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黄昏の王

7、吸血鬼の苦難(前編)

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 上空一万メートルをプライベートジェットが英国を目指して飛行していた。
 広い機内の中にいるのは、操縦士と副操縦士と客室乗務員が一名。そして客室に座っているのは二人だけだった。
「私は休暇中だったんだぞ。なんで高度3千フィートの空にいなけれならない?」
 男は、ブランデーを飲みながら不機嫌そうに言った。
「君は専門家だからな。いいじゃないか。そうやってナポレオンクラスのブランデーにありつけるのだから」
「俺は、ビールでもいいんだよ」
「ここにもビールは置いてある筈だが」
「おれはBadバドしか飲まない」
「そうか、好きにしろ」
 相手はうんざり気味に言う。
「とにかく俺は早く戻って休暇の続きをしたいんだ」
「用事は、すぐ済むさ、博士。吸血鬼のお嬢さんを捕まえたらな」
「お嬢さん? 我々よりずっと年上だ」
「だが、やってる事はティーンエイジャーと大して変わらん。手を出してはダメなものに手を出す。特にユースティティア・デウスは駄目だ」
「止めればよかったのに。聞き分けはいい子だったろ?」
「予想外だったんだ。それに、少しは手綱を緩めてやらないと、どこかで爆発する。首輪はつけた範囲だがね」
「首輪? 俺にブレンドさせた“特別製”の血清のことか?」
 男は腕時計を見た。
「察しがいい。計算上なら、そろそろ症状が出ている。我々の手助けが必要だ」
「いい気はせんな」
「手綱は緩めてやるが、誰が主人なのか、分からせてやらないといかん。“飼う”というのは、そういうものだよ」
 その言葉を聞くと博士は、グラスの中のブランデーを一気に飲み干した。
 ジェットは目的地に近づいていた。
 コクピットからは都市の灯りが星の様に映っていた。

          §
 
 リアムは車と隅に停めた。
 助手席で苦しがるミッシェルの症状は深刻そうだ。命に係わるようなものに思える。
「大丈夫か? レッドアイ」
 そう呼びかけても彼女は呻くだけで答えない。リアムは、焦る気持ちを抑えて冷静に対処法を思案した。
 様子をみていると何かの発作のように見える。人間なら病院に連れていくのが適切な対処だが、彼女は、ヴァンパイアだ。何かの薬を飲ませるべきか医者には分からないだろう。そもそも薬を飲む吸血鬼なんて聞いたことがない。吸血鬼が飲むのは血だ。
「そうか、血だ」
 リアムは、苦しむミッシェルに呼びかける。
「血が必要なのか? 血の飲めば治るんだな?」
 腕まくりしたリアムは、ナイフを取り出したリアムは刃先を自分の左腕に近づけた。
 そこへミッシェルの手が伸びナイフを握ったリアムの手を掴む。
「駄目……」
「血じゃないのか?」
「血を飲んだら、私は私を保てなくなる」
 意味は分からなかったが、とにかくこの方法は駄目らしい。
「じゃあ、どうすればいい。教えてくれ」
 ミッシェルが何かを答えたが、声が小さすぎて聞き取れなかった。
「何? なんて言ったんだ?」
 リアムの手首からミッシェルの手が離れると、そのまま力なく落ちる。
 その手を掴んだリアムだったが、熱があるのに気が付いた。
 彼女、こんなに暖かかったか? 以前、手に触れた時に異常な冷たさだったのを思い出した。その時、吸血鬼だからだと察したリアムだったが、今のミッシェルは、暖かいどころではなかった。まるで淹れ立てのコーヒーだ。
「おい、まさか燃えちまうなんて事はないよな。よせ、よせ、よせ!」
 リアムは、必死に記憶を探る。過去の会話に何かヒントがあるはずだ。彼女を助けるヒントが。
 彼女は血を飲むのを拒否した。そういえば、血を飲まないって言ってたよな。代わりになんだって言ったっけ?
 そうだ! 血清だ。血清を打ってるって言った!
「血清か? 血清を打てばいいのか?」
 その言葉にミッシェルが小さくうなずいたように見えた。
 リアムは、ミッシェルの上着のポケットを探る。
「どこにある? 血清持ち歩いてるんだろ?」
 内ポケットにワイシャツ、ズボンのポケットも探したがそれらしいものは見当たらない。
「どこだ! どこにある!」
 ミッシェルの体温が上がっていく。長く触れてると火傷をしそうなくらいだ。
「畜生! 間抜けな吸血鬼め! ちゃんと血清持ち歩けよ!」
 その時、クラクションが鳴った。
「うるせえ! 今取り込み中だ!」
 罵声を浴びせたがクラクションが再び鳴る。
「取り込み中だって言ってるだろ! 撃ち殺すぞ!」
 リアムがクラクションを鳴らす相手を見た。
 黒塗りのベンツだ。窓もスモークシートが貼られ中は見えない。その窓がゆっくりと開いていく。
 後部座席に座る相手の姿を見てリアムは驚いだ。
「あんたは……」
 窓から顔を出したのは、ストレートにしたプラチナブロンドに翡翠のように青い瞳を持つ少女だった。
 リアムにはその顔は見覚えがあった。
「お困りのようね。手を貸しましょうか?」
 少女は、そう言って微笑む。
 かつては他人に笑顔など見せなかった相手だった。
「ミス・クリステスク……」
 ヴィオレタ・クリステスク。
 ハイテク企業オブリビオンCEOの一人娘。だが実質的な経営者で、リアムが警護をした人物だ。
 そしてミッシェルが守り抜いた少女であった。正確には少女の姿をした14世紀の錬金術師が造った意識を持つオートマタ自動人形である。

 ヴィオレタは、ミッシェルのいる助手席を覗き込んだ。
「久しぶりね、レッドアイ。を返すわ」
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