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第3章 星に願いを
第24話 恋、愛、欲情、そして、保身?
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①
ぽかぽかと暖かい日差しが差す中、千鶴はマンションの屋上から外を眺めていた。
「あー、こっそり外に行こうと思ったっすけど、まだ、ちらほらゾンビいるっすねぇ」
顔は外に向けながらつぶやいた言葉に、愛が後ろから返事をする。
「ネクロ…さん…が…良いって言うまで…危ない…よ…」
「わかってるっすよぉ」
しばらく無言が続いた後、千鶴が口を開く。
「ねぇ。愛?愛は、ネクロ野郎のことどう思うっすか?」
「ネクロ…さん…?変わった人…だとは…思うし……怖い…とこも…あるけど…」
「けど?」
「あの人の…お陰で…生活…できてるし…それに…ふーこ…ちゃんにも私達にも……なんだかんだで…優しくない?」
「そうっすねー。なーんか、人としては完全にズレちまってるっすけど……意外と面倒見良いし…こういう世界だと、ああいうのが頼りになるのかもね」
「うん………本質は…優しい…人…だと…思う…」
「優しいとはまた違う気がするっすけどねぇ」
「そう…?」
「人間のことは興味がないから、入れ込まないからそう見えるだけな気もするっすけど」
「でも…千鶴のこと…一生懸命…かばってた…よ…?」
「そうっすねぇ……」
「愛……」
「うん?」
「私のことどう思ってるっすか?」
「凄い…感謝…してる…私が…おかしくなってるときから…家族でもないのに…ずっと…助けて…くれて…」
「私のこと好きっすか?」
「うん…大好き…」
「そうっすかぁ…」
「なんで?」
「正直、いつか天国のやつらとも、うまくやっていかなきゃいけない時が来ると思うっす」
「そう…かも…ね…」
「子供……」
「うん……」
「愛……嫌ってくれてもいいっす……私の代わりに子供を産んでくれないっすか?」
「えっ…それって…天国へ差し出す…?」
「うん……なんて!冗談っすよ!冗談!あーごめんごめん。メンタル落ちてるっす!忘れて!お願い忘れて!」
そう言って千鶴は哀しそうに笑うと、エレベーターにさっさと乗り込み、屋上から去っていった。
残された愛は、千鶴のいた位置まで歩を進めると、外の景色を眺める。
ゾンビの数は減ってはいるが、まだまだ見かけるうえに、天国で新規に発生したゾンビ達ももしかしたらここに流れ込んでくるかもしれない。
それに、東京の大量のゾンビが全滅でもしない限り、ここにもいくらか流れ込み続けている。
保存食糧もいつかは尽きるだろう。
そうなれば、自分たちで狩りをしたり、農作業をしなくてならなかったりする。
3人だけで?
絶対に現実的ではない。
人間は社会で生きていくように進化した生物だ。必ず、社会を築かなくてはならない、属さなくてはならない。
世界中の人々が急激に死んでいくなか、残った貴重な人間同士……。
「千鶴……いいよ……子供を産んであげても……それくらい…しなきゃ……恩を…返せない…よね……」
千鶴のお陰で今、自分は生きているのだ。
ゾンビを呼び寄せる叫びを続けていた自分を、必死になって助け続けてくれた……。
その恩に報いるには……。
でも、可愛い自分の子供を贖罪のために差し出さなきゃいけないだなんて……。
「ネクロさんと…でなきゃ…嫌だなぁ……」
屋上だからだろうか、時折吹きつける強い風に愛は目を細めた。ちょっとずつ伸びてきた髪がはためく。
②
私はかつて自分がわからなくなっていた。
頭の中は常に濃霧で覆われていて、一寸先も何も見えない。
常に耳をつんざく悲鳴のような金切り声が聞こえていて、耳を塞ごうにも頭の中に響いているからどうしようもない。
ただただ、考えることをやめて、時折くる外からの刺激に対して叫び続けることしかできなかった。
外からくる刺激の中には、自分の傍にい続けてくれる何かを時折感じてはいた。
千鶴。
なんで、私を助け続けてくれていたのかはわからない。
ネクロさんとの会話で聞いた限りでは、自分の人間性を守るためにという印象を受けたけれど。
果たして、この終末世界でそれだけの理由で、何の役にも立たないどころか、厄介な私を守り続けてくれる理由になるのか……。
ネクロさんとふーこちゃんと出会って、ふーこちゃんに頭を撫でられたときから少しずつ頭の中の濃霧が晴れていく感じがした。
ふーこちゃんは、私の頭の中で、ネクロさんを盗らないでって言っていて……。
私は、その時は、必死に首を振って否定した。
だけど、今、私は揺れている。
ふーこちゃんの感情は、濃霧と共に私にいくらか共有されていた。
ゾンビの感情だから、人間の感情とはかけ離れているものも多くて、言葉にできないものもたくさんあったけれど、ふーこちゃんは、ネクロさんのことを弟のような感じで受け止めていて、自分のことを必死になって世話してくれる甲斐甲斐しい弟を好ましく思っている。
