深淵から来る者たち

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21、予期しない出来事(後編)

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 警備にあたっていた艦隊でもアビスゲートの異変に気付いていた。
 未確認の敵の攻撃、予告なしに稼働したワームホール装置に艦隊指揮官も困惑する。

「一体何が起きてるんだ?」

 旗艦である巡洋艦マーブルヘッドの艦長がモニターをのぞき込む。

「それがノイズが酷くて……管制室からの映像も音声も正常に拾えません」
「ワームホール装置が動き始めた影響か?」
「それは何とも……少しお待ちください」

 状況が把握できないのは問題だったが艦長にはもうひとつ頭の痛いことがあった。

「艦長、あの物体はどうしますか?」

 副長が確認を求めるのは、アビスゲートから10Kmほどの宙域に突如現れた物体の事だった。
 航宙駆逐艦クラスの大きさだが宇宙船ではないようだ。だが正体不明である。敵なのか味方なのかもわからない。小惑星の可能性もあったが直前までアビスゲートのレーダーにも艦隊のレーダーにも探知できなかったものだ。

「映像に映るあれですが……誤解を恐れずにいうならですが、生き物の触手です。しかも100m規模の」
「心配するな。私にもそう見える」
「よかった」
「そうだな……あれは、駆逐艦に調べさせよう」

 その時、通信オペレーターが艦長に声をかけてきた。

「艦長、アビスゲートとの連絡がとれました。音声、映像はまだ駄目ですがテキストチャットは生きてます」
「よし、いいぞ」
「返信きました」

 通信オペレーターは装置を操作するとテキストチャットが表示された。
 だが画面のメッセージは緊急を要することだった。

『メインフレームに侵入した何者かに”ザビーネ・システム“のコントロールを奪われた。救援を乞う』


          §

 同時刻
 火星軌道上の連邦統制軍衛星要塞トブルク
 トブルクで48時間の休暇に入ろうとしていた航空小隊はフェルミナの異変に戸惑っていた。
「しっかりしろ、ハンサカー少尉」
 チームリーダーのニック・ウォーカー大尉がフェルミナを抱き起す。
癲癇てんかんか?」
「わからない。もしかしたら何かのアレルギーかも。とにかく医務室へ連れていかないと」
 他のパイロットたちも心配そうに覗き込んでいる。
「わかった。トブルクの医務室に連絡する」
「いや、キリシマの方が近い。キリシマに戻ろう」
「そうだな。わかった、キリシマに連絡だ」
 ウォーカー大尉はフェルミナを抱えてキリシマに向かおうとした。その時、その場にいたパイロット全員に通信が入る。
「はい、ちょうどいい。トラブルが起きた。ハーカー少尉が……え? なんだって?」
 通信をとったマック・ビレイ大尉の表情が変わる。
 フェルミナを抱えて通信に出れないウォーカーがマックの様子に気づく。
「どうした? なんだ?」
 マックの顔が険しくなっていた。
「アビスゲートが攻撃されたぞ。キリシマに出撃命令が出た」

          §

 フェルミナは夢を見ていた。
 その夢では、どこか懐かしい感じのする部屋の中にいた。
 そこで彼女はひとり椅子に座っている。
 壁側には本棚が並び、その中にはこれまた古そうな本が並んでいる。
 フェルミナは椅子から立ち上がるとその中から一冊の本を取り出した。
 分厚く子供っぽい表紙をめくると写真が貼られていた。アルバムだ。デジタルメモリーに保存されていない紙にプリントされたものだった。
 写真の中で幼い子供が笑顔でいる。ページをめくるごとに子供は成長していた。
 懐かしさを感じていると突然。背後から物音がした。慌てて振り向くと先ほどまでフェルミナがいた椅子にいつの間にか誰かが座っていた。

「誰?」

 フェルミナが声をかけると相手は、笑いかけた。正確には笑っているように思えた。
 なぜなら目深にかぶったフードで顔がはっきり見えなかったからだ。

「やあ、フェルミナ」
「誰なの?」

 フェルミナはもう一度聞き返す。

「私の名はミスターイエロー。君と少し話をしたい」


          §

 事態は連邦統制軍艦隊司令部に報告されていた。
 司令部ではハッキングによるワームホール装置の作動とアビスゲートへのミサイル攻撃は関連性があると推測。
 火星近くの宙域で突如始まった自由同盟宇宙軍の演習が本物になる可能性があるとの結論に至った。
 これにより、演習を警戒して集結していた火星宙域の連邦統制軍艦隊は警戒態勢のレベルを上げるのだった。
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