黒猫の復讐はチョコレートの味

神夜帳

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第12話 再出発

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大地に馬乗りになって、ゆかりがボロボロと涙をこぼしている。

「あーん。あーん。また、捨てられるんだぁ! また、独りぼっちなんだぁ!」

大粒の涙が大地の胸に落ちて、シャツをわずかに濡らしていく。

「捨てないって。落ち着けよ」
「やだぁ! 売られちゃうんだぁ! 傷つけちゃったからぁ!」
「売られないって! 傷ついてないって! 見ろよ! タンコブもできていない!」

それを聞いて、ゆかりがヒックヒックと嗚咽を漏らしながら大地の顔をまじまじと見る。そして、その小さな手で、頭をまさぐって何もなってないことを確かめると、首をかしげながら言った。

「本当に? 痛くなかった?」
「ちょっと痛かったけど、男だしこれくらい大丈夫だ」

(本当は、頭と言うより腰がちょっときたけど……)

「でも、正体ばれちゃった」
「正体ってなんだよ。俺を虜にしてから捨てるって話か? まだ虜にされてないし捨てられてもいない。何も起きてないんだよ。まだ。なにも」

大地が必死に取り繕うと言うと、ゆかりはまた目に大粒の涙を浮かべる。

「うわぁあああん。好きじゃないんだぁ。私のことぉ。こんなに一生懸命頑張ったのにぃ」
「そうじゃないって!」
「うわぁあん。うわぁあああん」
「好きだって! もうゆかりのこと好きだって! ゆかりに惹かれてます。本当に!」
「なんだか、とってつけたような言い方ぁ! うわぁああん」
「あぁ、もう!」

大地は身体を起こしてそのままゆかりを抱きしめた。
泣き止むまで、冷静に話ができる状態になるまで抱きしめ続けるつもりであったが、ゆかりの怒声と共に突き飛ばされる。

「他の女の匂いをつけたまま抱きしめないで!!!」

獣だからだろうか、小柄で可愛らしい印象とは裏腹に力は成人男性顔負けである。
盛大に床に後頭部を叩きつけるが、すぐに起き上がり、床に女の子座りで泣いているゆかりを見る。

(あーあ。なんだかしまらないなぁ……)

この状態のゆかりに何を言っても話は通じなさそうであり、だからといって放っておくわけにもいかず、悩みに悩んだ大地は、ひたすら背中をさすることだった。
嘔気をもよおしているわけでもないのに、もうこれくらいしか思いつかなかった。
拒絶されるかと思ったが、ゆかりはしばらくさすられるがまま泣いていると、キッと大地の顔を睨みつけて怒気をはらませながら言った。

「頭も撫でて!!!!」
「あ、あぁ……」

大地がひたすらゆかりの頭を撫でる。
これでもかというくらい優しく撫でる。
さらさらとした黒い髪の毛は、指滑りがよく撫でいても気持ちが良かった。
表情豊かにゆかりの感情に連動して、ぺたんと頭に伏せられた猫耳も優しく撫でる。
猫耳の背はしっとりとしていて、髪の毛のさらさらと猫耳のしっとりを楽しみながら手を、指を滑らせ撫でる。
段々とゆかりの涙も枯れてきて、目を閉じて撫でられる感触を楽しんでいるようだった。

どれくらい撫でただろうか、ゆかりは目を開いて大地の瞳を見つめる。
そこに怒気は感じられず、泣きつかれたのかぼわっとした面持ちだ。

「ぐすっ……。早く、シャワー浴びてきてください……」

ジト目で嗚咽を漏らしながらぼそりというゆかりに反応して、大地はすぐさま風呂場に飛び込んだ。




シャワーを浴びてルームウェアに着替えた大地がリビングに行くと、ゆかりが暗い顔で食席に座っていたので、大地は対面ではなくゆかりの横に座った。座る時に、ゆかりが一瞬びくっと身体を震わせる。

「ゆかり……」
「……」
「幼さが残るその雰囲気に、急に大人っぽくなるギャップにドキドキしたけど、どこか無理をしているようには感じていた。猫が人間になるなんて信じられない出来事が起きたものだから、そういうものかと思っていたけど、ゆかりを見ていると、あの時の子猫が時折ちらついた。俺は自分の世話でも精一杯だったから、子猫を拾う決断はできなかった……いや、言い訳だ。やりようはあったはずだ。うん。違う。こんなことを言いたいんじゃない」

大地はふぅと気合を入れるようにため息を一つ。

「あの時、見捨ててすまなかった。助けてあげられなくてごめん」

そして、大地はリビングに放ってあった鞄から封筒を取り出すと中からカードを出して、ゆかりの目の前に置いた。
それは、マイナンバーカードだった。

「ゆかり。翁から君の戸籍を買ったよ。そのカードは身分証明書として使える。もう自由だ。俺にこだわる必要はない。これまで家事を一生懸命やってくれてありがとう。お礼と言うのも変だけど、新たな門出の支度金として100万くらいは用意する。これから、君の自分のための人生を歩んで欲しい」

大地の顔を見ずに、目の前のカードを暗い顔でぼーっと見つめていたゆかりがボソッとつぶやく。

「……”君”はやめてください……」

それから、クスリと笑って言った。

「翁から買った? 随分とぼられたでしょう?」
「そうだな。全財産のほとんどをもっていかれたよ」
「猫一匹にバカみたい」
「いや、俺にはそれだけの価値があると思うよ」
「そう……。そういう人なんですね」
「おかしいか?」
「ねぇ。私のこと、本当に好きですか?」
「あぁ、好きだよ。好きにさせられた」
「そう……。じゃあ、一矢報いたのかしら」
「随分と手痛い矢がささったよ」

大地は小さく笑うと、ゆかりが大地の顔を見た。
なぜだかはわからなかったが、二人で何かがおかしくて、でも、何がおかしいのかよくわからなくて、クスクスと笑い合って、最後は大きな声を出して笑い合った。

笑っては負けである。

「ねぇ。私、大地のことが憎たらしいの」
「うん」
「でも、やっぱり好きみたい」
「うん」

沈黙。
しばらく二人は熱を帯びた瞳で互いを見つめ合うと、徐々に顔が近づいて、自然と唇を重ね合わせた。
穏やかで心地の良い感触を楽しむ。
大地は感触と共にゆかりの安らぐ優しい甘い匂いを堪能し、ゆかりはお日様のように胸がぽかぽかする大地の優しい匂いを堪能した。

しばらくの間。
そして、やがて顔をゆっくり離す二人。

「なぁ、ゆかり。あらためて、俺の恋人になってくれよ。いや、なってください」

大地がそうゆかりに囁くと、ゆかりはニンマリと悪戯っ子のように微笑む。

「えー。どうしようかなー」

ゆかりは、大地の表情の変化を見つめるが、自信に満ちたその表情は崩れることはなく、それが少し悔しかったので大地の頬に口づけをして、言葉にはしないことで仕返ししてやった。
やがて、抱きしめ合う二人。

お互いがお互いの香りに包まれて、服越しに互いに熱を感じあう。
大地の背中を優しく触れるゆかりの細い指の感触、大地の胸に感じるゆかりの胸の弾力、ゆかりの腰にまわされた大地の固い筋肉質の腕と熱い男の手の感触、それぞれがそれぞれに心地よさを感じる。
ベッドで身体を重ねているわけでもないのに、互いを熱で溶かして一つになっていく錯覚。

暖かい。

二人は幸福を感じながら夜は過ぎていった。
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