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第4章 主人公
第38話 鴉の使徒
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①
ネクロ野郎と呼ばれる男は、誘われるまま砂金愛の胸に触れる。
手から伝わってくる暖かな体温が、ふーことそっくりの姿をしていても、ゾンビではなく人間であることを知らしめる。
いったい、愛はどうしたんだろうと、自分がどうしてあげればいいんだろうと悩んでいるところに、愛からの告白の言葉が耳を撫でた。
俺が愛を見て可愛いと思うことはもちろんある。それは、千鶴に対してもだ。
2人ともモデルになれるんじゃないかってくらい、身体は綺麗でプロポーションもいいうえに、千鶴の顔は誰が見ても可愛いと思うだろうし、愛だって健康的でやや勝気ながら整った顔立ちは、お姉さん好きの人にはたまらないだろう。
一緒に生活していて、時折見えてしまう2人のセクシーな一面は、ドキッとさせられるには十分だ。しかし、俺は人間に対しては勃つことはない。
愛が、俺に好かれるためにふーこそっくりの姿に変装までして、好意を伝えてくれたのにはぐっとくるものもある。
だけど……。
「あぁ……俺は……。知っていると思うけど、俺は人間相手に勃つことはないんだ」
「……知ってる……」
手の平から伝わる愛の柔らかな胸の感触。
暖かくて柔らかなそれは、とても心地が良い触り心地に感じた。
「……ねぇ……よく……見て……」
ふーこそっくりのその姿。
正直、ぱっと見はふーこと見分けがつかない。
前髪は綺麗に整えられて後ろはウェーブがかった栗毛、潤んだ赤い瞳、つけまつ毛だろうか? 長いまつ毛、まさにふーこだ。
なんだか、頭がバグりそうだ。
「……好き……」
ふーこと同じ姿をした存在が、ふーこは決して言わないことを言う。
俺がふーこに言って欲しかった言葉。
いや、自覚していたわけではない。
ただ、ふーこが自分のことを弟のような感情で接していて、男としては愛していないとわかったときショックだったことから、そう言うふうにいわれることを望んでいたんだなと自己嫌悪になった。
相手がゾンビであろうと、感情があるならば、おもちゃとして拾ってきて好き勝手やってきた男が、好かれるはずがないだろう。
しかし、ふーこはそばにいてくれている。自分の世話をする人間がいなくては困るということみたいだが、人間らしい感情は消えて、ゾンビとしての感情でいてくれたおかげで、俺とふーこは離れることなく今も一緒にいられる。ゾンビにとってはセックスだって苦痛でもなんでもなく、ただ穴に入れられている不思議な動作くらいなものなのだろう。
「……わからん……。俺に好きになる要素あったか?」
「……口が……うまく……動かないの……」
愛はそういうと、上体を起こして俺におずおずと抱きついてきた。
ふわりと愛の女の匂いが香る。
そして、偽物の赤い瞳でじっと俺の目を下から見つめてきた。
「スマホ拾おうか?」
フリック入力でやりとりするしかないと思って言ってみたが、愛はふるふると顔を左右にふって否定した。
「俺に察しろと? 俺にそれを要求するのか?」
「……背負って……くれるん……でしょ? ふーこちゃんと……向き合う……練習……」
愛はそう言うと少し口の端を曲げて、小悪魔的な微笑みを見せた。
「ここで、ふーこを出すのか……」
本物のふーこはベッドでくぅくぅと寝息を立てて眠っている。
俺がふーこを見つめていると、愛はその可愛らしい手で俺の股間をさすってきた。
「おい」
愛は喋らない。黙ってズボンの下に収まっているペニスを布越しに優しく触る。
「愛がそんなことをする必要はない」
「……最近……してない……でしょ……」
確かに、ふーこが眠るようになってセックスする機会は激減してしまった。
眠っているふーこに入れてしまおうかとよぎったこともあるが、それは何か違う気がして踏みとどまっている。
「……いいよ……」
「だから、俺は人間では勃たたないんだよ」
「……わたし……今はゾンビ……この格好のときは……わたしは……ふーこ……」
愛はそう言うとじっと俺の瞳を見つめてきて、やがて、愛のふーこと同じ小さく可愛らしい唇が、そっと俺の唇に触れた。
触れて、離れて、触れて……離れて。
軽いフレンチキスを繰り返す。
「……好き……好き……好き……」
ふーこそっくりの姿の愛が、自分はふーこだと言いながら、好意を囁きながら、その度に唇を、俺の唇に、首筋に、そして手に、優しく押し当てる。
チリチリと頭の後ろが熱気だつ感覚がして、不思議とペニスも少し暖かな血流を感じるようになってきた。
まさか、愛相手に勃つのか?