だけれど、ネクロさんは悲しんでいたけれど、ふーこちゃんはネクロさんに男女の愛情は全く感じていない。
ネクロさんも言っていたけれど、自分の世話役を失いたくないからという打算も大きく含まれているのは間違いない。
でも、それは仕方がないと思う。
ネットの情報だと、ゾンビになった時点で生殖機能は失われるみたい。
子供を作る必要がないなら、男女の愛は紡がれないのは当然と言えば当然かもしれない。
タカクラデパートの件以降、私の頭の中の霧は随分と薄くなっていて、それと共にふーこちゃんとのリンクも切れ始めているように思う。
最近は、私もふーこちゃんの感情はわからなくなってきている。
最後に強烈に感じたのは、ふーこちゃんが自分の爪をちぎりとってしまったとき、あの時のふーこちゃんは、千鶴に対して、強烈な嫉妬心を抱いていて、それでいながらも、自分の世話もしてくれる千鶴に友情のようなものも感じているようだった。
友情を感じ始めている人間に、自分の大切な人を盗られそうに感じたから、強烈な嫉妬になったのかもしれない。
嫉妬……。
赤ん坊でも、猫でも犬でも嫉妬する。
もしかしたら、知性のある生き物が共通してもつ原初の感情かもしれない。
そして、いま、私もその感情を抱き始めている。
だって。
だってさ。
ネクロさんがあんなに一生懸命お世話をしているのに、弟くらいの認識だなんて。
男女の営み……も……ふーこちゃんにとっては、お世話をしてくれなくなりそうだからしょうがなしといった感じで、圧迫感を感じるだけの億劫な動作といった感情が流れてきていた。
ネクロさんは、他にもゾンビを飼っているといっていた。
遊ぶために。
ふーこちゃんも、最初は遊び道具として拾ってきたのは、想像に難くないかもしれない。
でも、あれを見せられ続けては……。
毎日のように身体を洗ってやり、食べ物を必死に集めてきて、それを食べさせてあげて……保存食だけでは飽きるだろうと、時には料理までしてくれる。
人間なんて簡単にバラバラにできる強大な力を持っているのに、ネクロさんはふーこちゃんに戦わせようとはしない。
人間同士の戦いにだって、関わらせるつもりはないってハッキリ言っていた。
男が女のために必死に働いて、必死に守り続けている。
なのに、あんまりだ。
この終末世界で、それをし続けるのがどれだけ大変なことか。
あぁ、でも何も役に立っていない私が言えることじゃない。
そうだ。私は今何も役に立っていない。
武具のメンテナンスを任せ始めてくれたけれど……叫んでるだけで何もしていなかったときから、ネクロさんは千鶴だけでなく、私ですら部屋に置いてくれた。
ご飯も食べさせてくれている。
あぁ、頭がぐちゃぐちゃだ。
ふーこちゃんのネクロさんに対する感情と。
私が理不尽だと感じる感情と。
私に対しても興味なさそうにしながら、実際に一切危害を加えることなく、当たり前のように日常に置き続けてくれた、恩のような感情が。
ぐちゃぐちゃだ。
ふーこちゃんがご飯を食べる姿を、じっと見つめて、ふっとわずかに微笑むネクロさんの視線が、リンクのせいで私に向けられているように錯覚する。
お風呂から出てきて上半身裸のネクロさんを見て、その細身ながら引き締まった身体、思いのほかがっしりとした肩幅、たくましい胸筋に、割れた腹筋……、何の感情もない目のまま私を通り過ぎるときに、ふわっと匂う雄の匂い。
心臓がばくばくとうるさく鳴る。
ネクロさんのモノがふーこちゃんの中に入れられて、いくらかな圧迫感と乳首を舐められた時のぴりっと頭に走る電気信号、胸を優しく揉まれる感覚のいくらかが私に流れ込むとき、私はベッドに横になりながら、ネクロさんの顔が浮かんで……まるで私が抱かれているような錯覚にとらわれていた。
濃霧が支配していたころは、よくわからない知らない種類のマッサージのようなものを受けている感覚だったけれど、霧が晴れはじめ、自分の立ち位置や状況を理解し、ネクロさんの献身の凄さをまざまざと理解させられ、雄の匂いに顔を赤くするたび、私のそこは濡れるようになっていった。
今となっては、ネクロさんがいくらふーこちゃんを抱こうとも、私に感情や感覚は流れ込んではこない。
流れ込んでこなくなると、ちょっと仲間外れにされたような寂しさと共に、もし、今抱かれているのが、ふーこちゃんではなく私だったらと妄想しては、自然と私の手は女のそこに伸びていた。
私のこの感情が、本当に私の中から沸き上がっている感情かは、今はわからない。
ただ、今、私が言えることは……。
手と手を握り合って
肌と肌を重ねて
あの匂いをこれでもかとまで楽しんで
胸を優しく、時には乱暴に揉まれて
私の濡れるあそこを、あのまるで女の人のように細くて繊細な指で、そっと触れて欲しい。
そう思ってしまっているということです。
この感情はなんでしょうか?
