勇者と狼の王女の新婚生活

神夜帳

文字の大きさ
上 下
2 / 25
第1部 勇者と狼の王女

第2話 愛する者にしたいこと~王女の場合~

しおりを挟む


初夜の営みが無事終わった後、先に眠り込んだ旦那様を起こさないようにそっとベッドから抜け出す。
旦那様の世界の衣服を再現したものだと言っていたTシャツと黒い短パンを身に着けて、そっと2Fの寝室を出て、1Fの玄関を目指す。

玄関のドアを音をたてないようにそっと開け、ぎりぎりあの者に聞こえるかどうかの小声でささやく。

「ねぇ…いるんでしょ?わかってるから、いるって。出てきてちょうだい。頼みたいことがあるの」

私がそう言うと、すっと上から音もなく影が落ちてくる。
影は音もなく玄関先の地面に落ちたかと思うと、にょにょきと上に伸びて、やがて人型を形つくる。

「姫様。何用でしょうか?」

黒狼族の王直轄の忍びが現れた。
男か女かもわからぬ中性的な声に、全身真っ黒の武装、そしてそれを隠すように身に着けている同じく漆黒のマントのせいで、身体のラインは全くわからず、本当にこの者が男か女かもわからない。背丈は私と同じくらいの160㎝程度ではあり、肩幅もそれほど広くもないが、腰つきはどちらかというと男性ぽくもある。

「ちょっと中に入ってちょうだい…」

「はぁ…」

私は、家の中に招き入れると、リビングのテーブルの椅子に座らせる。
向かい合って座る、真っ黒な忍者と、Tシャツ姿の狼の王女…なかなかシュールだ。

「父のケルルトのことだから、監視をつけているとは思っていたわ」

「…見てはいません」

「当然よ。見ていたらバラバラにしてケルルトに送り返すところよ」

「…それで、何用ですか?」

「ちょっと、メーシェに相談したいことがあるの。メーシェに伝言をお願いできないかしら?」

メーシェとは、私専門の侍女で、元は一流の戦士であったが、ある戦闘の際に左足を負傷して以来、ひきずるようになってしまい、私の侍女を務めてくれるようになった女性だ。心を一番許せる存在でもある。既婚者であり、この先の結婚生活について色々と相談しようと思っていたのだけど、その機会が早くも訪れてしまった。

「メーシェでしたら、まだこの町におります」

「え!そうなの?」

「はい。あの足で夜の森に入れば、獣たちの格好の的ですから。この町の宿をとってそこにいるようです。どうも夫のゲッツァもいるようですが」

「へー。まぁ、満月の夜だものね」

「はぁ…」

満月の夜は、黒狼族にとってカップルが仲良くする夜という、ちょっとしたイベント日としてとらえられている。

「あなたもごめんなさいね。仲良くしたいお相手がいたでしょうに…」

「いえ…自分は王家にこの身を捧げておりますので…そういった者はいません」

「そうなの…なんだか申し訳ないわね。あなたにもそういう人が現れるといいんだけど…」

「はぁ…」

「あのねあのね。あの行為はとっても恥ずかしくて恥ずかしくて、もうしばらくはやりたくないのだけれども…自分の好きな人に抱きしめられたり、唇を重ねることは、とっても心がぽやぽやするの」

先ほどのを思い出して、熱くなってきた自分の頬を両手で冷やすように当てながら、尻尾がばさばさと揺れてしまう。

「はぁ…」

「勇者様は初めてじゃなかったみたいだけれど、でもその方が良かったのかしら。とっても優しくしてくださったわ」

「はぁ…」

「あぁ、勇者様のあの圧倒的な力…そして、一見魔法使いのようなスマートな身体なのに、脱ぐと傷だらけで鋼のように鍛え上げられたあの体…目はやや細いけど、優し気な瞳で熱く私を見てくださる…私のことを自分に次ぐ戦士だと言ってくださった…」

私の尻尾が心を反映してか、ばっさばさと揺れる速度を上げていく。

「あのぉ…自分はこれをずっと聞かねばならないのですか?」

「え?聞きたくないの?ケルルトに報告するんでしょ?」

「いや…報告するというか、勇者と王女が結ばれたことで、よからぬ勢力が横やりをいれないか監視していたわけで…」

「あら、そうなの。ご苦労様。で、聞きたくないの?」

「あの…メーシェに相談したい内容とはなんでしょうか?」

「えぇ…えぇ…そうね。旦那様がね。帰れない故郷に想いを馳せているようなの…だから、旦那様が故郷に想いを馳せる暇がないくらい満たしてあげたいの。でも、私って男友達すらいなかったじゃない?どうしたら、喜んで下さるかわからなくて…」

「姫様。そんなことは簡単です。お耳を拝借してもよろしいでしょうか?」

「え?なになに?」

私が身を乗り出して耳を忍者の口元へ近づける。

「つまりですね…」

忍者からの言葉を聞いた私は、顔がかぁっと熱くなって、尻尾は毛が逆立ちながらピーンと天井に向かって逆立った。

「ちょっと…そんなこと…無理よぉ。あれだってとっても恥ずかしくて…しばらく無理って言ったの聞いてなかったの?」

「いや、男の心をとろけさせるなんて、それ以外何があるんですか?」

「いやいやいや。あなたじゃだめよ。メーシェを…メーシェを呼んできて!」

「はぁ…まぁ、メーシェに言伝はしておきます」

そう言うと、忍者は音もなくささっとドアに向かうと、ドアが開いた様子もないのにぼわっと消えた。
しばらく、忍びに言われたことが頭の中で反響していて、身体が熱くてぼわっとしてしまい、その場から動けなかった。

