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第一章 ラブコメ編

0項目 最初の恋のおわり方

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 俺は、今から、人生で初めてのキスをする。


 相手は、これまで生きてきた17年間の中で最も愛した、一人の"少女"だ。


 春休みを告げるチャイムが鳴り響いた放課後。

 連休への喜びに沸く教室を抜け出して、共に辿り着いたのは、人気のない公園の片隅だった。


 彼女は、すっかりと信用した様子で小さく微笑みながら、瞼を閉じている。


 多分、君は今、この瞬間を、世界で一番幸福な時と感じているのであろう。


 象徴する様に、俺の手を強く握りしめる彼女の指先からは、ほんのりと優しい温もりが読み取れたのだ。


 まるで、この時を待ち望んでいたかの様に。


 ……しかし、そんな甘美な雰囲気が公園全体を包み込んでゆくに連れて、俺の哀しみは音を立てて増して行くのであった。


 理由なんて、分かりきっている。


 この"接吻"という神聖な行為を終えた瞬間、彼女は"元にいた世界"へ戻ってしまうのだから。


 きっと正直に話してしまったら、キミは、その"選択"を拒むに違いないだろう。


 ……でも、これは使命なのだ。


 何故なら、俺はこれから彼女に訪れる、美しく輝かしい日々に満ち溢れた"素敵な未来"を知っているのだから。


 だから、決して恨まないで欲しい。


 いや、恨むことすらも出来ないだろう。


 何故ならば、二つの唇が合わさった瞬間、"この世界で過ごした時間"はすべて、春の夕焼け空に消え去るのだから……。


 そんな事実を知る由もなく、少女は急かす。

 握る手の力を強める。


 「早く貴方を頂戴」とでも言わんばかりに。


 ……彼女との日々の中で、俺が抱く様になった夢。


 それは、この世で最も愛した女性が幸せになる事。


 その為なら、どんな悲しい現実だって受け入れる。


 長い刻をかけて決意を固めた筈だった。


 にも関わらず、何故、土壇場で躊躇してしまうのだろうか。


 失うのが怖い。やっと、想いを伝えられたのに。ようやく、結ばれたのに。
 これからもずっと、太陽よりも眩い笑顔を見続けたいのに。


 願わくば、この世界ごとキミを奪い去りたい……。


 悲痛の叫びと共に、エゴイスティックな想いが"心"という名のグラス一杯に満たされる。


 だが、すぐに"覚悟"の二文字をブレンドして飲み干した。


 最期くらい、男らしくなろうじゃないか。


 そう決心する。


 同時に、俺はゆっくりと目を瞑った。


 一瞬で終わりを迎えてしまう、儚い幸せへと、一歩、踏み出したのである。


 ……そして、俺は最高で最低な"お別れ"の為、生唾を飲み込んで唇を合わせたのであった。

 
 
 ____「チュッ」



 もう、永遠に感じられる事のない、柔らかい感触が、五感を刺激する。


 同時に、これまで彼女と歩んできた約1年間の記憶が、脳内を走馬灯の様に駆け巡って行った。


 彼女の喜び、哀しみ、怒り、そして、優しさ……。


 その全ての表情が鮮明に思い出された時、頬からは熱いものが伝った。



 ……さようなら、朱夏(あやか)。大好きだった。きっと、これからも……。


 心で小さく呟くと、まるで消えかけた線香花火の様に、身体から光が失われてゆく感覚を覚えた。


 徐々に、全身の力が抜けて行くのを強く、強く感じる。
 
 
 ……神様とやら、もし存在するなら、今くらいは良いだろう。


 今、この瞬間だけは、泣き崩れたって……。


 そう思うと、理性など忘れて、すっかり涙で重くなった瞼を開いた。


 彼女との"別離"のため。


 長い長い夢との決別のため。
 

 
 ……だが、葛藤の末に導き出された"願い"が成就する事は、無かった。


 彼女は、いつもと変わらぬ綺麗な状態のままで、俺を見つめていたのである。
 

 
「好き、だよ。バカ周……」


 定まらない視界の中、まざまざと現実を突き付けられた瞬間、この神聖な"儀式"が失敗に終わった事をすぐに理解した。


 不覚にも、最初に覚えた感情は、安堵。


 だめ、だったんだ……。


 そんな複雑な気持ちをよそに、彼女は俺を茶化した。


「アンタ、なんで泣いているのよ。そんなに、私とキスが出来た事が嬉しかったのかしら? 」


 顔全体を真っ赤にしながらも強がるその姿は、まさに普段通り。


「う、うるせっ! 」


 混沌とした気持ちで濡れた瞼を擦ると、強がって本心を隠す。


 結局、俺は彼女と"別れる事"が出来なかった。


 でも、決して諦めた訳ではない。


 きっといつか、あの世界に戻してやる。


 そして、"彼"が、いや、みんなが愛する"本当のお前"にさせてやるからな。

 

 __だが、そう決意した矢先……。
 
 
 
「おいおい、兄ちゃん達よ、イチャイチャしているところ悪いんだが、そんな所につっ立ったら通行の邪魔なんだよ!! 早くどいてくれっ!! 」
 
 決して上品とは言えない怒鳴り口調の男の声が耳元を掠めると、ハッと我に帰った。
 
 
 ……何を言ってんだ、このオッサン。ここは地元の公園の片隅で……。
 
 
 二人だけの時間を邪魔された事に苛立ちを感じると、すぐに周囲を見渡した。
 
 
 __その瞬間、俺は自分の目を疑った。
 
 
 何故ならば……。
 
 
 そこに広がっていた光景は、現代日本とはかけ離れた場所であったからだ。
 
 
 足元には粗末な石畳が敷き詰められ、周辺には土壁のカラフルな家が並び、映画の類でしか見た事のない立派な"西洋を彷彿とさせる城"が遠くに見える。
 更には、道行く人々も、とても東洋人とは思えない“欧風”な容姿をしており、先程、声をかけられた中年は、博物館にでも寄贈されていそうな古い馬車を引いていたのだ。

 
 
 まるで“夢の中”とでも言うべき光景の連続に、俺は思わず彼女の顔を見た。


「一体、何が起こったの……? 」
 
 
 ……その一言が、同じ感情である事を物語っている。
 
 
 だからこそ、俺は何一つとして理解できない“現在”の状況に、思わず、こう漏らさざるを得なかったのであった。
 
 
「……えっ? 」
 
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