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第1部 勇者と狼の王女
第11話 甘やかす狼
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①
植物研究所は毎日出勤しているわけではない。
そもそも、そこの正式な研究員というわけでも、社員というわけでもない。
僕が、自分のいた世界にあって、この世界にない植物を生み出すために、イルルーシヤに声をかけて間借りさせてもらっている状態だ。最初は、使用料を払っていたが、バラが大ヒットして売れ行きが良かったことから、今では自由に好きな時にやってきて、施設を使わせてもらっている状態になっている。
「桜の樹も凄いたくさん人が来ましたよ!予約の数が凄いです!」
とイルルーシヤが、つぶらな瞳をキラキラさせて喜んでいた。
「桜の樹は挿し木だから、すぐには売れないけどね」
「えぇ。でも、前金たくさんいただきました!早く自分の土地に植えたいって言ってましたよ!」
自分たちが生み出したもので、喜んでくれる人たちがいて、さらには大金に化けるならこれほど嬉しいことはない。
「それにしても、この世界は不思議だ…」
「何がです?」
「この世界の植物で、僕の世界にもあるものが結構たくさんあるんだ。ユリ、パイナップル、リンゴ、ラベンダー、金木犀…その他もろもろ。そうかと思うと、桜や米、バラなんかはない…」
「へー、リンゴはあなたの世界にもあるんですね」
「それだけじゃない、人間の身体だってそうさ。理の違う世界で生まれ育った知的生命体が、同じ人型であるのがそもそも不思議だし、それどころか、一部の種族以外は、黒狼族のような獣人族ですら、僕の世界の人間と体の基本構造は変わらない…」
「そっか。そうですよね。進化の過程すら全然違うはずなのに、身体の中身まで同じに進化するなんて…ふむ。確かに…そういうものだと気にしなかったけど、言われてみると不思議ですね」
「僕のいた世界とこの世界は、平行世界のような関係で…かつ、枝分かれが近いところにあるのだろうか…」
「でも、魔法は無かったんでしょ?」
「そうだね。魔法は無いし、精霊なんかもいない。それっぽいものがいると感じる人達もいたみたいだけど、少なくとも一般的にはいないものとされていた。僕も見たこともないしね」
「この世界で魔法や魔力が無いって考えるのは、無理がありますねぇ。どうやって生活すればいいのかすらわからないわ」
「魔法の代わりに科学が、魔力の代わりに電気なんかのエネルギーを利用してはいたんだけど、まぁ、魔法の方が便利だね。痒い所に手が届くし。ただ、使う人によって大きく差が出てしまうけどね」
「その弱点を、あなたやマグディシディア公国が積極的に埋めてますね」
「そうなんだ。マグディシディア公国の王子もなかなかやり手だ。僕の感性に近いものを生み出している…彼は異世界転生者なのだろうか?」
「異世界転生?」
「娯楽でね。そういう作品群があったんだよ。僕の世界で死亡すると、こういった魔法のある世界に転生するのさ。前世の記憶をもったままね」
「へー。面白そうね。今度聞かせてくれます?」
「うん。機会があったらね」
桜やバラは生み出せたけれど、米はまだまだ生み出せそうにない。
速くご飯が食べたいものだ…。
②
「旦那様ぁ…はい、あーん」
「ま、まりー…こういうのは恥ずかしくないのかい?」
「恥ずかしい…です…けど…やりたいんです!!」
今僕とマリーは、夕食を自宅のリビングでいつものように摂っている。
だが、マリーの様子がなんかおかしい。
あれだけ恥ずかしがっていたのに、僕の横に座って、スプーンにのせた肉を僕の口に運ぼうとしている。
ちなみに、今日の夕飯は、ボアグラードという猪のような魔物の肉を、ほろっほろになるまで豆と一緒に煮込んだスープ料理だ。
ほろっほろになるまでとなると、これといって圧力釜のないこの世界では、我が家にある家電魔道具の力を持ってしてもなかなか時間のかかる骨のいる作業となるはずだが…。
僕がマリーの態度に戸惑っていると、口はへの字に曲げて、眉毛は困り眉になりはじめて。
「はい!あーんですよ!あーん!」
と、自分でも恥ずかしいのか顔がだんだんと真っ赤になっていって、緊張のせいか尻尾はピーンとまっすぐのびたまま微動だにしない。
「あーん…です…」
そして、段々とスプーンを持つ手がぷるぷるしだして、瞳は潤んできてしまった。
「あ、あぁ!ごめん驚いてしまって!」
そう言って僕は、慌ててマリーが運んでくれた肉を口に入れる。
にんまりと笑って、尻尾をばっさばさ揺らすマリー。
うーん、可愛いんだけど…なんだろう?甘やかせ合戦は終わったと思ったんだけどな…なんかあったのかな?
