44 / 46
黄昏の王
7、吸血鬼の苦難(前編)
しおりを挟む
上空一万メートルをプライベートジェットが英国を目指して飛行していた。
広い機内の中にいるのは、操縦士と副操縦士と客室乗務員が一名。そして客室に座っているのは二人だけだった。
「私は休暇中だったんだぞ。なんで高度3千フィートの空にいなけれならない?」
男は、ブランデーを飲みながら不機嫌そうに言った。
「君は専門家だからな。いいじゃないか。そうやってナポレオンクラスのブランデーにありつけるのだから」
「俺は、ビールでもいいんだよ」
「ここにもビールは置いてある筈だが」
「おれはBadしか飲まない」
「そうか、好きにしろ」
相手はうんざり気味に言う。
「とにかく俺は早く戻って休暇の続きをしたいんだ」
「用事は、すぐ済むさ、博士。吸血鬼のお嬢さんを捕まえたらな」
「お嬢さん? 我々よりずっと年上だ」
「だが、やってる事はティーンエイジャーと大して変わらん。手を出してはダメなものに手を出す。特にユースティティア・デウスは駄目だ」
「止めればよかったのに。聞き分けはいい子だったろ?」
「予想外だったんだ。それに、少しは手綱を緩めてやらないと、どこかで爆発する。首輪はつけた範囲だがね」
「首輪? 俺にブレンドさせた“特別製”の血清のことか?」
男は腕時計を見た。
「察しがいい。計算上なら、そろそろ症状が出ている。我々の手助けが必要だ」
「いい気はせんな」
「手綱は緩めてやるが、誰が主人なのか、分からせてやらないといかん。“飼う”というのは、そういうものだよ」
その言葉を聞くと博士は、グラスの中のブランデーを一気に飲み干した。
ジェットは目的地に近づいていた。
コクピットからは都市の灯りが星の様に映っていた。
§
リアムは車と隅に停めた。
助手席で苦しがるミッシェルの症状は深刻そうだ。命に係わるようなものに思える。
「大丈夫か? レッドアイ」
そう呼びかけても彼女は呻くだけで答えない。リアムは、焦る気持ちを抑えて冷静に対処法を思案した。
様子をみていると何かの発作のように見える。人間なら病院に連れていくのが適切な対処だが、彼女は、ヴァンパイアだ。何かの薬を飲ませるべきか医者には分からないだろう。そもそも薬を飲む吸血鬼なんて聞いたことがない。吸血鬼が飲むのは血だ。
「そうか、血だ」
リアムは、苦しむミッシェルに呼びかける。
「血が必要なのか? 血の飲めば治るんだな?」
腕まくりしたリアムは、ナイフを取り出したリアムは刃先を自分の左腕に近づけた。
そこへミッシェルの手が伸びナイフを握ったリアムの手を掴む。
「駄目……」
「血じゃないのか?」
「血を飲んだら、私は私を保てなくなる」
意味は分からなかったが、とにかくこの方法は駄目らしい。
「じゃあ、どうすればいい。教えてくれ」
ミッシェルが何かを答えたが、声が小さすぎて聞き取れなかった。
「何? なんて言ったんだ?」
リアムの手首からミッシェルの手が離れると、そのまま力なく落ちる。
その手を掴んだリアムだったが、熱があるのに気が付いた。
彼女、こんなに暖かかったか? 以前、手に触れた時に異常な冷たさだったのを思い出した。その時、吸血鬼だからだと察したリアムだったが、今のミッシェルは、暖かいどころではなかった。まるで淹れ立てのコーヒーだ。
「おい、まさか燃えちまうなんて事はないよな。よせ、よせ、よせ!」
リアムは、必死に記憶を探る。過去の会話に何かヒントがあるはずだ。彼女を助けるヒントが。
彼女は血を飲むのを拒否した。そういえば、血を飲まないって言ってたよな。代わりになんだって言ったっけ?
そうだ! 血清だ。血清を打ってるって言った!
