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第一章
リエイムの秘密 4
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「我が弟よ、おまえはなんと心優しいお方に出会ったのか?」
「ああ、こんな素晴らしい聖舞師殿がうちの領に来てくれたなんて、兄上も信じられないだろう? サニ、俺をかばってくれてありがとう」
「いえ、私は、そんな……」
リエイムがまたさも大げさに嬉しがるのでサニはいよいよ消え入りたい思いで俯いた。
「父上、そういえばこの前輸入した新種の野菜はどうなりました?」
「リエイム、よく聞いてくれた。うまく育ってちょうど種が取れたところだよ。沢山できたから一度試験的に村に持って行ってもいいかもしれない」
「それは吉報ですね。早速配ってみることにします。兄さん、うまくいったら早急にミン国から種を本格的に仕入れましょう」
「ミン国の輸入料はバカ高いんだよー何袋仕入れるかはちゃんと計算しないと。節税節税」
和やかな日常会話の端々に政が、ごく自然に混じっているのが聞いていて新鮮だった。この家族が国一番の領地を担っているかと思うとなんとも感慨深い。朝食も、大切な会議の場なのだ。
オーフェルエイデ公が「そういえば、サニさん」と話を振る。
「先日スーラ原産のモロキリの種を持ち込んだのですが、発芽したっきりなかなか育ちが悪くて。何かこつはありますか?」
「えっと、モロキリは水気を嫌います。スーラだと乾燥させた土に植えて水やりは一週間に一回程度しかやりません」
「なるほど! やはり水のやり過ぎでしたか。スーラで一週間ならば、こちらの気候だと十日くらいがちょうど良いかもしれません。ご助言ありがとうございます」
「いえ、……オーフェルエイデ公は植物を育てるのがお好きなのですか?」
「そうなんですよ、土いじりがもっぱらの趣味なんです。お恥ずかしながらその代わり領主としてはてんで役立たずでしてね、ヘンリに財政を、軍将の座をリエイムに早々空け渡しました次第なんです」
「父上は植物学士号まで取っている専門学者なんだ。左翼の先に植物園があって、父上の研究所になっている。食事が終わったら案内しよう。珍しい植物を沢山栽培しているから面白いぞ」
リエイムが横から自慢げに補足する。父を心から尊敬している眼差しだった。
兄が領土全体の財政を受け持ち、夫人が城の管理を担う。そして表に立った弟が武力で支える。後ろには、口出しせず子供たちを見守る専門知識に長けた父。とても良いバランスの家族だと思った。
食事を終えてから、リエイムは広い城の内部や研究室を案内してくれた。話題に出ていたオーフェルエイデ公自慢の植物園は馴染みのある野菜から見たこともない植物までと所狭しと栽培してあって、見応えがあった。
「リエイム様は」
「初めて名前で呼んでくれたな。でももう一声。様をはずして」
「でも……」
「一度一緒に戦った仲じゃないか。それに聖舞師と軍将は、相棒のようなものだろう?」
領主を名字でもなく敬称も付けず呼ぶのは、かなり抵抗がある。迷ったが、話が先に進みそうにないので仕方なく名前を口にした。
「リエイムは……笑顔がお父上によく似てますね」
「よく言われるよ。血筋的には全く別物なのに不思議だよな」
「……え?」
「俺は、誰とも血の繋がらない養子なんだ。ほら、髪の色が兄上と違うだろう」
言われてみればオーフェルエイデ公とヘンリは茶髪なのに対して、リエイムは漆黒の髪だ。そして顔の造りも二人とは確かに違う。リエイムが持つ眉の凜々しさや深い二重の瞳は二人と異なる。表情の作り方が三人とも似ていたため、気づかなかった。
「父上が戦争の帰りに、襲撃に遭って焼け残った村をたまたま通ったんだ。そこで生き残っていた、当時まだ赤子の俺を拾ってきたそうだ。そこから第二子息として育てられての、今だ」