「美味しいよ。マリー」
「えへへ。良かったです。苦労した甲斐がありました!」
マリーがにっこにこに輝く笑顔のまま、僕の腕に自分の腕を絡ませてぴとっとくっついてくる。
首元や肩、袖口などにフリルっぽい装飾が施された白いブラウスに、黒に近い青いスカートを身に着けているマリー。
ぴったりとくっつかれると、ブラウス越しの胸の弾力が腕を通して伝わってくる。
「えっと…」
僕がたじたじになっていると、マリーが「うひひ」といった台詞を言いそうな小悪魔っぽい顔で僕の表情を見てくる。
その可愛い表情の変化に魅せられると共に、ついつい胸を見てしまう。
ブラウスの胸の部分が、マリーの胸の大きさに沿ってシワを作り出していて、それが胸の立体感を作り出し、目に否が応でも刺激を与えてくるのに、更に、ぐいっとわざとらしいくらいに押し当てられた胸の弾力に身体が熱くなってしまう。
「ま、マリーさん?」
「ん-?なんですかー?旦那様?」
「いえ、なんでも」
食べてる間は、ずっとこんな調子だったマリー。
食べ終わったら終わったで、お皿を一緒に洗っている時も、ぴたっと身体を寄せてくる。
洗いづらくないのだろうか?
でも、身体が服の布越しとはいえ、好きな人と触れ合っているのはなんだか心地が良い。
ゆったりと揺れる尻尾を見るに、本人が無理しているわけではないのはわかった。
「マリー。ありがとう」
「ん-?何がですかー?」
「今日のスープ料理美味しかったよ」
「頑張りました!」
マリーがお皿を洗いながら、胸をエヘンとはる。
かわいい。
「今度、旦那様の元の世界の料理も教えてください。挑戦してみたいです」
「あぁ、わかった。マリー版の僕の世界の料理も楽しみだな」
「へっへへー。私の味で上書きしてあげますよ」
「あはは。そりゃますます楽しみだ」
お皿を洗い終わって、ひと休憩とばかりにソファの方へ僕が向かうと、その後ろをマリーがぴったりとついてくる。
ソファに二人で隣同士で座る。
僕が右隣に座ったマリーを見つめると、ソファに置いた僕の手にマリーが自分の手を重ねる。
「次は、どこを冒険しましょうか?」
「そうだねぇ。そういえば、マリーって海は見たことがあるんだっけ?」
「海ですか?森から出た事ないですからないです!」
「新婚旅行も兼ねて海を見に行こうか?」
「海ってでっかい八本脚のモンスターがいるんですよね!?戦ってみたいです!」
「あぁ…まぁ、そういった魔物もいるねぇ…魔法じゃないと結構苦労すると思うけど…」
「そうなんですか!?私じゃ無理ですかね!?」
「マリーの強さなら無理では…無いと思うけど、触手に吸盤がついていてね…いちど絡みつかれると抜け出すのは至難の業だ…」
「へぇ…それが八本もあるんですか…でも、私が捕えられたら…旦那様が助けてくださるのでしょう?」
マリーが上目遣いで僕を見つめながら微笑む。
うん、かわいい。
「もちろん。もちろんさ!」
「頼りにしています。旦那様」
そう言って、マリーは僕をぎゅっと抱きしめた。
背中に手をまわして、ぎゅっと。
「どうかした?マリー?なんか変だよ?」
「変じゃないですよぉ?私は、旦那様の匂いが好きだなぁって堪能しているんです」
「マリーも甘くて美味しそうな匂いがするよ」
「きゃー、食べられちゃう」
そう言って、マリーは僕の顔を見上げると、そっと目を閉じた。
唇と唇が重なる。
しばらく沈黙が続いた後、そっとマリーは僕から顔を離すとちょっと潤んだ瞳でこう言った。
「私は、ずっとずっと旦那様のそばにいます。いますから」
「うん。これからもずっとずっとそばにいてくれ」
「はい。もちろんです…」
そのまま、僕の身体に自分の重さを預けて抱きしめてきたので、僕はマリーを抱きしめたままこてんとソファに寝転がる。
「重たくないですか?」
「いや?全然」
確かにマリーはここに存在することを教えてくれる、幾ばくかの重さを感じながら、熱を感じながら、マリーをぎゅっと抱きしめ続ける。
