異世界に来たって楽じゃない

コウ

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第二百二十話

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 魔王軍はリアの手紙で、ルンベルグザッハに魔導砲の砲弾があると思い込んだ。そうは言っても働き盛りのオーガに有給をくれてやる事は無かった。
 
 
 
 「音がする?    北の方の洞窟から?」
 
 報告を受けたのは、今日はもう何も無いと思い夕食の準備を命じた後だった。僕も急いで北の洞窟に向かい特定広域心眼を使っても見付ける事は出来なかったが、音は聞こえた。ナーガとは違う、足音の様なものが。
 
 「ルフィナを呼んで来て。それとドワーフの重鎮達も」
 
 手近な白百合に頼んで僕は思案に明け暮れる。これはおそらく魔王軍だ。正面からの攻撃は危険と踏んで洞窟内から攻めるつもりなのだろう。
 
 正直言ってバカめだ!    来るのが分かって何もしないとでも思ってるのだろうか。こんな身動きも満足に取れないところで。
 
 思案は三秒で終わった。むしろ重鎮さん達をどうやって説得するかを悩む。思案通りに行くと選択肢の一つが無くなるから。
 
 そんな悩みもルフィナの不適な笑みと暑苦しいドワーフが来て吹き飛んだ。他に方法も無いしね。それと、そこのドワーフのジジイ。飲んでるんじゃねぇ。
 
 「敵が攻め手を変えて来たようです。正面からの攻撃より、北側の洞窟から侵入する事に変えたようですね。僕はこれを毒ガスで殲滅する事を提案します」
 
 出るわ、出るわ、僕への意見と罵倒が。全てを言うと辞書が作れる程の厚さになりそうだが、簡単に言えば「逃げ道が東の山脈方向しか無くなる」「毒を使えば坑道も使えなくなる」「戦うなら毒など使わず身体を使え」「バカ」「アホ」「マヌケ」以上だ。
 
 最後の方は無視するとして、戦うなら被害が出ない方がいい。坑道もしばらく経てば毒も薄まるだろう。北の坑道もナーガがいる事を考えれば東の山脈しかない。ナーガは壊滅してるだろうから、北に向かえない事も無いが、今は試してみる時間もない。
 
 これを倍速、倍返しで説得を試みたが、辞書の半分も書かないうちにルフィナがロッサを呼び寄せ、新しい辞書を書き始めやがった。
 
 「ロッサ、全力で行くのである。■■■■、毒の息吹き。毒素千倍」
 
 「了解マスター。■■■■、毒の息吹き。毒素千倍」
 
 「下がれ!」
 
 ルフィナとロッサの吐き出す紫色の霧は坑道に吸い込まれ、離れた坑道からはこちらに向かって吹き出してもいた。少しやり過ぎだよ。向こうでドワーフが倒れているけど大丈夫か?
 
 「まだまだぁ、■■■■、毒の息吹き。毒素万倍!」
 
 「了解マスター。■■■■、毒の息吹き。毒素万倍」
 
 やり過ぎにも程がある。この毒が消えるまで一体何日かかるのだろう。何ヵ月とかならドワーフの生活に支障が出るよ。
 
 「あまい!    皆殺しの歌を届けるのである!    ■■■■、毒の息吹き。毒素億……」
 
 さすがに頭を叩いた。カラオケ大会なら他でやってくれ。出演者は全員死亡だよ。坑道は静まり返って耳が痛くなるくらいだ。
 
 「もう終わったのかの……」
 
 倒れていたドワーフを抱き上げ神速で撤退したのを忘れてた。まだしがみついていたのか。僕は誰にも負けない笑顔で「終わりましたよ」と言ったがドワーフは簡単には離れてくれなかった。
 
 「おい!    バカ二人!    やり過ぎだろ、もう少し後の事を考えてくれよ」
 
 審査委員長からの苦言は「お久しぶりです、ミカエルさま。お暇いたします、ミカエルさま」と「我、絶好調である」の歌の狭間に消えた。
 
 「申し訳ありません、皆さん」
 
 僕はドワーフの重鎮の皆さんに深々と頭を下げた。生活の糧である坑道を毒で犯してしまい、おそらく死体の山を片付けるのに何日もの労力が必要になってくるだろう。
 
 「これで戦うしか無くなったの、ガッハハハハ!」
 
 その悪気の無い笑いが心に刺さる。せめてルンベルグザッハを守り抜くまで頑張ります。特にバカ二人をフル回転で働かせます。
 
 そう心に決めても上手くは行かない時もある。だが、許す。僕は心が広いから、シャイデンザッハ国王が砲弾を持って現れたから。
 
 
 
 遅い!   ジジイ!
 
