異世界に来たって楽じゃない

コウ

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第二百十話

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 「後、三十分はあるなローズ……」
 
 「お茶にしましょうか?」
 
 「まだ三十分あるなプリシラ……」
 
 「お茶にしましょう!」
 
 二人で、何をしようとするのかな。その中に僕は入れないでね。
 
 
 
 ドロンを飛ばし、魔王軍より先行した事を確認して待機。魔王軍が通る街道まで距離を置いて僕達は隠れて暇をもて余した。
 
 本来なら貴重な休憩時間をバカ二人は腕相撲に興じ、無駄に力を使い始めた。僕は白百合団に装備の点検をさせドロンの操作に忙しい。
 
 「ミカエルもやるか?」
 
 やんねぇよ。ドロンを飛ばすのに忙しいんだよ。何でこれから奇襲を掛けるのに腕相撲なんかしてるんだ。
 
 「団長もやりましょうよ」
 
 えっと……    ジュディさんだったかな。プリシラさんに似た褐色の肌に巨乳。だけど僕より小さな小柄な女の子。
 
 「やりましょう」
 
 無駄な力と言うなかれ。女の子と手を繋げるなら魔王軍なんて後回しでいいや。僕も二人に混ざって腕相撲で団長の威厳を見せる事にした。
 
 「秒殺だったな……」
 
 おかしい?    何故に僕が自分より小柄なジュディさんに負けるのか。腕だって僕の方が太いのに。胸のせいか!?    向き合った時に胸の谷間に目が行ったせいなのか!?
 
 「も、もう一度、お願いします」
 
 負けて終われるか!    団長だぞ、男の子だぞ、このまま引き下がる訳には行かない。今度は負けない。胸の谷間に目もくれず、神速を出してやる。大人気ないかもしれないが僕にも威厳が必要だ!
 
 「レディ、ゴー」
 
 神速の眼球運動。胸の谷間に目をやり、直ぐに戻してフルパワーの神速を腕に伝える。押し込む僕の腕、後三センチで留まるジュディの細い腕。
 
 押し切れなかったが、ここから体重を乗せて潰す。目線は谷間に釘付け。このジュディは策士に違いない。二度目のスタートの瞬間に胸のボタンを一個、外しやがった。
 
 押せ!    潰せ!    勝利は目前だ!    勝ってから見ればいいんだ。団長の威厳を取り戻せ!    残り三センチを押し込む僕をフルパワーを、ジュディの指がさらに胸元を下ろし谷間を深くする。
 
 ダメだ。腕力より目力が働く。一気に形勢を逆転され前のめりになって腕を押さえ付けられた。うほっ、胸の谷間まで五センチメートル。
 
 「てめぇは弱ぇな。ちゃんとやれよ……」
 
 威厳が……    消えて無くなる。でも負けても本望だ、悔いは無い。出来る事なら前のめりのまま顔を埋めたかった、事故として。
 
 「こっちの小っちゃいのとやってみろよ。それなら勝てるだろ」
 
 プリシラさんが進めてくれたのはジュディより背が低く腕が細い上に胸は普通……    勝った!
   
 「レディ、ゴー」
 
 瞬殺!    どうだ団長様の力を見たか!    策に溺れなければ、どうって事は無いのだよ。アレ、ミギテガ、ギャクヲムイテル……

 「ノォー!!」
 
 右手が体に着いて来てない。本来なら押さえ込んで顔の側にある右手が押さえ込まれて、小さな女の子の顔の側に……
 
 「えっと、クラリッサさんでしたっけ……    ご親戚にドワーフがいたりします?」
 
 僕は砕けた右肘と痛みを抑えて力弱く聞いた。
 
 「お婆ちゃんがドワーフです」
 
 禁止ね。白百合団で腕相撲は禁止にします。特にドワーフが身内にいる人は先に言っておいてね。見た目と力が反比例なのは反則だよ。
 
 「ルフィナ、腐れを治しておけよ」
 
 「我は治癒専門では無いである。治しても動けるくらいである」
 
 それでもいいから治しておいてよ。これから魔王軍に奇襲を掛けるんだから。ルフィナが慣れない治癒魔法を掛けてる側でクラリッサは心配そうに見ていた。
 
 
 
