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第百八十九話
しおりを挟む黒炎竜。その味は豊潤なまろやかさで…… 鳥のささみだな。
「あの燃えてるエントの火を消せ! もう一人は水の魔法で黒炎竜を濡らせ!」
バーベキュー大会に出遅れた僕達は、松明の様に燃え盛るエントの断末魔を聞いた。バーベキューよりかキャンプファイアだと思ったのは、僕だけじゃ無いはずだ。
エントの攻撃は大きな枝を使った打撃ばかりで黒炎竜には致命傷にならない。時折、尖った木っ先を槍の様に突いてはいたが、黒炎竜の外皮を貫けてはいなかった。
安心しろ。その為の水系の魔法だ! 一人が薪になったエントを消防車の放水の様に浴びせると、昔に見た学園運動で放水を喰らって吹き飛ぶ学生を思い出した。
エントは言われてた通り巨木の魔物だ。僕達の前に現れたエントは雌型の人の形をしていたが、ここにいるのはは足の生えた巨木にしか見えない。雌型で裸だったのは、何かのサービスシーンだったのだろうか?
学生運動を鎮圧していない方の水系魔法使いを、遊ばせている訳にはいかない。こちらには黒炎竜の外皮を柔らかくしてもらう仕事がある。
「黒炎竜に水をかけろ! 出来るだけ多くだ!」
無言で頷く水系魔法使い。ちょっと冷たい感じがするのは職業病なのだろうか。これが氷系なら冷たいどころか凍るのか? かき氷なら宇治金時が好きだ。
「■■■■、大津波」
なんと言いました? 津波? 森の中で? 彼女の足元から沸き上がる止めどもない水量は、目の前で盛り上がるほど膨れると、勢いを増して黒炎竜に襲い掛かった。
森の中だか、海の側だか、目の前の光景は異様だ。津波と言うより鉄砲水か。木々をなぎ倒し黒炎竜も森の賢者も巻き込んでトイレの様に流して行く。黒炎竜は溺れてしまえ! エントは…… 浮かんでたら助けてやる。
この水系の魔法使いは凄い。それともこれくらいは普通に出来るのだろうか。僕が知っている水の魔法はもっと大人しい感じだったが、目の前の荒れ狂う濁流を見て考え直した。
「これくらいでしょうか?」
水系の魔法使いは傭兵の時には後方支援でしか見た事がないが、使えるじゃないか! 何でこんなに使える魔法使いを前に出さないのか、勿体ない。
エントも黒炎竜も対峙していた所に大津波を喰らったものだから、戦列はバラバラ、地面はぐちゃぐちゃ。これだと神速を使って黒炎竜に接近出来ないよ。だから使わなかったのかな?
「■■■■、水の壁」
今度は下から垂直に盛り上がる水が壁の黒炎竜の炎から僕達を守る。水蒸気が吹き上がり辺りを霧が被う。目隠しになれば接近も容易か!? 泥にはまって動けなくなるか!?
神速! モード・ツー!
僕は出来るだけ固そうな木の上や岩の上、寝転んで休んでいるエントの上をたどって黒炎竜に近付いた。目標は黒炎竜の粒羅な瞳。君の瞳に乾杯なんて、今さら言ったら引かれるだろうから、君の瞳にショートソード。
左手を目の周りの外皮に当て、狙いをすましてショートソードを突き刺した! 君の瞳のショートソードは深く突き刺さり、お脳まで抉って剣に嫌なキシミを感じた。
最後は暴れる様に死んでいく黒炎竜を交わし、滑って泥の中に。右足が抜けねぇ。ドロ遊びで移動は僕から速さを奪った。右足が抜ければ左足が沈み、左足が抜ければまた右足が…… 次なる黒炎竜が迫って来た時、僕は大根の様に真上に引き抜かれた。
「人間にしてはなかなかやる……」
樹皮をバリバリ言わせて話すエントは僕を掴んで助けてくれた。ありがたい! この木にトゲがなければもっと有難い。
「助かった! 大丈夫だ、降ろしてくれ」
このエントさんはあまり人とは会わない内気な性格だったんだろう。トゲが刺さるのも気にせずに、人を掴むには力を入れ過ぎだ。そして放す、落ちる、泥に埋まる。エントを賢者と言ったヤツは誰だ!
