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第九十四話
しおりを挟む子供用のフォークを手に闘牛の前に躍り出る僕。
チートが無かったらマジ死にます。チートがあるから神速全開!
「その目! もらった!」
全力で刺した左目は瞼さえ通す事も出来ずに真ん中から曲がった。振られた角を全力で回避するものの先の方が当たって服が割ける。
下がっていてくれたらいいのに、一人が動くと我先に闘牛に向かって冒険者達が剣を振り下ろしていった。
正直、邪魔なんで引いて下さい。しかしタイミング逃したか。もう少しで目を刺せると思ったのに。瞼も貫通出来ない子供用のフォークは武器にならん。しかも服を斬られるなんて昨日のプリシラさんを思い出す。
思い出しついでにプリシラさんを見ると頭の後ろで手を組んで突っ立てる。お前は動かないパフォーマーか!? 少しはやる気を見せろ。
やる気はあるけど武器が無い僕。周りを見渡すとフラグの様に大鎌が落ちている。絶対に拾わないぞ。他には無いかと見渡すば、今度は大歓声。また串刺しにされた冒険者が角に刺さったまま。これって僕達がエサなんですかね。エサの根性を見せてやりますよ! ……その前に武器を探そう。
すでに二十人ほどが倒れている。一つアイデアが浮かんだけど一人ではダメだ。話している暇はない、手伝ってくれるだろうか。
足元に落ちている丈夫そうな縄。これを使って投げ縄の様に引っ掛けて倒す、後は何とかなるかな?こいつも黒炎竜と同じように腹は柔らかいはずだ。黒炎竜と違うのは外皮に傷が付いている事と走る早さが比べられないくらい速い。
僕は馬車で使っていた要領で縄を結び大きな輪を作った。これを頭か足、角でもいいから引っ掛けて動きを止める。作戦が決まれば後は当たって砕けるのみ。
僕は出来上がった縄の輪を持って闘牛の隙を伺う。カウボーイの様に投げて掛ける事が出来ればカッコいいだろうけど、神速があるから確実に掛けられる方を選ぶ。
闘牛が向かって来るのを神速で避けて縄の輪をカウボーイの様に投げた! 一度くらいはやってみたいだろ。カッコ付けたいの。
もちろん外れた、やっぱり地道に行こう。縄の輪を手繰り寄せ闘牛の出方を伺う。相変わらず吹き飛ぶ冒険者達。相変わらず動かないパフォーマー。
邪魔な冒険者達を追い抜いて闘牛の角から頭にかけて縄の輪を通した。すぐに離れて縄を引くときに
「手伝ってくれ!」
大声で叫ぶと思考の停止していた者は声に驚いて手伝い、何をするのか分かった人も協力して引っ張ってくれる。
不意に引かれた闘牛は引かれてなる物かと逆に引き、冒険者対闘牛の綱引きが始まった。闘牛の方が力があって僕も冒険者達も引きずられたが、僕達の方への応援が増えてくる。
力の均衡が続いたのは五秒と無いだろう。丈夫と思われた綱が真ん中から千切れた。大勢の綱引き参加者が揉んどりうって転び背中や尻を打ったが、それは闘牛も同じ事。これを待っていたんだよ。
「行け! 押し倒せ! 今がチャンスだ」
この言葉に何をすればいいのか瞬時に理解した者は闘牛に駆け寄り押し倒そうし、他の者はつられる様に力を込めている。
押す者、引く者、上に乗る者と様々だが、ゆっくりと闘牛は倒されていく。横倒しになった時に暴れた足で何人か吹き飛んだが、次々と群がるように冒険者が集まり背中を地面に付けるまで返しす。
「誰か止めを刺せ!」
僕が持っている子供用のフォークは外皮に突き立てる事さえ出来ない。皆が押すのに夢中で武器さえ置いて来てしまっている。
一迅の風と共にプリシラさんが喉元にバスターソードを突き立てた。やっと動いたかパフォーマー!