そう思ったところで、愛はどんどんと顔を赤くしていき、どこまで赤くなるのだろうかというところで、目を回してへたりこんだ。
「おい……無茶するから……」
「……うぅ……恥ずかしぃ……」
愛はベッドから起き上がって、ふらふらとドアの方へ歩いていく。
それを俺は目で追っていくと、愛はにこっと微笑みながら振り返って言った。
「……また……明日の……夜ね……」
そして、視界から消える愛の姿。
おそらく、俺は鳩が豆鉄砲を喰らったような顔をまさしくしていたことだろう。
ぽかーんと愛が消えていったドアの方をしばらく見つめたのち、思わず口から言葉が漏れた。
「もしかして、これ……。毎日続くのか?」
明日は、おそらくけしかけたであろう千鶴をとっちめるしかない。
②
東京のある場所で、鴉の人形をポールのようなものにくくりつけたモニュメントが地面から空に向かって突き立っていた。
それを不思議そうに見上げる学校のブレザーとスカートを身にまとった女は、近くにいた男の袖をつまんで引っ張って、それを指さした。
無精ひげを生やした30代後半といったひょろっとした男が、女の指の先に視線を移す。
「ねぇねぇ。あれなんだろう?」
黒い艶やかな長い髪を風に揺らして、可愛らしいくりっとした目をぱちくりと瞬きしながら男に言う。
「大井町……あたりから見かけるようになったな……。ただの鴉除けならいいが……なんかのモニュメントみたいだな……。また、変な宗教が生まれているのかもしれない」
「どうする?」
「信者ほど怖いものはない。とっとと離れよう」
「ねぇねぇ。天国ってあるのかなぁ?」
「どっちのだ? 無線で呼びかけていた方か? 死んで行く方のか?」
「そりゃあ、無線の方だよぉ。金森町ってとこでやってるって言ってたよね?」
「山梨の天国は内部争いで崩壊したらしい。今度の天国だってどうなることか。なんだ? ユリは行きたいのか?」
「うーん。二人で生きていくには色々限界だよねぇ。結局、私達は社会からはみ出たらただのか弱いたんぱく質の塊なんじゃないかなぁ」
「もうちっと、女の子らしい言い方できねぇのか」
「なにそれ! 差別! さーーべつぅーー!」
「やれやれ……」
ユリと呼ばれた若い女は、とてとてと男の前まで早歩きした後、くるっとまるで着ている服を見せびらかすかのようにターンした。
「そんなことより、嬉しくないのぉ? 現役女子高生の制服姿だよぉ?」
ユリが覗き込むように男の顔を見る。
男の一挙手一投足を逃さないように、じっとつぶらな瞳が見つめている。
「……かわいいよ……」
ぼそっと男がつぶやく。
「えー? なんてー? 聞こえませーん? 出血大サービス中なんですけどぉ?」
ユリは耳に手をやって抗議する。
「馬鹿野郎……あんま大きな声出すなって。近くにヤバイ奴がいて襲われたらどうする?」
男は慌ててユリの腕を引っ張って、頬と頬が触れ合えそうなくらい近くまで抱き寄せると、ユリの耳元で小声で囁いた。
しかし……。
二人の後方から若い男の冷たい若い男の声が轟いた。
「ざーんねん! もういまーす!」
ユリの傍にいた男はその声を聞くやいなや、腰に下げていた小ぶりの斧を手にして振り返る。
「僕、三島薫(みしま かおる)っていいまーす!」
どんよりとした曇り空の下、銀髪を鈍く輝かせながら三島はにやりと妖艶に微笑む。
アンニュイな雰囲気を醸し出すウェーブがかったボブヘアーに、なにかのメタルバンドらしき男達がプリントされた黒のTシャツ、グレーのボトムを身にまとって、白いスニーカーを履いている。
ぱっと見は、20歳になったばかりといった色白な若い男だ。
