に浸した匂いになるわ」
「うぇ……」

「だから、汗の処理には常に意識して衛生的に。ね。分泌される物質は生活のリズムや栄養の影響も受けやすいの。今の綾式寮の生活環境はそれを基本に組まれてるわ」
「えと、つまり規則正しく生活してバランスの良い栄養を取ればモテる匂いが出て相手に気付かれやすいってこと?」

「そう。ちょっと早いけど少量の香水でフェロモンを際立たせるのも良いわ。そうね、学校……は必要ないか。ウチでだけですもんね。さり気なさで演出するなら柔軟剤の匂いがいいかも知れないわ」

「キャラメルに塩まぶす感じ?」

「そうそう、比較対象があるとより際立つ効果ね。あとネガティヴ発言はフェロモンの分泌量を減らすから注意よ。可愛い仕草についてだけれど、これは少しだけ持論が入るわね。筋トレは必要よ。贅肉を消費出来るある程度の筋肉は必要だから。でも、所作で物を持つ時は両手で持つ事。潜在的に力が無いんだなと認識され弱さをアピール出来るわ。後は普通に袖を引っ張るとか上目遣いとかありふれた一般的な仕草で十分ね」

「どっちにしろ運動して要らないものを身体の外に出す必要があるんでしょ、それは今までと変わらないな……」
「そうね。ポイントは両手で持つところね」
「うん。わかった」

「心理学については、基本的な事はちゃんと学術書を読んだ方がいいわね。すぐ出来る小手先技ならさっき言ったキャラメルと塩の関係を応用すればいいわ。いつもカスゴミなんて言って普段はアレ、ダメなんだけど今から切り替えればギャップ萌えが起こるわね。巷で言うツンデレ効果よ」
「う、うん」

 顔が赤くなる。ママが頭を撫でてくれた。思わず拒否しようとした。

「二人きりよ誰も見てないわ。今くらい甘えたって誰も子供扱いしないわよ。なんたってホントのママなんだし、撫でさせなさいよ」
「う、うん。でも恥ずかしいよ」

「恥ずかしがってたら、可愛いけど何も進まないわよ。人は基本、何かを変える行動は起こし難いのだから。行動経済学を読めばわかると思うけど、その前に犯罪心理学が良いかしらね。あの子の好きなもの調べることから始めないといけないからねー」

「はんざい?」
「プロファイリングで何を思い行動してるか調べるのに役立つわよ。そこの本棚にあるでしょ。好きな時に読んでいいわ」

「プロファイリングで好みを調べたの?」
「ちょっと違うけど、まぁそんなところね」
「ママは占いとかには頼らなかったの?」
「逆になんで不確実なものに頼るギャンブルをしに行きたいの? 確実に成功するために考え抜かなきゃ失敗率は下がらないじゃない」

「え、でも縁結びの神様って……」
「んー。神様って個人にサービス提供するほど暇じゃないと思うのよね……」
「サービス?」
「だって、そうでしょ? みんなが受けたいのは不備のない快適に生きられるサービスでしょ? そのサービスを受けられないと『神などいない』って嘆くのだし」
「あ、そっか」
「そうよ。サービスにはキチンと対価を支払わなきゃ普通は受けられないのよ」
「うん」

「ちょっと考えてみて。うーんと努力して来た人と、なんの努力もしてない才能だけで上り詰めて来た人が誰もが欲する頂点をかけて同じ舞台で対決する事になった。両者の力は互いに拮抗している。そこで貴方の手には運を積むことの出来るメダルが一枚握られている。そのメダルは一度使うと消費されてなくなる。どちらにそのメダルをあげたいと思う?」
「頑張って来た人」

「神様もきっとそうよ。お祖父ちゃんはよく言っていたわ『運は努力で積み上げられる』って。ママも頑張ってる人の方がかっこいいと思うの」
「でも、アイツ頑張らない。ムカつく」
「そうね。でも、それは伸び代があるかも知れないわね。香澄の為に頑張らせるように仕向けるのも悪くないわね」
「えー? ……」

