勇者と狼の王女の結婚

神夜帳

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前編

第3話 ドタバタ結婚式 (全年齢)

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僕が彼女に結婚を申し出てから一週間。

激動の一週間だった。

その日の夜のうちに、黒狼族の使いがイルルーシヤ経由でやってきて、事の真相を問いただしていったが、僕が一貫して本気で結婚したい旨を告げたら、目を見開いたまま帰っていった。

それからというものの、次の日には黒狼族の城に招待され、そこで彼女の父である王と決闘し、打ち破ると兄だの、親戚だの、長年見守ってきた護衛だの、はたまた全然関係ないであろうその辺の一般市民らしき者まで、次々に決闘を申し込んできてそれを全て打ち破った。

1日で一体何戦したのだろうか…。
100戦はしたような気がする…。
僕が城の訓練場の舞台の上で、ライバル(?)たちを蹴散らしている間、彼女は女王の横に座って澄ました顔でたまにこちらをちらりと見るが、あとは目を閉じていて言葉を発することは無かった。
尻尾は傍使いの者が、動かないように必死に抑えていたように見える…僕に喜んでくれたのか?彼女のこの時点での思いはよくわからなかったが、彼女の顔を見れただけで満足だ。出会ったときに着ていた美しい青いドレスではなく、儀式用だろうか?真っ白い純白の金の刺繍が入ったドレスに身を包んで、私王族ですのと必死に気取っている態度をとっている彼女が、なんだかおもしろくて、違った一面が見れて嬉しくて見とれていた。

「戦いに集中しろ!勇者殿!!」

彼女の婚約者となる予定だったという男が、尻尾をぴーんと天に向かって反り返して、怒りのまま僕へ突撃してくるが、彼の斬撃を紙一重で避け、そのまま腹に一撃拳を叩きこむと、悶絶して崩れ落ちた。

「勝負あり!勝者!勇者殿!」

審判役をしていた老兵が僕の右手を天につきあげさせ、勝利を宣言する。
澄ましていた彼女が、その時だけ嬉しそうに耳をぴこぴこ動かしていたのが可愛かった。

それからは、あれよあれよという間に、結婚は認められ、人間の町の教会で(会場は、教会の外で、簡易的な仮設式場を皆で作った)、貴賓席では、人間代表として王様が、黒狼族代表として彼女の父が肩を並べて座っている。
天気は快晴とは言えず、雲が多いがよく晴れた昼下がりと言えるだろう。

牧師は可哀そうに…。
こんな片田舎の牧師なら、こんな国を代表する者たちと会う機会などないだろう。ひどく緊張していて、早く終わらせたくて仕方がないといった様子だった。
あとで、胃薬をプレゼントしてあげよう。

あの出会いから、姿は見るものの、しっかりと向き合える機会などなかったが、今、目の前に手が届く距離に、純白のウェディングドレスを着た彼女が立っている。

「宣誓をここに」

牧師が厳粛に進行を促すと、彼女が綺麗なソプラノを響かせながら言った。

「わたくし、黒狼族の父、ケルルト=フォン=クルーデウスと母、マルルーア=フォン=クルーデウスが娘、マリー=フォン=クルーデウスが宣言します。どんな時も夫の傍で、病める時も健やかな時も二人で支え合うことを…死が二人を分かつまで…夫を愛し続けます」

彼女の名前はマリーなのかと、今さら知った僕は、興奮と、そのマリーが愛を宣言してくれた嬉しさで気絶しそうだった。
頭が沸いてしまって、ボケーっとしてしまった僕に牧師が咳払いで宣言を催促する。

「僕は…」

言いかけたところで、マリーの美しい青い瞳に吸い寄せられてしまって…魅了されて、言葉が出てこない。
後ろからイルルーシヤが「こら!魔王を倒したやつが何をしてる!しっかり決めんか!」と怒声をあげると、周りの人間はけらけらと笑った。
王様もにこにことしながら微笑んで見守っている。

「僕は…異世界人です!元々、この世界の人間ではありません。でも、僕はこの世界でマリーと一緒に死ぬまで愛し合って…!この世界のために生き続けることを宣言します!!」