「なんか用か? 俺達はもうすぐにでもここを立ち去りたいのだが?」
男の言葉に、三島は微笑みを崩さないまま口を開く。
「ひとってさー! 減りすぎだよねぇ!! 仲良くしようよぉ!! 人類皆兄弟!!!! 減った分増やさなきゃ!!!」
妖しい笑顔のまま、耳をつんざくような大声、いや、最後の方はもう叫びだ――で話す三島を見て、男は警戒の色を強める。
「ちっ……。また、狂人か?」
「失礼だなぁ!! 楽園に案内しようっていうのにぃ!!」
三島の楽園という言葉にユリが男の背から怯えた表情で反応する。
「ら……楽園ですか? 天国とは違うんですか?」
「天国ぅ? あぁ、金森町ってとこに新しく出来たっていうやつぅ? さぁ? まだいったことないから違いはしらない。でも、別にいいんだ。最後は、みんな楽園になるんだからさぁ!!!」
「楽園……って、どんなところなんですか?」
ユリの質問に三島は、よくぞ聞いてくれましたというばかりに表情を明るく嬉しそうにすると、今にも踊り出しそうな勢いで答える。
「楽園はいいとこだぁ! 電気やガス、水道、ライフラインは全部生きてる! 食べ物には困らないし! 男は好きな女と好きなだけセックス三昧! 女は子供ができれば豪華な暮らしが待っている!!!」
三島は一気に捲し立てた後、一呼吸おいて今度は神妙な面持ちに変わる。
「……なにより、使徒様がいらっしゃる。我々には、鴉の使徒様がついているのさ」
ユリの傍にいた男は、使徒という言葉にうんざりとした様子でやれやれとため息をつきながら言った。
「三島といったか? 要はカルト宗教だろう? もう、そういうのはうんざりなんだ。それに、好きな女とセックスし放題? つまり、女は相手は選べないってことだよな? 悪いがユリをそんなレイプ魔の集団に放り込むわけにはいかないな」
それに呼応してユリも言う。
「わたしは、おじさん以外は嫌です」
それらを聞いて、三島はため息をつきながら首を左右に振る。
「あーあ。全く、なんにもわかってないな。みんながそんな好き勝手言ってたら、このままなら人類は滅んでしまうよ? 今の世界人口どれくらいか知ってるの? 1万人だ。たったの1万人だよ? どうするの? このままじゃ全滅だよ?」
「なんでそんなことがわかる?」
「わかるのさ。鴉の使徒様はなーんでも知っている」
「そうかい。でも、俺達の答えはノーだ」
バンっ!
短い破裂音が辺り一面に轟いた。
ユリの傍にいた男のジャケットに穴が空いて、そこから血がたらたらと流れ落ちた。
男は声にならない声をだし、腹を抑えながらその場にうずくまる。
三島の手に拳銃が握られていて、銃口からわずかに白い煙が立ち上っていた。
「おじさんっ!!!!」
ユリが青い顔をしてしゃがんで男の傷の具合を見ようとする……が、ふと気配を感じて後ろを振り返れば、屈強な男が二人静かに立っていた。
「なっ!?」
二人の屈強な男は、驚くユリの顔に拳骨を叩きこむと、鼻血を出して目をまわすユリを蹲る男から引きはがし地面に張り倒して、ユリの体中を蹴り始めた。
その様子をじっと見ている三島が冷たい声色で言う。
「おいおい。殺すなよ。殺すのは男だけだ。男はまぁ少なくてもなんとかなるからな。でも、女はダメだ。たくさん子供を産んでもらわないといけないからな」
二人の屈強な男達は三島の言葉に静かに頷くと、痣だらけになったユリをひょいと肩に担いで歩き出した。
それを見届けた三島が、蹲るユリの男の背後に静かに立ち、持っていた拳銃を後頭部に押し当てる。
「先に天国に行って待ってなよ。ユリちゃんにはたくさん子供を産んでもらったら会いに行かせるからさ」
「て、てめぇ……」
バンっ!
