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第1部 勇者と狼の王女
第2話 愛する者にしたいこと~王女の場合~
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①
初夜の営みが無事終わった後、先に眠り込んだ旦那様を起こさないようにそっとベッドから抜け出す。
旦那様の世界の衣服を再現したものだと言っていたTシャツと黒い短パンを身に着けて、そっと2Fの寝室を出て、1Fの玄関を目指す。
玄関のドアを音をたてないようにそっと開け、ぎりぎりあの者に聞こえるかどうかの小声でささやく。
「ねぇ…いるんでしょ?わかってるから、いるって。出てきてちょうだい。頼みたいことがあるの」
私がそう言うと、すっと上から音もなく影が落ちてくる。
影は音もなく玄関先の地面に落ちたかと思うと、にょにょきと上に伸びて、やがて人型を形つくる。
「姫様。何用でしょうか?」
黒狼族の王直轄の忍びが現れた。
男か女かもわからぬ中性的な声に、全身真っ黒の武装、そしてそれを隠すように身に着けている同じく漆黒のマントのせいで、身体のラインは全くわからず、本当にこの者が男か女かもわからない。背丈は私と同じくらいの160㎝程度ではあり、肩幅もそれほど広くもないが、腰つきはどちらかというと男性ぽくもある。
「ちょっと中に入ってちょうだい…」
「はぁ…」
私は、家の中に招き入れると、リビングのテーブルの椅子に座らせる。
向かい合って座る、真っ黒な忍者と、Tシャツ姿の狼の王女…なかなかシュールだ。
「父のケルルトのことだから、監視をつけているとは思っていたわ」
「…見てはいません」
「当然よ。見ていたらバラバラにしてケルルトに送り返すところよ」
「…それで、何用ですか?」
「ちょっと、メーシェに相談したいことがあるの。メーシェに伝言をお願いできないかしら?」
メーシェとは、私専門の侍女で、元は一流の戦士であったが、ある戦闘の際に左足を負傷して以来、ひきずるようになってしまい、私の侍女を務めてくれるようになった女性だ。心を一番許せる存在でもある。既婚者であり、この先の結婚生活について色々と相談しようと思っていたのだけど、その機会が早くも訪れてしまった。
「メーシェでしたら、まだこの町におります」
「え!そうなの?」
「はい。あの足で夜の森に入れば、獣たちの格好の的ですから。この町の宿をとってそこにいるようです。どうも夫のゲッツァもいるようですが」
「へー。まぁ、満月の夜だものね」
「はぁ…」
満月の夜は、黒狼族にとってカップルが仲良くする夜という、ちょっとしたイベント日としてとらえられている。
「あなたもごめんなさいね。仲良くしたいお相手がいたでしょうに…」
「いえ…自分は王家にこの身を捧げておりますので…そういった者はいません」
「そうなの…なんだか申し訳ないわね。あなたにもそういう人が現れるといいんだけど…」
「はぁ…」
「あのねあのね。あの行為はとっても恥ずかしくて恥ずかしくて、もうしばらくはやりたくないのだけれども…自分の好きな人に抱きしめられたり、唇を重ねることは、とっても心がぽやぽやするの」
先ほどのを思い出して、熱くなってきた自分の頬を両手で冷やすように当てながら、尻尾がばさばさと揺れてしまう。
「はぁ…」
「勇者様は初めてじゃなかったみたいだけれど、でもその方が良かったのかしら。とっても優しくしてくださったわ」
「はぁ…」
「あぁ、勇者様のあの圧倒的な力…そして、一見魔法使いのようなスマートな身体なのに、脱ぐと傷だらけで鋼のように鍛え上げられたあの体…目はやや細いけど、優し気な瞳で熱く私を見てくださる…私のことを自分に次ぐ戦士だと言ってくださった…」
私の尻尾が心を反映してか、ばっさばさと揺れる速度を上げていく。
「あのぉ…自分はこれをずっと聞かねばならないのですか?」
「え?聞きたくないの?ケルルトに報告するんでしょ?」
