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第1話 待ち合わせは運命の出会い
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今考えると、それは奇妙な出会いだった。
確かに人付き合いのよい方ではない。
それだけに人との出会いは多くはないだろう。
けれど、出会いは数ではない。
価値あるのは、その中身なのだから……
寒い冬の夜。
道を行く人の数もまばらになっている。
バーのカウンター席に座っていた彼女は、ちらりと腕時計を見た。
予定の時間は、とっくに過ぎているが約束の相手はいまだ来ていない。
携帯電話から何度かメッセージを送ってみたが、返信もないし既読もされていない。
来る途中で何かあったのだろうか?
それとも単に約束をすっぽかされたのか?
おそらく事実は後者だろうが、彼女は、もう三時間以上もこの店で待ち続けている。
相手を信じたいのか、それともすっぽかされた事実を認めたくないのか。
あるいはその両方なのか。
玖月未冬は、いまだに来ない相手を待ち続けていた。
玖月未冬がイギリスに来て3ヶ月になる。
中々、友人もできない彼女が、ある男性からデートに誘われたのはつい最近だった。
それほど話したこともない相手だったし、好みの顔立ちというわけではなかったが、長く孤独の時間が続くと人恋しくなるものだ。
未冬は二つ返事で誘いを受けた。
待ち合わせ場所にしたホテルのラウンジに来るまでは、浮かれた気分だった。
ところが今ではその逆。
信じられないくらい最悪の気分になっていた。
「何か飲まれますか?」
空になったグラスに気がついたバーテンダーが声をかけてきた。
「ああ……はい」
空のグラスのままカウンター席に座っていても、格好がつかないし、なんとなく気まずい。
未冬は、もう一杯注文することにした。
「同じものでよろしいですか?」
「はい、いえやっぱり違うものをお願いします」
未冬は、別のカクテルを頼むことで気分を変えようとした。
ところがメニューをみても、カクテルに疎い未冬には、どんな味かも思い浮かばない。
そこでバーテンダーに訊いてみた。
「あの、何かお勧めみたいなものはないでしょうか? くどくないものがいいんですけど」
「それなら、バイオレットフィズなどはいかがでしょう。さっぱりした味わいで香りもよろしいですよ」
バーテンダーはそう教えてくれた。
「じゃあ、それをください」
バーテンダーは、にこりと笑顔を見せた後、カクテル作りに取り掛かった。
待っている間、店内を見渡す。
大勢の客。仲間同士で会話を楽しむ者。恋人同士で語らう者。深刻な表情で話し合う者と様々だ。
ふと、自分が他の客から見てどう見えているのかと思った。
同じフロアにいる筈なのに、自分だけが違う空間にいる気がしてくる。
まるで世界が自分だけを置き去りにしてどこかへ行ってしまったようだ。
そんな事を思いながら店の入口にふと目をやると、ちょうど扉が開いた。
未冬は一瞬、待っている相手ではと期待したが、入ってきたのは、見知らぬ女性客だった。
……待ち人は、もう来る事はないだろう。
そう思いながら、未冬は、あらためてその女性客を見てみる。
整った顔立ちにヘルシーショートにしたプラチナブロンドの髪。けれど、着ているのはメンズスーツにネクタイ姿。少し違和感を感じるがそれでも似合っているように思える。
腰回りの細さに気が付かなければ、男性だと勘違いしてしまっただろう。実際、一瞬は男性だと思っていたくらいだ。
その女性客は、店に入るなり周囲を見渡していた。
彼女も誰かと待ち合わせなのかな……
ぼんやりとそんなことを考えているとバーテンダーの声が聞こえた。
「お客様」
ありがとうございます
出来たてのバイオレットフィズがコースターに乗せて差し出される。
カクテルの作り方なのだろうか、紫色がグラスの下に雲のように広がっていて、なんとも見た目が美しい。
手にとったグラスを口に近づけるとバーテンダーの言う通り良い香りがする。
少しの間、香りを楽しんでいると左隣に誰かの気配がした。
ちらりと横を見ると席をひとつ空けた隣に女性が座っていた。
未冬が見惚れたあの女性だ。
彼女は視線に気づき、ちらりと未冬の方を見た。
彼女の瞳は未冬が手に持つバイオレットフィズのような美しい紫色だった。見つめられていると吸い込まれてしまいそうな不思議な感覚になってくる。
