8 / 39
8、レイ・チャオの報告書
しおりを挟む
その日、宇宙航空管理機関に勤務するレイ・チャオは、報告書の作成に追われていた。
先日起きた謎の電磁的フレアの調査報告を上司に急かされていたからだ。
会議に使うとか、誰かに報告するとかそんな理由だ。時間は限られていたが、レイ・チャオは懸命に仕事をこなしていた。
10月21日宇宙時間14時4分に起きた広範囲に広がった混乱は電磁的フレアによるものと推測される。
数値は太陽フレアによるものと比べると極めて低いもので、一部の電子機器に些細な影響を与えるだけにとどまった。
コーヒーメイカーや電子レンジ、携帯電話、はては腕時計の機能の一部を阻害したがどれも致命的なものではない。
現象は約8秒程で終わり、物質的な被害もなく、地球と月の広範囲に経済的損失は最小限にとどまっている。
一番の謎は方向である。
この電磁的フレアは太陽の反対方向、つまり太陽系外方向から来たことになる。太陽フレアではないという事だ。太陽フレアの逆風説もあったがこれはいまひとつ信頼度が低い。
もうひとつの可能性は、超新星爆発から発生した電磁フレアが銀河を越えて遥々太陽系にたどり着いた可能性だったが、太陽系に点在する観測基地、コロニー及び、軍事的施設、航宙艦のいずれからも観測していない。不思議な事に影響を受けたのは地球と月の生活圏だけなのである。
ということは少なくとも月から火星までの宇宙空間のどこかで電磁的フレアが発生したという事になる。
そして一番の問題は……。
ここでレイ・チャオは分析報告を見て思案していた。
報告書に入れ込むべきかどうか。
この電磁的フレアにはあるパターンを持つ電気信号が含まれていたというのだ。
そして信号パターンにはは何らかのメッセージの意味を含んでいる可能性があると推測される。
この報告が正しければ、この電磁的フレアは宇宙空間で偶発的に起きた自然現象ではなく意図的に発生させられた可能性があるのだ。
目的は、攻撃か、事故か、あるいは知性生物からの有効メッセージなのか……?
彼はこのデータ報告書に入れるか迷った。
事は重大だ。別の真実が後から見つかったら、自分は世紀の大間抜けということになってしまうのだ。
何度もデータを慎重に照査した。結果、彼は電磁的フレアに含まれていた謎の信号の件を報告書に入れることにした。
書き上げた報告書を送信する。
これで今日の仕事は終了だ。
彼は、帰り支度を済ませるとオフィスを出た。
「おかえりですか? チャオさん」
セキュリティゲートで警備のオートワーカーが声をかけてきた。
「ああ、君はまだ仕事? 一体、いつ休むんだい?」
「私の次回のメンテナンスは540時間と39分後です」
「それは酷い。君は少し働きすぎだよ。休みをとったほうがいいと思うね」
「お心遣いありがとうございます」
オートワーカーは礼を言ったが、そこに感情はない。
「いいさ。それじゃ、おやすみ」
「お疲れさまです。お気をつけて」
「ありがとう。君もな」
たとえプログラムによる決められた答えであろうと、それでもちょっとしたやり取りが気休めになるものだ。
レイ・チャオは、宇宙航空管理機関ビルから出ると駐車場に向かった。
自分の車に乗り込むと一息ついた。
車をオートからマニュアルハンドルに切り替えるとアクセルを踏み込んだ。
明日は報告書を読んだ上司から説明を求められるのを覚悟をしておこう。
いつもの道をいつものように車を走らせる。
赤信号に気がつくと踏み込むアクセルペダルからブレーキペダル切り替えてスピードを落とした。
流れてくる音楽に思わず口ずさむ。
ダイスケ・アサクラの生み出すメロディは素晴らしいな、とチャオは思った。
2世紀前のクラシックだが流れるこの曲がチャオが大好きだった。
こんな時は気分転換が一番だ。何も家には持ち帰らない事が最良の手段である。
長い赤信号だと感じた頃、ようやく信号が変わってくれた。
レイの車が、ゆっくりと交差点に入って時だった。
大型トレーラーがスピードを落とさずに交差点に入ってきたのだ。
トレーラーのライトに気がついた時には遅かった。加速のついた20トン以上の重量が運転席のレイ・チャオめがけて突っ込んでいった。
その夜、彼が家にたどり着く事はなかった。
宇宙航空管理機関ビル前の道路を赤いライトを点滅させた救急車両が近づいた。
警備オートワーカーが通り過ぎる車に視線を向けた。赤い光が一瞬、オートワーカーの顔を照らしたが救急車両はそのまま通り過ぎた。
救急車両が走り去っていくと彼は再び警備の仕事に戻っていった。
同じ時刻、サーバーに保管されてレイ・チャオの報告書ファイルが何者かによって削除された。
そして誰も彼が報告書を書き終えていたのを知らない。
先日起きた謎の電磁的フレアの調査報告を上司に急かされていたからだ。
会議に使うとか、誰かに報告するとかそんな理由だ。時間は限られていたが、レイ・チャオは懸命に仕事をこなしていた。
10月21日宇宙時間14時4分に起きた広範囲に広がった混乱は電磁的フレアによるものと推測される。
数値は太陽フレアによるものと比べると極めて低いもので、一部の電子機器に些細な影響を与えるだけにとどまった。
