黒猫の復讐はチョコレートの味

神夜帳

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第6話 重なる手

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恋をしなくては愛にならないだろうか?
愛は恋から進化するのだろうか?
いや、きっと色々な形と色々なルートがあるのだろう。
酔った勢いで抱いてしまった女の子を妻候補として受け入れたといっても、心の繋がりは無いに等しく、これから紡いでいかなくてはならない。

大型ショッピングパークの中にある映画館の暗闇に包まれて、スクリーンの映像が放つ光に照らされて、ゆかりが瞳をキラキラとさせながら食い入るように観ている。かなり集中しているようで、その小さな可愛い口をぽかーんと開けている。
シーンの緩急に合わせて、優し気な目が、大きく見開かれたり、泣きそうに半分閉じられたりと忙しない。

(感受性豊かな子なんだな)

映画の内容よりゆかりの顔を観察している方が面白かった。
表情はよくころころと変わり、隠していた猫耳がぴょこっと出たので、大地は慌てて帽子をかぶせた。後ろの席に誰もいなくて助かった。
シリアスのシーンに変わると、獲物を捉える鋭い目つきとなり、愛らしくぽやぽやと笑うゆかりからは想像できない冷たい印象のあるきりっとした顔に変わる。
表情が変わらないと、その顔の細部が良く目についた。

まつ毛の長さや、顔の各パーツの整った様子、そして、小さな可愛い唇の厚みをじっと見つめたとき、酔っぱらって記憶が断片的でありながらも、抱いた夜のことが思い出される。
夢ではなかったことが分かった今、罪悪感と共に、こんな可愛い子を抱いたのかと感慨深い想いと、既に身体は重ねたというのに、ひじ掛けをぎゅっと握っているゆかりの手に、自分の手を重ねることすらできない自分が、まるで学生時代に戻ったようで何とも言えないドギマギとした居心地の悪い想いがした。

不意に、ゆかりがこちらに振り向いて、じっと大地の瞳を見つめた。表情はキョトンとしていて、面白くないの? と問いているように見えた。
大地がそんなことはないよと微笑み返すと、ゆかりはにんまりと笑って大地の手を自分のひじ掛けに導くと手を重ねた。
しっとりとした優しい肌触りと共に、ゆかりの熱が伝わってくる。映画のシーンに興奮したのか、ちょっと汗ばんでいた。
そして、手を重ねたことでゆかり自身もそれに気づいたのか、少し照れくさそうに微笑んでいる。

大地の胸が切なくざわつく。
会ったばかりの女の子だというのに、身体は既に重ねたというのに、ゆかりの挙動全てが魅力的に見え、あざとくも愛らしいその様子に、可愛らしさを愛でたいという想いで胸がいっぱいになる。

映画の内容は、魔王を倒した勇者が狼の王女に一目惚れして結婚し、その後、世界中を旅するという物語。
スクリーンでは、ボスらしき敵を倒し、ヒロインが主人公に抱きついてキスをしている。

やがて、映画が終わり、スクリーンは幕で閉ざされ、照明が館内を明るく照らす。
瞳に少し涙を浮かべたゆかりが、目をキラキラと輝かせて言った。

「良かった! 凄い良かったです! あぁ……私もあんなラブラブな夫婦になりたい」

そう言って、大地の方にちらりと視線を送るゆかり。

「さぁ、どうだろうな」
「イジワル! 振り向かせてみせますからね。さぁ、次はどこに行くんですか?」
「洋服はある程度買ったし、雑貨でも見ようか」
「はい」

映画館を出た二人が歩き出す。歩き出すが、家から出てからというもの歩くときは、ゆかりが大地の一歩後ろを昔の大和撫子のように歩くので、とても話がしづらかった。

「ゆかり」
「はい?」
「とても歩きづらいのだが、並んで歩かないか?」
「え? 殿方は、こういうのがお好きなのではないですか?」
「いつの時代の話だ」



大地が振り返ってゆかりを見ると、キョトンとしているので今日は言うのを諦めた。
その後、雑貨屋をいくらかまわっていくと、今度は大和撫子ぶりはどこへやら、うって変わってお店に入る度に、ゆかりは小さな子供のように色々なものに魅入られていく。