なんだか、ちょっと内容がアレだったよう気がするが、もうこれでいい。何か大切なことを言っていない気がするが…まぁ、あとでもいいだろう。思い出した時で。
牧師も、もうなんでもいいから早くしてといった態度だったし、王様も僕の人柄を知っているせいか、笑って手を叩いている。

「この新しい道を歩み始める二人に盛大な拍手を…」

と牧師が言いかけたところで、マリーが。

「ちょっと待ってください!」

と大きな声で言った。




私は、本当は本当に結婚式が終わってからにしようと思っていた。
これは本当で、信じて欲しい。

だけど、我慢ができなかった。

一分、一秒でも早く、この男と戦いたかった。

腹の底に熱いものが溢れてくるように力を全身にみなぎらせ、尻尾を天に突き立てたくなるのを必死に抑えていたけど…。

「僕はこの世界でマリーと一緒に死ぬまで愛し合って」

という勇者様のセリフを聞いたら、なんというか我慢ができなくなってしまった。

「ちょっと待ってください!」

というと、私は預かっていた聖剣を彼に渡す。
本当であれば、この後指輪の交換時に返却する予定だった。
だけど、もう我慢が出来ない。

なぜだろうか?

彼の私を愛するという言葉を聞いて、何かが自分の中でぷつりと切れてしまった。

折角お祝いしようと集まってきていた、黒狼族のみんなも、人間たちも、きょとんとした顔でこちらを見ていて、私が抜き身のといっても訓練用の刃を潰した剣であるが、を、彼につきつけたとき、王様はけらけら笑って、父は頭を抱えていた。

「勇者様、あなたと夫婦になって愛していくのは本当です。でも、なぜか、もう我慢できません。今ここで私と戦ってくださいませんか?」

今まで戦闘訓練をさせてもらえなかった私では、あっさり負けてしまうのかもしれない。
それならそれでいい。
ただ、生涯一度も誰ともまともに戦ったこともないまま、家庭に入るのは許せなかった。
そして、愛という言葉を聞いたとき、なぜか早く戦わなくては!という思いが強くなった。本当になんでだろう?

「えっと、式のあとで訓練場でゆっくりとではだめですか?」

彼が手を降参のポーズにしながら、至極正論を言う。
でも、異常事態であることはわかっていながら、敢えて正論を吐く彼にちょっとイラっとしてしまった。

駄目だからこうしているんでしょ!と。

「馬鹿にしないでください。もう遠慮なくこちらから行きますよ!」

そう言うと、私は彼の左肩に向けて剣を叩きつけようと体を捻る。
訓練などしていないのに、皆のを遠巻きに見ていたからだろうか、元々知っていたかのように、私の身体はしなやかにそれでいて素早く回転し、膂力と回転力を味方につけた刃がぎらりと光って彼に向っていく。
彼の聖剣がぼんやり光っているのが見えた。




マリーのいきなりの一撃。
びっくりするくらいしなやかに動く彼女の肢体に、連動して揺れる胸に、揺らめく黒い艶やかな髪に、自分を打倒するべく燃える闘志に満ちた輝く青い瞳に、魅せられてしまい一瞬反応が遅れるが、なんとか後ろに飛んで斬撃を躱す。

空ぶって地面に突き刺さった剣先が地面をえぐって穴を空け、穴を中心に左右上下へと亀裂を走らせる。

僕の聖剣がぼんやりと光っている。
あれ?彼女と出会ったとき光っていたのって、僕の恋愛を…生涯を決める大事な選択の時だから光ってたのではなくて…?
純粋に彼女の戦闘力に危険を感じて…光ってたの?

