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第百八十一話
しおりを挟む「アラナ!」
息が荒く時折、苦しそうに顔をしかめるアラナに僕は声を掛けるしか出来なかった。考えろ、自分。アラナに外傷が無い所を見てもプリシラさんの言うように毒なのだろう。
ソフィアさんなら誰よりも優先にアラナを見てくれるが、プラチナレーザーの全力射撃の後には満足に魔法が使えない。それならば壁内なら治療の魔法が使える者がいる。
アンネリーゼ嬢の所の魔法使いに頼んでもダメだ。アンネリーゼ嬢には危険な役目を負ってもらわないと。そんな所にアラナを預けてはおけない。
「僕はアラナを背負って壁内の治療魔法の所に行ってきます。プリシラさんは旅団と合流してアンネリーゼ嬢へ北門寄りに陣を構えるよう伝えて下さい」
「分かった!」
「おそらくレッド・ドラゴンが切り札だったのでしょう。音からして西門が攻められてます。東門も同じでしょう。籠城が成れば北門が閉められます。門に気を付けて下さい」
「了解だ、ミカエル。お前も急げ、北門は遠いぞ」
「大丈夫です。ベリーロールで壁を越えます」
僕はアラナを抱き上げ走った。モード・スリーはもう使えない。だからどうした!? モード・ツーまであれば上等だ! 越えてみせるぜ世界記録。壁の高さは二十五メートル。
「おりゃぁ!」
気合い一発、男の最終武器! 壁の上まで五メートルは足りない。僕は腰に付けたオリエッタナイフを抜いて壁に突き刺す。それを足掛かりに、さらに五メートル飛んで壁の上に着いた。
壁の上にいた騎士達はいきなり人が表れて、「何事か!?」と僕に剣を向ける始末。邪魔するなら殺しても構わないが今はアラナが最優先だ。
壁の上から壁内を見た。治癒魔法の場所には旗が立っている。それを探して…… あった! アラナを抱え直して壁際まで…… 二十五メートルをどうやって降りよう?
「ええぃ! やったれ!」
魔剣ゼブラを抜いて飛び降りる二十五メートル。壁にゼブラを突き刺しスピードを殺す。以外とやれるものだ。刃こぼれしてたらオリエッタに泣かれるかな? 僕は壁内に降り立ち治癒魔法所を目指して走った。
途中、僕を見て邪魔する人がいたが、その人の末路なんて知らん。戦線離脱と見なされたのだろうけど、白百合団の団則に邪魔する者は全て殲滅に則った。
「治癒魔法使いはいるか!? 毒だ!」
受付があるのか知らないが、殲滅されたくなかったら今の僕の邪魔をするな。とても冷静でいられないんだ。
「こちらに運んで!」
うむ、可愛いナースだ。アラナの事がなかったらデートに誘いたい。だが今はアラナが最優先だ! 悪いが順番があれば力を持って先に入れてもらう。
「アラナ、大丈夫だよ。魔法使いが治してくれるからね」
今だに息づかいが荒い。もう少しゆっくり、体に負担を掛けない様に運べなかったかと悔やまれる。もっと出来る事は無かったのかと……
「少し離れて下さい。■■■■、治癒」
毒だろうと切り傷だろうと「治癒」の一声で治してしまう魔法使いには脱帽だ。なんて楽な商売なんだ。僕も生まれ変わったなら……
「団長……」
意識を取り戻したアラナ。べ、別に心配なんかしてないからね! 取りあえずは良かった……
「フリューゲン公爵の旗下の方ですか?」
今、大事なアラナと話をしている所なんですよ!邪魔すると殺しますよ! 神速使って微塵切りにしますよ!
「そうですが、何か?」
僕はとても不機嫌に答えた。アラナを治してくれた治癒魔法使いに、感謝を第一にしなければならないのは分かるが…… 分かるが、邪魔だ! その延長は殺す!
「こ、国王陛下が王都を放棄したそうなのですが、何か聞いてませんか? 撤退なら壁外の部隊にも話が言ってるかと……」
聞いてません。聞いてませんよ。確かにレッド・ドラゴンの空爆は恐ろしく、壁内の被害もあっただろうけど、あれはもう死んだ。もう防空壕に隠れなくてもいいんだよ。
「それは嘘ではないでしょうか。レッド・ドラゴンはすでに倒しましたし。このまま籠城戦に入ると思います。敵も壁は越えられません」
ベリーロールをやれるものならやってみろ。二十五メートルの高さは思っている以上に怖いぞ。
「そ、それが、先ほど知り合いの魔法使いが来まして、国王陛下が街を離れたと……」
嘘は困る。前線の士気に大きく関わる事だ。国王が民や兵士を置いて先に逃げるなんてあり得ない。徹底抗戦を唄い、武器を貸し与えておいて先に逃げるのは無いよ。レッド・ドラゴンは既に倒し、籠城すれば持ち堪える自信はあるんだ。
「僕が確認して来ます。それまでは治療を続けて下さい。 ──アラナ、ちょっと出て来ます。アラナは休んでいてね」
「ぼ、僕も行くッス。……ゲホッ、うぅぅ」
亜人のアラナは毒に弱い。毒が取れたとしても戦線に戻るのには時間がかかる。今は休んで身体を治して。
「アラナを宜しくお願いします」
僕はモード・ツーで駆け出した。目指すは王城、クリンシュベルバッハ。そこまで行けば何か分かる。
街中はレッド・ドラゴンの吐いた炎で所々に火災が見られたが延焼はしていないし消化をしている街の人もいる。北門に向かっている騎士もいるし、やっぱりガセネタを掴まされたかな。
城までは少し距離があるが、たまには使おう特定広域心眼。一点に集中すれば広域心眼を上回る距離が見える便利なチート、いや、努力の賜物。
少し高い建物の屋根まで登って開眼。クリンシュベルバッハ城を覗き見ても人の姿がまばらだ。こんなに少ない訳がない。本当に逃げ出したのか? 僕は浴場を見るのをぐっと堪えて、城まで走った。
城までたどり着いても廃墟の様な静けさに僕は唖然とした。国王が民を見捨てて逃げただなんて……
城を捨てて南門側で陣を組む? そんな戦術聞いた事が無いよ。僕は南門まで、心眼が届く距離まで全力で走った。
特定広域心眼で見えた物は王家の旗印を掲げた馬車と騎士団が南門を出て行く所だった。やられた…… こんなにもバカな国王とは……
僕達が戦う意義と支払い能力がある者が、ここにいない以上、戦う理由なんて無くなるよ。心の中に虚しさが過る。まだ僕達は戦えるのに、まだ城壁にだって落ちてないのに……
「くそっ!」
やり場の無い怒りを屋根にぶつけ、僕はフリューゲン公爵の元に走る。騎士や傭兵の中には王が逃げた事も知らないのか、門に向けて走ってる者もいた。
フリューゲン公爵の軍は北門左翼から中央に陣を変え魔物と戦っていた。白百合団は最前線に回されているのか姿が見えず、プラチナレーザーで疲れきっていたソフィアさんだけがフリューゲン公爵の側にいた。
「ソフィアさん撤退します。オリエッタを探して壁内の治療所に向かわせて下さい。アラナと怪我人が何人かいるので運んで南門で合流しましょう」
「アラナは大丈夫ですか!?」
「大丈夫ですけど毒のせいで動けません。オリエッタに運ばせて、急げ!」
ふらつきながらも歩き出すソフィアさん。後でお姫様抱っこして運んであげるから、今は頑張ってくれ。
「アンネリーゼ様! 国王は城を捨てました。南門から脱出したのを確認しております。我らも撤退する事を進言いたします」
「何をバカな事を言ってる! 陛下が民を捨てるなどあり得ん!」
ユーマバシャール、君はここで何をしてる? 最前線に出て死んでくれ、話がややこしくなるから。僕の旅団を前に出したのだってお前の仕業だろ。
「黙れ! ユーマバシャール! ──アンネリーゼ様、国王は逃げました、僕は実際に見ました。ハルモニアは負けたんです」
「し、しかし…… でも……」
現実を受け入れがたい気持ちは分かる。だがそれを納得してもらう時間が惜しい。国王が逃げたと知れれば門を閉じ、他の騎士団も逃げ出す。僕達が閉め出されたら、行くところなんて無いよ。
「アンネリーゼ様、シン殿の言う事は本当の事だと小生は思います。ここは逃げ延び再起をかけるのが宜しいかと」
フリートヘルムは僕の味方か。それともアンネリーゼ嬢のことだけを考えての事か。味方は多い方がいい。
「姫、物見を出された方が良い。確認してからでも遅くはない」
重臣中の重臣、出番の少ないレームブルック。確認してからじゃ遅いんだよ。鮮度の落ちた情報は役には立たない。
「アンネリーゼ様、ひとまず壁内に移動して下さい。門を閉められたら簡単には開けられない。確認の報告は壁内でも行えます」
苦渋の妥協案にアンネリーゼ嬢は乗ってくれたが、ユーマバシャール君は不服そうだ。ザマアミロ。と、思ったのもつかの間、ユーマ君は姫様の護衛の名目で一緒に壁内に行ってしまった。
「レームブルック殿、いつでも壁内に入れる様に他の軍団にも話をした方がいい」
レームブルックは伝令を北門の各軍団長に走らせた。僕は最前線で戦わされている第一旅団に向かう。北門付近の軍団はレッド・ドラゴンの炎を受けてか被害が大きく引き気味の陣形を取り、逆に白百合団を筆頭にした旅団は前に出過ぎていた。
「クリスティン、引くぞ出過ぎた! 北門に集まれ」
「アホかてめぇ、ここで引いたら押し込まれるぞ!」
乱戦の中ではプリシラさんと言えども実力を発揮しきれない。味方を殺す事は禁止にしてるからね。僕だって光の剣を伸ばして振り回したいよ。
「覚悟の上だ! ──ルフィナ! 先に壁内に入ってろソフィアさんと合流してろ」
「命令をするなである!」
構っていられないんだ。従っておくれよ。
「プリシラ! 旅団の為に時間を稼げ! 何でも有りだ!」
「おお!」
一気に変身する、久しぶりの黄金のライカンスロープ。戦場のヴァルキリー。最後は頼りになる俺の女。
「闇よ!」
光の剣の魔力は無くなった。後はこの腐れの大鎌で……
「最後の一言を言ったら殺す!」
僕はただの大鎌で敵を蹴散らした。
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