弾丸は蹲る男の後頭部から入って額から抜けていった。
映画とは違い少量の血がぴっと地面にいくらか散ったのみで、男は地面に沈み二度と動かなかった。
三島はしたこととは裏腹に、ひどく優しい声色で言った。
「最後のチャンスなんだよ。これでダメなら使徒様はきっと世界を滅ぼされてしまう」
そして、火薬のにおいを身体にまとわせながら、腰のホルダーに銃をしまう。
「金森町か。多田といったか……。ハハハ……主人公? 笑わせるね。とりあえず攫ってみるか?」
三島は愉快そうに屈強な男の後を追った。
ネクロ野郎と呼ばれる男は、誘われるまま砂金愛の胸に触れる。
手から伝わってくる暖かな体温が、ふーことそっくりの姿をしていても、ゾンビではなく人間であることを知らしめる。
いったい、愛はどうしたんだろうと、自分がどうしてあげればいいんだろうと悩んでいるところに、愛からの告白の言葉が耳を撫でた。
俺が愛を見て可愛いと思うことはもちろんある。それは、千鶴に対してもだ。
2人ともモデルになれるんじゃないかってくらい、身体は綺麗でプロポーションもいいうえに、千鶴の顔は誰が見ても可愛いと思うだろうし、愛だって健康的でやや勝気ながら整った顔立ちは、お姉さん好きの人にはたまらないだろう。
一緒に生活していて、時折見えてしまう2人のセクシーな一面は、ドキッとさせられるには十分だ。しかし、俺は人間に対しては勃つことはない。
愛が、俺に好かれるためにふーこそっくりの姿に変装までして、好意を伝えてくれたのにはぐっとくるものもある。
だけど……。
「あぁ……俺は……。知っていると思うけど、俺は人間相手に勃つことはないんだ」
「……知ってる……」
手の平から伝わる愛の柔らかな胸の感触。
暖かくて柔らかなそれは、とても心地が良い触り心地に感じた。
「……ねぇ……よく……見て……」
ふーこそっくりのその姿。
正直、ぱっと見はふーこと見分けがつかない。
前髪は綺麗に整えられて後ろはウェーブがかった栗毛、潤んだ赤い瞳、つけまつ毛だろうか? 長いまつ毛、まさにふーこだ。
なんだか、頭がバグりそうだ。
「……好き……」
ふーこと同じ姿をした存在が、ふーこは決して言わないことを言う。
俺がふーこに言って欲しかった言葉。
いや、自覚していたわけではない。
ただ、ふーこが自分のことを弟のような感情で接していて、男としては愛していないとわかったときショックだったことから、そう言うふうにいわれることを望んでいたんだなと自己嫌悪になった。
相手がゾンビであろうと、感情があるならば、おもちゃとして拾ってきて好き勝手やってきた男が、好かれるはずがないだろう。
しかし、ふーこはそばにいてくれている。自分の世話をする人間がいなくては困るということみたいだが、人間らしい感情は消えて、ゾンビとしての感情でいてくれたおかげで、俺とふーこは離れることなく今も一緒にいられる。ゾンビにとってはセックスだって苦痛でもなんでもなく、ただ穴に入れられている不思議な動作くらいなものなのだろう。
「……わからん……。俺に好きになる要素あったか?」
「……口が……うまく……動かないの……」
愛はそういうと、上体を起こして俺におずおずと抱きついてきた。
ふわりと愛の女の匂いが香る。
そして、偽物の赤い瞳でじっと俺の目を下から見つめてきた。
「スマホ拾おうか?」
フリック入力でやりとりするしかないと思って言ってみたが、愛はふるふると顔を左右にふって否定した。
「俺に察しろと? 俺にそれを要求するのか?」
「……背負って……くれるん……でしょ? ふーこちゃんと……向き合う……練習……」
愛はそう言うと少し口の端を曲げて、小悪魔的な微笑みを見せた。
「ここで、ふーこを出すのか……」
本物のふーこはベッドでくぅくぅと寝息を立てて眠っている。
俺がふーこを見つめていると、愛はその可愛らしい手で俺の股間をさすってきた。
「おい」
愛は喋らない。黙ってズボンの下に収まっているペニスを布越しに優しく触る。
「愛がそんなことをする必要はない」
「……最近……してない……でしょ……」
確かに、ふーこが眠るようになってセックスする機会は激減してしまった。
眠っているふーこに入れてしまおうかとよぎったこともあるが、それは何か違う気がして踏みとどまっている。
「……いいよ……」
「だから、俺は人間では勃たたないんだよ」
「……わたし……今はゾンビ……この格好のときは……わたしは……ふーこ……」
愛はそう言うとじっと俺の瞳を見つめてきて、やがて、愛のふーこと同じ小さく可愛らしい唇が、そっと俺の唇に触れた。
触れて、離れて、触れて……離れて。
軽いフレンチキスを繰り返す。
「……好き……好き……好き……」
ふーこそっくりの姿の愛が、自分はふーこだと言いながら、好意を囁きながら、その度に唇を、俺の唇に、首筋に、そして手に、優しく押し当てる。
チリチリと頭の後ろが熱気だつ感覚がして、不思議とペニスも少し暖かな血流を感じるようになってきた。
まさか、愛相手に勃つのか?