「血清か? 血清を打てばいいのか?」
その言葉にミッシェルが小さくうなずいたように見えた。
リアムは、ミッシェルの上着のポケットを探る。
「どこにある? 血清持ち歩いてるんだろ?」
内ポケットにワイシャツ、ズボンのポケットも探したがそれらしいものは見当たらない。
「どこだ! どこにある!」
ミッシェルの体温が上がっていく。長く触れてると火傷をしそうなくらいだ。
「畜生! 間抜けな吸血鬼め! ちゃんと血清持ち歩けよ!」
その時、クラクションが鳴った。
「うるせえ! 今取り込み中だ!」
罵声を浴びせたがクラクションが再び鳴る。
「取り込み中だって言ってるだろ! 撃ち殺すぞ!」
リアムがクラクションを鳴らす相手を見た。
黒塗りのベンツだ。窓もスモークシートが貼られ中は見えない。その窓がゆっくりと開いていく。
後部座席に座る相手の姿を見てリアムは驚いだ。
「あんたは……」
窓から顔を出したのは、ストレートにしたプラチナブロンドに翡翠のように青い瞳を持つ少女だった。
リアムにはその顔は見覚えがあった。
「お困りのようね。手を貸しましょうか?」
少女は、そう言って微笑む。
かつては他人に笑顔など見せなかった相手だった。
「ミス・クリステスク……」
ヴィオレタ・クリステスク。
ハイテク企業オブリビオンCEOの一人娘。だが実質的な経営者で、リアムが警護をした人物だ。
そしてミッシェルが守り抜いた少女であった。正確には少女の姿をした14世紀の錬金術師が造った意識を持つオートマタである。
ヴィオレタは、ミッシェルのいる助手席を覗き込んだ。
「久しぶりね、レッドアイ。借りを返すわ」
広い機内の中にいるのは、操縦士と副操縦士と客室乗務員が一名。そして客室に座っているのは二人だけだった。
「私は休暇中だったんだぞ。なんで高度3千フィートの空にいなけれならない?」
男は、ブランデーを飲みながら不機嫌そうに言った。
「君は専門家だからな。いいじゃないか。そうやってナポレオンクラスのブランデーにありつけるのだから」
「俺は、ビールでもいいんだよ」
「ここにもビールは置いてある筈だが」
「おれはBadしか飲まない」
「そうか、好きにしろ」
相手はうんざり気味に言う。
「とにかく俺は早く戻って休暇の続きをしたいんだ」
「用事は、すぐ済むさ、博士。吸血鬼のお嬢さんを捕まえたらな」
「お嬢さん? 我々よりずっと年上だ」
「だが、やってる事はティーンエイジャーと大して変わらん。手を出してはダメなものに手を出す。特にユースティティア・デウスは駄目だ」
「止めればよかったのに。聞き分けはいい子だったろ?」
「予想外だったんだ。それに、少しは手綱を緩めてやらないと、どこかで爆発する。首輪はつけた範囲だがね」
「首輪? 俺にブレンドさせた“特別製”の血清のことか?」
男は腕時計を見た。
「察しがいい。計算上なら、そろそろ症状が出ている。我々の手助けが必要だ」
「いい気はせんな」
「手綱は緩めてやるが、誰が主人なのか、分からせてやらないといかん。“飼う”というのは、そういうものだよ」
その言葉を聞くと博士は、グラスの中のブランデーを一気に飲み干した。
ジェットは目的地に近づいていた。
コクピットからは都市の灯りが星の様に映っていた。
§
リアムは車と隅に停めた。
助手席で苦しがるミッシェルの症状は深刻そうだ。命に係わるようなものに思える。
「大丈夫か? レッドアイ」
そう呼びかけても彼女は呻くだけで答えない。リアムは、焦る気持ちを抑えて冷静に対処法を思案した。
様子をみていると何かの発作のように見える。人間なら病院に連れていくのが適切な対処だが、彼女は、ヴァンパイアだ。何かの薬を飲ませるべきか医者には分からないだろう。そもそも薬を飲む吸血鬼なんて聞いたことがない。吸血鬼が飲むのは血だ。
「そうか、血だ」