今度は下半身まで埋まった。もう自力で抜ける感じがしないよ。せっかく良い所を見せるチャンスだったのに。僕は天下の白百合団の団長様であらせられるぞ。
「■■■■、大津波」
津波の第二波が襲う。僕を地面に突き刺したままで…… 沸き上がった水が津波となってドロを巻き込み、濁流が僕の身長を越えた。
目を開けたって熱帯魚なんか泳いでいない。僕は剣を捨て、必死になって顔を抑えて守る事しか出来なかった。誰か酸素くれ。
またしてもトゲ付きのエントに引き抜かれる僕。今度はあれだな、ゴボウの様にドロだらけだ。売り物にするなら洗って欲しいね。
「人間とは愚かだな……」
てめぇ! 誰の為にドロまみれになってると思ってるんだ! 幼稚園の園児だってここまで汚れたら、お母さんに怒られるぞ。
「助かったよ。少し力を抜いてくれ」
そしてドボンとドロへのダイブ。これ、何度も繰り返すのかな? そんな事は神速のチート持ちのプライドが許さん。僕はモード・スリーの全力で水面を両手の平で叩いた。
今度は成功。ドロの中にはいるが刺さってはいない。動けるぞ、後十九匹の黒炎竜を始末して夜には、お前を燃料にバーベキューだ!
だけど僕には剣が無い。靴は最初に埋まった時に両方ともドロの中だ。剣を無くし、靴を無くし、ドロだらけ…… お母さん、ごめんなさい。
ヤバい。黒炎竜を殴るなんて無理そうだ。誰か傭兵を殴って剣を取り上げた方が早いか。僕は広域心眼で近くにいる傭兵を探した。
「■■■■、プラチナレーザー」
久しぶりに聞く小鳥の様な涼しくも凛とした声。僕の横のドロを蒸発させ黒炎竜を切り裂く悪魔の光は、エントの手も切り落とし、二メートルを越える枝が僕の頭に落ちてきた。
「ソフィアさん!」
首が折れるかと思った。それほど太いエントのたくましい右腕。少なくともトゲが刺さった所から血が吹き出している。破傷風になりそうで、禿げそうで……
「いい気なもんだな。いい年してドロ遊びかぁ」
久しぶりに聞く悪魔のダメ出しは言うまでもない。おっと、久しぶりに見るプリシラさんも美しい。アラナも無事で良かったよ。
「白百合団参上! そんで…… 誰が敵だ?」
羨望の眼差しを向ける傭兵ども! 僕がその団長だからね。偉いんだよ、命令出来る立場なんだよ。何で僕に向ける目と違うの?
「黒炎です! エントは味方だから切ったらダメ!」
「めんどくせぇ、殲滅だ!」
だったら聞くなよ! 黒炎竜は夜食になるんだよ、後でスタッフが美味しく頂くの! エントは一本を除いて森の賢者様だぞ、敬え!
「エントは逃げろ! 傭兵はエントを守って引け!」
白百合団が暴れだしたら誰が止めに入るのだろう…… ソフィアさんはプラチナレーザーを、クリスティンさんは不幸にもを、ルフィナは千年の呪木を、オリエッタはレッドドラゴンに撃った自動追尾を僕に向けた。
幸いにもプリシラさんとアラナは黒炎竜を狙ってくれたが、他のメンバーの狙いが僕に向かって飛んで来ているのは戦場が狭いからか、ドロの魔物に間違えられたからか。
なんにせよ、圧倒的な力で押し返した僕達は無傷で勝利した。僕はちょっとケガをしたくらい。全治二ヶ月くらいもソフィアさんの回復魔法で一瞬だ。
「ソフィア、このドロ腐れを治しておけ。こいつには、まだ生き地獄を味会わせてやらないとな」
「生き地獄って素敵な響きです。任せておいて下さい」
傭兵達には黒炎竜を回収させ避難民の食料になった。エントからは感謝され何故かルフィナにはエントから二つ名が送られた。
「呪木の王とは納得がいかないのである。仮にもネクロマンサーのルフィナ。死霊王とかが良いのである」
二つ名には二通りある。自分で付ける物と他人が付ける物と。自分で付けるなら「疾風の」とか「神速の」とかセンスが無く、他人が付けるのには遠慮が無い。
「良かったね、二つ名が付いて。これからは「呪木王ルフィナ」と呼んだ方がいいかな」
エントが付けた二つ名を笑ってフォローした僕には「腐れの大剣」が飛んできた。腐れのルフィナよりかはいいだろ。僕は良く呼ばれるけど。
「てめぇは、こっちだ。 ──おい、そこの「水!」こいつを洗っておけ」
ポンっと放り投げられ、ぐちゃりと潰され水系魔法使いの前に寝転んだ僕は、強力な放水で洗われてるのか飛ばされてるのか良く分からないが、最終的には綺麗に洗ってもらった。
せっかくもらったアロハシャツ、これも穴だらけで焦げてる所もあって着る事が出来なくなっていた。ビンテージのアロハシャツは値段が上がるから大事にしたかったのに残念だ。
「腐れ、シャイデンザッハがヤバい。もう抑えるのも限界だぜ」
嫌な話だ。ドワーフの自治領に着いたらゆっくりしたかったのに。
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