これはまずいと左右を見渡すが、マリーを傷つけない得物…それこそ、木刀や竹刀といったものはなさそうだ。
そりゃ…教会だしね。
いくらか逡巡していると、マリーが叫ぶ。

「どうぞ!旦那様!その聖剣を抜いてくださいませ!」

いやいやいや、どこの世に、自分の花嫁に聖剣を抜いて戦う旦那がいるというのか。
魔力を通して固くした拳でどうにかするしかないと、全身に魔力の膜を張るが、そのさまを見てマリーが激高する。

「馬鹿にしないでください!ちゃんと戦ってください!それは私への侮辱です!」

えぇ…そんなぁと困っていると、マリーの父ケルルトが口を挟んだ。

「勇者殿。マリーの言うようにしてあげてください。確かに、戦いで手を抜かれるのは我らにとっては死ぬより屈辱なこと。これで死んでしまったのなら、それはそれでいいのです」

横で、マリーの母も続けて言う。

「勇者様、訳あってマリーを戦いから遠ざけてきましたが、それが娘をこじらせてしまったようです。どうかお願いです。手を抜かないで。最悪あなたが死にますよ」

お母さま…?
娘の教育の失敗をここで清算させるおつもりですか?

「勇者!覚悟!」

マリーが剣を突き立てて突進してくる。

「なむさん!」

輝く聖剣が、ついに自ら鞘から飛び出して僕の右手に収まる。
マリーの一撃を聖剣で受け止めた。
マリーの剣を良く見ると、刃が潰してある訓練用のものだ。彼女としては殺すつもりがないようだが…いくら刃を潰してあるからとはいえ、剣そのものに魔力の膜をまとわらせ威力をアップさせているのでは、潰している意味がない…気がする。
現に、聖剣でその刃を受け止めたが、刃こぼれ一つしていない。

「お腹ががら空きですよ」

マリーの剣先に気を取られていると、彼女の足が僕のお腹に突き刺ささる。純白のウェディングドレスから放たれる、透き通るような白い肌の太ももにちょっと幸せを感じながらも身体がいくらか吹き飛ばされる。
魔力で身体を強化していなければ、内臓が破裂していたに違いない。

たどたどしくバランスを崩しながら、着地するとその隙を狩ろうとマリーの剣が足にめがけてやってくる。

ピッ!ととても短く瞬間的に空気を切り裂いた音を発しながら、日の光をきらりと反射して斬撃の軌跡を銀色に輝かせる。
聖剣でなんとか防いだ後も、肩、胴、頭、再び足と、次々に目にもとまらぬ速さで繰り出される斬撃。

観衆が出し物と勘違いして、大声で雄たけびを上げながら拍手をして喜んでいる。

違う…!出し物じゃない…!

何分くらい剣戟をしていたのだろうか。
段々とマリーの呼吸がわかってきて、対応できるようになってきた。
あまりに美しすぎるその見本のような斬撃は、逆に予想がしやすくて簡単に避けれるようになった。
実戦経験がないからだろう。
マリーの斬撃は、目の前の事象に動物的本能で食らいついているだけだ。
僕達は…次の次のそのまた次を予想しながら攻撃していくのだ。

しかし、下手すれば魔王ですら倒せそうなこの力…なぜ、戦闘に関わらせなかったのだろうか。

でも、戦っていくうちになんとなくわかった。

強い。

強すぎるのだ。

まだ若いこの体でこの力。将来末恐ろしい。

黒狼族は、強さこそが全ての一族だった。

そして、誰もが一族の最強になることを目標に、切磋琢磨している。
マリーがこの華奢そうな若い女の子の身体で、魔王すら易々と倒せそうな実力で一族の皆を圧倒したらどうなるだろうか?

目標というのは、ギリギリ叶いそうだから、叶えようと頑張れるのだ。
絶対に自分では最強になれないという、圧倒的力を皆に知らしめてしまえば…。

きっと、周りは自信を無くしていき意気消沈してしまい、最強を目指さなくなる。
黒狼族の戦力が大幅に減少してしまう恐れがあったわけだ。

更に言うならば、マリーは最後の希望として森の中に封印されていた可能性もある。これだけの力を秘めていたことは、特に親ならば薄々わかっていたことだろう。
自分たちでは絶対に敵わない者が現れたとき、城を…子供たちを…守る最後の希望として…。

