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第一章
赤い龍の伝説 2
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「母上はもうこの世にはいない。六年前に亡くなったんだ。元々身体が弱くてな」
「す、すみませんでした。重ね重ね失言をお許しください」
サニは前を向きながらも、頭を下げる。リエイムは不快になるでもなく、変わらず穏やかに言った。
「いいんだ。母上は身体こそ弱かったが、家族の誰よりも精神がお強く、最期まで凜とした人だった。そして生前沢山のものを置いていってくれたから、今でも毎日母上を身近に感じられる。今朝話していた蚤の市も元は母上の発案なんだ。貧しい人々が物品を安く買えるようにと城の庭を年に二度、解放しているんだ」
「オーフェルエイデ家のみなさんはとても素敵な方々ですね。お互いを信頼し結託しながら、それぞれの役割を担っていますし」
「家族とは、そういうものだろう?」
「私の家は、……それほどでもないです。聖舞院に入ってから一度も会ってないので、もう古い記憶になりつつありますが」
「そういえば、サニはクレメントに来て四年と言っていたな。成人した十八歳から聖舞師は出軍が許されると聞くから、今年二十二歳だとして……もう九年も会っていないということか」
「はい。九年どころか聖舞師を辞めない限り一生家族との面会は許されません」
「家族に会えないと、寂しくはないか?」
「聖舞は自分の内にある愛を全て神に捧げないと習得できない術です。自然の力を借り舞術を操るには、家族も恋人も捨てる覚悟が必要なのです」
「ちょっと待て、じゃあ俺の入りこむ隙間もないってこと?」
「聖舞師は家族を持ちませんし、もちろん恋人も持ちません」
「……今のは聞かなかったことにしよう。よし、話を続けてくれ」
耳を塞ぐ仕草は、やっぱり本気には聞こえない。軽口で場を盛り上げるくせがついているのだろう。
兵たちとのやりとりを少し見てきただけだが、リエイムはおそらくそういう場の収め方をする人だ。
「信仰深い両親は私が聖舞師を辞めて故郷に戻るより、息子に会えずとも聖舞師として神にご奉仕を捧げることの方がよっぽど嬉しがるでしょう。なので、私も寂しくはありません」
聖舞院の制度をクレメント人に説明する機会が何度かあったがその度に『可哀想』という感想を受けた。
スーラの生活を知らない人間に安っぽい同情を投げられたくなくて、言葉尻が無意識に強く尖った。
「す、すみませんでした。重ね重ね失言をお許しください」
サニは前を向きながらも、頭を下げる。リエイムは不快になるでもなく、変わらず穏やかに言った。
「いいんだ。母上は身体こそ弱かったが、家族の誰よりも精神がお強く、最期まで凜とした人だった。そして生前沢山のものを置いていってくれたから、今でも毎日母上を身近に感じられる。今朝話していた蚤の市も元は母上の発案なんだ。貧しい人々が物品を安く買えるようにと城の庭を年に二度、解放しているんだ」
「オーフェルエイデ家のみなさんはとても素敵な方々ですね。お互いを信頼し結託しながら、それぞれの役割を担っていますし」
「家族とは、そういうものだろう?」
「私の家は、……それほどでもないです。聖舞院に入ってから一度も会ってないので、もう古い記憶になりつつありますが」
「そういえば、サニはクレメントに来て四年と言っていたな。成人した十八歳から聖舞師は出軍が許されると聞くから、今年二十二歳だとして……もう九年も会っていないということか」
「はい。九年どころか聖舞師を辞めない限り一生家族との面会は許されません」
「家族に会えないと、寂しくはないか?」
「聖舞は自分の内にある愛を全て神に捧げないと習得できない術です。自然の力を借り舞術を操るには、家族も恋人も捨てる覚悟が必要なのです」
「ちょっと待て、じゃあ俺の入りこむ隙間もないってこと?」
「聖舞師は家族を持ちませんし、もちろん恋人も持ちません」
「……今のは聞かなかったことにしよう。よし、話を続けてくれ」
耳を塞ぐ仕草は、やっぱり本気には聞こえない。軽口で場を盛り上げるくせがついているのだろう。
兵たちとのやりとりを少し見てきただけだが、リエイムはおそらくそういう場の収め方をする人だ。
「信仰深い両親は私が聖舞師を辞めて故郷に戻るより、息子に会えずとも聖舞師として神にご奉仕を捧げることの方がよっぽど嬉しがるでしょう。なので、私も寂しくはありません」
聖舞院の制度をクレメント人に説明する機会が何度かあったがその度に『可哀想』という感想を受けた。
スーラの生活を知らない人間に安っぽい同情を投げられたくなくて、言葉尻が無意識に強く尖った。
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