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第1部 勇者と狼の王女
第4話 夫の先制攻撃
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①
私が目覚めたのは、もう朝も随分と過ぎてからだった。
しまった!
やらかした!
旦那様より遅く起きるなんて…!
忍びの者と夜遅くに話し込んでしまったからだ…!
慌ててベッドから飛び起きる。既に旦那様はベッドにはいなかった。
これは、まずいとドアを勢いよく開けて、リビングへの階段を駆け下りる。
「おはよう。マリー」
台所から旦那様の優し気で爽やかな声が聞こえてくる。
「お、おはようございます!!」
私は、台所に立っている旦那様のところまで駆け降りると、そのまま深々と頭を下げた。
「も、も、申し訳ございません!旦那様より遅く起きるなど…!」
「え、いや、え?黒狼族の文化ってそういう感じなの?別に気にしないで。僕にそういう価値観はないよ」
「は、え、そうなんですか。いや、しかし、寝坊してしまうなんて…本当にごめんなさい」
「マリー。そんなことより一緒にご飯を食べようよ」
「は、え?ご飯まで作っていただけたのですか!?」
「うん。僕の作ったものが口に合えばいいんだけど」
「とんでもない…旦那様の作ってくださったものなら、どんなものでも美味しく食べてごらんにいれます」
「ははは。マリー。なんかテンションがおかしいよ。落ち着いて」
「は、はい…」
私は急に恥ずかしくなって、顔をうつ向かせる。きっと、真っ赤っかに染まっていることだろう。
尻尾の動きを抑えたいのに、ゆらゆら左右に揺れてしまうので必死に手で押さえる。
「そういえば、気になったんだけど」
「は、はい」
「僕がライバルと決闘しているときも、君の傍使えが尻尾を必死に抑えていたね。尻尾を動かすのはマナー違反みたいなのがあるのかい?」
「そ、そりゃ…!だって…自分の心が相手に丸わかりなんですよ?恥ずかしいし、はしたないじゃないですか…」
「なるほど…」
「なるべく、動かないように訓練はするんですが…旦那様にプロポーズされてから…ずっと尻尾の制御がうまくできません…」
なんだか、自分が急にすごいみっともない存在のように思えて、じわっと涙が浮かんでしまう。
あーあ、だめだめ。こんなことでいちいち涙浮かべちゃ…。
でも、旦那様の前だとどうにも感情が安定しない…。
「あぁ…泣かないで。ごめんね。変なこと聞いた」
そう言って、旦那様は私の頬に手を当てると、そっと唇を重ねた。
男女のキスではなく、挨拶のような軽い口づけ。
でも、なんだか心が急に落ち着いて、身体がしゃきっとする思いがした。
「すいません。こんなことで動揺して」
「価値観が違うから、色々細かいこと、大きなことあると思う。ちょっとずつ進もうね」
「はい。ありがとうございます」
そうして、二人で食席について…。
「だ、旦那様…?」
昨夜は向かい合って座って食べたのに、今朝は私の座った隣に旦那様が座ったのだ!
「マリーの傍にいたくて」
そう言って、旦那様は爽やかに微笑んだ。窓から差し込む穏やかな日差しが、昔は真っ黒だったという銀色の髪を照らしてきらきらと輝いている。
魔王を倒した最強の存在…その人が、自分の隣で優しく微笑んでいる…。
真横にいるせいか、旦那様のなんともいえない男の、それでいて甘く感じる匂いが心臓の鼓動を早める。
強さこそが全てだ!という一族の王女に生まれて、これに幸せを感じないのは無理がある。
「マリー?」
つらい…!
旦那様が尊くて…つらい!
ドキドキしてしまい、旦那様に顔を向けられない。緊張のあまり言葉がなんだか片言になってしまう。
「ダンナサマ、キョウハナニカご用はアルノデショウカ?」
「あぁ…ちょっと植物研究所に行ってくる。ちょっと早く完成させたいものがあるんだ」
「ソ、ソウデゴザイマスイカ。ソウシマシタラ、ワタクシモオデカケシテモヨロシイデショウカ?」
「あぁ、もちろん。町の案内がなくて大丈夫かい?」
「メーシェニアイニイクノデ、タブンダイジョウブデス」
「あぁ、あの侍女さんね。よろしく伝えておいてくれる?」
「ハ、ハイモチロン」
「何時に行くんだい?」
「十時にローズマイルというオミセデゴザイマス」
「そうか。あと30分くらいだけど、大丈夫かい?」
「え!?」
慌てて時計を見上げる。確かに9時30分を針が示している。
やっば…い!!
