月とガーネット[上]

雨音 礼韻

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■Ⅰ■IN TOKYO■

[6]性善説と性悪説

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「全部……思い出したぞ……!!」

 クウヤは時折揺れる天井を見つめたまま、今までの経緯を辿り終えた。

「どうやら『完了』されたようですね?」

「ああ?」

 隣のシートの「ガーネットちゃん」が、クウヤの呟きに意味不明な言葉を返す。と途端首を固定していたカフスが勝手に外れ、クウヤはやっと安堵を含む息を吐いた。

「痛み、でございます。なくなったのではないですか? 普通にお話出来ていらっしゃいますから」

「あ!」

 言われて気付いた。確かに先程までの喋る度に襲ってきた喉元の激痛は、既にすっかり消え去っていた。

「おい、あんた! 「後でしっかりお話します」ーって言ったよな!? まず! 何で俺にデス・シロップたっぷりのブラッディ・メアリーなんておごったんだ!? 俺に何か恨みでもあんのか!?」

「デス・シロップ?」

 眼を細め、眉をひそめて首をかしげる。彼女の仕草はあくまでも「知らない」といった様子だが、クウヤは更に詰め寄った。

「最近ちまたで流行ってるホット・ソースの名前だよ! あの味は絶対そうだ!! 寄こしたカクテルに仕込んだんだろ!? あんな辛いのどんだけ入れたんだよ!? あれは……あの辛さなら絶対一本分は入ってるよな? 俺を殺すつもりだったのかっ!?」

 依然手首・足首は拘束されているため、シートに張り付けにされたまま、とにかくムシャクシャした気持ちをクウヤはぶつけた。

「それはわたくしではございません。わたくしはクウヤ様の同席の殿方から、クウヤ様がわたくしの赤毛に好感をお持ちになられたとお聞き致しまして、ブラッディ・メアリーをお贈りしたまでに過ぎません」

 真面目に返された説明から、そこに嘘はないように思われた。

「んじゃ……?」

「クウヤ様の同席のどなたかが、わたくしの差し上げましたブラッディ・メアリーにお入れになられたのではないでしょうか?」

「あいつらぁ……!!」

 咄嗟に思い出される、トイレから戻った後のテーブルの不自然さ。それを解読しクウヤは独り怒りに震えた。

 ──そうだ……置かれたグラスが全て空だったのも、スナックやボトルが見当たらなかったのも……あれは全部、辛さを紛らわそうと口に入れられる何かを欲しがることを想定していたからだ!

「あっ!? そういうことかっ!!」

 再び思いついたように大声を上げる。主犯格はきっと啓太だ。彼を起こすクウヤを止めさせた膝枕の女性も、カクテルを差し出したもう一人のキャストも、きっとグルに違いない。そして啓太がボトルを空けたと言ったのも、徹夜明けと酔いで眠ってしまったというのも全て嘘に決まっている。

「なんだっつぅんだ!? 俺をもてあそぶにも程があるって!!」

 あの苦しみを思えば、歯ぎしりしたくなる程のいきどおりが込み上げてくる。あんなことをして一体何がしたかったのか? クウヤはフツフツと胸に湧き上がるマグマのような熱をたぎらせながら、それでも一つの仮説に導かれた。

 ──あいつ……もしかして、このねえちゃんと話すキッカケを俺に作らせたかったのか?

 それにしたとしても度が過ぎているだろうと、その性善説的な解釈は刹那取り消された。

「んで? 俺の相棒はどうした? 『此処』はさすがにあの店じゃないよな? あんたは俺を連れ出して何をしてるんだ? さっきから揺れてるのは、『此処』が『ムーン・ウォーカー』の一種だからだろう? 俺を病院にでも連れていってくれるつもり──って訳でもないよな? 俺をこれからどうしようって言うんだ?」

 自分と彼女の並んだシート。届きそうな低い天井。時々感じられる振動──クウヤに見える景色は限られているが、あの後この女性にどうしてだか拉致されて、何処かへ運ばれていることは容易に見当がついた。が、残念ながらこの拘束された状況は、どうにも良い方向の話とは思えない。

 少し落ち着きを取り戻して隣を鋭く睨みつけたクウヤに、彼女は出来るだけ向かい合うよう身体を寄せ、瞼を伏せ気味にゆっくりと語り出した。

「沢山ご質問を頂きましたので順にご説明致します。わたくしに話しかけていらっしゃいましたクウヤ様のお連れの方は、クウヤ様が昏倒された時には目覚めていらっしゃいました。わたくしにはクウヤ様に御用がございましたので、お預かりしたいと願い出ましたところ、快く承諾いただけました。ですがそれでわたくしはクウヤ様と共に退席致しましたので、申し訳ございませんがその後のことは存じ上げません」

 ──なんだよ~啓太! 勝手に俺を引き渡すなって!! ……いや? もしかして啓太は……!? 元々俺に近付いたのはそういう、、、、目的だったのか!? 十三年も経った今、あんなに上手く偶然の再会を果たして、ちょうど良く何の見返りもなしに豪遊させてもらうだなんて……あいつはどっかからのまわし者だったのか? まさか人身……臓器売買!? いやいやいや! とりあえず俺、何処にも借金だけはしてないぞ!?

 いきなり頭をもたげた性悪説的な展開で、クウヤは思い出される無邪気そのものの啓太の笑顔と、隣に腰掛けた相変わらずバカ丁寧でクールな美女の、見る目はみるみる変わっていった。

「次の質問ですが、此処はあの『グランド・ムーン』でないことはお察しの通りです。こちらは『ムーン・コミューター』内の客室でございます。コミューターと申しましても最小クラス、定員六名の小さな旅客機でございますが」

「ああ……やっぱりな」

 彼女の冷静な解説に、ひとまず調子を合わせて反応を返すクウヤ。きっと自分達の後ろに残り四席があるのだろうと推察した。けれどそんな態度の裏側では……啓太に何か意図があったにせよ単なる悪戯イタズラだったにせよ、次に会った時にはデス・シロップ倍量で飲ませてやる! と心に固く誓っていた。

「最後にわたくしがクウヤ様を連れ出して何をしているのか、これからどうしようとしているのか、でございますが……」

 そこまで言って彼女は黙ってしまった。クウヤは啓太にパンチを喰らわす脳内妄想を取り急ぎシャットダウンし、自由になった首をひねって女性を見上げてみる。

 彼女はシートの左端にこちらを向いて腰掛け、可動式の肘掛けに片手で頬杖を突いて依然黙っている。時々脚を組み返すスカートの隙間から、その奥が見えないのが何とも悩ましいとクウヤは思った。が、そんな場合ではないだろうと、場にそぐわない自分の思考に喝を入れてみせる。

「想定外のことが起きてしまいました」

「え?」

 『想定外』──そう一言、呟いて彼女は頬杖をやめ、背筋を伸ばしたその姿にクウヤは疑問を返した。

「わたくしはあの店のあの席に、とある取引のために出向いておりました。クウヤ様の背中を叩かれた男性が、その取引相手のお一人です。彼らからある物を手に入れることが、自分の主人のめいでございました」

「主人?」

 クウヤの疑問に彼女はただ一つだけ頷きを返した。

「幸い取引は無事完了しております。ですが……残念ながら、その対象物がクウヤ様の体内に保管されました」

「え!? あ……今、何処に保管されたって言った!?」

「体内、でございます」

 即答された言葉を反芻はんすうし、クウヤは更に先程の回想ラストシーンを思い出した。彼女達のテーブルに置かれたウィスキーを飲み干し、ロック・アイスを喉に詰まらせ死にかけたこと。あれがもし取引した品だとしたら? 確かに現在自分の体内に残っているかもしれない?

「ちょ、ちょっと待て……俺が呑み込んだのは氷だろ? んなもん溶けて……それとも水じゃない何かを凍らせてたのか? だとしても消化して……まさか尿に混ざって出てくるのを採取したいって言うのかよ……!?」

「あれは氷ではございません」

 動揺したクウヤの推測は、再び彼女の一言で搔き消される。

「んじゃ何なんだ? 氷でないなら固形物のまま俺の胃の中にあるのか? 下剤で出せとでも……──え?」

 二度目の推理を語るクウヤを前に、彼女はおもむろに肘掛けを格納し、すっと立ち上がった。腰をかがめ、白い両手の指先をクウヤの首元へ寄せる。それは色香を放ちながら、彼のシャツのボタンを一番上から順に外し始める。スーツの映像をまとっていたなど、よもや思えないヨレヨレのシャツのボタンを、だ。

「ちょっ、いきなり何だって……!?」

 ──ええ~、こんな会話の間に、やっぱり『SMプレ──

「クウヤ様を恋い焦がれて、こういう結果になられたのかもしれませんね。クウヤ様が最初に見つけられた──『エレメント』、でございますから」

「え……れっ!?」

 襟元を開かれ、中に着ているTシャツの襟ぐりも、細く長い人差指で軽く広げられる。男らしい鎖骨が露わになり、その真中に視線を集めたガーネットの美女。彼女の妖艶な眼差しと台詞セリフに、クウヤは一瞬身震いをした。


 『エレメント』


 ──俺……そんなものを呑み込んだのか!?



◆この度は拙作『月とガーネット』をお読みくださいまして、誠にありがとうございます<(_ _)>

 こちらで他サイトの連載に追いつきましたので、今後は毎週木曜20時20分に更新させていただきます(^人^)

 これからも末永いお付き合いを何卒宜しくお願い致します(#^.^#)


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