「いや…報告するというか、勇者と王女が結ばれたことで、よからぬ勢力が横やりをいれないか監視していたわけで…」
「あら、そうなの。ご苦労様。で、聞きたくないの?」
「あの…メーシェに相談したい内容とはなんでしょうか?」
「えぇ…えぇ…そうね。旦那様がね。帰れない故郷に想いを馳せているようなの…だから、旦那様が故郷に想いを馳せる暇がないくらい満たしてあげたいの。でも、私って男友達すらいなかったじゃない?どうしたら、喜んで下さるかわからなくて…」
「姫様。そんなことは簡単です。お耳を拝借してもよろしいでしょうか?」
「え?なになに?」
私が身を乗り出して耳を忍者の口元へ近づける。
「つまりですね…」
忍者からの言葉を聞いた私は、顔がかぁっと熱くなって、尻尾は毛が逆立ちながらピーンと天井に向かって逆立った。
「ちょっと…そんなこと…無理よぉ。あれだってとっても恥ずかしくて…しばらく無理って言ったの聞いてなかったの?」
「いや、男の心をとろけさせるなんて、それ以外何があるんですか?」
「いやいやいや。あなたじゃだめよ。メーシェを…メーシェを呼んできて!」
「はぁ…まぁ、メーシェに言伝はしておきます」
そう言うと、忍者は音もなくささっとドアに向かうと、ドアが開いた様子もないのにぼわっと消えた。
しばらく、忍びに言われたことが頭の中で反響していて、身体が熱くてぼわっとしてしまい、その場から動けなかった。
しかし、それくらいの覚悟がなければ勇者の心をとかすことはできないのかもしれない…。
「いま、言われたことをやるかは置いておいて…決めたわ…!私は、徹底的に旦那様を甘やかして…甘やかして…甘やかしつくしてみせます!死が二人を分かつまで!!!」
一大決心をした私は、そっと寝室に戻った。
寝室の窓に何か紙が挟まっている。
「あら?えーっと…
明日の昼10時頃、この町の喫茶ローズマイルでお待ちしています
by メーシェ
あら…。あの忍び、仕事が早いわね」
ちょっとほっとした私は、ベッドで寝ている旦那様の隣に潜りこみ、旦那様にぴったりくっついて匂いを堪能すると、ぐっすりと眠ることができたのだった。
初夜の営みが無事終わった後、先に眠り込んだ旦那様を起こさないようにそっとベッドから抜け出す。
旦那様の世界の衣服を再現したものだと言っていたTシャツと黒い短パンを身に着けて、そっと2Fの寝室を出て、1Fの玄関を目指す。
玄関のドアを音をたてないようにそっと開け、ぎりぎりあの者に聞こえるかどうかの小声でささやく。
「ねぇ…いるんでしょ?わかってるから、いるって。出てきてちょうだい。頼みたいことがあるの」
私がそう言うと、すっと上から音もなく影が落ちてくる。
影は音もなく玄関先の地面に落ちたかと思うと、にょにょきと上に伸びて、やがて人型を形つくる。
「姫様。何用でしょうか?」
黒狼族の王直轄の忍びが現れた。
男か女かもわからぬ中性的な声に、全身真っ黒の武装、そしてそれを隠すように身に着けている同じく漆黒のマントのせいで、身体のラインは全くわからず、本当にこの者が男か女かもわからない。背丈は私と同じくらいの160㎝程度ではあり、肩幅もそれほど広くもないが、腰つきはどちらかというと男性ぽくもある。
「ちょっと中に入ってちょうだい…」
「はぁ…」
私は、家の中に招き入れると、リビングのテーブルの椅子に座らせる。
向かい合って座る、真っ黒な忍者と、Tシャツ姿の狼の王女…なかなかシュールだ。
「父のケルルトのことだから、監視をつけているとは思っていたわ」
「…見てはいません」
「当然よ。見ていたらバラバラにしてケルルトに送り返すところよ」
「…それで、何用ですか?」
「ちょっと、メーシェに相談したいことがあるの。メーシェに伝言をお願いできないかしら?」
メーシェとは、私専門の侍女で、元は一流の戦士であったが、ある戦闘の際に左足を負傷して以来、ひきずるようになってしまい、私の侍女を務めてくれるようになった女性だ。心を一番許せる存在でもある。既婚者であり、この先の結婚生活について色々と相談しようと思っていたのだけど、その機会が早くも訪れてしまった。
