月とガーネット[上]

雨音 礼韻

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■Ⅳ■IN INDIA ■

[3]人売りか? 愛人か!? *

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「ヒメサマ、クウヤ、ゴブジ デスカ~?」

 メイン・ルームから退出後、非常シャッターが自動的に閉じられたが、頑丈なシップのウィンドウをも壊すやからだ。すぐにこのバリケードも打ち破られることだろう。

 廊下からコクピットを目指す途中、遭遇したシドウサギが悠長に安否確認してくる。メリルはそのずんぐりな身体も逆側に抱えて、取り急ぎコクピットへと退避した。

「まったく朝から晩まで! 一体幾つの組織がこの『エレメント』を狙ってるんだ!?」

 操縦席に座らされたクウヤは片手で半分顔を覆い、キリのない逃避行に嘆き節が止まらなかった。

「おそらく先程破壊されました窓より侵入されたと思われます。今までに比べて手荒い攻法ですので、組織としましては少々系統が違う可能性がございます」

「ん? 系統??」

 メリルに抱えられた隙間からクウヤが垣間見た物は、窓に突っ込んだ船首らしき突起だった。確かにこれまで攻撃はされても、体当たりしてくるような無謀な行為はなかったのだ。明らかに冷静な手段ではない。

「いいかげん捕まえられなくて、頭に血が昇って激突させたんじゃないか~?」

「その可能性もございますが」

 どちらにせよ敵意が以前より増していることは明確である。さてこれからどう対峙するか……そう考えている矢先に、ご丁寧にもあちらからおいでくださった。

「おぉ~い! ココに隠れてるのは分かっとるんだ~お宝用意して大人しく出てこいやー」

 酒やけしたような中年男らしきダミ声が、扉の向こうから聞こえてくる。

「この扉、筒抜けかよっ。しっかし「お宝」って……」

 ──なんか言い方、古臭くないか?

 聴覚から得た情報が、見えたクラシカルな船首と繋がって、出来上がった印象からふととある想像が広がった。そう……まるで空を海に見立てて暴れまくる「海賊」みたいだと!

「ウワサ ニ キイタ コト アルネ~、バイキング マネシテ リャクダツ スル『ムーン・シップ』ノ ソンザイ ヲ~」

「マジかよっ!?」

 心を読まれたのかと思うほどのタイミングで、シドウサギも海賊をイメージしたらしい。確かに今までと違う「系統」ではある敵だが、時代錯誤も甚だしい。



「そろそろ出てこないとダイナマイトで扉ぶっ飛ばすぞ~!」

「ダイナマイトって……相当レトロな物言い、ホントに海賊かもしれないな……ハハ」

 発言が真実ならばかなり逼迫ひっぱくした状況ではあるが、その言い方につい苦笑いの止まらないクウヤだった。

「仕方がありません。わたくしが応対しますので、その隙にお二人は昨夜の『ムーン・モーター』でお逃げください」

 クウヤの隣に佇んでいたメリルが扉に向きを変えた。

「いや、お宅が捕まったらどうすんだよ? だったら拳銃もあるし、俺が援護するからその間にメリルがやっつけるってのはどうだ?」

「イエイエ、ワタシ ガ オトリ ニ ナリマスヨ~」

「ゴチャゴチャ言ってねぇで、はよ出てこいや~!」

 外からの声のようには鮮明に聞こえていないらしいが、二人と一匹のやり取りに海賊(仮)はジリジリし始めたようだ。

「んじゃ、俺はシドに乗る。いきなり巨大ウサギが飛び出してきたら腰抜かすかもしれないしな?」

「ヒメサマ、ゴアンシン ヲ~。カナラズ ノチホド『ツール・ブローカー』ノ オヤシキ ニ オムカエ ニ アガリマス~」

「……承知致しました。ご無事をお祈り申し上げます」

 二人と一匹の算段はまとまった! 余り信憑性はないが、こうしている間にもダイナマイトやらが爆発するやもしれないということで、一気に行動に移すことになった。

「おーい、いい加減出てきてちょ~。オジサン達も暇じゃないんでね~」

「ふん、複数いるってことだな」

 確かに今聞こえてきたのは、先程のダミ声と違ってやや高めな男の声だ。クウヤは扉の端に静かに近付き様子を窺った。逆隣にメリル、扉の正面にシドウサギがスタンバイして、いつでもOKと二人に目配せする。

「よっし、行くぞ! 3・2・1・GO!!」

 クウヤは掛け声と共に勢い良く扉を開き、と同時にシドウサギが大ジャンプした!

「イッピキ、イエ、ヒトリ ホカク~! ホカニハ……アレ~?」

 二人分の声を聞いたのだから、其処には少なくとも二人以上はいる筈だった。シドウサギが全体重を掛けて下敷きにしている男は痩せの長身で、頭を打ったらしく失神している。が、一体もう一人は何処いずこへ? クウヤもメリルも拳銃を構え、慎重に廊下に躍り出た。

「……ムギュゥ~」

「んん? むぎゅうって?」

 自分が開いた扉の向こうから、蛙の潰れたようなおかしな声が聞こえてくる。クウヤが恐る恐る覗いてみると、壁と扉の間に小柄で小太りな髭面ひげづら男が一人、立ったまま見事に圧縮サンドされていた。そしてまさしく! 身なりも典型的な海賊衣装であった……!

