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第二百四話
しおりを挟む朝の光に照らされて薄目を開けるとベットの上だった。
昨日は飲み過ぎてしまって眠った僕を運んでくれたみたいだ。清潔なベットで、しかも一人きりで寝るなんて何時以来だろう。
隣にも回りのベットにも誰もいない。鳥の鳴き声が聞こえる新鮮な朝だ。誰もいないと言うのも今となっては寂しいが、こんなのも……
ドアが派手に開いてスワットの突入! 先行はプリシラさん、隣を縫うように走り出し飛び上がって斬馬刀を突き刺すアラナ。
「ぐえぇぇ……」
「てめぇぇぇぇぇ!」
アラナに先を越されたのが悔しいのか、いつもより三倍の声を出し、僕の寝起きの悲鳴も最後まで聞いてもらえなかった。
「今死ね! すぐ死ね! ここで死ね!」
なんだろう? 死ねの三段活用でもあるのかな? 歳を取っても毎日が勉強だ。まあ、もう、死ぬみたいですけどね。
「……うるさい!」
初めて聞いた、クリスティンさんの怒鳴り声。音量は遥かに小さいが、声には怨霊が多くこもって屋中に響いて全ての窓ガラスを割った。クリスティンさんの本気って、どれくらいなのでしょう。
しかし止めてもらった事には感謝だ。プリシラさんの強制ヘドバンで頭クラクラ、首はムチウチ、保険が下りるか心配になってくる。
「……どういう事でしょう」
僕の寝ているベットに背中を向けて静かに座るクリスティンさん、代わるように飛び退いて退いて行くプリシラさんとアラナ。頼む、僕も連れて行ってくれ。刺された痛みは遠退き、神速のマッサージがモード・フォーまで駆け上がる。
「……どういう事って、どういう事でしょう?」
腹に刺さったアラナの斬馬刀の鍔は、ピタリと服まで縫い付けてる。ここまで深く刺さっているならベットも貫通し床まで届いているはずだ。なのに今の僕には焼ける様な痛みなど皆無だ。
僕の返答に壁に無数のヒビが入る。今のクリスティンさんはどんな顔をしているのか、ルフィナの恐れる目が物語っている。きっと今日の夜は悪夢を見るのだろう。
「……団長がエルンスト伯爵と婚約したって……」
一際大きな力が僕を襲う。モード・フォーでいつまで持ち堪えられるんだ僕の心臓は…… それとこの部屋は……
「エルンスト伯爵の事なんて知りません! 婚約って何の話ですか!?」
この返事も違うのか、さらにクリスティンさんの不幸にもが僕と建物を襲う。もう心臓発作とかのレベルでは、なくなってる。今のクリスティンさんの力は全てを砕く雷神の鎚、トールハンマー。
神と言えばもう一人、プラチナのソフィアさん。姿が見えないのはメテオストライクの準備中か!? 串刺しにされたままでは逃げれない。
「……街中でも噂が立ってますし、女王陛下の使いの者の来ました」
まったく見に覚えが無い。ギート・エルンスト伯爵には国王陛下を暗殺した者の首を、差し出す事になっている約束しかしていない。
国王陛下を暗殺したユーマバシャールは一身上の都合により斬る事が出来なかったが、その代わり頭の大きさに似たチトーレを送った。
このチトーレは日本で生活していた頃のカボチャだ。姿、形はカボチャだから名前もカボチャにしてくれたらいいのに、これも神様のイタズラなのだろう。
カボチャはチトーレと名前は変わるが、ジャガイモはジャガイモだ。名前が変わらない物もあるし、まったく変わる物もある。ちなみにキャベツはレタスでレタスはキャベツだ。これでは覚え切れないよ。神様もやってくれる。
僕はせっかくのカボチャなのでイリスにお願いして顔になるよう形を作ってもらった。難しい事では無く、ハロウィンに出て来るような、中をくり抜き目と口を空け顔の形になるようにした。
別に首の代わりとして顔を形取った訳ではない。出来ればこの世界でハロウィンの風習が、特にハロウィンの仮装が広がって欲しかったからだ。
やっぱりコスプレは良いね。制服姿は定番だが、アクションゲーム系は露出が多くて好きだ。この世界では露出の多い鎧とかは無いからね。少しは見習って欲しい。
「ぼ、僕は何も知らない……」
ここまで事態が悪化した事は今までに無い。白百合団の勘違いなら何度もあったが、アンネリーゼ嬢からも話が来てるなんて…… もしかしてユーマバシャールの差し金か!