「メーシェでしたら、まだこの町におります」
「え!そうなの?」
「はい。あの足で夜の森に入れば、獣たちの格好の的ですから。この町の宿をとってそこにいるようです。どうも夫のゲッツァもいるようですが」
「へー。まぁ、満月の夜だものね」
「はぁ…」
満月の夜は、黒狼族にとってカップルが仲良くする夜という、ちょっとしたイベント日としてとらえられている。
「あなたもごめんなさいね。仲良くしたいお相手がいたでしょうに…」
「いえ…自分は王家にこの身を捧げておりますので…そういった者はいません」
「そうなの…なんだか申し訳ないわね。あなたにもそういう人が現れるといいんだけど…」
「はぁ…」
「あのねあのね。あの行為はとっても恥ずかしくて恥ずかしくて、もうしばらくはやりたくないのだけれども…自分の好きな人に抱きしめられたり、唇を重ねることは、とっても心がぽやぽやするの」
先ほどのを思い出して、熱くなってきた自分の頬を両手で冷やすように当てながら、尻尾がばさばさと揺れてしまう。
「はぁ…」
「勇者様は初めてじゃなかったみたいだけれど、でもその方が良かったのかしら。とっても優しくしてくださったわ」
「はぁ…」
「あぁ、勇者様のあの圧倒的な力…そして、一見魔法使いのようなスマートな身体なのに、脱ぐと傷だらけで鋼のように鍛え上げられたあの体…目はやや細いけど、優し気な瞳で熱く私を見てくださる…私のことを自分に次ぐ戦士だと言ってくださった…」
私の尻尾が心を反映してか、ばっさばさと揺れる速度を上げていく。
「あのぉ…自分はこれをずっと聞かねばならないのですか?」
「え?聞きたくないの?ケルルトに報告するんでしょ?」
「いや…報告するというか、勇者と王女が結ばれたことで、よからぬ勢力が横やりをいれないか監視していたわけで…」
「あら、そうなの。ご苦労様。で、聞きたくないの?」
「あの…メーシェに相談したい内容とはなんでしょうか?」
「えぇ…えぇ…そうね。旦那様がね。帰れない故郷に想いを馳せているようなの…だから、旦那様が故郷に想いを馳せる暇がないくらい満たしてあげたいの。でも、私って男友達すらいなかったじゃない?どうしたら、喜んで下さるかわからなくて…」
「姫様。そんなことは簡単です。お耳を拝借してもよろしいでしょうか?」
「え?なになに?」
私が身を乗り出して耳を忍者の口元へ近づける。
「つまりですね…」
忍者からの言葉を聞いた私は、顔がかぁっと熱くなって、尻尾は毛が逆立ちながらピーンと天井に向かって逆立った。
「ちょっと…そんなこと…無理よぉ。あれだってとっても恥ずかしくて…しばらく無理って言ったの聞いてなかったの?」
「いや、男の心をとろけさせるなんて、それ以外何があるんですか?」
「いやいやいや。あなたじゃだめよ。メーシェを…メーシェを呼んできて!」
「はぁ…まぁ、メーシェに言伝はしておきます」
そう言うと、忍者は音もなくささっとドアに向かうと、ドアが開いた様子もないのにぼわっと消えた。
しばらく、忍びに言われたことが頭の中で反響していて、身体が熱くてぼわっとしてしまい、その場から動けなかった。
しかし、それくらいの覚悟がなければ勇者の心をとかすことはできないのかもしれない…。
「いま、言われたことをやるかは置いておいて…決めたわ…!私は、徹底的に旦那様を甘やかして…甘やかして…甘やかしつくしてみせます!死が二人を分かつまで!!!」
一大決心をした私は、そっと寝室に戻った。
寝室の窓に何か紙が挟まっている。
「あら?えーっと…
明日の昼10時頃、この町の喫茶ローズマイルでお待ちしています
by メーシェ
あら…。あの忍び、仕事が早いわね」
ちょっとほっとした私は、ベッドで寝ている旦那様の隣に潜りこみ、旦那様にぴったりくっついて匂いを堪能すると、ぐっすりと眠ることができたのだった。
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