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第1部 勇者と狼の王女
第16話 覚悟
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①
忍びの第一報を聞いて、すぐさま迎撃に出た黒狼族の王ケルルトが率いる直轄軍は、城から南西80㎞地点でデミエルフの尖兵達との戦端を開いていた。
「こ、こいつら!?魔神が怖くないのか!?」
「降伏しろ!こちらには1万の軍勢と魔神イフリータがいるんだぞ!?」
デミエルフの雑兵たちが、口々に降伏を促す口上を叫ぶが、そんなものに耳を貸す黒狼族の戦士はいない。
魔王軍のリッチー部隊の強力な遠距離魔法に苦しめられた際、人間たちが協力を申し出てくれて、自分たちでは使えない光の盾で魔法を防ぎながら、敵の喉元まで連れていってくれた。
その身に沁みるくらい性能を実感している光の盾の群れが、ケルルトの眼前に広がっている。
だが――。
「馬鹿が。こちらはまだ1000もいないが、ならば、1人10体倒せばいいだけのこと…。敵は戦い慣れていない!ゲッツァ!蹴散らせ!エルダーウオーリアー部隊は、魔神を担当しろ!」
黒狼族では、老練な戦士が最も危険な最前線を受け持つ、そして、その後ろに中年の熟練の戦士、さらに後方に若いこれからの戦士達…。
血気盛んで死に急ぐ若い戦士たちを、老いたとはいえ自分たちより遥かに強い熟練の戦士たちが最前線で戦い、戦争の恐ろしさを見せつけ、その後ろに控えた熟練の戦士達が、冷静にそして冷酷に敵を葬っていく。
若い戦士たちは、その姿を眼に焼き付けて、衝動に任せて戦いたがる騒いだ血を抑えつけて、自分たちの軽挙な態度を改めて、熟練の戦士たちの挙動から実戦での動き方を学んでいく。
この場合、脅威とみなされなかったデミエルフの軍勢をいくらかの熟練の戦士たちと若い戦士で担当し、恐らく生きては帰れないであろう魔神との戦いを老練な戦士が受け持つ。
老練な戦士は、魔神が近づくまでその力を蓄えて、熟練の戦士たちの戦いぶりを静かに見守っている。
木々の枝と枝を跳ねるように飛んで移動する黒狼族の戦士たちが、普通の人間では決して引き切れない強力な弦をいとも容易く引ききって、その大きな弓から強力な力を受けた矢が放たれる。
姿勢すら固定できないであろう不安定な足場から撃たれたとは、とても想像できなその矢が光の盾の隙間や展開していないデミエルフの軍勢の柔肌に向かって放たれていく。
「四方八方から!こっちだ盾をこちらに!」
「いや!こっちだ!こっちがやられている!」
次々に矢に射られて倒れていくデミエルフの軍勢…。倒れた仲間を他の仲間が必死に回復魔法をかけるが、その分、敵にかけるはずの圧が薄くなってしまう。
そこに全身を銀色のマグラニア最新のミスリルフルプレートアーマーに身を包んだ熟練の戦士たちが、突撃していく。
「うわぁぁあああ!フィア!フィア!フィアぁああああ!」
恐怖で狂ったように炎の火球を作り出して、敵に放つデミエルフの軍勢であったが…。
火球は黒狼族の鎧にあたると、鎧から銀色の粒子が噴き上がって、火炎を包んだかと思うと、やがて霧散した。
最新の技術で作られたミスリルアーマーの効果を、自覚は無いとはいえ長年の経験とセンスで知らない間に使っている魔力の膜が、その効果を大幅にアップさせ、ゴブリンメイジよりちょっと強い程度のデミエルフの炎の魔法を無効化する。
そのまま一気に近づいた熟練の戦士たちの戦斧や両手剣、鉄の武骨な棍棒に、デミエルフ達は両断され、粉砕され、森の木々に中身をぶちまけ、地面を赤黒く染めていく。
「馬鹿が!!魔王軍と戦ったときに、さんざん遠距離魔法に苦しめられたのだ!その弱点をそのままにするわけがなかろう!」
黒狼族の熟練の戦士が、自身が両断したデミエルフの遺体に向かってそう吐き捨てる。