 「そろそろ行くか。腐れは大丈夫なのか?」
 
 団長様とお呼び!    僕の右肘は砕けたもののルフィナの懸命な治癒魔法と、元白薔薇団の水系魔法使いニコールさんのお陰で痛みは無くなったが、感覚も無くなった。剣は振れないね。
 
 「問題無いです。左手がありますから」
 
 「お前は、つくづくバカだな」
 
 はっきりした物言い、嫌いじゃないが怪我人なんだから労って欲しい。出来れば二人きりで、ベッドの中で。
 
 「クラリッサ!    てめぇが折ったんだ、団長の側に着け」
 
 威厳とプライドは、もう要らないよ。ただ一時の優しさが欲しい。
 
 「出発!    目標、サイクロプス。超振動発動!」
 
 感覚の薄くなった右手で手綱をつかみ、左手にはゼブラを既に抜いておく。悪魔の血があれば治るだろうけど間に合いはしない。
 
 森の中では全力で馬を走らせる事は出来ないが、このまま進めばサイクロプスに当たるはずだ。僕達は物音が上がるのも気にせず走った。
 
 
 「魔法だ!    炎!」
 
 「気にせず突っ込め!    大丈夫だ!」
 
 超振動の馬具がどれ程、効果があるか使った事の無い者には分かるまい。僕は白百合団の先陣を切って超振動の防御力を見せ付けた。
 
 受け止めるより、反れるが正しいかな。僕に向かってきた炎の玉は超振動によって、あらぬ方向に飛んで行った。

 「一番槍!」
 
 剣だけど槍。僕の左手に握られた魔剣ゼブラは馬速も加わってサイクロプスの首を跳ねた。体格差はサイクロプスの方が大きいが馬速に加わり、超振動の力も手伝って僕達を止める事が出来ずに隊列を突き抜ける。
 
 「回頭!    もう一度だ!    ルフィナ!    前衛のオーガを滅ぼせ!」
 
 オーガとサイクロプスの隊列に割って入った僕達は、二つを切り離す事に成功した。ルフィナに五人着け、白百合団は魔王軍の隊列を縦に切り裂く様に突入した。
 
 途端に頭に衝撃が走る。生き残っていたサンドドラゴンは魔岩を細かく、面制圧に切り替えて放った。サイクロプスがいるのも構わずに。
 
 気が遠くなるのを必死で引き戻し左手を伸ばした。同じく頭に喰らったのか倒れ落ちそうな、クラリッサの右手を掴んで馬上に戻すが意識があるとは思えない。
 
 正面にはサイクロプスがスクラム組んで止めに入り、僕達を吹き飛ばし僕とクラリッサは地面に放り投げられた。
 
 地面への衝撃と鎧を着たクラリッサの重みが、僕をサンドイッチの中のタマゴの様に板挟みにする。小柄と言えども抱き心地は悪くない。挟まれなければもっと良い。
 
 「ぐげっ」
 
 先頭が落ちてどうすると言いたいが、これで白百合団の馬速が落ちる。サイクロプス相手に止まるのはもっとヤバいが、存在感が薄いのか有能なのかプリシラさんは横をすり抜け白百合団を導く。
 
 「そいつらを連れて、馬に乗れ腐れ!」
 
 もう少し掛ける言葉があると思うんだ。馬から落ちて、クラリッサを助ける為に下敷きにまでなったのに……    でもプリシラさん公認でクラリッサを抱き上げられるのなら遠慮する事も無い!
 
 クラリッサを自分の馬の上に押し上げ、僕も続けて登った。クラリッサの馬は諦める。超振動の馬具は惜しいが手綱を引く余裕がない。
 
 馬に鞭を入れようとして気付いた。他にも魔岩を受けたらしき白百合の姿と立ちすくむ馬を。このまま枯らしてしまう惜しい華ばかり。もしかしてサンドドラゴンは美人限定で狙ったのか!?    
 
 やられたのは四人。クラリッサも入れて六人は一つの馬には乗れない。僕はクラリッサを馬に残して近い所から駆け寄った。
 
 「大丈夫か!?」
 
 胸の鎧が大きく凹んで息も絶え絶えなメルヴィ。直ぐにナイフを留め具に当てて切り裂き鎧を脱がすと、驚くばかりの大きな山脈が二つ。息苦しいのは鎧のせいなのでは。
 
 急いで抱き上げクラリッサの元へ。サイクロプスは白百合団の突撃とサンドドラゴンのショットガンで周りにはいない。とりあえずは一ヶ所に集めよう。
 
 メルヴィを届けて、次の華の元へ。今度は膝は付いてるが起き上がってる。側に寄って肩を抱き上げ起こすと「大丈夫です」の返事があったカテリーナ、乙女座。
 
 肩を貸してクラリッサの元へ。ふむ、なかなかの柔らかさ。鎧はしっかりと着けないといけない。手が入るほど隙間を空けてはダメだ。後で直すように指導しよう。
 
 神速、モード・フォー。馬から今にも落ちてきたシーグリッドを受け止めた。重いぃぃ。大柄な女性だがスタイルはいいぃぃ。
 
 受け止めた僕も膝を付く。鎧、兜に大きな傷は無いので軽い脳震盪くらいか。息をしてるのを唇で確認してクラリッサの元へ運んだ。
 
 「カテリーナ、シーグリッドを診ておけ」
 
 後一人だと、振り替えれば馬に乗ったウェンディの姿が。一番の重症なのは見れば分かる。左足は鐙から離れ垂れ下がり、口から血を吐いたのか胸の鎧が赤く染まって、腹からは尖った岩が突き刺さっていた。
 
 「ば、馬具を上手く使えなくて……」
 
 馬上から崩れ落ちるウェンディを受け止め、再び血を吐き出した。意識があるのは僕を含めて二人、馬は三頭いるからもう一人の意識が戻れば何とか逃げられる。
 
 魔王軍の前方にはルフィナが行った。後方のサイクロプスにはプリシラさんが。ぽっかりと空いた穴の様な場所に取り残された僕達が逃げる道は……
 
 僕は左手にナイフを持ち右手の手首を切った。悪魔の血が黒く流れる。魔族の女、アルマを助けれたぐらいだ。人間なら治せるか。
 
 重症のウェンディに口移しで血を飲ませ、傷口には血を垂らす。クラリッサ、メルヴィとシーグリッドにも血を与え僕は傷口にボロ着れを巻いて止血した。
 
 「カテリーナ、馬とハルバートを集めろ」
 
 簡単に捨てるには惜しい、出来れば持って帰りたい貴重な白百合団の財産だ。手首に巻いたボロ着れを魔剣ゼブラごと巻き直し、僕は前に出た。
 
 「サイクロプスの残りは任せておけ。意識が戻り次第、脱出しろ」
 
 こっちは無視してプリシラさんの方を追いかけてくれたらいいのに、仕事熱心なサイクロプスは嫌いだよ。数は五匹、馬鹿馬鹿しいくらいに楽勝だ。
 
 さて、右手はまともに使えないが左手の超振動の盾も神速もあるし結んだボロ着れが取れなければ大丈夫だろ。サクッと倒して誰を抱いて逃げようか。
 
 やはり僕の側で守る為にいたクラリッサか。だが、メルヴィの山脈も捨てがたい。カテリーナの全身の柔らかさは甘美なものだ。スタイルの良いシーグリッドは大柄と言えど一緒にいるだけで自慢が出来る。大ケガをしているウェンディは出来るだけ早くソフィアさんの治療が必要だ。
 
 困ったな。サイクロプスより深刻な問題をどう解決するか。僕は天を仰いで地を見た。もう一度、僕は天を仰いで足首を見た。
 
 左足の爪先が後ろを向いてる。いつから僕の足はこんな風になったのかな?    痛みは無いし、先ほどまで神速を使っていたのに。    ……深刻な問題だ。
 
 
 
 サイクロプス相手にピンチとは情けない。情けないが右足一本の神速でやれる事なんて何処まである。僕は剣を前に突き出し左手で抑えて、突撃体勢を取った。
 
 
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