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第9話 不死の魔女は愛さない(後編)

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「も、もちろんです!」
 何かを試してみるという凛夏の言葉に未冬が力強く答える。今なら非力な自分でも何かだできる気がする。自分を必要としてくれている人の為に。
 孤独で自分に自信を持てずに過ごしていた未冬の姿はそこにはない。
「私、凜夏さんが助かるためなら何でもします!」
 それを聞いて微笑む凜夏。
「いいね。じゃあ……こっちを向いて」
 そう言うと凜夏は、未冬の顔を引き寄せた。二人の顔がぐっと近づく。
「私の目を見て、未冬」
「あ、あの……なにをするんでしょうか?」
 何やら照れくさくなった未冬が聞いた。
「私たちが初めて出会った夜の事を覚えている? あの時、私はあなたを利用しようとしてある魔法を使って心を操ってしまった」
「それはもういいんです。過ぎた事だし……」
 凜夏は首を横に振った。
「違うんだ。今からあの夜にかけたあの魔法をもう一度、使おうと思う。今度は記憶を消すために」
「記憶を? 私の?」
「そうだよ。私と出会った夜からの今までの記憶を全部消す」
「そんなことしたら凜夏さんのこと忘れちゃいます!」
「だからだろ」
 凜夏が微笑む。
「そうすれば私の不死の呪いのルールが復活して、あいつ……ヴェスナに立ち向かえる」
「不死に戻るため……?」
「そうさ。だから早く」
 強引に未冬の顔を引き寄せる凜夏。
「だめです!」
 未冬は凜夏を引き離した。
「私が不死になれば、この局面を乗り切れるんだ」
「それは分かっています。あの人を倒すには特別な力が必要だって凜夏さんの考えも理解できます。でも……でも……」
 未冬は凜夏の目を見ながら続けた。それは魔術をかける絶好のタイミングだったが、未冬の真剣な表情に凜夏は魔法を使う事を躊躇してしまう。
「あの人は凜夏さんが昔、好きだった人なんでしょ? 寝言であのひとの名前言っているの私、聞きました! 好きだった人と殺し合うなんて、そんなの……そんなの」
「だとしても、私が今、愛しているのは……」
 凜夏が言おうとした言葉を未冬の唇が塞いだ。
 そっと未冬を自分から離す凜夏。
「未冬……」
 未冬は黙って凜夏の藤色の瞳を見つめる、
 凜夏は、未冬の瞳を見つたまま小さく"呪文"を呟きはじめた。

 邪神に破壊されていく倉庫は倒壊寸前になっていた。
 傭兵たちも触手に潰されたか、逃げ出してもう誰もいない。
 ヴェスナは襲ってきた触手を始末し終えると再び、殺意を凜夏たちに向けた。
 凜夏たちが隠れるコンテナに目星をつけると無数の金属片を操り、周囲に展開させ近づいていく。
「コンテナごと串刺しだ!」
 その時、物陰から血まみれの凜夏がよろめきながら現れる。
「見つけた! 凜夏!」
 ヴェスナが手をかざすと浮いていた金属片の群れが凜夏に目がけて飛んでいき身体を貫いた!
 勝利を確信したヴェスナ。
「あんたの動きはこれで止まる。このあと、あの天然娘を始末すればそれで終わり。あんたは完全に死ぬ!」
 だが凜夏は倒れない。
 それどころか鉄片が身体から押し出されていくとあっという間に傷が治癒していった。
「呪いが復活してる? ばかな!」
 凜夏が再び不死となっている事に戸惑ヴェスナ。
「な、なんで……? あんたの不死のルールは無効になっているはず……そうか、あんたは、あの娘のことをもう……やっぱりね。私を捨てたように任務の為にあの娘も捨てたわけだ」
「それは違う」
「何が違う! 現にあんたはまた不死になってるじゃないか!」
「私の魔術で未冬から私の記憶を消した。だからこの愛は私の片想い」
「な……」
「それにヴェスナ。あんたは勘違いしている」
「何が勘違いだ!」
 ヴィスナが怒鳴る。
「私は今でもあんたの事が大好きだよ」
「嘘だ! ならなぜ私は不死のままなの!?」
「私は嘘はついていない。私は今でもあんたが大好き」
 その言葉にヴェスナは一瞬、動揺する。
 凜夏はその隙きを見逃さなかった。
 宙に浮かぶ金属片の群れのコントロールを凜夏が奪ったのだ。それに気づいたヴェスナがコントロールを取り返そうとするが心を乱したヴェスナにそれはできなかった。
 凜夏が指をヴェスナに向けると金属片の群れが、今度はヴェスナ目がけて飛んでいった。
 ヴェスナの身体を無数の鉄片が貫く!
 周囲に赤い血が飛び散り、ヴィスナはその場に倒れた。
「甘いわよ。これくらい再生でき……」
 だがヴィスナの傷は治癒することはなかった。
「なんで……?」
 凜夏は倒れて動けずにいるヴェスナの傍に立った。
「わかってるでしょ。あなたが私への愛を思い出したから……」
 哀しそうな表情でヴェスナを見下ろす凜夏。
「だとしたら、何故ふたりとも不死の魔女だった?」
 凜夏の藤色の瞳がヴェスナを見つめた。その時、ヴェスナは気がついた。
「そうか……あんた、ずっと前に私に魔術を」
「ええ、そうよ。あなたの心に憎しみを増幅させた。愛情より勝る程に……ね」
 寂しそうに言う凛夏。
「あのまま私を愛し続けていたなら教団は私を殺す為に、あなたを殺したでしょう。だから、あなたの私への憎みの心を強くさせた。恋人に裏切られて憎悪に燃えているなら教団も不自然に思わない」
「そんな……私があんたを憎んでいたのは、私の為にあんたがかけた魔術……そんなの嘘だ!」
「ごめん……」
 ヴィスナの顔に凛夏の涙が落ちた。
「ごめんね……ヴェスナ。私は、あなたの心にも傷跡を残してしまった。本当にごめん」
 その顔は涙でぐしゃぐしゃだ。凛夏が、こんなにも感情を露わにするのをヴィスナは見たことがない。
「みんな私が悪いの。本当にごめん……騙したくなんかなかった。裏切りたくなんてなかった」
 ヴェスナは凛夏の顔を見つめた。
 涙を流し続ける凛夏。それは美しいとはいえないかもしれない。けれど心をさらけ出してくれる凜夏にヴェスナは心地よさを感じていた。
「ば、馬鹿……そんな顔、見せられたらよけいに不死の力が消えちゃうじゃない。そしたらあんただって……二人とも死ぬんだよ?」
 凜夏はにやりと笑う
「それはそれでいいさ」
 ヴェスナは、頬をつたう暖かいものに気が付いた。いつの間にか自分も涙をながしていたのだ。
「ほんと、馬鹿だよ、あんた……昔からそう……だ」
 ヴェスナの赤い瞳から光が 消えていく。
 冷たくなっていくヴェスナの身体を凜夏は強く抱きしめた。
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