慌てて旦那様の料理を口にかけこむ。
「お、おいしい!!」
「そう?ありがとう」
なんだこの麺類は!?ミートソーススパゲティ?なんだそれは?!
なんだこのスープは!?なんだこのパンは!?
どれもこれも、深みのある味…私では説明する言葉がみつからない…!?語彙が…足りない…。
幾重にも襲ってくる味のハーモニーに、噛みしめるたび…飲み込むたびに身体を喜びが電撃のように走っていき、身体をくねらせてしまう。尻尾は抑えたくてももう抑えられない。ばっさばさとはしたなく揺らしてしまう。
私はあっという間に食べつくしてしまう。
その間も、旦那様は私を横から見てにこにこしている。
うーん。やられたぁ。私は旦那様を甘やかして甘やかして、とろけさせる覚悟をしたのにぃ。
先制攻撃…いや、不意打ちもいいところだ…!
「片付けはいいから。早く準備して行ってきな」
「は…はいぃぃいい」
私は泣いた。
初戦であっさり敗北したのだ。
旦那様は私を自分に次ぐ戦士だと言ってくれた。
好敵手だと言ってくれた。
なんだこのありさまは。これが好敵手だろうか?戦士のありさまだろうか?
泣きながら、洗面所に行き、腐っても王女ということで最低限のナチュラルメイクをし、何を着ていこうか迷う暇もなかったため、旦那様が渡してきた白いブラウスに身を包んで、慌てて家を飛び出す。
「昼は二人で好きなの食べておいでー」
そう言って、私の手に銀貨を数枚握らせてくださった。
旦那様の手に触れたことで、昨夜の想いでフラッシュバックしてまた、顔が真っ赤になり尻尾がはしたなく動き回る。
「だ、だんなさま…」
「うん?」
「これで勝ったと思わないでくださいぃぃぃいいい!」
私は、右目の端から涙をこぼしながら、地図片手にローズマイルへ走っていった。
後ろから、「夜はハンバーグだよぉ」と穏やかに言う旦那様の声が聞こえた。
②
昨日は色々なことがありすぎた。
結婚式をして、その途中でマリーとお互い全力の決闘。
魔力を使い果たして眠るマリーを新居にお姫様抱っこで連れて行き、目覚めてからは初夜の営み…。
そりゃ、起きれないよ。
時計の針は8時半を指し示しているが、妻のマリーはベッドで熟睡していて起きそうにもない。
ふむ…。
僕は、マリーを甘やかしつくしてやると決意したが…果たして、一体どういうことをしていけば良いだろうか。
例えば…。
マリーを抱きしめる…これは僕がしたいことだが、どっちかというとしてもらいたいことに近い。
マリーとキスをする…これも同様だ。
うん…したいことは出てくるは出てくるが…なんだかしてもらいたいことと同義なことばかりで、いまいち良いのが思いつかない…。
女の子を甘やかす…うーん。お姫様扱いをすれば良いということだろうか。
というか、そもそもお姫様なんだよね。僕のマリー。
結婚したけれど、マリーの立ち位置はどうなるのだろうか?
僕の家庭に入ったということで、王家の政とは無縁になるのだろうか?
それとも、逆で、僕が黒狼族の王になる義務が発生したということだろうか?
王であるマリーの父、ケルルトとも結婚の挨拶に行った際に、決闘しており僕が勝利している。
というより、黒狼族の実力者ほぼ全員と決闘し、全部勝利した。
黒狼族の王になってもおかしくない状況ではあるが…。
「マリーと普通の夫婦としてイチャイチャした毎日を過ごしたいなぁ」
と本音がこぼれたところで、はっと我に返り、誰かに聞かれているわけでもないのに、咳ばらいを一つ。
「マリーとのんびりした日常を送りたいな」
と言い直した。
お姫様扱いをするという発想が出てきたことで、なんとなく自分がするべきことが固まってくる。
料理や掃除など、炊事洗濯は僕がやったうえで、マリーが欲しがるものを与えて、喜ぶことを見つけるたび、それをどんどんやっていくのだ。
夫婦としての初めての朝である今は…。
「そうだな。朝食でも作るか。マリーの口に合うかわからないけれど…」
僕は鍋に水を入れ家電魔道具のスイッチを入れ、沸騰させる。
今朝は、ミートソーススパゲティでも作ろう。
朝から重いだろうか?
でも、マリーは狼だから、お肉が好きそうだ。
台所の横の棚から、スパゲティの麺を二束取り出し、投入する準備をする。
鍋の水が沸騰し始めたところで、塩を少々多めにいれてやり、麺を入れた。
マリーはどんな反応をするだろうか。
美味しいと言ってくれればいいのだが。
朝食が完成したころ、マリーは階段を駆け下りてきて頭を下げた。
そして、いくらか話をしたところで、出来上がった朝食を振る舞う。
マリーの食べたときの表情をよく観察したくて、マリーのすぐ隣に座った。
マリーは思っていることが頭からセリフが立ち上っているんじゃないかってくらい、わかりやすく表情をころころ変えて、僕が隣に座ったことで凄いドギマギしていた。
尻尾はばっさばっさと左右に振られていたから、僕を嫌がっているわけじゃないことがわかる。
僕にドキドキしてくれて、表情をころころ変えていると思うと、とてもとても愛おしくなる。
マリーの口から「美味しい」という言葉が飛び出した時。
僕はやったー!と握りこぶしでガッツポーズを決めて、飛び跳ねたい衝動をぐっと抑えて平静を装いながら彼女の表情を観察した。
最初は、びっくりして目を丸くして、一回ぴたっと狼の耳も尻尾の動きも止まった。
しばらくすると、尻尾は凄いスピードで左右に振られはじめ…。
やがて、蕩けたような恍惚とした表情で、スパゲティを飲み込んでいった。
時折、天を仰いで一瞬動きが止まる。
瞳はトロンと潤んでいて、口もだらしなく半開きになっている。
初めて見たな…この表情!
やった!この表情は間違いない!甘やかすことに成功した!!
なるほど。こういった感じにやっていけば良いのかとコツをつかんだような感覚になったが、よくよく考えれば美味しい料理を作り続けるというのも、好みもあるしなかなかに至難の業だ。
料理にしても、何にしても、彼女の口から彼女の好みを聞き出すのもそうだが、うーん、男には言いづらいこともあるだろうし…協力者が必要だろうか?
それからは、色々なころころ変わるマリーの表情を愛でながら、家を飛び出すマリーを見送った。
白いブラウスとロングスカートに、首元に青いリボン…マリーにとってもよく似合って可愛かった。
私が目覚めたのは、もう朝も随分と過ぎてからだった。
しまった!
やらかした!
旦那様より遅く起きるなんて…!
忍びの者と夜遅くに話し込んでしまったからだ…!
慌ててベッドから飛び起きる。既に旦那様はベッドにはいなかった。
これは、まずいとドアを勢いよく開けて、リビングへの階段を駆け下りる。
「おはよう。マリー」
台所から旦那様の優し気で爽やかな声が聞こえてくる。
「お、おはようございます!!」
私は、台所に立っている旦那様のところまで駆け降りると、そのまま深々と頭を下げた。
「も、も、申し訳ございません!旦那様より遅く起きるなど…!」
「え、いや、え?黒狼族の文化ってそういう感じなの?別に気にしないで。僕にそういう価値観はないよ」
「は、え、そうなんですか。いや、しかし、寝坊してしまうなんて…本当にごめんなさい」
「マリー。そんなことより一緒にご飯を食べようよ」
「は、え?ご飯まで作っていただけたのですか!?」
「うん。僕の作ったものが口に合えばいいんだけど」
「とんでもない…旦那様の作ってくださったものなら、どんなものでも美味しく食べてごらんにいれます」
「ははは。マリー。なんかテンションがおかしいよ。落ち着いて」
「は、はい…」
私は急に恥ずかしくなって、顔をうつ向かせる。きっと、真っ赤っかに染まっていることだろう。
尻尾の動きを抑えたいのに、ゆらゆら左右に揺れてしまうので必死に手で押さえる。
「そういえば、気になったんだけど」
「は、はい」
「僕がライバルと決闘しているときも、君の傍使えが尻尾を必死に抑えていたね。尻尾を動かすのはマナー違反みたいなのがあるのかい?」
「そ、そりゃ…!だって…自分の心が相手に丸わかりなんですよ?恥ずかしいし、はしたないじゃないですか…」
「なるほど…」
「なるべく、動かないように訓練はするんですが…旦那様にプロポーズされてから…ずっと尻尾の制御がうまくできません…」
なんだか、自分が急にすごいみっともない存在のように思えて、じわっと涙が浮かんでしまう。
あーあ、だめだめ。こんなことでいちいち涙浮かべちゃ…。
でも、旦那様の前だとどうにも感情が安定しない…。
「あぁ…泣かないで。ごめんね。変なこと聞いた」
そう言って、旦那様は私の頬に手を当てると、そっと唇を重ねた。
男女のキスではなく、挨拶のような軽い口づけ。
でも、なんだか心が急に落ち着いて、身体がしゃきっとする思いがした。
「すいません。こんなことで動揺して」
「価値観が違うから、色々細かいこと、大きなことあると思う。ちょっとずつ進もうね」
「はい。ありがとうございます」
そうして、二人で食席について…。
「だ、旦那様…?」
昨夜は向かい合って座って食べたのに、今朝は私の座った隣に旦那様が座ったのだ!