そうは言っても、全員分鎧が行きわたっているわけではない、特に軽装鎧の場合は、ミスリル製とはいえダメージは受けるだろう。
全身を包むフルプレートアーマーはそれほど数がない。無駄死にはできなかった。
大森林の北にある草原地帯をさらに越えたところにある、マグラニア王国から、唐突にミスリル製の武具が提供されたのは、1年前のこと。実戦評価がもらえればいいといって、ただみたいな値段で卸された武具。
「はん!デミエルフの連中の後ろに誰がいるかわかりゃあせんがな!なんだか代理戦争させられているようで気分が良くねぇ!なぁ、旦那ぁ!」
そう叫ぶ熟練の戦士の呼びかけに応えるのは、黒狼族の王であるケルルト。
「魔王と言う人類共通の敵がいなくなった今、大森林に長くひきこもってきた我らも変わらなければならないのかもしれん」
「そうでさぁ!姫さんと勇者殿がつがいになったんでさぁ!時代が変わるってもんよぉ!」
ケルルトが娘に似合わないと評された顎髭を撫でながら、状況を静かに見る。視る。観る。
「連中はまさか、まともに戦うつもりはなかったのか?魔神を見せびらかせれば降参すると思っていたのか?」
黒狼族は真の戦闘民族である。人質をとるような戦い方こそしないが、味方の犠牲をなくして敵を殲滅できるならなんだってする。
段々と近づいてくる魔神イフリータ。
まだまだいるデミエルフの軍勢。
ならば、徹底的なゲリラ戦だ。
魔神戦に集中するために、邪魔となる雑魚を先に殲滅する。
「全軍!一時後退!敵に安心と緊張を交互に与えてやれ!!!」
②
プトーネから赤黒いフィアメギドという火球を圧縮した線状の火炎魔法が放たれる。
通常のフィアメギドより更に圧縮された赤黒い光線のようになったそれが、ジュナを抱きしめながら飛ぶリーヴをかすめていく。
リーヴに当たらなかったフィアメギドが、眼下に広がる大森林の木々や地面にあたると、爆発し炎上した。
「ちっ。水魔法は苦手なんだけどなぁ」
リーヴはその度、消火用に水魔法を雨ように降らせて鎮火する。
魔法はイメージの世界だ。自身が苦手だと思わされる魔法に関しては、大魔法使いとまでなったリーヴにとっては、できないことはないが、消費魔力が格段に上がる。
リーヴは、火と氷の魔法は得意であったが、風は普通で、大地と水の魔法は苦手意識があった。
ちなみに、回復魔法はできないと言って問題ない。
そんな様子を見て、ジュナがリーヴの耳元に優しく囁く。
「リーヴ殿。私を抱きしめていれば、戦いの邪魔になろう。降ろしてくれて構わない」
「そんな傷だらけで、どうしようというんだ」
「黒狼族の身体は丈夫だ。ありがとう。大分休まったよ」
そう言って、慈愛に満ちた顔で優しく微笑むジュナ。
リーヴは考える。これから口説こうという女をここで降ろしてしまうのは心配であったが、迫りくる炎の精霊たちをさばきながら、森林を消化しつつ、さらにプトーネを相手にするのは、さすがに分が悪い。
これを、赤子の手を捻るようにできるのならば、それはもはや人間ではない。
「あぁもう!頼むから死なないでくれよ!あとでプロポーズに行くからなぁ!」
リーヴはそう言うと、風魔法をジュナにかける。
「ありがとう。ご武運を!」
そう言うと、ジュナはリーヴの身体から離れる。
かけられた風魔法のお陰で、落下スピードはゆっくりで、眼下の森の木々たちが静かにゆっくり近づいてくる。
手近な樹に飛び移ろうと考えたときに、すれすれをプトーネのフィアメギドの閃光がかすめる。
視線をプトーネの方に向けると、リーヴが氷の塊を超スピードでプトーネに向けて発射し、追い払っているところだった。
「ありがとう…。本当に…」
ジュナの身体はゆっくりと樹の枝にやさしく迎え入れられると、そのまま跳んで城へと向かっていった。
③
町の中央にある広場の巨大な時計が夜の11時を指したころ。
町の西にある関門に、ぞろぞろと町の冒険者や戦士たちが集まってきていた。
衛兵が集団に呼びかける。