コーヒーメイカーや電子レンジ、携帯電話、はては腕時計の機能の一部を阻害したがどれも致命的なものではない。
現象は約8秒程で終わり、物質的な被害もなく、地球と月の広範囲に経済的損失は最小限にとどまっている。
一番の謎は方向である。
この電磁的フレアは太陽の反対方向、つまり太陽系外方向から来たことになる。太陽フレアではないという事だ。太陽フレアの逆風説もあったがこれはいまひとつ信頼度が低い。
もうひとつの可能性は、超新星爆発から発生した電磁フレアが銀河を越えて遥々太陽系にたどり着いた可能性だったが、太陽系に点在する観測基地、コロニー及び、軍事的施設、航宙艦のいずれからも観測していない。不思議な事に影響を受けたのは地球と月の生活圏だけなのである。
ということは少なくとも月から火星までの宇宙空間のどこかで電磁的フレアが発生したという事になる。
そして一番の問題は……。
ここでレイ・チャオは分析報告を見て思案していた。
報告書に入れ込むべきかどうか。
この電磁的フレアにはあるパターンを持つ電気信号が含まれていたというのだ。
そして信号パターンにはは何らかのメッセージの意味を含んでいる可能性があると推測される。
この報告が正しければ、この電磁的フレアは宇宙空間で偶発的に起きた自然現象ではなく意図的に発生させられた可能性があるのだ。
目的は、攻撃か、事故か、あるいは知性生物からの有効メッセージなのか……?
彼はこのデータ報告書に入れるか迷った。
事は重大だ。別の真実が後から見つかったら、自分は世紀の大間抜けということになってしまうのだ。
何度もデータを慎重に照査した。結果、彼は電磁的フレアに含まれていた謎の信号の件を報告書に入れることにした。
書き上げた報告書を送信する。
これで今日の仕事は終了だ。
彼は、帰り支度を済ませるとオフィスを出た。
「おかえりですか? チャオさん」
セキュリティゲートで警備のオートワーカーが声をかけてきた。
「ああ、君はまだ仕事? 一体、いつ休むんだい?」
「私の次回のメンテナンスは540時間と39分後です」
「それは酷い。君は少し働きすぎだよ。休みをとったほうがいいと思うね」
「お心遣いありがとうございます」
オートワーカーは礼を言ったが、そこに感情はない。
「いいさ。それじゃ、おやすみ」
「お疲れさまです。お気をつけて」
「ありがとう。君もな」
たとえプログラムによる決められた答えであろうと、それでもちょっとしたやり取りが気休めになるものだ。
レイ・チャオは、宇宙航空管理機関ビルから出ると駐車場に向かった。
自分の車に乗り込むと一息ついた。
車をオートからマニュアルハンドルに切り替えるとアクセルを踏み込んだ。
明日は報告書を読んだ上司から説明を求められるのを覚悟をしておこう。
いつもの道をいつものように車を走らせる。
赤信号に気がつくと踏み込むアクセルペダルからブレーキペダル切り替えてスピードを落とした。
流れてくる音楽に思わず口ずさむ。
ダイスケ・アサクラの生み出すメロディは素晴らしいな、とチャオは思った。
2世紀前のクラシックだが流れるこの曲がチャオが大好きだった。
こんな時は気分転換が一番だ。何も家には持ち帰らない事が最良の手段である。
長い赤信号だと感じた頃、ようやく信号が変わってくれた。
レイの車が、ゆっくりと交差点に入って時だった。
大型トレーラーがスピードを落とさずに交差点に入ってきたのだ。
トレーラーのライトに気がついた時には遅かった。加速のついた20トン以上の重量が運転席のレイ・チャオめがけて突っ込んでいった。
その夜、彼が家にたどり着く事はなかった。
宇宙航空管理機関ビル前の道路を赤いライトを点滅させた救急車両が近づいた。
警備オートワーカーが通り過ぎる車に視線を向けた。赤い光が一瞬、オートワーカーの顔を照らしたが救急車両はそのまま通り過ぎた。
救急車両が走り去っていくと彼は再び警備の仕事に戻っていった。
同じ時刻、サーバーに保管されてレイ・チャオの報告書ファイルが何者かによって削除された。
そして誰も彼が報告書を書き終えていたのを知らない。
0
お気に入りに追加
4
あなたにおすすめの小説

日本国宇宙軍士官 天海渡
葉山宗次郎
SF
人類が超光速航法技術により太陽系外へ飛び出したが、国家の壁を排除することが出来なかった二三世紀。
第三次大戦、宇宙開発競争など諸般の事情により自衛隊が自衛軍、国防軍を経て宇宙軍を日本は創設した。
その宇宙軍士官となるべく、天海渡は士官候補生として訓練をしていた。
候補生家庭の最終段階として、練習艦にのり遠洋航海に出て目的地の七曜星系へ到達したが
若き士官候補生を描くSF青春物語、開幕。
【新訳】帝国の海~大日本帝国海軍よ、世界に平和をもたらせ!第一部
山本 双六
歴史・時代
たくさんの人が亡くなった太平洋戦争。では、もし日本が勝てば原爆が落とされず、何万人の人が助かったかもしれないそう思い執筆しました。(一部史実と異なることがあるためご了承ください)初投稿ということで俊也さんの『re:太平洋戦争・大東亜の旭日となれ』を参考にさせて頂きました。
これからどうかよろしくお願い致します!