すると、彼女は未冬に微笑みかけてきた。
未冬は彼女の顔を見つめすぎたのだと思い、恥ずかしくなって顔をそむけてしまう。
ところが相手は予想外な行動をした。
「あなた、日本の人?」
彼女が突然、日本語で声をかけてきたのだ。
「えっ? は、はい、そうです」
あまりにも流暢な日本語に未冬は驚く。
「実は私にも、日本人の血が入ってるの。母は日本の人」
言われてみれば、目元や細い顎にどこか日本人らしさがある。
もしかしたら、この美しいプラチナブロンドの髪も染めているだけなのかもしれない。
「ばかに見つめてくるけど……私の顔に何かついてる?」
相手が小首を傾げて聞いてきた。
「あっ……! ごめんなさい、つい」
「ああ、わかってる。この瞳でしょ?」
そう言って彼女はにこりと笑ってみせた。
「よく不思議がられるの。東ヨーロッパでは、稀にいるみたいだけど」
彼女は初対面とは思えないほど親しげに未冬に話しかけてきた。
日本語ができるという事も手伝ってか話がはずむ。
いつの間にか席は隣り合わせになり、会話を楽しんでいた。
人見知りな未冬も、彼女と話しているのはとても楽しく感じられる。
それに、彼女のバイオレットの瞳を見つめていると、不思議と話に引き込まれてしまうのだ。
未冬は、もうしばらく店にいることにした。
彼女の名前は、凜夏・ランカスター。
イギリス人で、仕事でこの街に来ていると説明された。
知り合いとの待ち合わせで、この店に来たのだが約束の時間はとっくに過ぎているという。
どうやら未冬のように約束をすっぽかされたという事らしい。
人と話す事が苦手な未冬だったが、凜夏との会話は、不思議なほど、よく弾んだ。
いつのまにか会ったばかりの彼女と長く一緒にいたいと思うようになっていた。
「ねえ、他で飲み直さない?」
ほどよく、時間が経った頃、凜夏はそう言ってグラスを置いた。
未冬は、腕時計を見た。もう、ずいぶんと、遅い時間になっている。
「私、良い店を知っているの」
凜夏は、そう切り出すと未冬の手の上に自分の手をそっとのせた。
冷たい手だ……
未冬は、凜夏の顔を見た。バイオレットの瞳が未冬をじっと見つめている。
時間も遅かったし、頭では帰るべきだと考えていても、この、美しい瞳に見つめられていると、どういうわけか、拒むという気持ちが薄れてしまう。
「約束を、すっぽかされたもの同士で……ね?」
悪戯っぽく笑いかける凜夏に未冬はぎこちなく頷いた。
「そ、そうですね。もう少し二人で愚痴るのもいいかも……」
店を出る前にお手洗いにと、未冬は凜夏を残して席を立った。
洗面所に入った未冬は鏡に映る自分の顔を見つめる。
未冬は、けっして人付き合いが良い方ではない。ましてやノリで何かをするということなど皆無だった。それなのに今日に限っては、初対面の相手と意気投合して、飲み直しまでしようとしている。
こういうの、私のスタイルじゃないし、やっぱり断ろうか……
そう思った時、ふと……凜夏の顔が思い浮かんでくる。
彼女と、もう少し長く過ごしたい!
こんな気持は初めてだった。
未冬は、両手でほっぺたを叩いてみる。
それは、何かを決めた時の彼女の癖だった。滑稽な癖だったが、なぜか子供のころから続いている。自分にとって重要な何かを決めた時、ついこれが出てしまうのだ。
未冬は、前髪を軽く整えると、浮足立った調子で凛夏の待つカウンター席に向かった。
その後を、誰かがついてきたのも気づかずに……
席を見ると、凜夏が、なにやらバーテンダーと話しているのが見えた。
きっと、カクテルのお代わりでも勧められているのだろう。
未冬が席へ向かおうとした時だった。いきなり誰かが未冬の身体を羽交い締めにした。
一瞬、何が起きたのか、彼女には理解できなかった。
声を出す間もなく、鼻と口を塞がれる。
きつい薬品の臭いがしたかと思うと、未冬の意識は遠のいていった。
確かに人付き合いのよい方ではない。
それだけに人との出会いは多くはないだろう。
けれど、出会いは数ではない。
価値あるのは、その中身なのだから……
寒い冬の夜。
道を行く人の数もまばらになっている。
バーのカウンター席に座っていた彼女は、ちらりと腕時計を見た。
予定の時間は、とっくに過ぎているが約束の相手はいまだ来ていない。
携帯電話から何度かメッセージを送ってみたが、返信もないし既読もされていない。
来る途中で何かあったのだろうか?