「わぁ! これこんなところが蓋が開きますよ!?」
「見て見て! これすっごい可愛いです!!」
「すごい! このスプーンの柄! 猫が彫られてます!!」

そんな子供のようにハシャぐゆかりを見て、大地は猫が人間になったのだから、色々なものが物珍しいんだろうなと思って、暖かく見守った。

「なぁ。人間になってからの2か月。どういう生活をしていたんだ?」
「人間社会で生きていくうえでの最低限の知識を叩きこまれてましたよ」
「どんな?」
「それこそ、お箸の持ち方から、歴史、法律、文化、マナーなんか色々です」
「よく2か月で済んだな」
「じ、地獄でした……。翁は私のことを孫娘に似ていると可愛がってくれましたが、他の人たちは獣としか見てなかったですから。機械的でなんだか、怖かったですね」

そう言って、ゆかりが背伸びして雑貨屋の棚の上の方にある商品を取ろうとしているのを、大地が代わりにとって渡してやった。
渡すときに、ゆかりは商品を握っている大地の片手を両手で包んで、ニコッと笑った。

「ありがとうございます」

あまりに愛くるしいその笑顔に、大地は思わずドキッとして顔を紅潮させる。

(年甲斐もなく何を動揺している!?)

「旦那様、お顔がちょっと赤いですよ?」

大地のその様子をわかったうえで、ゆかりは愛らしい笑顔を、挑発的なにんまりとした笑顔に変えて見つめた。

「その顔はわかっているな」
「さぁ、なんのことでございましょうか?」
「ふぅ。そのいかにも昔の大和撫子みたいな様子は、誰から習ったんだ?」
「翁ですよ。あれ? 好みではありませんか?」
「うーん。大分、情報が古いようだが……。公安の人間が最近の世情に疎いとも思えん。翁と言う人間の趣味……なのかな?」
「では、旦那様はどんな女性がお好みで?」
「普通でいい。普通で」
「ふむ。普通でございますか。それが、最も難しゅうございます。なにせ、私は猫でしたから。人間の普通がよくわからないのです」
「あぁ、まぁ、そうか。うん。君がそれが楽だというならそれでも構わないが、もし、無理をしているなら楽にして欲しい」
「これしか知らないので、これが楽ですよ?」
「そうか。うん。ならばいい」

ゆかりは、商品を品定めし終わると、元に戻そうとまた背伸びをしたので、大地が手に取って元に戻した。

「背が高いって便利で良いですね」
「そうだな」
「身体も結構引き締まっていますし」

そう言って、ゆかりはベタベタと大地の身体をコート越しに触り、時に筋肉を揉んだ。

「こんなところでやめろ」
「ふふ。そうですよね。では、また夜に」

ゆかりが艶めかしく笑う。

(くそ。随分と挑発するじゃないか)


ショッピングパークでの買い物を終え、二人で荷物を両手に抱えながら家に帰る。
リビングのドアを開けて、大量の荷物を床に置き終わると、大地はゆかりを抱きしめた。

「旦那様?」
「全く。随分と挑発してくれるじゃないか。どこでそんなことを覚えた?」
「あら、なんのことでしょうか?」

ゆかりが白々しくもニコリと微笑むと、大地はその微笑んでいる小さな唇に自分のを重ねた。

数秒間、大人の口づけを楽しんだ後、顔を離したゆかりはそのまま大地の首元に顔を寄せる。

「旦那様の匂い……好きです」
「子供のようにはしゃいでみたり、男心を手玉に取る魔性さを出してみたり、君は一体何者なのだ?」
「旦那様、私は猫です。ただの人間になった猫でございます」

大地は、あざとくも可愛いこの猫に溺れていく予感を背中に感じた。
ゆかりの指が背中をなぞっている。
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