ちなみに、作品の表紙は、AIで生成しております。

甲斐ノ副将、八幡原ニテ散……ラズ
朽縄咲良
歴史・時代
【第8回歴史時代小説大賞奨励賞受賞作品】
戦国の雄武田信玄の次弟にして、“稀代の副将”として、同時代の戦国武将たちはもちろん、後代の歴史家の間でも評価の高い武将、武田典厩信繁。
永禄四年、武田信玄と強敵上杉輝虎とが雌雄を決する“第四次川中島合戦”に於いて討ち死にするはずだった彼は、家臣の必死の奮闘により、その命を拾う。
信繁の生存によって、甲斐武田家と日本が辿るべき歴史の流れは徐々にずれてゆく――。
この作品は、武田信繁というひとりの武将の生存によって、史実とは異なっていく戦国時代を書いた、大河if戦記である。
*ノベルアッププラス・小説家になろうにも、同内容の作品を掲載しております(一部差異あり)。
サンタクロースが寝ている間にやってくる、本当の理由
フルーツパフェ
大衆娯楽
クリスマスイブの聖夜、子供達が寝静まった頃。
トナカイに牽かせたそりと共に、サンタクロースは町中の子供達の家を訪れる。
いかなる家庭の子供も平等に、そしてプレゼントを無償で渡すこの老人はしかしなぜ、子供達が寝静まった頃に現れるのだろうか。
考えてみれば、サンタクロースが何者かを説明できる大人はどれだけいるだろう。
赤い服に白髭、トナカイのそり――知っていることと言えば、せいぜいその程度の外見的特徴だろう。
言い換えればそれに当てはまる存在は全て、サンタクロースということになる。
たとえ、その心の奥底に邪心を孕んでいたとしても。
【なろう430万pv!】船が沈没して大海原に取り残されたオッサンと女子高生の漂流サバイバル&スローライフ
海凪ととかる
SF
離島に向かうフェリーでたまたま一緒になった一人旅のオッサン、岳人《がくと》と帰省途中の女子高生、美岬《みさき》。 二人は船を降りればそれっきりになるはずだった。しかし、運命はそれを許さなかった。
衝突事故により沈没するフェリー。乗員乗客が救命ボートで船から逃げ出す中、衝突の衝撃で海に転落した美岬と、そんな美岬を助けようと海に飛び込んでいた岳人は救命ボートに気づいてもらえず、サメの徘徊する大海原に取り残されてしまう。
絶体絶命のピンチ! しかし岳人はアウトドア業界ではサバイバルマスターの通り名で有名なサバイバルの専門家だった。
ありあわせの材料で筏を作り、漂流物で筏を補強し、雨水を集め、太陽熱で真水を蒸留し、プランクトンでビタミンを補給し、捕まえた魚を保存食に加工し……なんとか生き延びようと創意工夫する岳人と美岬。
大海原の筏というある意味密室空間で共に過ごし、語り合い、力を合わせて極限状態に立ち向かううちに二人の間に特別な感情が芽生え始め……。
はたして二人は絶体絶命のピンチを生き延びて社会復帰することができるのか?
小説家になろうSF(パニック)部門にて400万pv達成、日間/週間/月間1位、四半期2位、年間/累計3位の実績あり。
カクヨムのSF部門においても高評価いただき80万pv達成、最高週間2位、月間3位の実績あり。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる