異世界に来たって楽じゃない

コウ

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第百四十九話

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  午後のティータイム。優雅なひと時。大人の時間。

 
 まだ午後にもなってないけどランチバケットを広げレジャーシートの上には紅茶がいい香りを漂わせていた。バスケットの中には僕の好きな卵のサンドイッチが黄色く輝き、僕の苦手なトマトが入ったサラダもあった。
 
 「好き嫌いはいけませんよ」
 
 彼女が取り分けてくれたサラダには、トマトが大きく陣取って食べてくれと主張する。食べられない訳じゃないけど、食べずに済むなら遠慮したい。
 
 「はい、あ~ん」
 
 彼女が出したトマトを僕は顔をしかめながら飲み込んだ。午後には早い、遅い朝食かな。僕とソフィアさんはピクニックデートを楽しんでいた。
 
 「今ので十八発目ですね」
 
 「あら、まだ十七発目ですよ。団長、口元に卵が……」
 
 聞こえて来るのはオリエッタのレールガンの発射音。僕達がティータイムをしている遠くではオーガやゴブリンが「ウォー!」だの「ガォー!」だの叫んでいる。
 
 「たまに甲高い音が響きますね。レールガンが弾かれてる音でしょうか?」
 
 「そうだと思いますよ。ちょっと見てきましょう」
 
 僕が腰を浮かすと、途端に腕を捕まれ引き戻される。
 
 「まだ十分はありますから……」
 
 僕は素直にソフィアさんの横に座った。
 
 ……じゃ、ねえよ!    僕達が敵軍の数を確認した後、急いで狙撃ポイントに向かい、僕が先に敵軍の確認の為に小高い丘の稜線から顔を出した。
 
 魔王軍は、特に巨人を集中的に狙ったオリエッタのレールガンで数が半分の七体まで減っていたが、その後は防御魔法に隠れるように匍匐前進をし進撃速度は緩んでいた。
 
 時間的に匍匐前進のお陰で狙撃ポイントに早く着いた僕達は、さっそくプラチナレーザーの狙撃準備に入ろうとソフィアさんを呼ぶと、既に稜線の陰でレジャーシートを広げランチバケットを開けていた。
 
 「……ソフィアさん。    何をしてるんですか……」
 
 「見ての通りです。うふふ」
 
 僕がソフィアさんと元に行くと、いそいそとバスケットからサンドイッチやサラダ、水筒からは紅茶をコップに注いでいる。
 
 「何をやってるんですか!?    もうすぐ射程内に入りますよ、食べ物なんて……」
 
 状況が読めてない訳では無いだろう。ソフィアさんだって傭兵だ。今の危機的状況がどれほどのものか。
 
 「団長は朝食を食べてませんよね。私もまだなんです。ご一緒に食べましょう」
 
 この状況で朝飯を食べるのか!?    オリエッタのレールガンが雷をあげ、巨人の頭が吹き飛んでいる最中に朝飯だと!?    魔王軍の前進が続けば魔法防御をしているリッチも射程に入る時に朝飯だと!?
 
 ふざけるなよ!   僕はトマトが苦手なんだよ!    ハムチーズのサンドイッチも欲しかったなぁ。もちろん僕は食べるよ。上目遣いで目を潤ませてお願いされたら、誰が断れるんだ!
 
 「あの……    仕事がありますので手早く食べましょう」
 
 「団長!    紅茶が手に入ったんですよ。ここでは珍しいらしくて大変だったんですよ」
 
 何故に僕の事を強調して言うのか。紅茶なんて珍しい物を手に入れる余裕がいつの間にあったんだ。そういう努力は他に回して欲しい。
 
 「ありがとうございます。    ……アチッ」
 
 「ほらほら、慌てないで。サンドイッチもどうぞ」
 
 「ありがとう。    ……美味しいですよ」
 
 「まあ、誉めたって何もでませんよ」
 
 これがただのピクニックデートなら「爆発しろ」とでも言われるのか。「爆発」ならレールガンで充分だ。
 
 「もうそろそろ時間だと思いますが……」
 
 「そうですね。うふふ。楽しかったです」
 
 やっと、やっと仕事をする気になってくれたソフィアさんと僕は、稜線ギリギリの所でに回りを見渡すと、そこには麦畑を踏み荒らし整然と立ち並ぶ魔王軍の姿があった。
 
 前衛はオーガ、その後ろにはトロールが並び、さらにその後ろにサンドドラゴンの姿がある。おそらく狙うべきリッチはトロールの後ろサンドドラゴンの前。
 
 目を凝らすと漆黒のマントに身を包み、なにやら両手を広げて魔法を出している不気味な存在がそこにいた。
 
 「ソフィアさん、リッチが見えますか」
 
 「見えます。ここから充分に狙えます」
 
 リッチさえ倒せば防御魔法の無い魔王軍なんてレールガンで蜂の巣だ。死ね、死んでしまえ、僕達の借金の為に。
 
 「いけますか?    いつものレーザーより出力を落として撃って欲しいんです。出来るだけ見付からず、ひっそりとこっそりと」
 
 「大丈夫です。でも少し距離があるようなので肩を貸してもらっていいですか。ブレてしまいそうで」
 
 雑誌で見た事があるよ。確かスナイパーライフルのバイポット代わりに肩に銃身を乗せて安定させるのを。
 
 そうなると僕がスポッターかな。射撃手をサポートして狙撃を成功に導く。一度、やってみたかったんだよね。スナイパーもカッコいいけどスポッターにも憧れる。
 
 「──西の風、風速二メートル、右にワンクリック。距離、八百五十。エイム、……シュート」
 
 「団長、何をブツブツと言ってるんですか」
 
 久しぶりに妄想が最後まで出来た。ソフィアさん、待ってくれてありがとう。僕はソフィアさんの右手を取って少し前に座り、手を僕の肩に乗せた。
 
 「団長、指の近くに顔があると危険ですよ。背中を向けてもう少し近寄った方が安全です」
 
 それだと敵に背中を見せるの?    スポッターの役目が無いじゃん。せっかくやれると思ったのに。でもレーザーの側に顔があるのも怖いね。僕は敵に背を向けソフィアさんの前腕を肩に乗せた。
 
 「団長、もう少し前でいいですか?    安定しないんです」
 
 「これ以上、前に来るんですか?    肘を乗せるんですか?」
 
 「ええ、そのくらいだと安定するような……」
 
 僕があぐらを組んで座っている。その上に乗るようにしてソフィアさんが座ってきた。右肘は肩の辺りに乗せ、ソフィアさんの腰は僕を股がって密着。
 
 うおおお、なんてドキドキする格好なんだろう。しかも近い、近いぞ、息がかかるほど近い。いや、もう、鼻が当たる、鼻息も当たる。
 
 「はぁ、はぁ、団長、安定させたいので、はぁ、腰に手を回してもらって、もらってもいいですか、はぁ、」
 
 回しましょう。ガッチリ、キッチリ押さえますよ。ソフィアの吐息が荒くなってませんか。スナイパーたるもの冷静沈着でなければ。ああ、でも柔らかいソフィアさんを感じる。これもすべて、すべて……    ナニスルンダッケ?
 
 「ソフィアさん、顔がとても近いのですが、て、敵は見えてますか?」
 
 「はぁ、だ、大丈夫です。し、心眼で、心眼です。はぁあ、」
 
 心眼なんて使えないだろうに。ソフィアさんの吐息だけが強くなっていった。
 
 もうダメだろ。頭上を飛び越すようにオリエッタのレールガンの轟音が響き、それを防ぐかの甲高い音もする。
 
 後ろ越しだか、サンドドラゴンが魔岩を打ち出す時に光るのも感じた。きっとルフィナのアンテッドサンドドラゴンも応戦している頃だろう。
 
 城壁が破壊されまいと防御魔法を使い、壊れた箇所には土魔法使いが補強する。城内にも被害が出ているはずだ。街が壊れ人々が悲鳴と共に逃げていく。
 
 そして僕はソフィアさんを抱っこするように座り吐息がかかるほど近く、ただ近くに座っていた。
 
 「だ、団長……」
 
 「ソフィアさん……」
 
 これが僕の理性がある時までの言葉。無理でしょ。無理でいいでしょ。戦争より「ラブ、アンド、チュー」でしょ。
 
 僕達は求め合い激しく舌を絡ませ抱き締めた。このまま押し倒してしまいたいのを我慢をして、ぎゅっと目を閉じて欲望のままにキスをしていると、ソフィアさんの体の暖かさを感じる。    
 
 ……あれ、おかしいぞ。暖かいから熱くなってきてないか?    僕が薄っらと目を開けるとプラチナ色に輝き始めたソフィアさんが目の前に。
 
 ヤバくね?    これヤバいヤツだよね。蒸発か!?    黒焦げか!?    低温火傷か!?
 
 「ソ、ソフィア……    むぐぐぐっ、ソフィア……」
 
 上手く喋らない……    止めないと、止めないと僕が死ぬ。
 
 「ぷはぁぁ……」
 
 唇から離れたソフィアさんは、その勢いのままにプラチナレーザーを放った。その悪魔の光は魔王軍を刈り取るように横断し爆発、射線上はまるでナパーム爆弾が落とされたかのように爆炎の壁が出来た。マジ、髪の毛、焦げるかと思った。
 
 振り返ると炎に巻き込まれた魔物はほとんど即死だろう。逃げ出す者も火に巻き込まれ、まさに阿鼻叫喚とはこのことだ。
 
 「凄かったです、団長。もうメロメロです……」
 
 メロメロなのはフルパワーで放った魔法のせいで、僕のせいでもありますね。しかし、隠密に暗殺する予定がここまで変わるとは思ってもみなかった。
 
 ここまで出来るなら最初から狙ってやれば良かった……     無理だな、白百合団がいたら頭を割られる。
 
  自分も参加している時はいいのに、除け者にされると、すぐにキレる人ばかりだからね。心眼と神速モード・ツー対白百合団、勝てる絵が描けない。
 
 それに何の為に隠密で仕止めようとしたのかソフィアさんには分かってなかったのかな。こんな派手に魔法を使ったら目立つじゃないか。ほら、魔法が嫌いな巨人が立ち上がってこっちに向かってきてるし。
 
 「ソフィアさん、逃げますよ。立って下さい!」
 
 「こ、腰が……    もうフラフラなんです」
 
 そ・れ・は、魔力が無くなったからです。プラチナレーザーを使うと普通とは違って体力の消耗をするからなあ。
 
 「……抱っこ~」
 
 甘えるな!    僕はソフィアさんを抱き上げて神速で馬まで走った。ソフィアさんを背負う訳ではなく、そのまま赤ちゃんのように抱き上げた僕の姿はどう見えただろう。ちょっと恥ずかしい。
 
 「ソフィアさん、馬を使えますね!    先に戻って下さい。西門から入れますから、そこまで走って!」
 
 「だ、団長はどうしますか~」
 
 大丈夫か?   正直なところ、もう構ってられない。巨人が迫って来てるんだ。
 
 「僕は遅れて行きます。行け、ハァッ!」
 
 僕はソフィアさんが乗った馬の尻を叩き走らせた。そして自分の馬からハルバートを取り出し身構える。
 
 
 十五メートルを越える巨人が五体。盾も無く、プリシラさんから借りたハルバート一本でどこまで殺れるのか。
 
 
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