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錬金術士と黄昏の自動人形

ヴィオレタ・クリステスク

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「動くな!」
 リアム・ディアスがグロック17の銃口をミッシェル・ナイトに向けた。
「覚えてないか? このこそ泥め!」
 睨みつけるディアスにミッシェルは、先日の夜の事を思い出していた。依頼で屋敷に忍び込んでオークション品を奪った夜の事だ。
 目の前にいるのは、赤い瞳の能力が通用しなかった唯一の人間だ。

「おい! なにやってるリアム!」
 警備チームのボスであるエリック・キャンベルが割って入った。
「この女は“レッドアイ”だ! 俺たちが警備していた屋敷から雇い主の持ち物を盗み出した悪党だ!」
「銃を下げろ! リアム! 彼女は仲間だ!」
「しかし、ボス……!」
 その状況に焦るデュモンは自分に銃口を向けられているわけではないが手を上げた。
「どうやら誤解があるようだけど、俺は関係ないから……」
 そう言ってナイトの背後に隠れた。

 一方、銃を突きつけられても平然としているナイトは、なんとかしろと言わんばかりにボスの方を見た。
「彼女が“レッドアイ”なのは知ってる。お前に言ってなかったのは悪かったが、こいつは了解済みのことなんだ、リアム!」
 キャンベルがリアムの腕を強く掴んだ。
「他の者も武器を下げろ! 命令だぞ!」
 ボスの言葉に周りの仲間は銃を収めたがリアムは銃を下げない。
 その時だ。

「何を騒いでるの?」
 背後から声がして振り向くと警護対象であるヴィオレタ・クリステスクが立っていた。

「ああ、その……ちょっとしたミーティングです。何でもありません、お嬢さん」
 キャンベルが苦しい言い訳をした。
「真剣に話し合い過ぎただけです。だろ? リアム」
 キャンベルはリアムの腕を掴みながら強い口調で言う。そこでようやくリアムは銃を下げた。
「私の為にそんなに一生懸命になってくれてとても嬉しいわ」
 ヴィオレタ・クリステスクは、そう言いながらリアムたちブラック・シーの面々の横を通り過ぎるとミッシェルに近づいた。

「あなたがレッドアイね。噂は聞いてるわ。ようこそ」
 まわりの人間は一様に驚いていた。
 ヴァイオレタが口をきくのを殆ど見たことがないからだ。しかも言い方には微塵も子供らしさは感じられない。
「彼女はお父様が私の護衛にと直々に指名した方です。あなた方とは何か事情があるのは察します。けれどこれはクライアントである私の父が決めた事です。そこは肝に銘じてもらいたいわ」
「それはもちろん。我々はプロです。一部の部下にちょっとした行き違いはあったかもしれないが仕事に支障はきたしません」
 キャンベルは丁重な言葉でヴァイオレタに詫びた。

「よろしい。では今後、この件で私を煩わす事はないと信じます」
 ヴァイオレタはミッシェルに向き直った。
「“レッドアイ”。私と一緒に来て」
 ミッシェルは、ちらりとデュモンの方を見た。
「俺はここまで。案内と紹介の役目は果たした。あとは、あんたの仕事だよ」
「そう……運転ありがとう」
「いいさ。また何かあったら呼んでくれ」
 そう言ってデュモンは肩をすくめるとシトロエンに戻っていった。

 並んだ男たちの間を通ってヴァイオレタの後についていくミッシェル。
 さらにその後ろを警護の男が二人付き従う。
 その後姿を見送りながらリアムは聞こえない声で悪態をついた。

「リアム。事前にお前に話さなかったのは悪かったが、さっきも聞いたとおりレッドアイは、ヴァイオレタお嬢さんの警護にあたるんだ。何かあったとしても抑えてろ。でなければこの件から外す」
「わかりましたよ、ボス。でも気をつけた方がいい。あいつは他人をコントロールするおかしなトリックを使うから」
「知ってる。それと腕のいいエージェントだという事もな」
 キャンベルがリアムを諭すように言った。
「ああ、言い忘れたが、前回お前達が警備していたオークション品な。レッドアイに奪われたものだが、あれ。盗品だったそうだ」
 その言葉にリアムが唖然とする。
「何でも出品者が違法な方法で手に入れたって話だ。それを元の持ち主がレッドアイに依頼して取り戻したってわけだ」
「嘘でしょ? ってことは……」
俺たちの方がブラック・シー悪役だったってわけだよ」

 ナイトはヴィオレタ・クリステスクの部屋に連れて行かれた。
 もちろん、ついてきた警備の男たちは入れない。

「くつろいで」
 ヴィオレタはソファに腰掛けるとそう言った。
「私は、お前の警護の仕事で来ている。客じゃない」
「いえ、お客よ。何なら何か落ち着く飲み物でも持ってこさせましょうか?」
「資料では口数が少なめと書かれていたが饒舌なんだな、お嬢様」
「まあね、私が無口にみられていたのは見合う相手が周りにいなかっただけ。あなたは別よ、ミッシェル・ナイト」
 ヴィオレタの言葉にミッシェルの顔つきが変わる。
「その名はどこから?」
「クリステスク家には裏に通じる独自のツテがあるわ。そのくらい容易よ。それより飲み物は本当にいらないの? 何でも持ってこさせるわよ。紅茶かコーヒー、赤ワインでもいいわよ。でも、もしご希望なら……」
 ヴィオレタの口に薄ら笑いが浮かぶ。
「血液でもご用意しましょうか? ミス・ナイト」
 背後に回したホルスターに収めたワルサーP99のグリップに手をかけるミッシェル。
「どこまで知ってる?」
「裏で出回って話なら大概」
 そう言ってヴィオレタは悪戯っぽく笑ってみせた。
「瞳が赤いって聞いてたけど?」
「コンタクト。赤い瞳は目立つでしょ」
「そう言われてみればそうよね。でも見てみたいわね、その噂のレッドアイを」
「いずれそのうち……」
 眼の前の娘の真意は分からないが敵意があるわけではなさそうだ。ミッシェルは、グリップからそっと手を離した。
「言いたいことがある」
「どうぞ」
「雇い主に会いたい。お前の父親」
「何か聞きたいことでも?」
「娘の警護に私を選んだこと」
「なら無駄ね。父には会えないし、あなたを選んだの私なのだから」
 ミッシェルは眉をしかめた。
「私の両親は飾りよ。金で雇った役者で便宜上、親を演じさせてる。今頃は、世界中を豪遊しているわ。だから会えない。会っても何も知らないから話にならない」
 見た目は十代前半にしか見えないが、話し方といい、ミッシェルに物怖じしない態度といいただの人間ではさそうだ。ミッシェルはいつでも能力を使うように心構えした。

「実質、オブリビオンを経営しているのは私。でも不自然すぎるでしょ? 子供がハイテク企業のCEOなのは。だからこんな小細工をしているの。わかってくれた?」
「とりあえずは分かった、あと他にも聞きたいことがある」
 ヴィオレタは軽くうなずく。
「警護の連中はブラック・シー。名のしれた民間軍事会社でもあるわ。その上で私を雇う必要ってある?」
「あなただからこそよ。私は普通でない相手に狙われているの」
「誰に?」
「あなた本当に飲み物はいらないの? 私は欲しいのだけれど」
 ミッシェルは答えなかず、そのままヴィオレタを見つめていた。
 ヴィオレタは少し間をおいて口を開く。

「私を狙うのは“死の錬金術士”と呼ばれる者」
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