マリーの胸の弾力を自分の胸に感じ、マリーの甘い匂いは鼻を、服越しに感じる熱は肌を、さらさらと長い髪が重力にしたがって、ソファの形に沿って流れ行く様は目を喜ばせる。
抱きしめ合っているだけで、癒され幸せを感じる。
このまま時間が止まればいいのに、そう願わずにはいられなかった。
③
深夜。闇の帳をおろした黒狼族の大森林の南の果てに、炎の精霊がたくさん集まっていた。
それは、トカゲのような形をしているものや、てるてる坊主のようなもの、人魂のようなもの、その形や大きさはまちまちで多種多様で…。
それらが、木々の枝や幹、地面、空中、あらゆるところにたくさんいる。
『勇者はひどいんだ。僕たちの仲間を聖剣に閉じ込めている』
『違うよ。聖剣にいるのは、勇者に力になりたくて自分から住み着いたんだよ』
『違うよ。勇者が無理やり閉じ込めているんだよ』
『違うよ。勇者は優しいんだ。あったかいんだよ』
『違うよ。勇者はずるいんだ。人間だから』
『違うよ。勇者はかわいそうな人なんだ。この世界の住人じゃないのに僕達のためにがんばってくれたんだ』
『違うよ。勇者はこの世界を支配しようとしているんだ。王様になりたいんだよ』
色々な炎の精霊が、口々に勇者を非難したり、庇ったりしている。
『もういい!君たちなんていらない!』
トカゲのような炎の精霊がそう言うと、火の玉をいくつも空中に作り出して、勇者を庇う仲間に投げつけた。
爆炎と煙、そして穴の開いた地面を、他の炎の精霊がじっと見つめると。
『戦争だー!』
『戦争だー!』
『戦争だー!』
そう言って、お互いに炎の魔法をぶつけ合った。
どれくらいの時間そうしていたのだろうか。
気が付くと、大きな竜のような形をした炎の精霊が仲裁するように、間に入ってきた。
『勇者は約束を違えた。ゆえに、我は勇者を誅伐する!』
それを聞いた勇者を非難していた炎の精霊たちが竜に群がり融合していく…。
竜の姿は大きな火球に包まれ、やがて大きな爆発を起こした。
周りの木々が吹き飛ばされ、燃やされ黒焦げになり、地面はクレーターのように大きくえぐれる。
その爆風で、勇者を庇っていた精霊たちが吹き飛ばされる。
大量の黒煙と土煙が、風に流され終わると、竜の形はさらに凶悪に変貌していた。
体調は10mは軽く超える大きな身体、全体的にトゲトゲとしていて、赤黒い鱗が鎧のように体にびっしりと生えている。口からギラリと見える牙は、どんなものでも容易く砕きそうで、身体に比べれば小さな手には、恐ろしく鋭い爪が生えそろっている。
目は金色にギラギラしていて、獣のような縦長の黒い瞳が怒りをたたえている。
「そうさ。勇者は君たちを裏切ったんだ。僕達が手を貸すよ。この薄汚い盗人どもの黒狼族を燃やし尽くして…そのまま勇者も殺してやる!何が世界を救った勇者だ。盗人と結婚して…俗物になり果てた…がっかりだ!」
そう言いながら、竜に歩み寄るたくさんの人影。
みな、尖ったロバのような耳をしていて、容姿は恐ろしく整っている。
透き通るような白い肌に、金色の長い髪…勇者の世界の作品に登場する、エルフと言う種族に瓜二つだった。
整った顔が醜悪な笑みに歪む。
「炎の精霊…いや、今この時から、お前は魔神イフリータだ。さぁ、行こう。お前は仲間たちを、私達は住む土地を解放するのだ!」
その様子を、遠くから見ている1人の黒狼族。
男か女かもわからず、体格すらわからぬよう漆黒のマントを武装の上から羽織ったその黒狼族の者は、一人静かに森の闇に消えていった。
植物研究所は毎日出勤しているわけではない。
そもそも、そこの正式な研究員というわけでも、社員というわけでもない。
僕が、自分のいた世界にあって、この世界にない植物を生み出すために、イルルーシヤに声をかけて間借りさせてもらっている状態だ。最初は、使用料を払っていたが、バラが大ヒットして売れ行きが良かったことから、今では自由に好きな時にやってきて、施設を使わせてもらっている状態になっている。