「発言通りのオマヌケ海賊か」

「うっ、うるせぇ! このオレ様が本気になりゃあなぁ~……コラッ、何しやんでぇ!」

 扉が閉じられ解放された髭面男だったが、赤くなった団子っ鼻を擦る猶予もなく羽交い絞めにされ、わめきながら振り仰いだ背後の影にハッと固まった。

「こ、こりゃあ……見事な「お宝」だ……!!」

 後ろ手に縛り上げていたのは──クウヤ曰くの絶世の美女、メリルであった。

「? オタカラとは、何のことでございましょう?」

 クウヤとシドウサギの目前に髭面男を突き出しながらメリルが首を傾げて問う。

「ア、アンタのことだよ! これほどの上玉、オリャあ見たことないぜ! こんな美女なら幾らで売れるか……」

「わたくしをお売りになるおつもりでしょうか?」

「えっ!? あ、いや……だって、オレ様みたいなオヤジの愛人じゃあ~アンタみたいな美人は満足しないだろぅ?」

「ククククク……!!」

 繰り広げられる漫才みたいなやり取りに、クウヤはまさしく腹を抱えて笑っていた。

「おい、兄ちゃん! 何がそんなにおかしいってんだ!?」

「だぁって~! アンドロイド相手に人身売買って……それも自分じゃ力不足って……随分謙虚な海賊だなぁって~!!」

 笑いを堪えてこれ以上続けるのは難しかったらしい。クウヤは早口で説明し、再び背中を丸めて笑い出した。

「ア、アンドロイド!? この姉ちゃんがかっ!?」

「クウヤ~キミ モ ヒト ノ コト イエナイ デショ~?」

「わぁっ! ウサギが喋った!!」

「ククククク……!!」

 その頃ようやく痩せの長身が目を覚まし、海賊二人をお縄にしたこちらの二人と一匹は、半分壊滅状態のメイン・ルームへ移動した。

「さてオッサン達、この壊した修理代はもちろん、あんたらの言う「お宝」って奴を、何処から聞かされたのか白状してもらおうか?」

 床に座らされたロープグルグル巻きの二人は、観念したように息を吐き出して、目の前に仁王立ちするクウヤを見上げた。

 改めて見えた船首は、確かに印象通りあたかも海賊船の様相を呈している。シドウサギが偵察に船内へ向かったが、二人の言うように中は無人とのことだった。

「海賊稼業も楽じゃなくてね……裏サイトの掲示板に、日本人の男と赤毛の美人がお宝持ってるって載ってたのよ。二人はバンコクからムンバイを目指してるって……オレたちゃあそれしか知らん。ムンバイ向かって逃げてるみたいな車見つけたから、その母艦にカマ掛けたらビンゴだったってだけさ」

「裏サイトって、一昔前ならそんな犯罪も多かったらしいが……今でもあんのかよ」

 クウヤはクウヤで、呆れたように息を吐き出した。

「お宝はお宝ってだけで、その詳細はまったく知らん。とにかくこの船維持していくには金が必要でな。何でもいいから金目の物がありゃあ上等ってことでさ~な!」

「それでメリルを売るって~か!?」

 吊られてクウヤの言葉遣いがおかしくなっているのも含めて、全員が苦々しく笑う始末となった。

「どうする、シド? こいつら、この船直す金なんかなさそうだぞ?」

 戻ってきたシドウサギに、クウヤは彼らの処遇を尋ねる。肩をすくめたシドウサギは海賊二人を一瞥いちべつし、

「ソウデスネ~、オカネ ナイナラ コノフネ ウッテ、ベンショウ シテ イタダクシカ~」

「いやっ、それだけは勘弁してくれ! こいつがなくなっちまったら、オレたちゃあもう飢え死にするしか……!」

 髭面男と痩せの長身は、両手が自由であれば指を絡めて、神への、いや、シドウサギへの祈りでも捧げたいような潤んだ眼差しで懇願した。

「……シカタ アリマセンネ~、デハ シバラク シュウリダイ ノ ブンクライ、タクシー ノ カワリ デモ シテモライマショーカ~。トリアエズ オフタリ ヲ 『ブローカー』ノ トコロマデ オクッテ クダサイ~」

「へー、意外に寛容なんだな。それこそ臓器売買でもして、修理代工面させてもおかしくなさそうなのに」

「「ひーっ!!」」

 シドウサギの慈悲深い提案に対し、クウヤの冷淡な反応はいやにリアリティがあったのだろう。床から飛び上がりそうな勢いで、海賊二人は叫び声を上げた。

「クウヤ ガ オモウホド オニ ジャナイヨ~。ソレニ ハヤク ヨウ ヲ スマセテクレナイト ヒメサマ キテクレナイカラネー」

「……なるほど」

 このシドウサギすら、主人あってのロボットなのだ。何故だかメリルに会いたいシドのご主人様も、何はともあれ目的を優先したいとなれば、シドの意見もごもっともだった。クウヤはそう思い到って、静かに直立するメリルの判断を待つことにした。

「シド様、恐れ入ります。それではクウヤ様、お言葉に甘えまして、こちらお二人の船で目的地へ参りましょう。マザーシップはシド様にお任せしまして、先を急がせていただきます」

「ヒメサマー、『ツール』ヲ テニイレタラ、ハヤク キテヨォ~」

「……承知、致しました」

 メリルの返答はいかにも歯切れが悪かったが、とりあえずシドウサギは満足したようだった。

 こうして髭面の船長──ガブリエルと、痩せで長身の副船長──ワンソックの二人は、クウヤとメリルの二人を乗せて、いざムンバイの『ツール・ブローカー』の元へ。

 お名残惜しそうなシドウサギは、半壊したマザーシップをどうにか動かし、ご主人様の待つ地へと、行き先を分かち帆を進めた──。




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