そう思ったところで、愛はどんどんと顔を赤くしていき、どこまで赤くなるのだろうかというところで、目を回してへたりこんだ。
「おい……無茶するから……」
「……うぅ……恥ずかしぃ……」
愛はベッドから起き上がって、ふらふらとドアの方へ歩いていく。
それを俺は目で追っていくと、愛はにこっと微笑みながら振り返って言った。
「……また……明日の……夜ね……」
そして、視界から消える愛の姿。
おそらく、俺は鳩が豆鉄砲を喰らったような顔をまさしくしていたことだろう。
ぽかーんと愛が消えていったドアの方をしばらく見つめたのち、思わず口から言葉が漏れた。
「もしかして、これ……。毎日続くのか?」
明日は、おそらくけしかけたであろう千鶴をとっちめるしかない。
②
東京のある場所で、鴉の人形をポールのようなものにくくりつけたモニュメントが地面から空に向かって突き立っていた。
それを不思議そうに見上げる学校のブレザーとスカートを身にまとった女は、近くにいた男の袖をつまんで引っ張って、それを指さした。
無精ひげを生やした30代後半といったひょろっとした男が、女の指の先に視線を移す。
「ねぇねぇ。あれなんだろう?」
黒い艶やかな長い髪を風に揺らして、可愛らしいくりっとした目をぱちくりと瞬きしながら男に言う。
「大井町……あたりから見かけるようになったな……。ただの鴉除けならいいが……なんかのモニュメントみたいだな……。また、変な宗教が生まれているのかもしれない」
「どうする?」
「信者ほど怖いものはない。とっとと離れよう」
「ねぇねぇ。天国ってあるのかなぁ?」
「どっちのだ? 無線で呼びかけていた方か? 死んで行く方のか?」
「そりゃあ、無線の方だよぉ。金森町ってとこでやってるって言ってたよね?」
「山梨の天国は内部争いで崩壊したらしい。今度の天国だってどうなることか。なんだ? ユリは行きたいのか?」
「うーん。二人で生きていくには色々限界だよねぇ。結局、私達は社会からはみ出たらただのか弱いたんぱく質の塊なんじゃないかなぁ」
「もうちっと、女の子らしい言い方できねぇのか」
「なにそれ! 差別! さーーべつぅーー!」
「やれやれ……」
ユリと呼ばれた若い女は、とてとてと男の前まで早歩きした後、くるっとまるで着ている服を見せびらかすかのようにターンした。
「そんなことより、嬉しくないのぉ? 現役女子高生の制服姿だよぉ?」
ユリが覗き込むように男の顔を見る。
男の一挙手一投足を逃さないように、じっとつぶらな瞳が見つめている。
「……かわいいよ……」
ぼそっと男がつぶやく。
「えー? なんてー? 聞こえませーん? 出血大サービス中なんですけどぉ?」
ユリは耳に手をやって抗議する。
「馬鹿野郎……あんま大きな声出すなって。近くにヤバイ奴がいて襲われたらどうする?」
男は慌ててユリの腕を引っ張って、頬と頬が触れ合えそうなくらい近くまで抱き寄せると、ユリの耳元で小声で囁いた。
しかし……。
二人の後方から若い男の冷たい若い男の声が轟いた。
「ざーんねん! もういまーす!」
ユリの傍にいた男はその声を聞くやいなや、腰に下げていた小ぶりの斧を手にして振り返る。
「僕、三島薫(みしま かおる)っていいまーす!」
どんよりとした曇り空の下、銀髪を鈍く輝かせながら三島はにやりと妖艶に微笑む。
アンニュイな雰囲気を醸し出すウェーブがかったボブヘアーに、なにかのメタルバンドらしき男達がプリントされた黒のTシャツ、グレーのボトムを身にまとって、白いスニーカーを履いている。
ぱっと見は、20歳になったばかりといった色白な若い男だ。
「なんか用か? 俺達はもうすぐにでもここを立ち去りたいのだが?」
男の言葉に、三島は微笑みを崩さないまま口を開く。
「ひとってさー! 減りすぎだよねぇ!! 仲良くしようよぉ!! 人類皆兄弟!!!! 減った分増やさなきゃ!!!」