「桜の樹も凄いたくさん人が来ましたよ!予約の数が凄いです!」
とイルルーシヤが、つぶらな瞳をキラキラさせて喜んでいた。
「桜の樹は挿し木だから、すぐには売れないけどね」
「えぇ。でも、前金たくさんいただきました!早く自分の土地に植えたいって言ってましたよ!」
自分たちが生み出したもので、喜んでくれる人たちがいて、さらには大金に化けるならこれほど嬉しいことはない。
「それにしても、この世界は不思議だ…」
「何がです?」
「この世界の植物で、僕の世界にもあるものが結構たくさんあるんだ。ユリ、パイナップル、リンゴ、ラベンダー、金木犀…その他もろもろ。そうかと思うと、桜や米、バラなんかはない…」
「へー、リンゴはあなたの世界にもあるんですね」
「それだけじゃない、人間の身体だってそうさ。理の違う世界で生まれ育った知的生命体が、同じ人型であるのがそもそも不思議だし、それどころか、一部の種族以外は、黒狼族のような獣人族ですら、僕の世界の人間と体の基本構造は変わらない…」
「そっか。そうですよね。進化の過程すら全然違うはずなのに、身体の中身まで同じに進化するなんて…ふむ。確かに…そういうものだと気にしなかったけど、言われてみると不思議ですね」
「僕のいた世界とこの世界は、平行世界のような関係で…かつ、枝分かれが近いところにあるのだろうか…」
「でも、魔法は無かったんでしょ?」
「そうだね。魔法は無いし、精霊なんかもいない。それっぽいものがいると感じる人達もいたみたいだけど、少なくとも一般的にはいないものとされていた。僕も見たこともないしね」
「この世界で魔法や魔力が無いって考えるのは、無理がありますねぇ。どうやって生活すればいいのかすらわからないわ」
「魔法の代わりに科学が、魔力の代わりに電気なんかのエネルギーを利用してはいたんだけど、まぁ、魔法の方が便利だね。痒い所に手が届くし。ただ、使う人によって大きく差が出てしまうけどね」
「その弱点を、あなたやマグディシディア公国が積極的に埋めてますね」
「そうなんだ。マグディシディア公国の王子もなかなかやり手だ。僕の感性に近いものを生み出している…彼は異世界転生者なのだろうか?」
「異世界転生?」
「娯楽でね。そういう作品群があったんだよ。僕の世界で死亡すると、こういった魔法のある世界に転生するのさ。前世の記憶をもったままね」
「へー。面白そうね。今度聞かせてくれます?」
「うん。機会があったらね」
桜やバラは生み出せたけれど、米はまだまだ生み出せそうにない。
速くご飯が食べたいものだ…。
②
「旦那様ぁ…はい、あーん」
「ま、まりー…こういうのは恥ずかしくないのかい?」
「恥ずかしい…です…けど…やりたいんです!!」
今僕とマリーは、夕食を自宅のリビングでいつものように摂っている。
だが、マリーの様子がなんかおかしい。
あれだけ恥ずかしがっていたのに、僕の横に座って、スプーンにのせた肉を僕の口に運ぼうとしている。
ちなみに、今日の夕飯は、ボアグラードという猪のような魔物の肉を、ほろっほろになるまで豆と一緒に煮込んだスープ料理だ。
ほろっほろになるまでとなると、これといって圧力釜のないこの世界では、我が家にある家電魔道具の力を持ってしてもなかなか時間のかかる骨のいる作業となるはずだが…。
僕がマリーの態度に戸惑っていると、口はへの字に曲げて、眉毛は困り眉になりはじめて。
「はい!あーんですよ!あーん!」
と、自分でも恥ずかしいのか顔がだんだんと真っ赤になっていって、緊張のせいか尻尾はピーンとまっすぐのびたまま微動だにしない。
「あーん…です…」
そして、段々とスプーンを持つ手がぷるぷるしだして、瞳は潤んできてしまった。
「あ、あぁ!ごめん驚いてしまって!」
そう言って僕は、慌ててマリーが運んでくれた肉を口に入れる。
にんまりと笑って、尻尾をばっさばさ揺らすマリー。
うーん、可愛いんだけど…なんだろう?甘やかせ合戦は終わったと思ったんだけどな…なんかあったのかな?