これは、恋ですか?
これは、愛ですか?
これは、欲情ですか?
それとも、私もまた、今の生活から追放されることを恐れて……。
これも、保身ですか?
わかりません。私にはわかりません。
でも、触れたいのです。あの人に。
でも、ゾンビにしか勃たないって言っているネクロさん……。
どうしたら、触ってもらえるでしょう?
ふーこちゃんに似た姿になれば、触ってもらえるでしょうか?
私は、千鶴がタカクラデパート前の物資回収の時に、持ち帰ってきていたウィッグをかぶって鏡の前に立ってみた。
ふーこちゃんの可愛さには……特に、あの可愛い顔立ちなのに、どこか儚げで美しい空気は似ても似つかない。
でも、似た髪型にして、千鶴に化粧をしてもらえば、いくらか似るんじゃないかとも思う。
今被っているウィッグは、ふーこちゃんのような波打つ栗毛ではなく、ストレートなロングヘアーだけれど……普段の私と比べると、ぐっと女っぽくなっていると自分でも思う。
というより、思ったより美人ではないだろうか?私は?と、一瞬勝手にテンションが沸騰しそうになるけれど、千鶴の顔がよぎって、あっさりしぼむ。
「赤い……カラー…コンタクトを……したら…手を……出して…くれる……かな?」
私は、鏡の前のもう一人の私に問いかけた。
鏡の向こうの女の私は、何も答えてくれなかった。
ぽかぽかと暖かい日差しが差す中、千鶴はマンションの屋上から外を眺めていた。
「あー、こっそり外に行こうと思ったっすけど、まだ、ちらほらゾンビいるっすねぇ」
顔は外に向けながらつぶやいた言葉に、愛が後ろから返事をする。
「ネクロ…さん…が…良いって言うまで…危ない…よ…」
「わかってるっすよぉ」
しばらく無言が続いた後、千鶴が口を開く。
「ねぇ。愛?愛は、ネクロ野郎のことどう思うっすか?」
「ネクロ…さん…?変わった人…だとは…思うし……怖い…とこも…あるけど…」
「けど?」
「あの人の…お陰で…生活…できてるし…それに…ふーこ…ちゃんにも私達にも……なんだかんだで…優しくない?」
「そうっすねー。なーんか、人としては完全にズレちまってるっすけど……意外と面倒見良いし…こういう世界だと、ああいうのが頼りになるのかもね」
「うん………本質は…優しい…人…だと…思う…」
「優しいとはまた違う気がするっすけどねぇ」
「そう…?」
「人間のことは興味がないから、入れ込まないからそう見えるだけな気もするっすけど」
「でも…千鶴のこと…一生懸命…かばってた…よ…?」
「そうっすねぇ……」
「愛……」
「うん?」
「私のことどう思ってるっすか?」
「凄い…感謝…してる…私が…おかしくなってるときから…家族でもないのに…ずっと…助けて…くれて…」
「私のこと好きっすか?」
「うん…大好き…」
「そうっすかぁ…」
「なんで?」
「正直、いつか天国のやつらとも、うまくやっていかなきゃいけない時が来ると思うっす」
「そう…かも…ね…」
「子供……」
「うん……」
「愛……嫌ってくれてもいいっす……私の代わりに子供を産んでくれないっすか?」
「えっ…それって…天国へ差し出す…?」
「うん……なんて!冗談っすよ!冗談!あーごめんごめん。メンタル落ちてるっす!忘れて!お願い忘れて!」
そう言って千鶴は哀しそうに笑うと、エレベーターにさっさと乗り込み、屋上から去っていった。
残された愛は、千鶴のいた位置まで歩を進めると、外の景色を眺める。
ゾンビの数は減ってはいるが、まだまだ見かけるうえに、天国で新規に発生したゾンビ達ももしかしたらここに流れ込んでくるかもしれない。
それに、東京の大量のゾンビが全滅でもしない限り、ここにもいくらか流れ込み続けている。
保存食糧もいつかは尽きるだろう。
そうなれば、自分たちで狩りをしたり、農作業をしなくてならなかったりする。
3人だけで?