妖しい笑顔のまま、耳をつんざくような大声、いや、最後の方はもう叫びだ――で話す三島を見て、男は警戒の色を強める。
「ちっ……。また、狂人か?」
「失礼だなぁ!! 楽園に案内しようっていうのにぃ!!」
三島の楽園という言葉にユリが男の背から怯えた表情で反応する。
「ら……楽園ですか? 天国とは違うんですか?」
「天国ぅ? あぁ、金森町ってとこに新しく出来たっていうやつぅ? さぁ? まだいったことないから違いはしらない。でも、別にいいんだ。最後は、みんな楽園になるんだからさぁ!!!」
「楽園……って、どんなところなんですか?」
ユリの質問に三島は、よくぞ聞いてくれましたというばかりに表情を明るく嬉しそうにすると、今にも踊り出しそうな勢いで答える。
「楽園はいいとこだぁ! 電気やガス、水道、ライフラインは全部生きてる! 食べ物には困らないし! 男は好きな女と好きなだけセックス三昧! 女は子供ができれば豪華な暮らしが待っている!!!」
三島は一気に捲し立てた後、一呼吸おいて今度は神妙な面持ちに変わる。
「……なにより、使徒様がいらっしゃる。我々には、鴉の使徒様がついているのさ」
ユリの傍にいた男は、使徒という言葉にうんざりとした様子でやれやれとため息をつきながら言った。
「三島といったか? 要はカルト宗教だろう? もう、そういうのはうんざりなんだ。それに、好きな女とセックスし放題? つまり、女は相手は選べないってことだよな? 悪いがユリをそんなレイプ魔の集団に放り込むわけにはいかないな」
それに呼応してユリも言う。
「わたしは、おじさん以外は嫌です」
それらを聞いて、三島はため息をつきながら首を左右に振る。
「あーあ。全く、なんにもわかってないな。みんながそんな好き勝手言ってたら、このままなら人類は滅んでしまうよ? 今の世界人口どれくらいか知ってるの? 1万人だ。たったの1万人だよ? どうするの? このままじゃ全滅だよ?」
「なんでそんなことがわかる?」
「わかるのさ。鴉の使徒様はなーんでも知っている」
「そうかい。でも、俺達の答えはノーだ」
バンっ!
短い破裂音が辺り一面に轟いた。
ユリの傍にいた男のジャケットに穴が空いて、そこから血がたらたらと流れ落ちた。
男は声にならない声をだし、腹を抑えながらその場にうずくまる。
三島の手に拳銃が握られていて、銃口からわずかに白い煙が立ち上っていた。
「おじさんっ!!!!」
ユリが青い顔をしてしゃがんで男の傷の具合を見ようとする……が、ふと気配を感じて後ろを振り返れば、屈強な男が二人静かに立っていた。
「なっ!?」
二人の屈強な男は、驚くユリの顔に拳骨を叩きこむと、鼻血を出して目をまわすユリを蹲る男から引きはがし地面に張り倒して、ユリの体中を蹴り始めた。
その様子をじっと見ている三島が冷たい声色で言う。
「おいおい。殺すなよ。殺すのは男だけだ。男はまぁ少なくてもなんとかなるからな。でも、女はダメだ。たくさん子供を産んでもらわないといけないからな」
二人の屈強な男達は三島の言葉に静かに頷くと、痣だらけになったユリをひょいと肩に担いで歩き出した。
それを見届けた三島が、蹲るユリの男の背後に静かに立ち、持っていた拳銃を後頭部に押し当てる。
「先に天国に行って待ってなよ。ユリちゃんにはたくさん子供を産んでもらったら会いに行かせるからさ」
「て、てめぇ……」
バンっ!
弾丸は蹲る男の後頭部から入って額から抜けていった。
映画とは違い少量の血がぴっと地面にいくらか散ったのみで、男は地面に沈み二度と動かなかった。
三島はしたこととは裏腹に、ひどく優しい声色で言った。
「最後のチャンスなんだよ。これでダメなら使徒様はきっと世界を滅ぼされてしまう」
そして、火薬のにおいを身体にまとわせながら、腰のホルダーに銃をしまう。
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