「また来たのか…といっても、今度は面構えが違うな。覚悟したか?」
戦士たちの集団の1人が言う。
「酔いは冷ましてきたさ。確かにな、足は引っ張るかもしれない…いや、足手まといには決してならない。魔法が使えない黒狼族には、俺たちの力は足しにはなるはずだ」
集団が次々と声を上げる。
「疫病や戦争、事故、モンスターとの戦い、俺達はいつだって明日死ぬかもしれねぇって思いながら生きている。どう生きるかじゃねぇ。どう死ぬか考えるのが戦士ってもんよ」
「ここで、家族の危機に駆けつけられず、後悔しながら死ぬのはごめんだね」
酔いの勢いで群がってきたときとは打って変わって、覚悟を決めた据わった目をしている戦士の集団たち。
老若男女。様々な体型と装備、剣士、魔法使い、僧侶、多種多様な職業の者たちが、皆口をそろえて、自分たちは戦士であり、家族を見捨てて死ぬような後味の悪い死に方は嫌だと声を上げている。
そんな集団に後ろから声をかける、凛とした綺麗なソプラノの声。
「みんな。敵は魔神だぞ?むごたらしい死に方をするかもしれない。ここにいる全員が生きて帰れないかもしれない。それでもいいのか?」
集団が振り返ると、見たこともない女の騎士と漆黒のフルプレートアーマーを身にまとった戦士がそこにいた。
月光に照らされてきらきらと輝く銀色の肩まで伸びた髪、釣り目ながら優しさを感じる意志の強そうな茶色い瞳、銀色の軽装鎧と腰に差したロングソード。
会ったことはないはずだが、どこか懐かしい感じのするそのいでたち。
一瞬、美しいその女騎士に皆目を奪われて、静寂が訪れたが、すぐに口々に。
「覚悟はできている。俺は戦うぞ」
「勇者様は世界を救ってくださった!そんな方がこの地で狼の王女と結婚された!狼たちは、俺達の家族だ!」
「家族を助けに行く!当たり前のことだ!」
そう奮い立つ戦士たちに、女騎士は優しく微笑むと。
「ありがとう。みんな。すまない、手伝ってくれ」
と穏やかに言った。
その様子を見ていた衛兵たちは、お互いに顔を見合わせ、ふぅとため息のようなものを一息つくと…。
西の関門は開いていった。
町の戦士たちが次々と関門を通過していく。
そこに、町長のグレゴリーがやってきて、町の戦士たちを優しい目で一瞬眺めると口を開いた。
「おい!お前ら!わかっているのか!?国際問題になるぞ!?お前たちの王も、責任をお前らになすりつけて罪人として処刑するかもしれんぞ!?」
そう叫ぶグレゴリーに戦士たちは振り返り足を止め、何をいまさら?と言った顔で言い返す。
「そんな愚かな王ならば、俺達が縛り首にして、新しい王をたてるだけだ」
「そうだそうだ!俺達は家族を助けに行くだけだ!それを駄目だなんて言う馬鹿な王様なら、俺達が叩き切ってやる!」
「明日死ぬかもしれない身で、なんでいつかわからぬ処刑を恐れねばならんのだ」
口々に恐れを知らぬ声をあげる町の戦士達…。
そんな様子を見て、グレゴリーは町長と聞くにはイメージできない筋肉隆々で太い腕でいかつい手で、顔にかけている小さな丸眼鏡の位置をなおすと。
「それでこそ、我が町の人間だ!そうこなきゃなぁ!いいぞ!行ってこい!なるべく死ぬんじゃねぇぞ!」
腕を組みながら、心底嬉しそうな顔でにやりと笑った。
その様を見て町の人たちも、この町長で良かったとばかりに誇らしげに笑う。
町長の後ろの向こうから、山賊と見まがう格好の大男が牧師を肩にかついで走ってきた。
「ひっ!ひぃいいい!なんで私まで!?負傷者の受け入れ準備をしていたのにぃ!」
牧師が肩に担がれた状態でばたばたと手足を動かすが、大男は意に介さないように表情を変えずに。
「おーい、みんなぁ。薬箱を持ってきたぞぉ」
と言って、そのまま関門を通過していく。
その牧師に戦士たちは、憐れそうな目を向けながらも、その様がなんだかおかしくてクスクスと笑いながら進む。確かに、町の教会で負傷者の受け入れ準備をされるより、自分たちと一緒に来て、かたっぱしから回復魔法をかけてくれた方が助かるのは本当だ。