しかし、それくらいの覚悟がなければ勇者の心をとかすことはできないのかもしれない…。

「いま、言われたことをやるかは置いておいて…決めたわ…!私は、徹底的に旦那様を甘やかして…甘やかして…甘やかしつくしてみせます!死が二人を分かつまで!!!」

一大決心をした私は、そっと寝室に戻った。
寝室の窓に何か紙が挟まっている。

「あら?えーっと…

 明日の昼10時頃、この町の喫茶ローズマイルでお待ちしています
 by メーシェ

 あら…。あの忍び、仕事が早いわね」

ちょっとほっとした私は、ベッドで寝ている旦那様の隣に潜りこみ、旦那様にぴったりくっついて匂いを堪能すると、ぐっすりと眠ることができたのだった。
しおりを挟む
感想 1

あなたにおすすめの小説

聖女なんかじゃありません!~異世界で介護始めたらなぜか伯爵様に愛でられてます~

トモモト ヨシユキ
ファンタジー
川で溺れていた猫を助けようとして飛び込屋敷に連れていかれる。それから私は、魔物と戦い手足を失った寝たきりの伯爵様の世話人になることに。気難しい伯爵様に手を焼きつつもQOLを上げるために努力する私。 そんな私に伯爵様の主治医がプロポーズしてきたりと、突然のモテ期が到来? エブリスタ、小説家になろうにも掲載しています。

ヤンデレエリートの執愛婚で懐妊させられます

沖田弥子
恋愛
職場の後輩に恋人を略奪された澪。終業後に堪えきれず泣いていたところを、営業部のエリート社員、天王寺明夜に見つかってしまう。彼に優しく慰められながら居酒屋で事の顛末を話していたが、なぜか明夜と一夜を過ごすことに――!? 明夜は傷心した自分を慰めてくれただけだ、と考える澪だったが、翌朝「責任をとってほしい」と明夜に迫られ、婚姻届にサインしてしまった。突如始まった新婚生活。明夜は澪の心と身体を幸せで満たしてくれていたが、徐々に明夜のヤンデレな一面が見えてきて――執着強めな旦那様との極上溺愛ラブストーリー!

少年神官系勇者―異世界から帰還する―

mono-zo
ファンタジー
幼くして異世界に消えた主人公、帰ってきたがそこは日本、家なし・金なし・免許なし・職歴なし・常識なし・そもそも未成年、無い無い尽くしでどう生きる? 別サイトにて無名から投稿開始して100日以内に100万PV達成感謝✨ この作品は「カクヨム」にも掲載しています。(先行) この作品は「小説家になろう」にも掲載しています。 この作品は「ノベルアップ+」にも掲載しています。 この作品は「エブリスタ」にも掲載しています。 この作品は「pixiv」にも掲載しています。

婚約破棄追追放 神与スキルが謎のブリーダーだったので、王女から婚約破棄され公爵家から追放されました

克全
ファンタジー
小国の公爵家長男で王女の婿になるはずだったが……

誰一人帰らない『奈落』に落とされたおっさん、うっかり暗号を解読したら、未知の遺物の使い手になりました!

ミポリオン
ファンタジー
旧題:巻き込まれ召喚されたおっさん、無能で誰一人帰らない場所に追放されるも、超古代文明の暗号を解いて力を手にいれ、楽しく生きていく  高校生達が勇者として召喚される中、1人のただのサラリーマンのおっさんである福菅健吾が巻き込まれて異世界に召喚された。  高校生達は強力なステータスとスキルを獲得したが、おっさんは一般人未満のステータスしかない上に、異世界人の誰もが持っている言語理解しかなかったため、転移装置で誰一人帰ってこない『奈落』に追放されてしまう。  しかし、そこに刻まれた見たこともない文字を、健吾には全て理解する事ができ、強大な超古代文明のアイテムを手に入れる。  召喚者達は気づかなかった。健吾以外の高校生達の通常スキル欄に言語スキルがあり、健吾だけは固有スキルの欄に言語スキルがあった事を。そしてそのスキルが恐るべき力を秘めていることを。 ※カクヨムでも連載しています

父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

四季
恋愛
父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

日本列島、時震により転移す!

黄昏人
ファンタジー
2023年(現在)、日本列島が後に時震と呼ばれる現象により、500年以上の時を超え1492年(過去)の世界に転移した。移転したのは本州、四国、九州とその周辺の島々であり、現在の日本は過去の時代に飛ばされ、過去の日本は現在の世界に飛ばされた。飛ばされた現在の日本はその文明を支え、国民を食わせるためには早急に莫大な資源と食料が必要である。過去の日本は現在の世界を意識できないが、取り残された北海道と沖縄は国富の大部分を失い、戦国日本を抱え途方にくれる。人々は、政府は何を思いどうふるまうのか。

サンタクロースが寝ている間にやってくる、本当の理由

フルーツパフェ
大衆娯楽
 クリスマスイブの聖夜、子供達が寝静まった頃。  トナカイに牽かせたそりと共に、サンタクロースは町中の子供達の家を訪れる。  いかなる家庭の子供も平等に、そしてプレゼントを無償で渡すこの老人はしかしなぜ、子供達が寝静まった頃に現れるのだろうか。  考えてみれば、サンタクロースが何者かを説明できる大人はどれだけいるだろう。  赤い服に白髭、トナカイのそり――知っていることと言えば、せいぜいその程度の外見的特徴だろう。  言い換えればそれに当てはまる存在は全て、サンタクロースということになる。  たとえ、その心の奥底に邪心を孕んでいたとしても。

処理中です...