異世界に来たって楽じゃない

コウ

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第二百六十五話

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 セリーナ嬢の身体の傷は時間が経てば癒えるだろう。心の傷も時間が経てば癒えるだろうか……
 
 
 シュレイアシュバルツの街にたどり着いた時には、夕刻のマジックアワーが草原を輝かせていた。今の僕にそれは美しいと思わせてくれたが、セリーナ嬢はどう見たのだろう。
 
 街の中にはユーマバシャールが率いた敗残兵が、至る所で呻き声を上げていた。炊き出しも始まってる様で、東北なら「芋煮会」になるのだろうか。後でご相伴に預かろう。
 
 オリジナル白百合団や殲滅旅団の偉い人達は街の領主の館に陣取って、今ごろは優雅な食事でもしているのだろう。芋煮会も悪くないが僕も偉い人なので、今日はナイフとフォークを使った食事の方がいいかな。
 
 僕は街に入る前に、セリーナ嬢の顔を隠すほどカーテンを掛けて領主の館に向かった。きっとユーマバシャールもいるだろう。死んだと思っていた妹との対面。ナレーションはスネークで。ハンカチの用意もしておいた方がいいかな。
 
 館に向かえば「お前は誰だ!」と槍を向ける殲滅旅団の下っぱ。おまえ、死刑ね、上司の顔ぐらい覚えておけよ。
 
 問答無用で蹴りを入れ、もう一人の旅団員が「敵襲!」と叫んで集まる殲滅旅団。集まった数は少ないけれど、半数は剣を抜いてるのはどういうことデスカ?  そこまで僕の知名度低いデスカ?
 
 「…………お帰りなさい」
 
 バタバタと人が倒れ、海が割れ道を進む如くクリスティンさんが扉を開けて歩み寄って来たた。殲滅旅団のメンバーは倒れている物も含めて、もう僕の事なんて見ちゃあいねぇよ。知名度が低いとかより、僕の事を見てもくれないのね……
 
 「ただいまクリスティンさん。ソフィアさんとオリエッタを呼んで下さい。それとユーマバシャールは?」
 
 「…………居ます」
 
 ……で、呼んでよ。何で動かない指示を出さない?  背中にはユーマ君がビックリする女性を連れて来てるんだからさ。これから始まる涙の対面に、みんなでテレビの前に集まろうよ。
 
 「…………背中の女性は……」
 
 まだ女性だなんて言って無いし、荷物かも知れないのに「女性」と分かる女の第六感が怖いねぇ。怖いけれど、これは正しい事をした証だよ。
 
 「ユーマバシャール殿の妹、セリーナ・ハッセ様だよ。死んだと思っていたユーマバシャール殿に会わせたいんだよ」
 
 「…………ほう……」
 
 ほう、って……  腕を組んで偉そうに!  一応、僕も胸に触手義手を伸ばして当てて考える。  ……悪い事など何一つ無いし、僕に後悔と言う言葉は似合わない。
 
 「…………しましたね」
 
 「……しました。ごめんなさい……」
 
 あの「ありがとう」の言葉の後、身体を拭いて終わりだと思った。重い話から解放されるかと思った。解放されるのは狭い所に押し込められている、相棒とは思わなかった。
 
 だって……  だってなんだもん!  あの後に話が進んで「どうやって幸せにするんだ!?」とか言ってくるんだもん!
 
 手足の事は治療魔法や義手の事を話し、納得はしてくれたものの、「女の幸せはどうする!?」と来たもんだもん!
 
 お見合い、合コン、出会い系サイト、エトセトラ……  思い付くばかりの出会いを提供しても最終的には「貴様が幸せにすると言った!」と。言ったかな?  シンちゃん記憶にございません。         
 
 かくして僕は有言実行の男、ミカエル・シン。こうして、誤り……  ここで、謝り……
 
 「…………皆が待ってます。  …………行きましょう。  ………それと、皆さんには他の人に話さないように。  …………もし、話した時には嫌いになります」
 
 「そんな事はしねぇぜ!」
 「クリスティン様に嫌われるのはイヤだ!」
 「もし、話すヤツがいたら俺が斬ってやる!」
 「言わないから、結婚して!」
 
 チャレンジャーは袋叩きにあってるが、見なかった事にしよう。それと、お前らバカだろ!  僕の顔も覚えておけよ……  いい方で。
 
 僕はセリーナ嬢を背負ってクリスティンさんの後に続いて館に入って行った。誰も手伝ってはくれないのね……
 
 
 騒ぎを聞き付けて来たのか、白百合団とユーマバシャールが部屋からホールに出て来ていた。僕はセリーナ嬢を背中から前に移して、お姫さま抱っこでユーマバシャールに……
 
 「汚い手で触るな!」
 
 ……親の顔が見てみたいわ!  なんて言う教育をしてるんだよ!  ここで感謝の言葉を述べて、これまでの非礼を詫びて、ハッピーエンドだろ!
 