「美味しいよ。マリー」
「えへへ。良かったです。苦労した甲斐がありました!」
マリーがにっこにこに輝く笑顔のまま、僕の腕に自分の腕を絡ませてぴとっとくっついてくる。
首元や肩、袖口などにフリルっぽい装飾が施された白いブラウスに、黒に近い青いスカートを身に着けているマリー。
ぴったりとくっつかれると、ブラウス越しの胸の弾力が腕を通して伝わってくる。
「えっと…」
僕がたじたじになっていると、マリーが「うひひ」といった台詞を言いそうな小悪魔っぽい顔で僕の表情を見てくる。
その可愛い表情の変化に魅せられると共に、ついつい胸を見てしまう。
ブラウスの胸の部分が、マリーの胸の大きさに沿ってシワを作り出していて、それが胸の立体感を作り出し、目に否が応でも刺激を与えてくるのに、更に、ぐいっとわざとらしいくらいに押し当てられた胸の弾力に身体が熱くなってしまう。
「ま、マリーさん?」
「ん-?なんですかー?旦那様?」
「いえ、なんでも」
食べてる間は、ずっとこんな調子だったマリー。
食べ終わったら終わったで、お皿を一緒に洗っている時も、ぴたっと身体を寄せてくる。
洗いづらくないのだろうか?
でも、身体が服の布越しとはいえ、好きな人と触れ合っているのはなんだか心地が良い。
ゆったりと揺れる尻尾を見るに、本人が無理しているわけではないのはわかった。
「マリー。ありがとう」
「ん-?何がですかー?」
「今日のスープ料理美味しかったよ」
「頑張りました!」
マリーがお皿を洗いながら、胸をエヘンとはる。
かわいい。
「今度、旦那様の元の世界の料理も教えてください。挑戦してみたいです」
「あぁ、わかった。マリー版の僕の世界の料理も楽しみだな」
「へっへへー。私の味で上書きしてあげますよ」
「あはは。そりゃますます楽しみだ」
お皿を洗い終わって、ひと休憩とばかりにソファの方へ僕が向かうと、その後ろをマリーがぴったりとついてくる。
ソファに二人で隣同士で座る。
僕が右隣に座ったマリーを見つめると、ソファに置いた僕の手にマリーが自分の手を重ねる。
「次は、どこを冒険しましょうか?」
「そうだねぇ。そういえば、マリーって海は見たことがあるんだっけ?」
「海ですか?森から出た事ないですからないです!」
「新婚旅行も兼ねて海を見に行こうか?」
「海ってでっかい八本脚のモンスターがいるんですよね!?戦ってみたいです!」
「あぁ…まぁ、そういった魔物もいるねぇ…魔法じゃないと結構苦労すると思うけど…」
「そうなんですか!?私じゃ無理ですかね!?」
「マリーの強さなら無理では…無いと思うけど、触手に吸盤がついていてね…いちど絡みつかれると抜け出すのは至難の業だ…」
「へぇ…それが八本もあるんですか…でも、私が捕えられたら…旦那様が助けてくださるのでしょう?」
マリーが上目遣いで僕を見つめながら微笑む。
うん、かわいい。
「もちろん。もちろんさ!」
「頼りにしています。旦那様」
そう言って、マリーは僕をぎゅっと抱きしめた。
背中に手をまわして、ぎゅっと。
「どうかした?マリー?なんか変だよ?」
「変じゃないですよぉ?私は、旦那様の匂いが好きだなぁって堪能しているんです」
「マリーも甘くて美味しそうな匂いがするよ」
「きゃー、食べられちゃう」
そう言って、マリーは僕の顔を見上げると、そっと目を閉じた。
唇と唇が重なる。
しばらく沈黙が続いた後、そっとマリーは僕から顔を離すとちょっと潤んだ瞳でこう言った。
「私は、ずっとずっと旦那様のそばにいます。いますから」
「うん。これからもずっとずっとそばにいてくれ」
「はい。もちろんです…」
そのまま、僕の身体に自分の重さを預けて抱きしめてきたので、僕はマリーを抱きしめたままこてんとソファに寝転がる。
「重たくないですか?」
「いや?全然」
確かにマリーはここに存在することを教えてくれる、幾ばくかの重さを感じながら、熱を感じながら、マリーをぎゅっと抱きしめ続ける。
マリーの胸の弾力を自分の胸に感じ、マリーの甘い匂いは鼻を、服越しに感じる熱は肌を、さらさらと長い髪が重力にしたがって、ソファの形に沿って流れ行く様は目を喜ばせる。
抱きしめ合っているだけで、癒され幸せを感じる。
このまま時間が止まればいいのに、そう願わずにはいられなかった。
③
深夜。闇の帳をおろした黒狼族の大森林の南の果てに、炎の精霊がたくさん集まっていた。
それは、トカゲのような形をしているものや、てるてる坊主のようなもの、人魂のようなもの、その形や大きさはまちまちで多種多様で…。
それらが、木々の枝や幹、地面、空中、あらゆるところにたくさんいる。
『勇者はひどいんだ。僕たちの仲間を聖剣に閉じ込めている』
『違うよ。聖剣にいるのは、勇者に力になりたくて自分から住み着いたんだよ』
『違うよ。勇者が無理やり閉じ込めているんだよ』
『違うよ。勇者は優しいんだ。あったかいんだよ』
『違うよ。勇者はずるいんだ。人間だから』
『違うよ。勇者はかわいそうな人なんだ。この世界の住人じゃないのに僕達のためにがんばってくれたんだ』
『違うよ。勇者はこの世界を支配しようとしているんだ。王様になりたいんだよ』
色々な炎の精霊が、口々に勇者を非難したり、庇ったりしている。
『もういい!君たちなんていらない!』
トカゲのような炎の精霊がそう言うと、火の玉をいくつも空中に作り出して、勇者を庇う仲間に投げつけた。
爆炎と煙、そして穴の開いた地面を、他の炎の精霊がじっと見つめると。
『戦争だー!』
『戦争だー!』
『戦争だー!』
そう言って、お互いに炎の魔法をぶつけ合った。
どれくらいの時間そうしていたのだろうか。
気が付くと、大きな竜のような形をした炎の精霊が仲裁するように、間に入ってきた。
『勇者は約束を違えた。ゆえに、我は勇者を誅伐する!』
それを聞いた勇者を非難していた炎の精霊たちが竜に群がり融合していく…。
竜の姿は大きな火球に包まれ、やがて大きな爆発を起こした。
周りの木々が吹き飛ばされ、燃やされ黒焦げになり、地面はクレーターのように大きくえぐれる。
その爆風で、勇者を庇っていた精霊たちが吹き飛ばされる。
大量の黒煙と土煙が、風に流され終わると、竜の形はさらに凶悪に変貌していた。
体調は10mは軽く超える大きな身体、全体的にトゲトゲとしていて、赤黒い鱗が鎧のように体にびっしりと生えている。口からギラリと見える牙は、どんなものでも容易く砕きそうで、身体に比べれば小さな手には、恐ろしく鋭い爪が生えそろっている。
目は金色にギラギラしていて、獣のような縦長の黒い瞳が怒りをたたえている。
「そうさ。勇者は君たちを裏切ったんだ。僕達が手を貸すよ。この薄汚い盗人どもの黒狼族を燃やし尽くして…そのまま勇者も殺してやる!何が世界を救った勇者だ。盗人と結婚して…俗物になり果てた…がっかりだ!」
そう言いながら、竜に歩み寄るたくさんの人影。
みな、尖ったロバのような耳をしていて、容姿は恐ろしく整っている。
透き通るような白い肌に、金色の長い髪…勇者の世界の作品に登場する、エルフと言う種族に瓜二つだった。
整った顔が醜悪な笑みに歪む。
「炎の精霊…いや、今この時から、お前は魔神イフリータだ。さぁ、行こう。お前は仲間たちを、私達は住む土地を解放するのだ!」
その様子を、遠くから見ている1人の黒狼族。
男か女かもわからず、体格すらわからぬよう漆黒のマントを武装の上から羽織ったその黒狼族の者は、一人静かに森の闇に消えていった。
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