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第3章 星に願いを

第17話 貢ぐ男

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ラベンダーのアロマを炊いて、可愛いぬいぐるみを部屋のいたるところに飾って、美味しいといってくれたハンバーグをお昼ご飯に作って…。

「今日もきっと美味しくできたぞ」

歳は40前半くらいで少しお腹が出てきた体型、白髪が混じって薄くなってきた髪の優しそうな顔立ちの男が、台所から愛しい妻に声をかける。

妻の好きなもので囲んでやろうと町に出ては色々なものを必死に持ち帰った。
ぬいぐるみも、アロマセットも、綺麗な洋服や…時には自分の趣味のセクシーなものまで…死ぬかもしれない思いをしながら部屋や廊下を飾りつくしていった。

「アゥゥ…ウゥウゥ…」

妻がテーブルの食席について、言葉にならない小さな小さなうめき声をわずかに上げて自分を見つめている。
黒いショートヘアに、何年経っても可愛く見える歳より若く見える整った顔、実際自分より10個以上歳が離れていて、なんで結婚したのかできたのか…。胸はぺったんこだったが、そんなことはどうでもいい、スレンダーな体に細い腰つきが今だって魅力的だ。
なにより、クリっとして大きく優しそうな目に見つめられると、背中がぞくぞくして目を離せなくなる。
それは、赤い瞳となった今だって変わらない。

「ほら…まだ熱いか?」

切り分けたハンバーグをフォークで刺して少し息を吹きかけて覚ました後、妻の口に入れてやる。
妻がもぐもぐと咀嚼しながら、時折うめき声をあげるため、その度口から肉汁や切れ端がぼろぼろこぼれて首元や胸元を汚した。

「ほらほら…しっかり噛んで飲み込まないと喉につまらせるぞ」

男が妻の傍に行ってお手拭きで首元を、胸元を拭き取ってやる。
拭かれている間、妻は男の顔をじっと見つめていて、男の手がふと自分の胸に触れたときその手を握って微笑んだ。
ゾンビが爽やかに微笑んでいる。その異常な光景は他の者なら驚いて立ち尽くすだろう。
一体自分たちの前で何が起きているんだと―。

しかし、男にとってはそんなことはどうでもいい。
可愛いものが可愛く微笑んだ。それだけで十分だ。
そのまま唇に優しくキスをする。1回、2回と唇と唇を触れ合わせたところで、舌を入れた。
自分の作ったハンバーグの味と匂いがする。

そのまま妻は男を抱きしめたまま床に押し倒して、まるで男が美味しい肉の塊であるかのように頬を、破ったシャツからあらわれた柔肌を舐めていく。

「おいおい。俺を喰い殺さないでくれよ」

そう言いながら、男はズボンのチャックを開けて自分のモノを取り出す。
妻がそれを何度も舐めて唾液でぬるぬるになったところで、妻の下を脱がしそのわけめに突き入れる。



ゆっくりとした妻の上下運動にとけてしまいそうな快感を感じながら、何度しても飽きないキスをする。

妻が微笑んでいる。
男も微笑んでいる。

昼間から情事にふけっても誰にも気兼ねする必要のない世界。

二人だけの世界。

毎日命懸けの世界。

どうか世界が終わるのならば、このまま温もりを感じたまま終わってくれますように。




多田からもらった衛星通信端末をいじってみる。
Wifiルータモードも可能だったので、俺のスマホや千鶴のスマホもWifiで接続してネットを見ることができるようになった。

SNSにあちこちでゾンビとの戦いや人間同士の戦争ごっこについての書き込みがされている。

「結局、どこも同じことの繰り返しだ」

スマホのブラウザにある教団の宣伝動画が流れていてる。英語音声だったため大まかなことしかわからなかったが、自分たちがこの地で経験したことと同じようなことを国を変えてやっているのだ。

色々な書き込みやツイートを見ていると、今年の3月からガクっと書き込みが減っているのに気づいた。
英語や中国語のタイトルがたくさん溢れていたが、直近1カ月以内の書き込みでフィルターすると、日本語ばかりになるのだ。
この衛星通信サービスはアメリカのボーダレス社のものなので、アメリカで生存者が激減しているのならこのインターネットが繋がらなくなるのも時間の問題かもしれない。

俺は画面をスクロールさせて、何か有用な情報がないか目で追った。
隣ではふーこが俺にぴったりとくっついて、同じように画面を目で追っている。
読めているのか?いや、ただ単に動くものに反応しているだけというような気もする。