リアムは、苦しむミッシェルに呼びかける。
「血が必要なのか? 血の飲めば治るんだな?」
腕まくりしたリアムは、ナイフを取り出したリアムは刃先を自分の左腕に近づけた。
そこへミッシェルの手が伸びナイフを握ったリアムの手を掴む。
「駄目……」
「血じゃないのか?」
「血を飲んだら、私は私を保てなくなる」
意味は分からなかったが、とにかくこの方法は駄目らしい。
「じゃあ、どうすればいい。教えてくれ」
ミッシェルが何かを答えたが、声が小さすぎて聞き取れなかった。
「何? なんて言ったんだ?」
リアムの手首からミッシェルの手が離れると、そのまま力なく落ちる。
その手を掴んだリアムだったが、熱があるのに気が付いた。
彼女、こんなに暖かかったか? 以前、手に触れた時に異常な冷たさだったのを思い出した。その時、吸血鬼だからだと察したリアムだったが、今のミッシェルは、暖かいどころではなかった。まるで淹れ立てのコーヒーだ。
「おい、まさか燃えちまうなんて事はないよな。よせ、よせ、よせ!」
リアムは、必死に記憶を探る。過去の会話に何かヒントがあるはずだ。彼女を助けるヒントが。
彼女は血を飲むのを拒否した。そういえば、血を飲まないって言ってたよな。代わりになんだって言ったっけ?
そうだ! 血清だ。血清を打ってるって言った!
「血清か? 血清を打てばいいのか?」
その言葉にミッシェルが小さくうなずいたように見えた。
リアムは、ミッシェルの上着のポケットを探る。
「どこにある? 血清持ち歩いてるんだろ?」
内ポケットにワイシャツ、ズボンのポケットも探したがそれらしいものは見当たらない。
「どこだ! どこにある!」
ミッシェルの体温が上がっていく。長く触れてると火傷をしそうなくらいだ。
「畜生! 間抜けな吸血鬼め! ちゃんと血清持ち歩けよ!」
その時、クラクションが鳴った。
「うるせえ! 今取り込み中だ!」
罵声を浴びせたがクラクションが再び鳴る。
「取り込み中だって言ってるだろ! 撃ち殺すぞ!」
リアムがクラクションを鳴らす相手を見た。
黒塗りのベンツだ。窓もスモークシートが貼られ中は見えない。その窓がゆっくりと開いていく。
後部座席に座る相手の姿を見てリアムは驚いだ。
「あんたは……」
窓から顔を出したのは、ストレートにしたプラチナブロンドに翡翠のように青い瞳を持つ少女だった。
リアムにはその顔は見覚えがあった。
「お困りのようね。手を貸しましょうか?」
少女は、そう言って微笑む。
かつては他人に笑顔など見せなかった相手だった。
「ミス・クリステスク……」
ヴィオレタ・クリステスク。
ハイテク企業オブリビオンCEOの一人娘。だが実質的な経営者で、リアムが警護をした人物だ。
そしてミッシェルが守り抜いた少女であった。正確には少女の姿をした14世紀の錬金術師が造った意識を持つオートマタである。
ヴィオレタは、ミッシェルのいる助手席を覗き込んだ。
「久しぶりね、レッドアイ。借りを返すわ」
0
お気に入りに追加
5
あなたにおすすめの小説
求不得苦 -ぐふとくく-
こあら
キャラ文芸
看護師として働く主人公は小さな頃から幽霊の姿が見える体質
毎日懸命に仕事をする中、ある意識不明の少女と出会い不思議なビジョンを見る
少女が見せるビジョンを読み取り解読していく
少女の伝えたい想いとは…
吉祥寺あやかし甘露絵巻 白蛇さまと恋するショコラ
灰ノ木朱風
キャラ文芸
平安の大陰陽師・芦屋道満の子孫、玲奈(れな)は新進気鋭のパティシエール。東京・吉祥寺の一角にある古民家で“カフェ9-Letters(ナインレターズ)”のオーナーとして日々奮闘中だが、やってくるのは一癖も二癖もあるあやかしばかり。
ある雨の日の夜、玲奈が保護した迷子の白蛇が、翌朝目覚めると黒髪の美青年(全裸)になっていた!?