あまりに普通に打ち明けるので、サニはどう返していいものかわからなかった。
「そ、そうだったんですか……」
とんでもない秘密を引き出してしまったかもしれないと困惑するが、その反応を予想していたのか、からっとリエイムは笑う。
「安心してくれ、養子なのは周知の事実だしクレメント内で知らないものはいない。父上も母上も実の子である兄上よりかわいがってくれたから、これっぽっちも不自由はなかったよ。それなら長子は多少嫉妬してもいいのにな、八つ離れてるからか、兄上まで両親と一緒になって甘やかしてくれた。おかげで、最年少の俺がこうして城の中で一番図々しいんだ。あ、双子を抜いてな。だからサニも、気は遣わなくていい」
全く気にしていないとは本当のようで、ほっと安心した。城の案内が終わると、玄関前にいた警備兵に馬を準備しておいてくれ、と伝える。
「どこかに行かれるのですか?」
「さっき話に出ていた種の配布がてら、領地回りをしようと思ってな」
昨日の今日で、疲れていないのだろうか。
疑問が顔に出ていたのか、リエイムは「俺の体力は底抜けなんだ」と自慢げに笑う。
「サニは一日、ゆっくり休んでいてくれ。城のどこにいてもいいが、双子たちに見つからないようにな。遊び相手にさせられてしまうぞ」
「……私も同行させてください。あの、お邪魔でなければ」
戦いが終わると、次の使命をもらうまでつかの間、聖舞師は自由時間を与えられる。待機期間は本を読んだり祈りをしながら静かに過ごし体調を整えつつ、次に備えるのが常だった。しかし、リエイムの職務を見てみたい、と珍しく人に興味が湧いていた。
「それはかまわないが、サニにはつまらないかもしれないぞ?」
「いいんです。公子が戦以外で普段何をしているのか、見てみたいので」
リエイムは嬉しそうににんまりと笑った。サニはなぜか素直に口にしてしまったことに焦る。
「あ、でもまだ馬には乗れませんが……」
「当然乗せていくさ。では、昼すぎに待ち合わせよう」
「ああ、こんな素晴らしい聖舞師殿がうちの領に来てくれたなんて、兄上も信じられないだろう? サニ、俺をかばってくれてありがとう」
「いえ、私は、そんな……」
リエイムがまたさも大げさに嬉しがるのでサニはいよいよ消え入りたい思いで俯いた。
「父上、そういえばこの前輸入した新種の野菜はどうなりました?」
「リエイム、よく聞いてくれた。うまく育ってちょうど種が取れたところだよ。沢山できたから一度試験的に村に持って行ってもいいかもしれない」
「それは吉報ですね。早速配ってみることにします。兄さん、うまくいったら早急にミン国から種を本格的に仕入れましょう」
「ミン国の輸入料はバカ高いんだよー何袋仕入れるかはちゃんと計算しないと。節税節税」
和やかな日常会話の端々に政が、ごく自然に混じっているのが聞いていて新鮮だった。この家族が国一番の領地を担っているかと思うとなんとも感慨深い。朝食も、大切な会議の場なのだ。
オーフェルエイデ公が「そういえば、サニさん」と話を振る。
「先日スーラ原産のモロキリの種を持ち込んだのですが、発芽したっきりなかなか育ちが悪くて。何かこつはありますか?」
「えっと、モロキリは水気を嫌います。スーラだと乾燥させた土に植えて水やりは一週間に一回程度しかやりません」
「なるほど! やはり水のやり過ぎでしたか。スーラで一週間ならば、こちらの気候だと十日くらいがちょうど良いかもしれません。ご助言ありがとうございます」
「いえ、……オーフェルエイデ公は植物を育てるのがお好きなのですか?」
「そうなんですよ、土いじりがもっぱらの趣味なんです。お恥ずかしながらその代わり領主としてはてんで役立たずでしてね、ヘンリに財政を、軍将の座をリエイムに早々空け渡しました次第なんです」
「父上は植物学士号まで取っている専門学者なんだ。左翼の先に植物園があって、父上の研究所になっている。食事が終わったら案内しよう。珍しい植物を沢山栽培しているから面白いぞ」
リエイムが横から自慢げに補足する。父を心から尊敬している眼差しだった。
兄が領土全体の財政を受け持ち、夫人が城の管理を担う。そして表に立った弟が武力で支える。後ろには、口出しせず子供たちを見守る専門知識に長けた父。とても良いバランスの家族だと思った。
食事を終えてから、リエイムは広い城の内部や研究室を案内してくれた。話題に出ていたオーフェルエイデ公自慢の植物園は馴染みのある野菜から見たこともない植物までと所狭しと栽培してあって、見応えがあった。
「リエイム様は」
「初めて名前で呼んでくれたな。でももう一声。様をはずして」
「でも……」
「一度一緒に戦った仲じゃないか。それに聖舞師と軍将は、相棒のようなものだろう?」
領主を名字でもなく敬称も付けず呼ぶのは、かなり抵抗がある。迷ったが、話が先に進みそうにないので仕方なく名前を口にした。
「リエイムは……笑顔がお父上によく似てますね」
「よく言われるよ。血筋的には全く別物なのに不思議だよな」
「……え?」
「俺は、誰とも血の繋がらない養子なんだ。ほら、髪の色が兄上と違うだろう」
言われてみればオーフェルエイデ公とヘンリは茶髪なのに対して、リエイムは漆黒の髪だ。そして顔の造りも二人とは確かに違う。リエイムが持つ眉の凜々しさや深い二重の瞳は二人と異なる。表情の作り方が三人とも似ていたため、気づかなかった。
「父上が戦争の帰りに、襲撃に遭って焼け残った村をたまたま通ったんだ。そこで生き残っていた、当時まだ赤子の俺を拾ってきたそうだ。そこから第二子息として育てられての、今だ」
あまりに普通に打ち明けるので、サニはどう返していいものかわからなかった。
「そ、そうだったんですか……」
とんでもない秘密を引き出してしまったかもしれないと困惑するが、その反応を予想していたのか、からっとリエイムは笑う。
「安心してくれ、養子なのは周知の事実だしクレメント内で知らないものはいない。父上も母上も実の子である兄上よりかわいがってくれたから、これっぽっちも不自由はなかったよ。それなら長子は多少嫉妬してもいいのにな、八つ離れてるからか、兄上まで両親と一緒になって甘やかしてくれた。おかげで、最年少の俺がこうして城の中で一番図々しいんだ。あ、双子を抜いてな。だからサニも、気は遣わなくていい」
全く気にしていないとは本当のようで、ほっと安心した。城の案内が終わると、玄関前にいた警備兵に馬を準備しておいてくれ、と伝える。
「どこかに行かれるのですか?」
「さっき話に出ていた種の配布がてら、領地回りをしようと思ってな」
昨日の今日で、疲れていないのだろうか。
疑問が顔に出ていたのか、リエイムは「俺の体力は底抜けなんだ」と自慢げに笑う。
「サニは一日、ゆっくり休んでいてくれ。城のどこにいてもいいが、双子たちに見つからないようにな。遊び相手にさせられてしまうぞ」
「……私も同行させてください。あの、お邪魔でなければ」
戦いが終わると、次の使命をもらうまでつかの間、聖舞師は自由時間を与えられる。待機期間は本を読んだり祈りをしながら静かに過ごし体調を整えつつ、次に備えるのが常だった。しかし、リエイムの職務を見てみたい、と珍しく人に興味が湧いていた。
「それはかまわないが、サニにはつまらないかもしれないぞ?」
「いいんです。公子が戦以外で普段何をしているのか、見てみたいので」
リエイムは嬉しそうににんまりと笑った。サニはなぜか素直に口にしてしまったことに焦る。
「あ、でもまだ馬には乗れませんが……」
「当然乗せていくさ。では、昼すぎに待ち合わせよう」
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