クリスティンさん以外は僕の事を焼き尽くさんばかりの増悪の目で見ている。本当に逃げ出さないと、この建物も持たないしメテオストライクからは逃げられない。
「……本当に何も知らないんですか」
おっと、風がこちらには吹いたか。クリスティンさんは、いつも僕の味方になってくれて嬉しいよ。今度は二人きりでラブラブしようね。
振り向くクリスティンさんの目は他のメンバーと違って氷の様に冷たい眼差しだった。見られただけで心臓が止まりそう。
見つめ合う二人。目を反らしたら殺される…… だが、反れる。今日に限って薄着のクリスティンさんの胸元に…… 少し透けてますね。
「ガハっ!」
止まる心臓、目の前に闇が広がる。無念……
「……本当に知らないみたいです」
「本当か!? アンネリーゼの使いの者が来たじゃねえか!」
「……女王陛下の使いの者は事実の確認に来ていましたからね。 ……早合点をしたみたいです」
「本当か? それなら婚約の話はどこから来やがった……」
「……分かりませんが、調べてからでも遅く無いでしょう。 ……団長の心臓は止めてしまいましたが……」
「早く生き返らせろ!」
「アンデッドにするである」
「あれは脆いからダメだ! クリスティン、治しておけ。調べてから殺してやるよ。オリエッタとルフィナはソフィアを押さえておけ、殺すにはまだ早いってな」
「無理である。既に手に負える状態ではないである」
「仕方がねぇなあ。クリスティン、そいつの心臓だけ動かせ。傷はルフィナが看ておけ。終わったら全員でソフィアを仕留める」
心臓が止まっても、すぐになら蘇生するそうです。僕は詐欺師の力を使う事になった。チートで貰ったのは神速以外に詐欺師の力も貰っていたみたいだね。
ソフィアさんを止めに行ったルフィナ以外の者は多大な被害とエルンスト伯爵が治めるデンデルグの街を半壊させた。
「紛らわしい事をしやがって…… どんな目にあったか体で教えてやろうか」
僕達、白百合団は全滅に近い損害を受けた。たった一人の為に僕とルフィナ以外は大ケガをして、皆で仲良くベットに寝ている。
街を半壊させるぐらい暴れたソフィアさんを手を抜いて殺さずに押さえ込むには、これくらいの損害で済んだのは幸運と思いたい。
本来ならソフィアさんの魔法で回復するのだが、当の本人が寝込んでしまい、他の治癒系の魔法使いは、他のケガ人を看るので忙しい。
僕達が撒いた種とはいえ、巻き込まれた騎士や傭兵、一般人、その他いっぱい。崩壊、半壊、全壊した建物多数。保険会社を破産に追い込むブラックリストのトップに並んだのは間違いない。
僕達が…… 僕が撒いた種はチトーレだった。ユーマバシャールの代わりに差し出した野菜が原因になるなんて、田舎の風習は怖いね。
ハルモニア王国の一部で伝わる古来からの伝統。男性から求婚を申し込む時にはチトーレを顔の形に切り出して相手の女性に渡す。自分の首は貴女の物との意味を込めて……
……知るか! カボチャだろ! カボチャを顔の形に切り出したらハロウィンだろ! それが求婚を意味するなんて後付けに決まってる。むしろ神様が僕を困らせる為に今、決めたんじゃねぇのか!?
「チトーレを顔の形に切り取ったら、あんな意味があるなんて知りませんでしたよ。アハハは……」
「てめぇは、ハルモニアの出だろうが!」
迷惑な設定にしたものだ。ハルモニアじゃなくて、アシュタールの山脈の側の田舎者にしておけば良かった。この求婚の風習を教えてくれたのはハルモニア出身のリヒャルダちゃんだが、もう少し早く教えて欲しかったよ。
エルンスト伯爵には勘違いを詫びて婚約は解消してもらおう。いや、いっその事、ユーマバシャールを献上してしまおうか。あの首はユーマ君の首だからね。
「このまま寝ていたいです~」
オリエッタの言うのも正しいかな。建物自体はリヒャルダちゃんが補強して直してくれたし、ケガ人ばかりで白百合団は動けない。
……動けないくらいの重傷者ばかりなのに、ベットを引きずる力は残っていたようで、僕の周りにベットを寄せて皆で仲良く入院中だ。
しかし…… 治癒魔法が使えないのも、たまにはいい。包帯でぐるぐる巻きにされてミイラみたいだが、素肌に包帯もなかなかの見所だ。
時折、見せる包帯の隙間から見える素肌が着エロを想像させるのは、この入院生活の役得な所でもある。少し捲って傷の調子を看るのは団長としての責務だし、傷の無い所を捲ったままにするのは人類の進化の糧だ。
ほどよい感じで着エロが完成した所で僕は満足に眠った。 ……眠らせてくれよ。傭兵なら少しくらいのケガでも気にせず戦いが始まる。あんたら、重傷者なんだから気にして眠れよ。
僕の睡眠時間は一時間もあるかどうか……
「皆さん、いつまで寝てるんですか? もうケガは治したから立てますよ」
朝の光の中、満面の笑顔を見せてソフィアさんは微笑んだ。いつ以来だろう、ソフィアさんの慈愛に満ちた笑顔を見るのは。見ているだけで優しい気持ちになってからのレーザー五発。
「ふぎゃ!」
僕だけ五発のレーザーで串刺しにされ、他の皆は「おはよう」の挨拶。「おはよう」のキスを僕にしてくれたが、一応、口から血を吐いているので助けてもらっていいですか?
「あ、朝から熱い挨拶ですねソフィアさん」
「団長も早く起きて下さい。女王陛下がロースファーと講和を結ぶべく出立しましたよ」
飲んだら乗るな、起こすなら撃つな。この世界に格言というものは無いのだろうか。女王陛下も仕事が早いね。仕事の早い人って好きだよ。
「だ、誰を連れて行ったんですか? 前陛下の近衛軍は?」
「ユーマバシャール様の第二軍のみです。近衛軍は再編成中でデンデルグにいますよ」
それは正解だが、もう少し近衛軍には「魅惑のカリスマ」の力を使っていて欲しかった。交渉なら僕も行った方がいい。アシュタール帝国の実情を男爵自ら話した方が説得力が増す。
「僕も行きます。早くこの穴を治して下さい!」
「……せっかく看病しようと撃ったのに……」
看病なんかしなくても他の皆の様に治してくれたらいいんだよ! 僕達は女王陛下を追い駆けた。もちろん皆の着替えを見終わってから。
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