態度だけはやたらと偉そうな白蛇のあやかしは、玲奈のスイーツの味に惚れ込んで屋敷に居着いてしまう。その上玲奈に「魂を寄越せ」とあの手この手で迫ってくるように。
しかし玲奈の幼なじみであり、安倍晴明の子孫である陰陽師・七弦(なつる)がそれを許さない。
愚直にスイーツを作り続ける玲奈の周囲で、謎の白蛇 VS 現代の陰陽師の恋のバトルが(勝手に)幕を開ける――!
群青の空
ゴリラ・ゴリラ・ゴリラ
キャラ文芸
十年前――
東京から引っ越し、友達も彼女もなく。退屈な日々を送り、隣の家から聴こえてくるピアノの音は、綺麗で穏やかな感じをさせるが、どこか腑に落ちないところがあった。そんな高校生・拓海がその土地で不思議な高校生美少女・空と出会う。
そんな彼女のと出会い、俺の一年は自分の人生の中で、何よりも大切なものになった。
ただ、俺は彼女に……。
これは十年前のたった一年の青春物語――
煙みたいに残る Smoldering
梅室しば
キャラ文芸
剣道有段者の兄の伝手を使って、潟杜大学剣道部の合宿に同伴した生物科学科の学生・佐倉川利玖。宿舎の近くにある貴重な生態系を有する名山・葦賦岳を散策する利玖の目論見は天候の悪化によって脆くも崩れ、付き添いで呼ばれた工学部の友人・熊野史岐と共にマネージャーの東御汐子をサポートするが、そんな中、稽古中の部員の足の裏に誰のものかわからない血痕が付着するという奇妙な現象が発生した──。
※本作は「pixiv」「カクヨム」「小説家になろう」「エブリスタ」にも掲載しています。
狐小路食堂 ~狐耳少女の千年レシピ~
無才乙三
キャラ文芸
繁華街から外れた暗い暗い路地の奥にその店はある。
店の名は『狐小路食堂』
狐耳の少女が店主をしているその飲食店には
毎夜毎晩、動物やあやかし達が訪れ……?
作者:無才乙三(@otozoumusai)表紙イラスト:白まめけい(@siromamekei)
※カクヨムにて2017年1月から3月まで連載していたグルメ小説のリメイク版です。
(主人公を男性から少女へと変更)
人形の中の人の憂鬱
ジャン・幸田
キャラ文芸
等身大人形が動く時、中の人がいるはずだ! でも、いないとされる。いうだけ野暮であるから。そんな中の人に関するオムニバス物語である。
【アルバイト】昭和時代末期、それほど知られていなかった美少女着ぐるみヒロインショーをめぐる物語。
【少女人形店員】父親の思い付きで着ぐるみ美少女マスクを着けて営業させられる少女の運命は?
黎明のヴァンパイア
猫宮乾
キャラ文芸
仏国で対吸血鬼専門の拷問官として育った俺は、『オロール卿』と呼称される、ディフュージョンされている国際手配書『深緋』の吸血鬼を追いかけて日本に来た結果、霊能力の強い子供を欲する日本人女性に精子提供を求められ、借金があるため同意する。なのに――気づいたら溺愛されていた。まだ十三歳なので結婚は出来ないが、将来的には婿になってほしいと望まれながら、餌付けされている。そんな出会いと吸血鬼退治の物語の序幕。
つくもむすめは公務員-法律違反は見逃して♡-
halsan
キャラ文芸
超限界集落の村役場に一人務める木野虚(キノコ)玄墨(ゲンボク)は、ある夏の日に、宇宙から飛来した地球外生命体を股間に受けてしまった。
その結果、彼は地球外生命体が惑星を支配するための「胞子力エネルギー」を三つ目の「きんたま」として宿してしまう。
その能力は「無から有」
最初に現れたのは、ゲンボク愛用のお人形さんから生まれた「アリス」
さあ限界集落から発信だ!
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる