深淵から来る者たち

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13、情報部第6局

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 空港は雪で覆われていた。
 全翼タイプの大型旅客機が着陸と離陸を繰り返している。

 その日、任務を終えたばかりのジョン・ウォルターズは早々にアジアから呼び戻された。
 空港のカフェで一息ついていた後、彼はタクシー乗り場に向う。せっかくコーヒーで温まったのもつかの間、外に出るとすぐに体は冷え込んだ。
 タクシー乗り場の先頭に停まる一台に近づくとドアが開いた。
 後部座席に乗り込むと初老の男が運転席から振り向いた。珍しく人間のドライバーだ。
「どちらまで?」
 オートドライバーでない事を嫌う者もいるが、ジョンは人間の方が好きだ。
 ドライバーに目的地を告げると愛想のいい声が返ってきた。
 タクシーは雪の降る街の中に走り出した。
 外を眺めているとカサーン・ベイ社の大きな広告が目に入ってきた。
 最近は、テレビCMもウェブ広告もこの会社ばかりだなとジョン・ウォルターズは思った。カサーン・ベイ社の名前でなくとも関連の企業の場合も多い。まるで世の中の全てがこの企業が関わっていると思えるほどだ。あのアビスゲート計画にもカサーン・ベイ社が主導で行われていると聞いたことがある。
 ひとつの企業が多くの事に関わりすぎるのが正しいことなのかと疑問の感じている者も多い。この批判的な者たちの中には過激な者もいる。破壊的行動を起こして状況を変えようとする連中だ。
 そうした者たちに対処する事もジョン・ウォルターズの仕事のひとつだった。

 気がつくと見覚えの町並みになっていた。
 腕時計を見るといつもなら二十分はかかるところを十五分程で目的のビルに到着していた。
 それもこれもドライバーの荒っぽい運転のお陰だ。その代わり、何度も接触事故を起こしそうになったが、それもご愛嬌だ。実に人間らしい。

 ジョン・ウォルターズは、タクシーを降り、ビルに入った。
 ビルは何の変哲もないビルだった。ありきたりで平凡で特徴的なデザインではない。
 中に入っているのは情報部の第6局。連邦の保安と防諜を職務としている。敵は過激なテロ集団や、自由同盟の強硬派。彼らは常に連邦の弱体化を望み、工作を仕掛けてくる危険な相手だった。

 オフィスに入ると上司のフェリックス・チヘーゼがコーヒー飲みながらタブレットでニュースを読んでいた。
「ニューヨークは記録的大雪だそうだ。氷河期が到来したのかな? 君も飲むか? ジョン」
「ありがとう。でも先程……」
 見ると既にカップにコーヒーが注がれている。
「ありがとうございます。どうも」
 仕方なくカップを受け取ると一口だけ口につけてカップを置いた。
 フェリックス・チヘーゼはいつもこんな感じだ。彼の言うことは絶対であり、逆らうことはできない。
「座っても?」
「ああ、そこに座ってくれていい。タブレットが置いてあるからその上には座るな」
 ウォルターズはタブレットを手に取ると椅子に腰掛けた。
 画面をタッチすると誰かの顔写真と経歴が映しだされた。
「レイ・チャオ……何者です?」
「そこに書かれているとおりの人物だよ。レイ・チャオ、32歳、独身、血液型はB型。宇宙航空管理機関に勤務する真面目な男だ。その彼が不幸な事故に巻き込まれてね。現在昏睡状態で入院中だ」
「気の毒に」
「そうだな。だが彼に同情するのが君の仕事じゃない」
「僕に彼を調べろと?」
「それはもうやっているし、やらせるとしても、君にそんな簡単な事はやらせんよ。そんなのは新人連中にやらせる。調べてほしいのは彼が何に巻き込まれたのかだ」
「というと事故は誰かの工作?」
「彼は報告書を書き越えた後、貨物トレーラーに追突され重症を負った。トレーラーはオートドライブタイプ。運送会社によるとバージョンは古いが今まで使用に問題はなかった。問題は信号システムの方でハッキングの形跡があった。つまり事故は意図的というわけだ」
「だから僕は、車は人が運転する方が好きなんです」
「君の好みはさておき、彼は電磁フレア障害について報告書を作成していたが、その報告書は削除されていた」
「書き直したかったとか?」
「どうかな。上司から翌日の提出を求められていたのに報告書を削除するなんて事をするだろうか。それに急ぎの仕事を押し付けられたら、終わってから帰宅するものではないかね?」
「しない者もいますがね」
 局長のフェリックス・チヘーゼはコーヒーカップを置くとジョン・ウォルターズを見た。
「ジョン、君にはレイ・チャオを口封じしようとした不届き者を突き止めてもらいたい。また何故、彼が狙われた理由もだ」
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