黒狼族は戦闘力が凄まじくても、回復力が人間とは比べ物にならなくとも、病気にも負けないというわけでもないし、致命的な毒を喰らってピンピンしているというわけにもいかないだろう。
それに、魔族の瘴気で身体の中をズタズタにされてしまう可能性だってあるし、デッドリースライムの強力な酸がかかれば…想像もしたくもない。

最強でも、どんな状況でも死なないというわけではない。

一族の戦意を損なわないために、そして、最後の希望を無事なまま温存するために、マリーは狩りや戦闘から遠ざけられてきたというわけだ。きっと。

もっと普通の強さならば、彼女は普通に戦いに加わって…そして、もしかしたら先の戦いで戦死してしまっていたかもしれない。

良かった。いや、良かったのか?

彼女の剣をさばきながら、ちらりと王様達を見る。
王様が目で言っている。「そろそろ終わりにしなさい」と。

喜べよ。王様。
恐らく、僕達からは最強の子供が生まれるぞ。
これで、貴方の王国も安泰だ。
せめて、税金くらい免除してよね。

「マリー!誇り高い黒狼族の戦士よ!侮って申し訳ない!!勇者、ソラ!貴方を生涯最大の好敵手と判断し、最高の一撃をお見せする!」

そうか。さっき何か言い忘れた気がしたのは、僕の名前だ。
マリーはハァハァと息を切らし肩を大きく揺らしながら、ぎらぎらした青い瞳に喜びをたたえて、口元はにやりと端を曲げた。

「旦那様!私を認めて下さりありがとうございます!どうぞ!いつでもいらしてください!私も全力をもってお応えいたします!」

頼むぞ…聖剣デュランダル…!

祈りを。
いつもの世界への祈りを、今日は僕個人の祈りに変えて。
聖剣を通して。
精霊たちよ…皆を…マリーを守りたまえ。

僕が聖剣に魔力をこめて聖剣に封じられた精霊たちを解放する。
解放された精霊たちはマリーのそばをゆらゆら揺れながら囲んで…マリーはそれを攻撃の手順の一つと思ったようだ。
満足気に、自分も剣を天高く構えて魔力をこめている。

「マリー!行きますよ!」
「旦那様!行きます!」

光に包まれた二人の剣先が交わる。

辺りは光に包まれて…。

物凄い大爆音と閃光で、多くの観衆がしばらく視力と聴力を一時的に失ったのではないだろうか。

天高く光の柱が空にうちあがって、雲を吹き飛ばし、ただでさえ晴れていた空を、雲一つない快晴へと変化させる。

全てがおさまり、観衆が目や耳の機能を取り戻してまず見たのは、眠るように花婿の胸に身体を預ける花嫁と、それを愛おしそうに抱きしめる花婿の姿。
魔力のぶつかり合いは、僕の勝利に終わり、精霊たちに周りとマリーを守らせたお陰で、誰一人傷ついていない。

「凄い人に求婚してしまったけど…なんだろう。余計に愛おしくなったな」

時折、エヘヘと満足げに笑いながら眠る花嫁。

「それでは、誓いの口づけを!」

牧師がやけくそ気味に口づけを催促する。

相手に意識がないのにちょっと罪悪感を感じたが、そうも言ってられない。この場をしめなくては。

僕はドキドキしながらマリーの唇に自分の唇を重ね合わせた。
このドキドキが、マリーに対してのドキドキなのか、戦闘のドキドキなのかわからなくなっていた。
マリーもこんな感じだったのではないだろうか?
いきなり色々なことが起きて、ドキドキしすぎて…オーバーフローしてしまったとき、好意のドキドキと戦闘のドキドキがわからなくなってしまったのではないだろうか。
箱入り娘のような扱いだったマリー。
戦闘狂一族の箱入り娘マリー。

これから、色々なことが起きる気がする。

けど、きっとマリーとなら楽しくやっていけるだろう。

僕は彼女をお姫様抱っこすると、観衆たちがわぁっと熱をもった黄色い悲鳴を上げる。
それに、会釈をして応えると、そのままお姫様だっこのままマリーを連れて歩いていった。

僕達の新居へ。
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