絶対に現実的ではない。
人間は社会で生きていくように進化した生物だ。必ず、社会を築かなくてはならない、属さなくてはならない。
世界中の人々が急激に死んでいくなか、残った貴重な人間同士……。
「千鶴……いいよ……子供を産んであげても……それくらい…しなきゃ……恩を…返せない…よね……」
千鶴のお陰で今、自分は生きているのだ。
ゾンビを呼び寄せる叫びを続けていた自分を、必死になって助け続けてくれた……。
その恩に報いるには……。
でも、可愛い自分の子供を贖罪のために差し出さなきゃいけないだなんて……。
「ネクロさんと…でなきゃ…嫌だなぁ……」
屋上だからだろうか、時折吹きつける強い風に愛は目を細めた。ちょっとずつ伸びてきた髪がはためく。
②
私はかつて自分がわからなくなっていた。
頭の中は常に濃霧で覆われていて、一寸先も何も見えない。
常に耳をつんざく悲鳴のような金切り声が聞こえていて、耳を塞ごうにも頭の中に響いているからどうしようもない。
ただただ、考えることをやめて、時折くる外からの刺激に対して叫び続けることしかできなかった。
外からくる刺激の中には、自分の傍にい続けてくれる何かを時折感じてはいた。
千鶴。
なんで、私を助け続けてくれていたのかはわからない。
ネクロさんとの会話で聞いた限りでは、自分の人間性を守るためにという印象を受けたけれど。
果たして、この終末世界でそれだけの理由で、何の役にも立たないどころか、厄介な私を守り続けてくれる理由になるのか……。
ネクロさんとふーこちゃんと出会って、ふーこちゃんに頭を撫でられたときから少しずつ頭の中の濃霧が晴れていく感じがした。
ふーこちゃんは、私の頭の中で、ネクロさんを盗らないでって言っていて……。
私は、その時は、必死に首を振って否定した。
だけど、今、私は揺れている。
ふーこちゃんの感情は、濃霧と共に私にいくらか共有されていた。
ゾンビの感情だから、人間の感情とはかけ離れているものも多くて、言葉にできないものもたくさんあったけれど、ふーこちゃんは、ネクロさんのことを弟のような感じで受け止めていて、自分のことを必死になって世話してくれる甲斐甲斐しい弟を好ましく思っている。
だけれど、ネクロさんは悲しんでいたけれど、ふーこちゃんはネクロさんに男女の愛情は全く感じていない。
ネクロさんも言っていたけれど、自分の世話役を失いたくないからという打算も大きく含まれているのは間違いない。
でも、それは仕方がないと思う。
ネットの情報だと、ゾンビになった時点で生殖機能は失われるみたい。
子供を作る必要がないなら、男女の愛は紡がれないのは当然と言えば当然かもしれない。
タカクラデパートの件以降、私の頭の中の霧は随分と薄くなっていて、それと共にふーこちゃんとのリンクも切れ始めているように思う。
最近は、私もふーこちゃんの感情はわからなくなってきている。
最後に強烈に感じたのは、ふーこちゃんが自分の爪をちぎりとってしまったとき、あの時のふーこちゃんは、千鶴に対して、強烈な嫉妬心を抱いていて、それでいながらも、自分の世話もしてくれる千鶴に友情のようなものも感じているようだった。
友情を感じ始めている人間に、自分の大切な人を盗られそうに感じたから、強烈な嫉妬になったのかもしれない。
嫉妬……。
赤ん坊でも、猫でも犬でも嫉妬する。
もしかしたら、知性のある生き物が共通してもつ原初の感情かもしれない。
そして、いま、私もその感情を抱き始めている。
だって。
だってさ。
ネクロさんがあんなに一生懸命お世話をしているのに、弟くらいの認識だなんて。
男女の営み……も……ふーこちゃんにとっては、お世話をしてくれなくなりそうだからしょうがなしといった感じで、圧迫感を感じるだけの億劫な動作といった感情が流れてきていた。
ネクロさんは、他にもゾンビを飼っているといっていた。
遊ぶために。
ふーこちゃんも、最初は遊び道具として拾ってきたのは、想像に難くないかもしれない。
でも、あれを見せられ続けては……。
毎日のように身体を洗ってやり、食べ物を必死に集めてきて、それを食べさせてあげて……保存食だけでは飽きるだろうと、時には料理までしてくれる。
