深淵から来る者たち

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14、ニューイヤー・オブ・スペース(前編)

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 2199年12月31日

 スケジュールを若干遅らせながらも輸送船団は火星への航路を進んでいた。
 ハイパー核融合炉を積んだ輸送船を中心に囲むように連邦統制軍の航宙戦闘艦が周囲を固めている。
 旗艦は航宙戦艦キリシマだ。艦載機を搭載した強襲艦型である。
 
 船体後部のカタパルトから91式艦載機が発進した。警戒の為の哨戒機だ。これ以外にも艦載機二機を飛ばして航路の警戒を続けていた。
 そのうちの一機はフェルミナとマック・ビレイ大尉の搭乗する機体だった。
 
「俺で悪かったよな」
 飛び立ってしばらくするとマック・ビレイ大尉が切り出した。
「い、いえそんな」
「本当は、ニックの方が良かっただろ?」
「はあ?」
「ニックだよ。ニック・ウォーカー大尉。違う?」
「ち、違いますよ!」
 慌てて否定するがヘルメットの下の顔は真っ赤になっていた。
「みんな知ってるぜ?」
「知ってるって、何!」
「ニックの事が好きだろ」
 何でこの人はこんな事を言い出すんだろう? フェルミナは少し苛立った。
「好きじゃないです!」
「嫌いなのか?」
「いや嫌いってわけじゃなくて、もちろん好きです。でも、それはチームのリーダーとして、パイロットとして……それにその……ウォーカー大尉は、いい人ですから」
「ああ、わかるよ。あいつは良い奴だ。それにお前みたいのを気にするのもわかる」
「私みたいな? 何が?」
「ああ、その……これはあまり公に言うことでもないんだが、お前は似てるんだ、奴の妹にさ」
「妹さんがいるんですか?」
「ああ、俺も会った事があるがいい子だった」
 過去形だった。
「私のどんなところが妹さんに?」
「なんというか……雰囲気かな。なんか放っておくと消えちまいそうなところとかな。だから気になるんだろうよ。死んだけどね」
「えっ?」
「死んだんだ。薬かなにかで。だから放っておけないのさ」
 マックは彼女が最近睡眠薬を服用しているのを知っていて言っているのだろうか、フェルミナは思った。
 ある時期から悪夢を見るのを止める為だ。悪夢は火星に近づくほどに酷くなっている。
「あの、大尉、実は……」
「おっと……レーダーに何か掛かった。おしゃべりは後回しだ」
 識別コードは民間のは輸送船だった。
「民間の輸送船ですが、見逃しますか?」
「念の為近くで確認してみよう。偽装の可能性もある」
「了解」
 91式が輸送船に機首を向けた。

 新年が近づき、ゴライアス号ではささやかなニューイヤーパーティーが行われていた。
 ジャーナリストのボブ・カーターは騒がしい展望室の中、人を探していた。落ち着き無く周りを見渡している。
 飲み物をもってモトキ・ユウヤが声をかけてきた。フリーのカーターとは違い、大手ニュース配信社に努めている。
「誰かを探しているのかい?」
「あ? ああ 黒髪の美女をな」
「はあ?」
「随分経っているのに一度も船内で出会えない。カフェでも食堂でもな」
「夢でもみてたんじゃ?」
「アホ抜かせ」
「じゃあ引きこもりなんだろうさ……ちょっと待て、あれはなんだ?」
 モトキの言う方を見ると宇宙空間に何かが浮いていた。
「デブリだろ? 危ないけど珍しくない。この船だって探知くらいしているさ」
「いや、なんかこう……動いていたような」
「本当だ。推進剤が見えるな」
「え?」
 カーターとは見ているものが違うらしい。
「あれは戦闘機じゃないのか?」

 
「こちらはゴライアス202、火星へ向かって航行中。主な積荷は機械部品と食料。乗組員は42名、それと乗客が214名」
 フェルミナの操縦する91式がゴライアス号の周囲を旋回する。
 輸送船の存在はキリシマに連絡された

「船籍確認。ゴライアス202に間違いありません」
 オペレーターが艦長のキーラ・アストレイに報告する。
「我々がコースを変更したから民間の航路に割り込んだかっこうになったんでしょうな。あと30分程で最短距離に接近します」
 傍にいた副長のガイ・ウエルチ少佐が付け加えた。
「哨戒機に繫げる? スピーカーに出して」
「アイサー」
 通信がフェルミナ機に繋げられた。
「ビレイ大尉、艦長のアストレイです。あなたから見て船におかしい様子は?」
 艦長の言葉にマックは、スキャンを見直す。
「船に武装は見当たりません。他におかしい部分もないようです。おっと展望台に大勢集まっている。フェルミナ、少し機体を寄せてくれ」
 機体が速度を落とした91式が展望台付近に近づいた。
「随分盛り上がってる。きっとニュイヤーズ・パーティーだな。羨ましい」
 偵察カメラをズームアップさせた画面を見ながらマックはそう言った。
「肉眼で見る限り普通の民間人に見えます。検閲しますか?」

 キーラ・アストレイ艦長は、航路図を見直した。画面にはキリシマの輸送船団とゴライアスを示すアイコンとその進行予想ラインが示されている。
 特に驚異になる要素はない。画面の数値は一番近くに接近しても接触事故の恐れのない距離を示していた。
「必要はない。引き返して」

 ゴライアス202から離れていく91式を見ていた乗客たちが安堵する
 敵意はないとはいえ、軍用機が接近するのは緊張するものだ。
 ボブ・カーターは離れていく91式を撮影しようとカメラを構えた
「撮る必要ある?」
 モトキが横から言う。
「まあ……念の為に、な。何かに使えるかもしれない」
 カメラのフーレムの中に見覚えのある姿が入った。
「どうした?」
「いたいた! ようやく見つけた。黒髪の彼女だ……」
 出発直前に同じ展望室で出会った美女だ。カーターがずっと再会したかった相手だ。
 カーターは、撮影を中断すると彼女の側に向かった
「やあ、どうも」
 知り合いではないカーターに彼女が小首をかしげる
「以前、会ったんだけど覚えてるかな」
 一ヶ月以上前が。しかも僅かな時間。覚えているわけがないと思っていた。それでも声をかけるきっかけが欲しい。
「ええ」
 意外な返事だった
「まじで?」
「カメラの人……でしょ?」
「ああ、これね。僕はジャーナリストトなんだ。フリーの」
「何か取材?」
「火星の遺跡をね。俺だけじゃなくこの船には大勢のジャーナリストが乗ってる。皆、大体が火星の遺跡の取材さ」
「へえ……」
 興味のなさそうな声が返ってくる。
 そりゃそうだ。長い船の生活でそのくらいの情報は得ているだろう。カーターは食い下がろうとした。
「君は何しに火星へ? もしかして君も記者?」
「私は……」
 その時、彼女は視線を他へ移した。何かに気を取られたようだった。
「あなた見えた?」
「カーターだ。僕はボブ・カーター」
「カーター、あれ見えた?」
 彼女は、展望室の強化ガラスの先の宇宙空間を指差した。
 見ると連邦統制軍の91式戦闘攻撃機が見える。
「ああ、軍の戦闘機だね。心配しなくてもいい。攻撃するわけじゃないさ。きっと航路近くに僕たちの船がいたから様子を見に来たんだろうさ」
「いえ、あれじゃない。あっちの方」
 彼女の指差す方に目を凝らす。そこには何かの物体が浮いていた。小惑星の類ではない。何かの部品のように見える。
「デブリじゃないかな?」
「デブリが船と平行して移動するかしら」
 言われてみればそうだ
 カーターはもう一度、目を凝らして物体を見た。
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