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プロローグ

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 紀元前332年
 エジプト

 マケドニア軍に占領されたエジプトのアレクサンドリア。
 偉大なアレクサンダー大王の庇護のもと学問の研究機関“ムセオン”によりアレクサンドリア図書館には様々な書物が集められたいた。
 多くの書物は穏便に献上、もしくは買い上げられていたが一部の貴重な書物は違う。
 時に“ムセオン”は、その権力を利用して強引にエジプト中のパピルス文章を手に入れていた。


 路地裏の暗闇の中、密告者が一軒の建屋を指差した。
 兵士に金の入った小袋を渡されると密告者は、そそくさとその場から去っていく。
 兵士隊長が合図をすると物陰に身を隠していた兵士たちが集まってきた。
 半分は剣のみ、残り半分は槍と盾で重武装した兵士たちだ。
 先陣の兵士が剣で身構えながら建屋に乗り込んでいく。
 だが中には誰もいなかった。
 戸惑う兵士たちに後から入ってきた兵士隊長が祭壇をどけるように命令する。
 乱暴にどかされた祭壇の下には地下に通じる階段があった。
 階段の下から聞こえてくる不気味な呪文。
 だが屈強なマケドニア兵士は呪いの言葉も神の怒りも恐れない!
 兵士隊長の命令で剣を抜いた兵士たちが階段を下りていく。

 地下では奇妙な呪文が唱えられ続けていた。
 彼らが行っているのは彼らの崇拝する神を呼び出す事だった。
 それはエジプトで崇拝されているどの神々とも違う異質な神であった。
 中央には見たこともない柄の図形が描かれており、そこに美しい黒髪の少女が立たされている。
 その瞳は美しい紫色だ。
 周囲には儀式に参加する多くの人間に取り巻いている。
 石版に刻まれた呪文を唱え、神へ生贄を捧げることで儀式は完結する。
 生贄は紫の瞳を持つ、この少女であった。

 祭司が少女の手首を掴むと短剣で切り裂いた。黒髪の少女は手首を切られたというのに顔色ひとつ変えていない。
 流れる血が生き物のように動き出した。血は床に落ちることもなく宙に留まり出し回転し始めていく。
 回転していた血はやがて何かの生き物のような姿を形取っていった。
 それを見た信者たちは歓喜に震えている。
 儀式が最高潮に達しようとした時だった! 歓喜の声は悲鳴と怒号に変わる。
 儀式が行われる中、マケドニア兵たちが突入したのだ。
「謀反人ども! 動くな!」
 儀式の参加者は次々と捕らえられ、抵抗する者は容赦なく剣を突き立てられた。
 紫色の目の少女も祭司から引き離されると、兵士たちに取り押さえられる。
 その瞬間、宙に浮いた血溜まりが兵士たちを威嚇するかの様に広がっていった。
 兵士たちは思わず身構えた。
「怯むな! 我らには偉大なアレクサンダー王の兵なるぞ!」
 兵士のひとりが雄叫びを上げて広がった血に剣を振り下ろした! 
 剣に引き裂かれた血溜まりは霧のように四散していった。
 その様子を見ていた司祭は嗚咽をあげて泣き崩れてしまう。
「ああ、何ということを……」
 儀式は完成しなかった。彼らの崇拝する神を呼び出す儀式が失敗してしまったのだ。
 絶望に打ちひしがれて、うずくまる司祭の頭上を四散した血は徐々に消えていった。
 うずくまる司祭を押しのけると兵士隊長が足元にあった石版を拾い上げた。
 ヒエログラフが刻まれた石版を確認すると兵士隊長は、ほくそ笑んだ。
 彼らの目的は儀式の妨害と謀反人を捕らえることではない。
 真の目的は石板を手に入れることだったのだ。
「この石版はプトレマイオス殿にお届けする。ここにある石版をすべて集めるのだ!」
 兵士隊長は部下たちに命令した。

 こうして異質なエジプトの神を呼び出す儀式の書はマケドニアの兵たちによって奪われ、アレクサンドリアの実質的な統治者プトレマイオス1世に直接引き渡された。
「全てをギリシャ語に訳し、その後、石版は破壊せよ」
 プトレマイオス1世の指示のもと、石版に刻まれた魔術は、ギリシャ語に翻訳された。
 そして全てがパピルスに書き写された後、石版は破壊された。
 後に魔術を記したパピルス書物は、ローマの時代で編纂される事となる。
 最初の魔導書の誕生であった。

 そして物語は現代の英国へ飛ぶ。
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