「マリーの傍にいたくて」
そう言って、旦那様は爽やかに微笑んだ。窓から差し込む穏やかな日差しが、昔は真っ黒だったという銀色の髪を照らしてきらきらと輝いている。
魔王を倒した最強の存在…その人が、自分の隣で優しく微笑んでいる…。
真横にいるせいか、旦那様のなんともいえない男の、それでいて甘く感じる匂いが心臓の鼓動を早める。
強さこそが全てだ!という一族の王女に生まれて、これに幸せを感じないのは無理がある。
「マリー?」
つらい…!
旦那様が尊くて…つらい!
ドキドキしてしまい、旦那様に顔を向けられない。緊張のあまり言葉がなんだか片言になってしまう。
「ダンナサマ、キョウハナニカご用はアルノデショウカ?」
「あぁ…ちょっと植物研究所に行ってくる。ちょっと早く完成させたいものがあるんだ」
「ソ、ソウデゴザイマスイカ。ソウシマシタラ、ワタクシモオデカケシテモヨロシイデショウカ?」
「あぁ、もちろん。町の案内がなくて大丈夫かい?」
「メーシェニアイニイクノデ、タブンダイジョウブデス」
「あぁ、あの侍女さんね。よろしく伝えておいてくれる?」
「ハ、ハイモチロン」
「何時に行くんだい?」
「十時にローズマイルというオミセデゴザイマス」
「そうか。あと30分くらいだけど、大丈夫かい?」
「え!?」
慌てて時計を見上げる。確かに9時30分を針が示している。
やっば…い!!
慌てて旦那様の料理を口にかけこむ。
「お、おいしい!!」
「そう?ありがとう」
なんだこの麺類は!?ミートソーススパゲティ?なんだそれは?!
なんだこのスープは!?なんだこのパンは!?
どれもこれも、深みのある味…私では説明する言葉がみつからない…!?語彙が…足りない…。
幾重にも襲ってくる味のハーモニーに、噛みしめるたび…飲み込むたびに身体を喜びが電撃のように走っていき、身体をくねらせてしまう。尻尾は抑えたくてももう抑えられない。ばっさばさとはしたなく揺らしてしまう。
私はあっという間に食べつくしてしまう。
その間も、旦那様は私を横から見てにこにこしている。
うーん。やられたぁ。私は旦那様を甘やかして甘やかして、とろけさせる覚悟をしたのにぃ。
先制攻撃…いや、不意打ちもいいところだ…!
「片付けはいいから。早く準備して行ってきな」
「は…はいぃぃいい」
私は泣いた。
初戦であっさり敗北したのだ。
旦那様は私を自分に次ぐ戦士だと言ってくれた。
好敵手だと言ってくれた。
なんだこのありさまは。これが好敵手だろうか?戦士のありさまだろうか?
泣きながら、洗面所に行き、腐っても王女ということで最低限のナチュラルメイクをし、何を着ていこうか迷う暇もなかったため、旦那様が渡してきた白いブラウスに身を包んで、慌てて家を飛び出す。
「昼は二人で好きなの食べておいでー」
そう言って、私の手に銀貨を数枚握らせてくださった。
旦那様の手に触れたことで、昨夜の想いでフラッシュバックしてまた、顔が真っ赤になり尻尾がはしたなく動き回る。
「だ、だんなさま…」
「うん?」
「これで勝ったと思わないでくださいぃぃぃいいい!」
私は、右目の端から涙をこぼしながら、地図片手にローズマイルへ走っていった。
後ろから、「夜はハンバーグだよぉ」と穏やかに言う旦那様の声が聞こえた。
②
昨日は色々なことがありすぎた。
結婚式をして、その途中でマリーとお互い全力の決闘。
魔力を使い果たして眠るマリーを新居にお姫様抱っこで連れて行き、目覚めてからは初夜の営み…。
そりゃ、起きれないよ。
時計の針は8時半を指し示しているが、妻のマリーはベッドで熟睡していて起きそうにもない。
ふむ…。
僕は、マリーを甘やかしつくしてやると決意したが…果たして、一体どういうことをしていけば良いだろうか。
例えば…。
マリーを抱きしめる…これは僕がしたいことだが、どっちかというとしてもらいたいことに近い。
マリーとキスをする…これも同様だ。
うん…したいことは出てくるは出てくるが…なんだかしてもらいたいことと同義なことばかりで、いまいち良いのが思いつかない…。
女の子を甘やかす…うーん。お姫様扱いをすれば良いということだろうか。
というか、そもそもお姫様なんだよね。僕のマリー。
結婚したけれど、マリーの立ち位置はどうなるのだろうか?