生存報告、行方不明者情報、ゾンビの群れの位置情報、新天国への勧誘といった書き込みの中に埋もれて

『妻がゾンビになったが毎日が幸せだ』

という書き込みを見つけた。
タイトルをタップして開いてみると、離婚寸前だった妻がゾンビになったが殺せず拘束しながらも世話をしていたら自分を襲わなくなり、今では夜の生活まであるという。

その書き込みに対して、創作話であると決めつけたコメントのほかに、俺がふーこにも感じていたようにゾンビが生前嬉しいと思うことを与え続けると、人間性が戻るのではないか?という考察も書きこまれていた。
スレッド主は、嘘は言ってないので実際に見たいなら来ると良いと住所を書き込んでいて、それに対して「この状態でどうやってそこまでいくんだ」や「煽りまくるやん」といったコメントが殺到していた。

中には、真似してみたけど噛まれましたといった書き込みもあり、いったい何が条件でそうなるのか真剣に議論しているコメントもあった。

「ふーこみたいな人がいるんだな。静岡県だってさ。バイクで行けない距離ではないな」

書き込みの途中でゾンビになった妻とされる者の写真が貼られている。



小柄でショートカットの髪に黒い薄手のドレスのようなものを着ていて、それが血の色が失せた白い肌をより際立たせていて…暗い部屋の写真だからか真っ赤な瞳が輝いているように見え…ゾンビを装った化粧や画像編集によるフェイク画像でない限り、確かにゾンビのようだが…。特に動画は貼られていないのが、疑いをより一層深めているようだった。
恐らく、俺のように身近に似たケースがある人間じゃないと信じるのは難しいかもしれない。

女ゾンビの画像をじっと見ていると、ふと強烈な殺意を感じてふーこに振り向く。
そこには、やけにトゲトゲしい視線を俺に送るふ―この姿があった。



うーん、これはやはり…。




「嫉妬っすね。私があんたにくっついていたから獲られるかもって不安になったっすよ」

タカクラデパートでの一件の数日後、俺はマンションのリビングで千鶴にふーこのことを相談していた。
洗面所にふ―この爪が3枚ほど落ちていた件がなにかひっかかっていたからだ。何かにひっかけて剥がれてしまった可能性もあるが、自分で剥がしたのだとしたら何がそうさせたのか…。

「ふーこちゃんが襲ったのは、女ゾンビ、私、あんたに助けを求めてくっついた天国の女…でしょ?ふーこちゃんは、あんたを取られまいと必死に追っ払ってるっす」

「なるほど…そんな気もしてはいたが…爪を剥がしたのは?」

「たぶんっすけど、あの時私はあんたにくっついてしまっていたから、それを見てストレスに思ったんじゃないっすかね?襲いたいけど、追っ払いたいけど、あんたに襲うなと指示されてしまっていて見ているしかできなかったっすから」

「うーん、ふーこは俺のことが好きなのか?」

隣にいるふーこに聞いてみる。このやり取りをしている間も千鶴と俺以外もその場にいた。
愛は、千鶴のそばでちょこんと座って不安げにふーこをちらちら見ており、ふーこは俺にぴったりとくっついて横に座っていた。

「ごめんね。ふーこちゃん。私に獲られると思ったんだよね。それで私が嫌いになったんでしょ?私にしてもらったマニキュアが嫌になっちゃったっすよね?」

千鶴がふーこに問いかけるが、ふーこはきょとんとしている。

「大丈夫っすよ。私はこの人は獲らないっす。いつだってふーこちゃんの味方っすよ」

そう言われたふーこは無表情のまま俺を見つめた。

「た、たぶん…。ふーこちゃん…とネクロさんは…男女の愛では…なくて…ふーこちゃんは…執着というか…」

たどたどしく愛がふーこの気持ちを代弁しようとしている。どうも俺のあだ名はネクロさんで決まってしまったようだ。もう今さら否定するのもあほらしい。

「あう…うまく…言えない…です…」

「随分と話せるようになったんだな」

「あっ…はい…。なんだか…頭の中の霧が…ちょっとずつ晴れていく感じが…します…」

愛がおどおどとしながらもちょっと嬉しそうに言った。

「しっかし、愛は無いけど執着はあるって…うーん、ふーこちゃんにとってあんたは自分の所有物って感覚なんすかね?自分のものだから獲らないで!ってことっすかぁ。いやぁ、大変っすね」

「ふーこ、そうなのか?俺に愛はないのか?」

自分だってふーこに愛があるかなんてわからないが、なんか自分のものとして扱われているのに愛がないなんてちょっと悲しい…。というか、他の女ゾンビに手を出すのは許さないのに、愛がないって酷くないか?