 「お待ちしておりましたシャイデンザッハ王」
 
 砲弾持ってこい!
 
 「ご無事に着いて何よりです」
 
 「良くぞ守り抜いてくれた。わしが来たからには魔王軍など蹴散らしてくれるわ!   ガッハハハハ」
 
 ほ・う・だ・ん、寄越せ。さっさと撃って終わらせよう。ずっと洞窟の中で、日照権を考慮に入れなかった洞窟城の建築デザイナーに文句の一つも言ってやりたくなってるんだ。
 
 「さすが国王陛下。陛下の前では魔王軍など赤子の手を捻るより簡単。陛下の武勇にまた一つ加えられますな」
 
 このジジ……    偉大なるドワーフの王と無駄なお喋りに二十分かけ、二発の砲弾を持ち込み今は組み立て中と言う。
 
 「狭い坑道を運べなかった。二発分は運んだのじゃが、それでも分解せねば運べなかった……」
 
 さらに苦労話しを二十分聞かされ。僕の方からの報告はそれからになった。この洞窟城を守っただけでは無く、領主のリアがサキュバスだった事を伝えた。
 
 シャイデンザッハ王は烈火の如く怒り「今すぐ見せしめの為に殺す」と言われたが、僕としてはもう少し生かしておきたい。出来れば、もう一回……    魔導砲の発射まで。
 
 執務室に入った怒れる王は剣を抜き、出会い頭に切らんばかりの勢いだった。僕はどのタイミングで止めようか考えながら後を着いて行った。
 
 その止めるタイミングを作ってくれたのはリアからだった。「アシュタールにもサキュバスが潜入しているよぅ」    思わず身体が固まり止めるのに出遅れ、国王陛下を手刀で気絶させてしまったが、まぁ良しとしよう。
 
 「本当かそれは!?」
 
 「そうだよぅ。アシュタールにもデンブルグの街にもサキュバスはいるよぅ」
 
 良くない話だ。アシュタールにもって事は騎士としてでは無く、指揮官クラスの情婦だろう。街なら娼婦としてか。とにかく指揮官が殺されるのは不味い。全体の士気に関わり最悪の場合は軍団が瓦解する。
 
 でも、いい話だ。入り込んだサキュバスさえ始末すれば憂いはない。一丸となって魔王軍と戦える。魔導砲の砲弾も届いたし明日には帰れるかも知れない。
 
 「サキュバスは人間に変化してると見分けがつかないよぅ。わたしを連れて行ってくれたら教えるよぅ」

 連れていったら……    こんな時、映画だったら連れて行くのだろう。連れて行って面倒を起こしながらも事件を解決。最後には同情した捜査官が逃がしたりするんだ。
 
 僕は傭兵で捜査官じゃない。連れて言って面倒を起こされるのなんて嫌だ。そうは言ってもサキュバスの正体を見破る方法なんて一つしか思い付かない。その一つは僕が絡むからもっと嫌だ。
 
 ルフィナもサキュバスが居れば調子が悪くなるだけで正体までは見破れない。どうすればいい……    殺す気いっぱいのシャイデンザッハ王に手刀を喰らわせ気絶をさせてしまって、今さら止められるか自信が無い。
 