「まぁ、なるべく守ってやるよ。牧師様」
いかにも魔法使いといった格好の老婆が、けたけた笑いながら牧師に声をかけると、牧師はがっくりと肩を落とした様子でバタつかせてた手足の動きを止めた。
町の戦士たちに混じって、女騎士が関門を通過すると、漆黒のフルプレートアーマーを身にまとった戦士が雄たけびを上げる。
『うぉおおおおぉおん!うぉおおおおおおおおおおおおんん!』
狼のけたたましい遠吠えは、大森林の闇を抜けていき、それを聞いた狼たちが同じように遠吠えを上げた。
森は狼の遠吠えで満たされた。
「今日からこの町の名前は、ブレイブタウンだな」
勇者が骨を埋めてくれると確信して、勇者の住む町と言う意味で「ブレイブタウン」と町の名前を改名するつもりだった。
だが、今宵の様子を見れば、住人みんなが勇者だ。
町長は満足気に冒険者ギルドへ歩みを向けた。
忍びの第一報を聞いて、すぐさま迎撃に出た黒狼族の王ケルルトが率いる直轄軍は、城から南西80㎞地点でデミエルフの尖兵達との戦端を開いていた。
「こ、こいつら!?魔神が怖くないのか!?」
「降伏しろ!こちらには1万の軍勢と魔神イフリータがいるんだぞ!?」
デミエルフの雑兵たちが、口々に降伏を促す口上を叫ぶが、そんなものに耳を貸す黒狼族の戦士はいない。
魔王軍のリッチー部隊の強力な遠距離魔法に苦しめられた際、人間たちが協力を申し出てくれて、自分たちでは使えない光の盾で魔法を防ぎながら、敵の喉元まで連れていってくれた。
その身に沁みるくらい性能を実感している光の盾の群れが、ケルルトの眼前に広がっている。
だが――。
「馬鹿が。こちらはまだ1000もいないが、ならば、1人10体倒せばいいだけのこと…。敵は戦い慣れていない!ゲッツァ!蹴散らせ!エルダーウオーリアー部隊は、魔神を担当しろ!」
黒狼族では、老練な戦士が最も危険な最前線を受け持つ、そして、その後ろに中年の熟練の戦士、さらに後方に若いこれからの戦士達…。
血気盛んで死に急ぐ若い戦士たちを、老いたとはいえ自分たちより遥かに強い熟練の戦士たちが最前線で戦い、戦争の恐ろしさを見せつけ、その後ろに控えた熟練の戦士達が、冷静にそして冷酷に敵を葬っていく。
若い戦士たちは、その姿を眼に焼き付けて、衝動に任せて戦いたがる騒いだ血を抑えつけて、自分たちの軽挙な態度を改めて、熟練の戦士たちの挙動から実戦での動き方を学んでいく。
この場合、脅威とみなされなかったデミエルフの軍勢をいくらかの熟練の戦士たちと若い戦士で担当し、恐らく生きては帰れないであろう魔神との戦いを老練な戦士が受け持つ。
老練な戦士は、魔神が近づくまでその力を蓄えて、熟練の戦士たちの戦いぶりを静かに見守っている。
木々の枝と枝を跳ねるように飛んで移動する黒狼族の戦士たちが、普通の人間では決して引き切れない強力な弦をいとも容易く引ききって、その大きな弓から強力な力を受けた矢が放たれる。
姿勢すら固定できないであろう不安定な足場から撃たれたとは、とても想像できなその矢が光の盾の隙間や展開していないデミエルフの軍勢の柔肌に向かって放たれていく。
「四方八方から!こっちだ盾をこちらに!」
「いや!こっちだ!こっちがやられている!」
次々に矢に射られて倒れていくデミエルフの軍勢…。倒れた仲間を他の仲間が必死に回復魔法をかけるが、その分、敵にかけるはずの圧が薄くなってしまう。
そこに全身を銀色のマグラニア最新のミスリルフルプレートアーマーに身を包んだ熟練の戦士たちが、突撃していく。
「うわぁぁあああ!フィア!フィア!フィアぁああああ!」
恐怖で狂ったように炎の火球を作り出して、敵に放つデミエルフの軍勢であったが…。
火球は黒狼族の鎧にあたると、鎧から銀色の粒子が噴き上がって、火炎を包んだかと思うと、やがて霧散した。