「まぁ、いわゆるヤンデレっすね」

「ヤンデレゾンビ…」

なんか漫画のタイトルに使えそうだ。

「ふーこは、身の回りの世話をしてくれる人がいなくなるのが嫌なんだろう?」

ちょっと愛がないと聞いて、自分だって愛があるかわからないのに何だろう…ちょっと胸がちくっとして、ふてくされたように言った。

「…たぶん…それもあるとは…思いますけど…でも‥そうじゃなくて…うーん…」

愛が表現に困って頭を抱えている。

「いわゆる家族愛ってことっすか?」

「…たぶん近いのはそれだと…思います…」

「つまり、ふーこは俺を家族のようなものかつ、自分の物と思っていて…?でも、家族なら俺が他のゾンビに手出すの妨害するのおかしくないか?」

「家族であり自分の所有物っすから。自分の物が他の女の匂いつけてくるのが許せないっすよ。自分の世話をしてくれなくなる不安もあるわけっすから」

「あれ?ふーこって実は残酷な子?」

「うーん、わりとこんなもんじゃないっすか?」

「奴隷君を抱えていた千鶴が言うと説得力があるな」

「綺麗ごとだけじゃ生きていけないっす」

「なるほど…。確かに…」

つまり、ふーこにとっては生存戦略の一環というわけだ。しかし、ゾンビがそこまで知能があるのか…?

「あぁ、そういえば…」

俺は、ふーこを見つけたときの状況を2人に説明した。
そして、どうも喜ぶことをしてあげると人間性が上がるかもしれないということも出来事を説明しながら言った。

「今思えば、不思議だった。特別損傷があったわけでもなく、人を襲えないほど飢えて弱っていたわけでもないのに襲ってくる気配はなくて…なにより、ふーこの前髪は綺麗に整っていた」

「ということは…誰かがあんたに出会う前までふーこちゃんの世話をしていたってことっすね」

「そうだよなぁ…。そんな気はしていたんだ。ふーこが言葉を話すのも…」

「誰かの世話で人間性をある程度取り戻していたからっすね」

「愛は、ふーことテレパシーができるのか?何かわからないか?」

「前は…頭の霧が濃くて…何も考えられない時は…なにかそういうのが頭に響いてきていた気もしますけど…霧が晴れると共に…わからなくなって…きました…ごめんなさい」

愛が申し訳なさそうに頭を下げる。
短いボブの髪型にきりっとした目元、スポーツ少女と言った雰囲気のある愛がしおらしくしょんぼりしていると見た目とのギャップにちょっとドキドキしてしまう。

「ふーこはどこまで状況を理解しているんだろうか」

「ゾンビの知能を考えると、理解は出来ていないと思うっすけど…知能より感情というか…まぁ、がんばって」

「千鶴…めんどうになったな…」

「正直、めんどくさいっす。自分のものなんだから自分でどうにかしてくれっす」

「はぁ…ふーこが傷つけたんだから、ふーこが慰めるんだぞ」

そう言って俺はふーこをぐっと抱き寄せる。

「ここで始めないでくれっす。私や愛がいるんすから」

「うるさいっ!今の話じゃ、俺はお金だけ貢ぐATM男みたいじゃないかっ!その分ふーこに慰めてもらう権利がある!」

そう言って二人に構わずふーこの胸を服の上から揉みしだく、ふーこはきょとんとしたままされるがままだ。
そのまま唇を奪ってやろうと近づけるが…やはり、キスをすると抜け出せなくなりそうな感覚は健在で躊躇してやめた。

「ゾンビに発情する男としてネットにあげてやるっす」

気づくと千鶴が俺とふーこにスマホを向けていた。

「やめろ。馬鹿!位置情報でここに誰か集まってきたらどうする!」

「冗談っすよ」

そう言って千鶴がぺろっと舌を出すと、撮影した写真を見せてきた。



そこには、目が濁り切った男ときょとんとしたふ―こが一緒に写っていた。
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