僕の家庭に入ったということで、王家の政とは無縁になるのだろうか?
それとも、逆で、僕が黒狼族の王になる義務が発生したということだろうか?
王であるマリーの父、ケルルトとも結婚の挨拶に行った際に、決闘しており僕が勝利している。
というより、黒狼族の実力者ほぼ全員と決闘し、全部勝利した。
黒狼族の王になってもおかしくない状況ではあるが…。
「マリーと普通の夫婦としてイチャイチャした毎日を過ごしたいなぁ」
と本音がこぼれたところで、はっと我に返り、誰かに聞かれているわけでもないのに、咳ばらいを一つ。
「マリーとのんびりした日常を送りたいな」
と言い直した。
お姫様扱いをするという発想が出てきたことで、なんとなく自分がするべきことが固まってくる。
料理や掃除など、炊事洗濯は僕がやったうえで、マリーが欲しがるものを与えて、喜ぶことを見つけるたび、それをどんどんやっていくのだ。
夫婦としての初めての朝である今は…。
「そうだな。朝食でも作るか。マリーの口に合うかわからないけれど…」
僕は鍋に水を入れ家電魔道具のスイッチを入れ、沸騰させる。
今朝は、ミートソーススパゲティでも作ろう。
朝から重いだろうか?
でも、マリーは狼だから、お肉が好きそうだ。
台所の横の棚から、スパゲティの麺を二束取り出し、投入する準備をする。
鍋の水が沸騰し始めたところで、塩を少々多めにいれてやり、麺を入れた。
マリーはどんな反応をするだろうか。
美味しいと言ってくれればいいのだが。
朝食が完成したころ、マリーは階段を駆け下りてきて頭を下げた。
そして、いくらか話をしたところで、出来上がった朝食を振る舞う。
マリーの食べたときの表情をよく観察したくて、マリーのすぐ隣に座った。
マリーは思っていることが頭からセリフが立ち上っているんじゃないかってくらい、わかりやすく表情をころころ変えて、僕が隣に座ったことで凄いドギマギしていた。
尻尾はばっさばっさと左右に振られていたから、僕を嫌がっているわけじゃないことがわかる。
僕にドキドキしてくれて、表情をころころ変えていると思うと、とてもとても愛おしくなる。
マリーの口から「美味しい」という言葉が飛び出した時。
僕はやったー!と握りこぶしでガッツポーズを決めて、飛び跳ねたい衝動をぐっと抑えて平静を装いながら彼女の表情を観察した。
最初は、びっくりして目を丸くして、一回ぴたっと狼の耳も尻尾の動きも止まった。
しばらくすると、尻尾は凄いスピードで左右に振られはじめ…。
やがて、蕩けたような恍惚とした表情で、スパゲティを飲み込んでいった。
時折、天を仰いで一瞬動きが止まる。
瞳はトロンと潤んでいて、口もだらしなく半開きになっている。
初めて見たな…この表情!
やった!この表情は間違いない!甘やかすことに成功した!!
なるほど。こういった感じにやっていけば良いのかとコツをつかんだような感覚になったが、よくよく考えれば美味しい料理を作り続けるというのも、好みもあるしなかなかに至難の業だ。
料理にしても、何にしても、彼女の口から彼女の好みを聞き出すのもそうだが、うーん、男には言いづらいこともあるだろうし…協力者が必要だろうか?
それからは、色々なころころ変わるマリーの表情を愛でながら、家を飛び出すマリーを見送った。
白いブラウスとロングスカートに、首元に青いリボン…マリーにとってもよく似合って可愛かった。
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