それとも単に約束をすっぽかされたのか?
おそらく事実は後者だろうが、彼女は、もう三時間以上もこの店で待ち続けている。
相手を信じたいのか、それともすっぽかされた事実を認めたくないのか。
あるいはその両方なのか。
玖月未冬は、いまだに来ない相手を待ち続けていた。
玖月未冬がイギリスに来て3ヶ月になる。
中々、友人もできない彼女が、ある男性からデートに誘われたのはつい最近だった。
それほど話したこともない相手だったし、好みの顔立ちというわけではなかったが、長く孤独の時間が続くと人恋しくなるものだ。
未冬は二つ返事で誘いを受けた。
待ち合わせ場所にしたホテルのラウンジに来るまでは、浮かれた気分だった。
ところが今ではその逆。
信じられないくらい最悪の気分になっていた。
「何か飲まれますか?」
空になったグラスに気がついたバーテンダーが声をかけてきた。
「ああ……はい」
空のグラスのままカウンター席に座っていても、格好がつかないし、なんとなく気まずい。
未冬は、もう一杯注文することにした。
「同じものでよろしいですか?」
「はい、いえやっぱり違うものをお願いします」
未冬は、別のカクテルを頼むことで気分を変えようとした。
ところがメニューをみても、カクテルに疎い未冬には、どんな味かも思い浮かばない。
そこでバーテンダーに訊いてみた。
「あの、何かお勧めみたいなものはないでしょうか? くどくないものがいいんですけど」
「それなら、バイオレットフィズなどはいかがでしょう。さっぱりした味わいで香りもよろしいですよ」
バーテンダーはそう教えてくれた。
「じゃあ、それをください」
バーテンダーは、にこりと笑顔を見せた後、カクテル作りに取り掛かった。
待っている間、店内を見渡す。
大勢の客。仲間同士で会話を楽しむ者。恋人同士で語らう者。深刻な表情で話し合う者と様々だ。
ふと、自分が他の客から見てどう見えているのかと思った。
同じフロアにいる筈なのに、自分だけが違う空間にいる気がしてくる。
まるで世界が自分だけを置き去りにしてどこかへ行ってしまったようだ。
そんな事を思いながら店の入口にふと目をやると、ちょうど扉が開いた。
未冬は一瞬、待っている相手ではと期待したが、入ってきたのは、見知らぬ女性客だった。
……待ち人は、もう来る事はないだろう。
そう思いながら、未冬は、あらためてその女性客を見てみる。
整った顔立ちにヘルシーショートにしたプラチナブロンドの髪。けれど、着ているのはメンズスーツにネクタイ姿。少し違和感を感じるがそれでも似合っているように思える。
腰回りの細さに気が付かなければ、男性だと勘違いしてしまっただろう。実際、一瞬は男性だと思っていたくらいだ。
その女性客は、店に入るなり周囲を見渡していた。
彼女も誰かと待ち合わせなのかな……
ぼんやりとそんなことを考えているとバーテンダーの声が聞こえた。
「お客様」
ありがとうございます
出来たてのバイオレットフィズがコースターに乗せて差し出される。
カクテルの作り方なのだろうか、紫色がグラスの下に雲のように広がっていて、なんとも見た目が美しい。
手にとったグラスを口に近づけるとバーテンダーの言う通り良い香りがする。
少しの間、香りを楽しんでいると左隣に誰かの気配がした。
ちらりと横を見ると席をひとつ空けた隣に女性が座っていた。
未冬が見惚れたあの女性だ。
彼女は視線に気づき、ちらりと未冬の方を見た。
彼女の瞳は未冬が手に持つバイオレットフィズのような美しい紫色だった。見つめられていると吸い込まれてしまいそうな不思議な感覚になってくる。
すると、彼女は未冬に微笑みかけてきた。
未冬は彼女の顔を見つめすぎたのだと思い、恥ずかしくなって顔をそむけてしまう。
