異世界に来たって楽じゃない

コウ

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第百六十八話

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 神速のモード・スリー。機先の心眼先。そして世界最強の剣。これほどの力があれば、この世界の生物の頂点に立っていると言っても過言では無い。
 
 
 
 僕はプリシラさんを有無を言わさず切り刻んだ。左足から回って左の肩口まで切り上げ、さらにまわり右の肩口から右足まで。僕の剣速に付いてこれるハズもなく。
 
 「て、てめぇ……」
 
 正面に周りのこんだ僕に文句の一つでも言おうとするプリシラさん。根性は認めますけど女神の想像主たる僕は聞く耳をもたず、首から足元まで僕の神速に容赦は無かった。
 
 プリシラは凄まじい剣に恐怖すら感じた。ここまでミカエルが強かったのかと。全く歯が立たない、目で追い付く事さえ出来ずハルバートを振るう事も許されなかった。
 
 僕は完璧な勝利に満足だった。プリシラさんは僕の圧倒的な斬撃の前に、かすり傷一つ負う事も無く至高の存在、着エロの境地へと降り立った。
 
 この剣は素晴らしい、触れただけで切れるようだ。いつもの剣なら刀身に沿って切れる訳だけど、これなら途中で角度を変えられる。
 
 やっぱりレーザーの刃は違うね。焼き斬るに近いのだろうけど、焦げる心配がなかったのが良かったな。こうして僕はプリシラさんに傷一つ付けず、服だけを切り裂き至高の存在とした。やっぱり着エロはいいねぇ。
 
 「てめぇ、やってくれんじゃねぇか!?」
 
 これからですよ、プリシラさん。着エロは一回では終わりません。今は軽く全身を切ってるだけです。もう少し革鎧の切れ込みが欲しい所ですね。それと「おへそ」は出してみましょうか。
 
 僕は第一段階の着エロに充分満足していた。どこから見ても素晴らしい、切りもしないで、無駄にプリシラさんの周りを回ってしまったよ。
 
 「プリシラさん、ギブアップしても許してあげないよ」
 
 プリシラさんの美しさを、さらに昇華させるべく僕はモード・スリーで剣を振るった。第一段階では切り込み等は大きく入れなかったんだ。
 
 細かい切り込みで小さな傷を作り上げ、そこから見える肌の美しさを堪能した、第一段階。そして第二段階では、そく切り込みを広げ肌の露出を多くする。
 
 ここからが僕の戦闘経験がものを言う。これまで幾百の首を取り巨人さえ倒して来たんだ。その全てを、全身全霊を剣に込めて第二段階へと昇華する。
 
 圧倒的な力の前にプリシラさんは何も出来なかった。お陰でとても斬りやすく僕は満足だ。足にはスリットを入れ大胆に、片足の方はかなり短くしたが、股の内側を斬るのが大変だった。
 
 腕に関しては残してある。多少は切り込みを入れたけれど、露出は肩を出すように気を使った。脇下に縦方向に切り込みを入れるのは大変だったけれど、至高の存在の為には苦にならない。
 
 胸元にはハートの切り込みを入れようかと思ったが、革鎧が焦げるかと思って止め、その代わりに下乳が見える様に全力で剣を振るった。そこで「おへそ」の見え方に困る。
 
 同じく横に切ってしまえば下乳と同じ切り込みになってしまう。同一面で、同じ切り込みを入れるのには気を使う。縦方向ならいいのだが、横方向に入れると流れが止まる様に感じるからだ。
 
 縦、横、斜め、切り口、全ての切り口に全神経を注いでプリシラさんを至高の着エロの存在にする。僕はその為に、今日を生きているんだ。
 
 だが、人は時に立ち止まって考えなければならない。過去を振り返り、未来に希望を繋ぐ。だからこそ僕も考えよう。プリシラさんが何故にインナーを来ていたのか。
 
 気付いたのは背中にV字の切り込みを入れた時だ。見慣れぬ白い紐が背中を通っていた。最初は分からなかったし、邪魔な紐だと思っていた。
 
 背中に回った紐の真ん中に結び目を見た時になって、やっと思い出した夏の思い出。僕達は水着を持っていた、しかもインナーと名を変えているがプリシラさんはマイクロビキニ。
 
 考えなければならない、このマイクロビキニをどうするかを。「どうするか」男性の七割には全く興味が無いだろうが、我が着エロ協会では、この手の話は二分され決着が付いてない。
 
 つまり着エロの下に水着を着るのは「是」か「非」である。肯定派は着エロの服装が大事であって隠すべき所に水着を使うのは問題が無いと言う。
 
 否定派の僕としては笑わせてくれるね。僕としては水着を着る事は構わないのだが、見えてはいけない。元来、着エロとは想像や妄想が必要なんだ。それを水着の様に単体で完成している物との組み合わせは最悪だ。
 
 水着は僕としては究極だ。あれほどのデザイン性と露出度を兼ね備えた服は無い。それだけに至高と究極の並立は成り立たない。
 
 よって僕はこれから二つの選択を強いられる。一つ、このままプリシラさんを至高の存在とする為に、服の内側のインナーのみを切り裂いて着エロ道の筋を通す。一つは服を切り裂きマイクロビキニ姿の究極のプリシラさんになってもらう。 
 
 迷う……    人は立ち止まってとか、偉そうに言うヤツは立ち止まれるだけの余裕がある人だけだ。ハルバートを避ける僕に、その余裕が無い。
 
 プリシラさんの怒りを、モード・スリーと心眼で押さえている僕の体力も精神力も限界が近い。迷っている暇は無いが至高と究極と、どちらを選ぶのが正しいのか。
  
 「く、腐れがぁぁぁ!」
 
 怒りの咆哮をいくら上げようとも僕はそんな事に気を回す余裕なんて無いんだ。僕の頭の中は至高と究極が入り交じり絡み合い、収集が付かなくなって来た。
 
 「一分待て!」
 
 五月蝿いんだよプリシラは!   見れば分かるだろうけど、僕は忙しいんだよ。至高と究極が血で血を洗う抗争で忙しいんだよ。これは人類の半分の性別に関わるとても重要な事に位置付けられてるんだ。
 
 答えが見付からなければ人類に明日は無い。僕は重大な使命感を持って事に当たっていると言うのに、プリシラさんと来たら……    もう少し女神としても自覚を持って欲しいものだ。
 
 「待つか、クソヤロウ!」
 
 それと汚い言葉もダメです。差別するつもりはありませんが、女性はもう少し綺麗な言葉と立ち振舞いを気にした方がいいですよ。
 
 だが、それが最後だった。プリシラさんは黄金のライカンスロープに変身していった。着エロの為に切り裂いてしまった服も鎧も今では破片しか残っていない。
 
 「それじゃダメだろ!」
 
 何のために……    何のために今日まで生きて来たと思ってるんだよ。地獄の戦場も悲しい別れも、全てがこの日の為と思ってきたから頑張ったんだろうが!
 
 僕はプリシラさんが好きだ。ライカンスロープになったとしても、それは変わる事はない。僕は構わないんだライカンスロープでも。
 
 だけど全男性の期待はどうするんだ!?    ここで終わりだ、なんて僕は彼等に何て言えばいい?    ライカンスロープの裸の需要は秋葉原駅東口から降りる男性の一パーセントにも満たないのに……
 
 あぁダメだ……    仁王立ちのライカンスロープを見た時に悟ってしまった。もう戻る事が出来ない……   
 
 「ギブアップしたって許してやんねえぞ!」
 
 ダメだ……    着ている服が無い……    僕の理想の女神は既にそこにはいなかった。僕が目指した至高の存在にはなってもらえないのか……
 
 僕は全てに絶望した。涙を流し膝から崩れる。ここまで、ここまで頑張って来たのに……    僕の目指した至高のプリシラさんがそこにはもう居ない。
 
 
 全男性諸君の希望と願望、熱望と野心が崩れる音は、僕のアゴが砕ける音と同じだった。
 
 
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