 ユーマバシャールはセリーナ嬢を抱き上げ、すぐにこの場を去って行った。集まったクリスティンさん以外の白百合団には、何が起こったのかクエスチョンマークがラップする。
 
 「……ほう……」
 
 僕を見下ろし「ほう」の声。クリスティンさんといい、プリシラさんといい、「ほう、ほう」とフクロウでもいるのかな?
 
 「セリーナ様でしたっけ……  手足が不自由な様に見えましたが……」
 
 ほう、ソフィアさんには分かったか。さすがは治癒魔法使い。ソフィアさんには斬られた腱を治してもらいたいんだ。僕がそれを話すとソフィアさんは少し暗い顔をした。
 
 「魔法で一度に完治してしまうと、同じ所は治せないんです。治すとなると、傷口を斬って怪我の状態に戻さないと……」
 
 「そうすれば治るんですか?」
 
 「治るには治るんですが……  一度斬った腱が短くなってしまって、動かせる様になるまでには凄い痛みがずっと続きます。ほとんどの人がそれで諦めてしまって……」
 
 「そうなったら義手にすればいいんですか、オリエッタ?」
 
 「それはダメです~  治った腕を斬る事は禁止されているんです~」
 
 ほう、お前は僕の右手を斬ったよな。健全で健康的な右手を斬ったよな!
 
 「何で?  動かないなら義手にするのもいいんじゃない?」
 
 「倫理的に禁止されてるんです~  健康な人の手足を義手や義足に変えたら、傭兵さんなんか最初から変えちゃってます~」
 
 確かにサイボーグみたいなのは倫理観に抵触しそうだ。そして、お前に倫理観が無い事が良く分かったよ。
 
 それだと痛みに堪えて治癒魔法をかけるか、最初から義手や義足に変える二択しかないのか。この際、倫理観はどっかに捨てるか。
 
 「ほう……」
 
 ちょっとしつこい「ほう」の合いの手。今の話の主役はオリエッタなのに僕の方をみる。ソフィアさんの時にも僕の方を見ていた……
 
 「エディバデ・セイ・ほぉ~お!」
 
 「……」
 
 マイクを向けても返事をしない、ノリの悪いオーディエンスだ!  一人じゃライブは盛り上がらないぜ!  この「ほう」でもないんだね。
 
 「プリシラさん、何か言いたい事があるんじゃないのですか?」
 
 心の広い団長は部下の言葉に耳を傾ける。これこそ人身掌握だ。さすが出来る上司の僕は違うね。それに、いい加減「ほう、ほう」なんだろうね。
 
 「てめぇ、セリーナとやったろ……」
 
 凍りつく心臓。クリスティンさんの翼賛の力が無くても止まりそうに確信を突く。クリスティンさんには話してしまったが、クリスティンさんならそれで何か起こるとすれば一瞬だ、すぐに許してくれるし。
 
 だが、他のメンバーは別だ!  絶対に根に持つし、その後の事がとても、とても怖いから誤魔化す。
 
 「そ、そんな事は無いですよ」
 
 目が泳いでクリスティンさんの方を向く。クリスティンさんとは、ずっと一緒に居たんだから話す暇は無かった筈だ。きっと話したりもしないだろう。
 
 「クリスティン!」
 
 「………」
 
 沈黙の返事。やっぱりクリスティンさんは僕の味方だ。その儚げにも見える凛とした一本の百合は、凶悪なプレッシャーをものともしない。
 
 「やったな……」
 「やりましたね……」
 
 何も話して無いじゃないか!?  アイコンタクトでもしたとか!?  それは推測から成り立つ仮説です!  裁判長、異議を申し立てます!
 
 「プリシラさん、ソフィアさん、それはセリーナ様に失礼かと思いますよ……」
 
 「手足の動かない女を無理矢理か……」
 「鬼畜ですね、団長は……」
 
 「ち、違う!  合意の元でしたんだ!  傷付けたりなんかしてない!」
 
 「……」
 「……」
 「…………」
 
 今、「ほう」の意味が分かったよ。フクロウでも無く、ライブでも無く、「ほう」だけじゃなくて、続きがあったんだね。
 
 「ホウ、ホケキョ」これはウグイスの鳴き声だったんだ。
 
 鳴かぬなら、鳴くまで待とうホトトギス。
 鳴かぬなら、鳴かせてみようホトトギス。
 鳴かぬなら、殺してしまおうホトトギス。
 
 鳴いたホトトギスは、その後はどうなったんだろう。小さな篭の安全の中で、生きたのだろうか。それとも、自由で危険な大空を飛び回ったのだろうか。
 
 
 鳴いたウグイスは?
 
 
 
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