 ママは茶々を入れる事なくただ微笑んでた。やってみようかな……姑息なあざとい手段を……。

 ◆

 01/28 06:30

 自室にて、ゆっくりと覚醒した。布団を蹴飛ばして寝ていたらしい。暑寒いと言う分からない温度感と頭痛が襲って来た。汗が酷い。取り敢えずパジャマを脱ぎ捨て濡れティッシュとタオルで汗を拭く。スポーツブラもポイ捨てして全身拭いたが、どうにも動きが鈍い。

 アイツの部屋にちょくちょく見に行ってたのが悪かったか風邪が感染うつったと判断する。新しい下着を出そうかと思ったが気持ち悪くなり、面倒臭さからそのままパジャマを着た。もちろん学校は休む。アイツはインフルエンザじゃなかったから、多分インフルエンザじゃないだろう。

 この三日間、私にしては精神的に無理な勉強の仕方が祟ったか。ポリシーを曲げてまでやる必要無かったかもしれない……いや、例え保留でも意識を植え付けておくのは悪くない筈。ママには勝てないけど。ちょっとヤバい。布団をすぐに被ったら意識が落ちた。

 ◆

 01/28 07:10


「おい、飯だ。ここに置いとくぞ」

 アイツがすごく優しくしてくれる夢を見た。ここの所アイツの事ばかり考えていた所為だ。……今アイツの声がした? 試しに返事してみよう。

『中まで持って来て……』

 なーんて、気のせい気のせいきっとママの声を聞き間違えて……ここに置いとく? ママナラソンナコトイワナイジャン。ハ? エ? は!? 待って待って! 今のなし! Please retake!  急いでカーディガンだけ羽織る。足音がドアの前で止まり、水平ドアノブがゆっくり降りる。顔も洗ってないのに! あ、揺れる……世界が揺れる……?

 ドアが開く。起こしていた上体をベッドへ解放する。アイツが顔を見せた。元気になったんだ。
 ……!……笑っちゃう。風邪程度で……あ、アイツの匂い。これがフェロモンかなぁ。私のフェロモンちゃんと出てるかな?

 ご飯が乗ったお盆を持つ手。形の良い爪。長い指。骨が浮き出た繊細な手首。変なの。よく見ようなんて思った事ないのに。

「……ありがと」
「あぁ、ここに置けばいいか?」
「うん。ありがと」

 痰が絡んで来そう。切れない。咳き込んで何も言えない。息もうまく吸えない。

「大丈夫か?」

 首を振る。苦しい。汚いのが出てくる。見られたくない。

「背中、さ、さするぞ」

 こんな時に狡いよ。優しくするなんて……あ。ブラしてない。苦しい。訳わかんない。首を縦に振るしかなかった。

 優しくさすられた。近くのティッシュ箱が目の前に出された。それを二、三枚引き出して口に当てる。汚い音を聞かれたくないと思ったけどどうしようもなかった。

「医者行って来た方が良くないか?」
「うん。ママは?」
「まだ下にいるよ、そろそろオレも食べたいから戻るぞ」

 チャンスだ。今しかない。ブレザーの袖を掴んだ。恥ずかしい。頑張って目を見て言う。なかなか言葉が出てこない。言うんだ。

「……フーフー、アーンして……」
「は?」

 顔が熱くなる。目を伏せた。

「い、いいのか?」
「早く。お腹空いた」
「待ってろ」

 その場で膝立ちして、椀のラップを取ってお粥を大きなスプーンで掬い息を吹きかけ冷ましてくれる。

「ふー、ふー」

 こんなお兄ちゃん欲しかったなぁ。

「ほら、あーん」
「あーん」

 まだちょっと熱いけど美味しい。無心でフーフーアーンで餌付けされてる事に後で気付いて赤くなって俯いた。

「も、もう熱くないから大丈夫だろ。しっかり食べろよ。無理に食べなくても良いからな。ちゃんとしっかり寝ろよ」
「あ、ありがとカズにい
「お、おぅ。じゃ、じゃぁ、行ってくる」
「行ってらっしゃい」

 なんだ。仲良くなるなんて簡単だったんじゃん。その後全部食べながら、記憶の中のフーフーアーンを反芻した。恥ずかしいくらいに反芻してた。今でも悶えそうだ。



 _____
 お読みいただきありがとうございます。
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