ところが相手は予想外な行動をした。
「あなた、日本の人?」
彼女が突然、日本語で声をかけてきたのだ。
「えっ? は、はい、そうです」
あまりにも流暢な日本語に未冬は驚く。
「実は私にも、日本人の血が入ってるの。母は日本の人」
言われてみれば、目元や細い顎にどこか日本人らしさがある。
もしかしたら、この美しいプラチナブロンドの髪も染めているだけなのかもしれない。
「ばかに見つめてくるけど……私の顔に何かついてる?」
相手が小首を傾げて聞いてきた。
「あっ……! ごめんなさい、つい」
「ああ、わかってる。この瞳でしょ?」
そう言って彼女はにこりと笑ってみせた。
「よく不思議がられるの。東ヨーロッパでは、稀にいるみたいだけど」
彼女は初対面とは思えないほど親しげに未冬に話しかけてきた。
日本語ができるという事も手伝ってか話がはずむ。
いつの間にか席は隣り合わせになり、会話を楽しんでいた。
人見知りな未冬も、彼女と話しているのはとても楽しく感じられる。
それに、彼女のバイオレットの瞳を見つめていると、不思議と話に引き込まれてしまうのだ。
未冬は、もうしばらく店にいることにした。
彼女の名前は、凜夏・ランカスター。
イギリス人で、仕事でこの街に来ていると説明された。
知り合いとの待ち合わせで、この店に来たのだが約束の時間はとっくに過ぎているという。
どうやら未冬のように約束をすっぽかされたという事らしい。
人と話す事が苦手な未冬だったが、凜夏との会話は、不思議なほど、よく弾んだ。
いつのまにか会ったばかりの彼女と長く一緒にいたいと思うようになっていた。
「ねえ、他で飲み直さない?」
ほどよく、時間が経った頃、凜夏はそう言ってグラスを置いた。
未冬は、腕時計を見た。もう、ずいぶんと、遅い時間になっている。
「私、良い店を知っているの」
凜夏は、そう切り出すと未冬の手の上に自分の手をそっとのせた。
冷たい手だ……
未冬は、凜夏の顔を見た。バイオレットの瞳が未冬をじっと見つめている。
時間も遅かったし、頭では帰るべきだと考えていても、この、美しい瞳に見つめられていると、どういうわけか、拒むという気持ちが薄れてしまう。
「約束を、すっぽかされたもの同士で……ね?」
悪戯っぽく笑いかける凜夏に未冬はぎこちなく頷いた。
「そ、そうですね。もう少し二人で愚痴るのもいいかも……」
店を出る前にお手洗いにと、未冬は凜夏を残して席を立った。
洗面所に入った未冬は鏡に映る自分の顔を見つめる。
未冬は、けっして人付き合いが良い方ではない。ましてやノリで何かをするということなど皆無だった。それなのに今日に限っては、初対面の相手と意気投合して、飲み直しまでしようとしている。
こういうの、私のスタイルじゃないし、やっぱり断ろうか……
そう思った時、ふと……凜夏の顔が思い浮かんでくる。
彼女と、もう少し長く過ごしたい!
こんな気持は初めてだった。
未冬は、両手でほっぺたを叩いてみる。
それは、何かを決めた時の彼女の癖だった。滑稽な癖だったが、なぜか子供のころから続いている。自分にとって重要な何かを決めた時、ついこれが出てしまうのだ。
未冬は、前髪を軽く整えると、浮足立った調子で凛夏の待つカウンター席に向かった。
その後を、誰かがついてきたのも気づかずに……
席を見ると、凜夏が、なにやらバーテンダーと話しているのが見えた。
きっと、カクテルのお代わりでも勧められているのだろう。
未冬が席へ向かおうとした時だった。いきなり誰かが未冬の身体を羽交い締めにした。
一瞬、何が起きたのか、彼女には理解できなかった。
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