プリシラさんは突き立てた剣を引き抜く事なく、体を捻りながら喉を切り裂き闘牛を絶命させた。
一瞬の事で皆が唖然としてしまったが、闘牛の喉から出る血飛沫を見た時に闘牛場全体から割れんばかりの大歓声が鳴り響いた。
プリシラさんが剣を掲げるとまたもや勝者への歓声が。やってくれましたねプリシラさん。美味しい所を持っていったけど、いいでしょう。
プリシラさんは剣を持ったまま、僕の所に歩み寄って来る。冒険者が退けて道が開く。これはちょっとカッコいい。端から見ていたら屈強な男達がプリシラさんの為に道を作ってるんだから。
「お疲れさま、最後の一撃はすごか…… むぐぐっ」
胸ぐらを着かんで強引にキスをされ、僕は心臓まで吸われるかと思ったが、クリスティンさんの側にいる男が命を吸われ倒れるのを見た。 ……南無。
「やっぱり、殺った後はこれだな」
僕の唇はお風呂上がりのビールじゃありませんよ。裸にビール。いや、バスタオル一枚を巻いた上でのビールがいいかな。着エロは外せない。
闘牛を倒した英雄のキスでまた大歓声。ちょっと恥ずかしい。祝福のディープキスはプリシラさんからでした。
死者八名、重軽傷者六十四名。観客席での重傷者七名を出してジビル村の牛追い祭りは終わった。
祭りも闘牛が終われば静かなもの。倒した闘牛は村や参加者達に配られ美味しく頂きました。見た目はサイでも味は牛。魔石はプリシラさんが貰う事になり祭りが終った。
僕達と隊長や白薔薇団はアラナの農場に泊まる事になって皆で明日コアトテミテスに帰ります。ここ何日か寝不足になるくらい忙しかったが、やって来るのは輪番、クリスティンさん。
でも、流石はクリスティンさん。僕の事を気遣ってくれて心臓麻痺もなく、「……今日はゆっくり」と、静かで優しい時間を二人で過ごせた。
そう思ったのは、五十七秒くらいだ。一分も持たずにクリスティンさんに覆い被さられ濃厚なキスをかわす。
僕としても悪くは無かった。連日の激戦、不眠不休の輪番で疲れはしていたものの、宅配トラックとの戦いで皆と戦った時の高揚感が僕を突き上げた。
「クリスティンさん、僕と…… ちゃ、着エ……」
着エロしてくれませんか? なんて言えねぇ。自分の性癖を口に出すなんて恥ずかしくて言え無い。だが、やりたい。だが、言えない。
「……ミカエルが望むならなんでも……」
何かがフッ切れた。美しく知性的な顔立ち。長い髪は流れる様に風になびき、身体のラインは至高の一品。
僕はクリスティンさんを返して馬乗りになった。無理矢理に胸元の服を掴んで両手に引き裂く。自分でも驚く程の力が出た。そんな乱暴の僕を受け止めてくれるクリスティン。
その日の僕は野獣の様にクリスティンの身体を求め喰らい尽くした。右耳の鼓膜が破れた……
朝は、早めに起きてしまい防音テントから出ると、もうすぐ夜が明けるのか暗い空から紺色、青に変わるグラデーションを眺めていた。
誰も起きていない時間だろうから僕は裸で外に出ていた。クリスティンさんとの事もあり、ちょっとワイルドな感じを自分で演出したかったから。
こんな時に空に向かって叫んだりしたらワイルドなんだろうけど、さすがにそこまでは出来ない。やってはみたいが、裸だしね。僕はワイルドよりクールを目指そう。
「おはようございます」
挨拶って習慣だと思うんです。挨拶をされたら挨拶を返す。大切ですよね。
「おはようございます」
裸なのを忘れなければ…… 思わず振り替えって挨拶をしてしまったが、そこにいたのは白薔薇団のリースさん。朝の男はバスターソード! 僕のバスターソードには鞘が無い。
「おはようございます。リースさん。お休みなさい」
何事も無かったかの様にテントに戻ろうとする僕の腕を力強く握るヤツがいる。僕は何事も無かったかの様に帰りたいの!
「大声出しますよ」
囁くような小さな声で力強い意思を聞かされた僕はリースさんと朝から剣を交えるのだった。慣れない事をするもんじゃない。
防音テントに朝練で疲れた体を引きずって帰ると、クリスティンさんは寝息をたてて背中を見せて眠っている。チャンスだとばかり静かに、静かに潜り込むとクリスティンさんはこちらに寝返りをうち、静かに静かに目を開けた。
神速! 心臓マッサージ!
目が合ったはずだが、何事も無くクリスティンさんはまた目を閉じていった。何もないのが怖えー。
何も無かったかの様に起き、何も無かったかの様に着替えてテントを二人で出ていく。アラナの両親に感謝を告げ、アラナも含めてコアトテミテスの街に帰る事にした。
隊長達は歩いて行くと言うので、僕は御者席に行こうとするとクリスティンさんに荷台に引きずられてしまった。僕の胸に顔を埋めるようにクリスティンさんは身体を預けた。
それを見たソフィアさんがクリスティンさんの前に立つと、二人は見つめ合って何かを察したようにソフィアさんはクリスティンさんの頭を撫でた。
ソフィアさんは時には姉の様に時には妹の様に人に対して暖かい人だ。本来ならコアトテミテスの街で回復の魔法を使って人々に感謝されるはずだった。
ソフィアさんは離れ間際にワンツーパンチを僕に喰らわせ、僕はテンカウントを聞かずに意識が切れた。
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