人間なんて簡単にバラバラにできる強大な力を持っているのに、ネクロさんはふーこちゃんに戦わせようとはしない。
人間同士の戦いにだって、関わらせるつもりはないってハッキリ言っていた。
男が女のために必死に働いて、必死に守り続けている。
なのに、あんまりだ。
この終末世界で、それをし続けるのがどれだけ大変なことか。
あぁ、でも何も役に立っていない私が言えることじゃない。
そうだ。私は今何も役に立っていない。
武具のメンテナンスを任せ始めてくれたけれど……叫んでるだけで何もしていなかったときから、ネクロさんは千鶴だけでなく、私ですら部屋に置いてくれた。
ご飯も食べさせてくれている。
あぁ、頭がぐちゃぐちゃだ。
ふーこちゃんのネクロさんに対する感情と。
私が理不尽だと感じる感情と。
私に対しても興味なさそうにしながら、実際に一切危害を加えることなく、当たり前のように日常に置き続けてくれた、恩のような感情が。
ぐちゃぐちゃだ。
ふーこちゃんがご飯を食べる姿を、じっと見つめて、ふっとわずかに微笑むネクロさんの視線が、リンクのせいで私に向けられているように錯覚する。
お風呂から出てきて上半身裸のネクロさんを見て、その細身ながら引き締まった身体、思いのほかがっしりとした肩幅、たくましい胸筋に、割れた腹筋……、何の感情もない目のまま私を通り過ぎるときに、ふわっと匂う雄の匂い。
心臓がばくばくとうるさく鳴る。
ネクロさんのモノがふーこちゃんの中に入れられて、いくらかな圧迫感と乳首を舐められた時のぴりっと頭に走る電気信号、胸を優しく揉まれる感覚のいくらかが私に流れ込むとき、私はベッドに横になりながら、ネクロさんの顔が浮かんで……まるで私が抱かれているような錯覚にとらわれていた。
濃霧が支配していたころは、よくわからない知らない種類のマッサージのようなものを受けている感覚だったけれど、霧が晴れはじめ、自分の立ち位置や状況を理解し、ネクロさんの献身の凄さをまざまざと理解させられ、雄の匂いに顔を赤くするたび、私のそこは濡れるようになっていった。
今となっては、ネクロさんがいくらふーこちゃんを抱こうとも、私に感情や感覚は流れ込んではこない。
流れ込んでこなくなると、ちょっと仲間外れにされたような寂しさと共に、もし、今抱かれているのが、ふーこちゃんではなく私だったらと妄想しては、自然と私の手は女のそこに伸びていた。
私のこの感情が、本当に私の中から沸き上がっている感情かは、今はわからない。
ただ、今、私が言えることは……。
手と手を握り合って
肌と肌を重ねて
あの匂いをこれでもかとまで楽しんで
胸を優しく、時には乱暴に揉まれて
私の濡れるあそこを、あのまるで女の人のように細くて繊細な指で、そっと触れて欲しい。
そう思ってしまっているということです。
この感情はなんでしょうか?
これは、恋ですか?
これは、愛ですか?
これは、欲情ですか?
それとも、私もまた、今の生活から追放されることを恐れて……。
これも、保身ですか?
わかりません。私にはわかりません。
でも、触れたいのです。あの人に。
でも、ゾンビにしか勃たないって言っているネクロさん……。
どうしたら、触ってもらえるでしょう?
ふーこちゃんに似た姿になれば、触ってもらえるでしょうか?
私は、千鶴がタカクラデパート前の物資回収の時に、持ち帰ってきていたウィッグをかぶって鏡の前に立ってみた。
ふーこちゃんの可愛さには……特に、あの可愛い顔立ちなのに、どこか儚げで美しい空気は似ても似つかない。
でも、似た髪型にして、千鶴に化粧をしてもらえば、いくらか似るんじゃないかとも思う。
今被っているウィッグは、ふーこちゃんのような波打つ栗毛ではなく、ストレートなロングヘアーだけれど……普段の私と比べると、ぐっと女っぽくなっていると自分でも思う。
というより、思ったより美人ではないだろうか?私は?と、一瞬勝手にテンションが沸騰しそうになるけれど、千鶴の顔がよぎって、あっさりしぼむ。
「赤い……カラー…コンタクトを……したら…手を……出して…くれる……かな?」
私は、鏡の前のもう一人の私に問いかけた。
鏡の向こうの女の私は、何も答えてくれなかった。
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