最新の技術で作られたミスリルアーマーの効果を、自覚は無いとはいえ長年の経験とセンスで知らない間に使っている魔力の膜が、その効果を大幅にアップさせ、ゴブリンメイジよりちょっと強い程度のデミエルフの炎の魔法を無効化する。
そのまま一気に近づいた熟練の戦士たちの戦斧や両手剣、鉄の武骨な棍棒に、デミエルフ達は両断され、粉砕され、森の木々に中身をぶちまけ、地面を赤黒く染めていく。
「馬鹿が!!魔王軍と戦ったときに、さんざん遠距離魔法に苦しめられたのだ!その弱点をそのままにするわけがなかろう!」
黒狼族の熟練の戦士が、自身が両断したデミエルフの遺体に向かってそう吐き捨てる。
そうは言っても、全員分鎧が行きわたっているわけではない、特に軽装鎧の場合は、ミスリル製とはいえダメージは受けるだろう。
全身を包むフルプレートアーマーはそれほど数がない。無駄死にはできなかった。
大森林の北にある草原地帯をさらに越えたところにある、マグラニア王国から、唐突にミスリル製の武具が提供されたのは、1年前のこと。実戦評価がもらえればいいといって、ただみたいな値段で卸された武具。
「はん!デミエルフの連中の後ろに誰がいるかわかりゃあせんがな!なんだか代理戦争させられているようで気分が良くねぇ!なぁ、旦那ぁ!」
そう叫ぶ熟練の戦士の呼びかけに応えるのは、黒狼族の王であるケルルト。
「魔王と言う人類共通の敵がいなくなった今、大森林に長くひきこもってきた我らも変わらなければならないのかもしれん」
「そうでさぁ!姫さんと勇者殿がつがいになったんでさぁ!時代が変わるってもんよぉ!」
ケルルトが娘に似合わないと評された顎髭を撫でながら、状況を静かに見る。視る。観る。
「連中はまさか、まともに戦うつもりはなかったのか?魔神を見せびらかせれば降参すると思っていたのか?」
黒狼族は真の戦闘民族である。人質をとるような戦い方こそしないが、味方の犠牲をなくして敵を殲滅できるならなんだってする。
段々と近づいてくる魔神イフリータ。
まだまだいるデミエルフの軍勢。
ならば、徹底的なゲリラ戦だ。
魔神戦に集中するために、邪魔となる雑魚を先に殲滅する。
「全軍!一時後退!敵に安心と緊張を交互に与えてやれ!!!」
②
プトーネから赤黒いフィアメギドという火球を圧縮した線状の火炎魔法が放たれる。
通常のフィアメギドより更に圧縮された赤黒い光線のようになったそれが、ジュナを抱きしめながら飛ぶリーヴをかすめていく。
リーヴに当たらなかったフィアメギドが、眼下に広がる大森林の木々や地面にあたると、爆発し炎上した。
「ちっ。水魔法は苦手なんだけどなぁ」
リーヴはその度、消火用に水魔法を雨ように降らせて鎮火する。
魔法はイメージの世界だ。自身が苦手だと思わされる魔法に関しては、大魔法使いとまでなったリーヴにとっては、できないことはないが、消費魔力が格段に上がる。
リーヴは、火と氷の魔法は得意であったが、風は普通で、大地と水の魔法は苦手意識があった。
ちなみに、回復魔法はできないと言って問題ない。
そんな様子を見て、ジュナがリーヴの耳元に優しく囁く。
「リーヴ殿。私を抱きしめていれば、戦いの邪魔になろう。降ろしてくれて構わない」
「そんな傷だらけで、どうしようというんだ」
「黒狼族の身体は丈夫だ。ありがとう。大分休まったよ」
そう言って、慈愛に満ちた顔で優しく微笑むジュナ。
リーヴは考える。これから口説こうという女をここで降ろしてしまうのは心配であったが、迫りくる炎の精霊たちをさばきながら、森林を消化しつつ、さらにプトーネを相手にするのは、さすがに分が悪い。
これを、赤子の手を捻るようにできるのならば、それはもはや人間ではない。
「あぁもう!頼むから死なないでくれよ!あとでプロポーズに行くからなぁ!」
リーヴはそう言うと、風魔法をジュナにかける。
「ありがとう。ご武運を!」
そう言うと、ジュナはリーヴの身体から離れる。
かけられた風魔法のお陰で、落下スピードはゆっくりで、眼下の森の木々たちが静かにゆっくり近づいてくる。
手近な樹に飛び移ろうと考えたときに、すれすれをプトーネのフィアメギドの閃光がかすめる。
視線をプトーネの方に向けると、リーヴが氷の塊を超スピードでプトーネに向けて発射し、追い払っているところだった。
「ありがとう…。本当に…」
ジュナの身体はゆっくりと樹の枝にやさしく迎え入れられると、そのまま跳んで城へと向かっていった。
③
町の中央にある広場の巨大な時計が夜の11時を指したころ。
町の西にある関門に、ぞろぞろと町の冒険者や戦士たちが集まってきていた。
衛兵が集団に呼びかける。
「また来たのか…といっても、今度は面構えが違うな。覚悟したか?」
戦士たちの集団の1人が言う。
「酔いは冷ましてきたさ。確かにな、足は引っ張るかもしれない…いや、足手まといには決してならない。魔法が使えない黒狼族には、俺たちの力は足しにはなるはずだ」
集団が次々と声を上げる。
「疫病や戦争、事故、モンスターとの戦い、俺達はいつだって明日死ぬかもしれねぇって思いながら生きている。どう生きるかじゃねぇ。どう死ぬか考えるのが戦士ってもんよ」
「ここで、家族の危機に駆けつけられず、後悔しながら死ぬのはごめんだね」
酔いの勢いで群がってきたときとは打って変わって、覚悟を決めた据わった目をしている戦士の集団たち。
老若男女。様々な体型と装備、剣士、魔法使い、僧侶、多種多様な職業の者たちが、皆口をそろえて、自分たちは戦士であり、家族を見捨てて死ぬような後味の悪い死に方は嫌だと声を上げている。
そんな集団に後ろから声をかける、凛とした綺麗なソプラノの声。
「みんな。敵は魔神だぞ?むごたらしい死に方をするかもしれない。ここにいる全員が生きて帰れないかもしれない。それでもいいのか?」
集団が振り返ると、見たこともない女の騎士と漆黒のフルプレートアーマーを身にまとった戦士がそこにいた。
月光に照らされてきらきらと輝く銀色の肩まで伸びた髪、釣り目ながら優しさを感じる意志の強そうな茶色い瞳、銀色の軽装鎧と腰に差したロングソード。
会ったことはないはずだが、どこか懐かしい感じのするそのいでたち。
一瞬、美しいその女騎士に皆目を奪われて、静寂が訪れたが、すぐに口々に。
「覚悟はできている。俺は戦うぞ」
「勇者様は世界を救ってくださった!そんな方がこの地で狼の王女と結婚された!狼たちは、俺達の家族だ!」
「家族を助けに行く!当たり前のことだ!」
そう奮い立つ戦士たちに、女騎士は優しく微笑むと。
「ありがとう。みんな。すまない、手伝ってくれ」
と穏やかに言った。
その様子を見ていた衛兵たちは、お互いに顔を見合わせ、ふぅとため息のようなものを一息つくと…。
西の関門は開いていった。
町の戦士たちが次々と関門を通過していく。
そこに、町長のグレゴリーがやってきて、町の戦士たちを優しい目で一瞬眺めると口を開いた。
「おい!お前ら!わかっているのか!?国際問題になるぞ!?お前たちの王も、責任をお前らになすりつけて罪人として処刑するかもしれんぞ!?」
そう叫ぶグレゴリーに戦士たちは振り返り足を止め、何をいまさら?と言った顔で言い返す。
「そんな愚かな王ならば、俺達が縛り首にして、新しい王をたてるだけだ」
「そうだそうだ!俺達は家族を助けに行くだけだ!それを駄目だなんて言う馬鹿な王様なら、俺達が叩き切ってやる!」
「明日死ぬかもしれない身で、なんでいつかわからぬ処刑を恐れねばならんのだ」
口々に恐れを知らぬ声をあげる町の戦士達…。
そんな様子を見て、グレゴリーは町長と聞くにはイメージできない筋肉隆々で太い腕でいかつい手で、顔にかけている小さな丸眼鏡の位置をなおすと。
「それでこそ、我が町の人間だ!そうこなきゃなぁ!いいぞ!行ってこい!なるべく死ぬんじゃねぇぞ!」
腕を組みながら、心底嬉しそうな顔でにやりと笑った。
その様を見て町の人たちも、この町長で良かったとばかりに誇らしげに笑う。
町長の後ろの向こうから、山賊と見まがう格好の大男が牧師を肩にかついで走ってきた。
「ひっ!ひぃいいい!なんで私まで!?負傷者の受け入れ準備をしていたのにぃ!」
牧師が肩に担がれた状態でばたばたと手足を動かすが、大男は意に介さないように表情を変えずに。
「おーい、みんなぁ。薬箱を持ってきたぞぉ」
と言って、そのまま関門を通過していく。
その牧師に戦士たちは、憐れそうな目を向けながらも、その様がなんだかおかしくてクスクスと笑いながら進む。確かに、町の教会で負傷者の受け入れ準備をされるより、自分たちと一緒に来て、かたっぱしから回復魔法をかけてくれた方が助かるのは本当だ。
「まぁ、なるべく守ってやるよ。牧師様」
いかにも魔法使いといった格好の老婆が、けたけた笑いながら牧師に声をかけると、牧師はがっくりと肩を落とした様子でバタつかせてた手足の動きを止めた。
町の戦士たちに混じって、女騎士が関門を通過すると、漆黒のフルプレートアーマーを身にまとった戦士が雄たけびを上げる。
『うぉおおおおぉおん!うぉおおおおおおおおおおおおんん!』
狼のけたたましい遠吠えは、大森林の闇を抜けていき、それを聞いた狼たちが同じように遠吠えを上げた。
森は狼の遠吠えで満たされた。
「今日からこの町の名前は、ブレイブタウンだな」
勇者が骨を埋めてくれると確信して、勇者の住む町と言う意味で「ブレイブタウン」と町の名前を改名するつもりだった。
だが、今宵の様子を見れば、住人みんなが勇者だ。
町長は満足気に冒険者ギルドへ歩みを向けた。
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● 基本的にはおふざけ多め、たまにシリアス。
● 残酷な描写や性的な描写はほとんどありませんが、後々死者は出ます。
忘却の艦隊
KeyBow
SF
新設された超弩級砲艦を旗艦とし新造艦と老朽艦の入れ替え任務に就いていたが、駐留基地に入るには数が多く、月の1つにて物資と人員の入れ替えを行っていた。
大型輸送艦は工作艦を兼ねた。
総勢250艦の航宙艦は退役艦が110艦、入れ替え用が同数。
残り30艦は増強に伴い新規配備される艦だった。
輸送任務の最先任士官は大佐。
新造砲艦の設計にも関わり、旗艦の引き渡しのついでに他の艦の指揮も執り行っていた。
本来艦隊の指揮は少将以上だが、輸送任務の為、設計に関わった大佐が任命された。
他に星系防衛の指揮官として少将と、退役間近の大将とその副官や副長が視察の為便乗していた。
公安に近い監査だった。
しかし、この2名とその側近はこの艦隊及び駐留艦隊の指揮系統から外れている。
そんな人員の載せ替えが半分ほど行われた時に中緊急警報が鳴り、ライナン星系第3惑星より緊急の救援要請が入る。
機転を利かせ砲艦で敵の大半を仕留めるも、苦し紛れに敵は主系列星を人口ブラックホールにしてしまった。
完全にブラックホールに成長し、その重力から逃れられないようになるまで数分しか猶予が無かった。
意図しない戦闘の影響から士気はだだ下がり。そのブラックホールから逃れる為、禁止されている重力ジャンプを敢行する。
恒星から近い距離では禁止されているし、システム的にも不可だった。
なんとか制限内に解除し、重力ジャンプを敢行した。
しかし、禁止されているその理由通りの状況に陥った。
艦隊ごとセットした座標からズレ、恒星から数光年離れた所にジャンプし【ワープのような架空の移動方法】、再び重力ジャンプ可能な所まで移動するのに33年程掛かる。
そんな中忘れ去られた艦隊が33年の月日の後、本星へと帰還を目指す。
果たして彼らは帰還できるのか?
帰還出来たとして彼らに待ち受ける運命は?
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