 リアももっと早く言ってくれれば考える時間もあったのに、「したいよぅ」とか言ってばかりじゃ本当の死体になるよぅ。
 
 いっそ死んでもらうか……    僕は急いでルフィナを呼んでシャイデンザッハ王が目覚める前に仕掛けをした。
 

 
 「お見事です、シャイデンザッハ王。一太刀で仕留めるとはさすがです」
 
 「おっ、あっ、ああ、そうだな……」
 
 シャイデンザッハ王の足元で血まみれになって横たわるサキュバスのリア、王の剣は血に染まっていた。王は怒りをもってリアを切り捨て、狭い坑道で砲弾をの移動させる緊張感も手伝って失心をしてしまった。
 
 と、言うルフィナの偽造した記憶。もちろんリアを仮死状態にして触れられても分からないようにしたし、この振り撒いた血だって本物だ。
 
 ルフィナは予備で持ってる僕の血を少しも分けてくれず、仕方がなく自分の手首を切った。今はとても気分が悪い、寒い、動きも鈍い。
 
 国王は満足にして部屋を出て行ったが、ここまでを偽造の記憶にすれば良かったでは無いかと後悔した。仮死をさせて貸しを作る事もなかったし、手首を切る必要も無かった。
 
 「ルフィナ、仮死状態を解除して監禁しておいて。監視にはロッサを付けて白百合団は戻すよ」
 
 もうリアはこの世にはいない事になった。これでアシュタールに入り込んだサキュバスを始末してくれる。その後のリアの事は……    眠いから明日にでも考えよう。僕は寒気のする身体を引きずって、一人で眠った。    ……三人ほど相手をした。
 
 
 
 「発射、五秒前、四、三……」
 
 カウントダウンはドキドキする。まるで新年を迎える様だし祝砲の大きさは世界最大だ。魔王軍の朝食のデザートまでに間に合ったし、きっと喜んでくれるだろう。
 
 「これで終わりだな……」
 
 プリシラさんは感慨深く呟いた。今回の戦いは新しい白百合団を率いて戦い、ルンベルグザッハの城門まで破壊され、久しぶりに黄金のライカンスロープを見たくらいだった。
 
 プリシラさんとしても、ルンベルグザッハの激戦がこれで終わると思っているのだろう。ここまで追い詰められたが、魔王軍に対して初めての勝利だ。
 
 「……二、一、発射ぁ!」
 
 凄まじい轟音と激しい振動が洞窟城に響き渡り、国の天然記念物と思われるほど大きな鍾乳石が半分から砕けた。僕達は横の安全圏にいたのだが、それでも衝撃波で身体を持っていかれ弾かれた。
 
 発射の煙で前が良く見えない。魔王軍まで届いたのか!?   壊滅的な被害は与えられたのか!?    そもそも弾はちゃんと出たのか?
 
 煙の切れ間から、魔王軍がいる陣地ではキノコ雲が上がっていた。「勝った!」僕は独り言の様に叫んだが、叫んだ僕の声が聞こえない。
 
 余りにもの轟音で鼓膜がやられたか。これでは指揮を出せない。確実に魔王軍を仕留めたかの確認も必要だし、陣構えも崩せない。
 
 「プリシラさん、プリシラ!    無事か!?」
 
 うずくまってしまったプリシラさんを抱き上げ様として手を払われる。別に変な所を触ったりしませんよ。僕はプリシラさんの顔に顔を近付け大声で怒鳴る。
 
 「大丈夫か!?    ケガは無いか!?」
 
 自分の声さえ聞こえず、プリシラさんの声も聞こえない。なんとか口の動きで「大丈夫だ」と言うのが分かった。とにかく耳を治さないと。プリシラさんに唇を読む様に自分の口に指を向けた。
 
 「プリシラさん、耳の治療、治療、チ、リ、ョ、ウ」
 
 ダメだ。プリシラさんは、「はぁ?」と言ってるだけで通じてない。僕達以外にも轟音の被害者は何人ものドワーフに出ているが、何とかしないと。
 
 「プリシラさん、治療魔法使いを探して来ます。治療魔法……」
 
 やっぱり通じない。「はぁ?」を言うだけで自分の声さえ聞こえてないだろう。仕方がない、僕が探して来ないと。でも本当に聞こえていないのかな?
 
 「プリシラさん、プリシラさん。今日の下着の色は?」
 
 
 僕は左の頬を腫らせて治癒魔法使いを探した。
 
 
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