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■Ⅷ■WITH GARNET■
[6]無色透明の影 〈F〉
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□いつも大変お世話様になっております<(_ _)>
前回の投稿から随分経っておりますので、宜しければ簡単にでも先の2話を振り返ってからお読みください(^人^)
クウヤがメリルの部屋を訪れてから、十分は経っていなかったと思われたが。
二人が階下へ降りていった時には、もう啓太の姿は何処にも見つからなかった。
「あいつぅ……自分の知ってる全てを話すって言ってたのにっ!」
辺りを見渡すとダイニングテーブルの上に小さな紙片が一枚。「クウちゃん、ゴメン。犯人を捜してくる。必ず戻ってくるから、ナオちゃんのことよろしく」と走り書きされていた。
「犯人捜してくるって……当てがあんのかよ!?」
だったら協力して叩き潰せばいいものをと、クウヤは歯痒さに顔を歪めた。
「あの……このナオちゃんとは、伯父様のことでしょうか?」
メモを凝視しながらメリルが問う。
「え? あ、あぁ、そうだけど……何でメリルが知らないんだよ? 「ミスターK」こと啓太とは面識があるんだろ?」
「K、タさん……ですか?」
「んん??」
メリルが言うには、ミスターKは飽くまでも高科教授の専任で、入巣しても直接教授の隠し部屋へ行ってしまうため、一度も面会したことがないとのことだった。
啓太への緊急信号は伯父上からの唯一の情報提供であり、発信方法だけは教えてもらえたが、やり取りは出来ない仕様になっているという。
「いや……ミスターKとしてではなくても、メリルだって少なくとも二回は会ってる筈だぞ? あの『グランド・ムーン』でデス・シロップ入りカクテルを飲ませた相棒だった訳だし……十三年前に鞠亞として転校してきた時、あいつも俺達のクラスメイトだったんだから」
「えっ……? えぇ──っ!?」
初めてメリルがすっとんきょうな驚きの声を上げ、その様子にクウヤはプッと吹き出してしまった。とは言えそんなことで笑っている場合ではない。
「ってことは……あの小学四年のあの教室に、たった三日間だけど……後々『エレメント』に関わる人間が、三人も集まっていたことになるんだな……」
十三年前に出逢っていた三人が、期せずして同じ日に同じ店で再会した──これは一体何を意味しているのか?
「いえ……本当に、そうなのでしょうか……?」
「え?」
メリルの含みを持った発言をクウヤは深堀りしようとしたが、その刹那音声AIが医療チームの到着をアナウンスした。
「……では、宜しくお願い致します」
医師一名と救命士が二名。一通り教授の状態を確認して、国際医療センターに搬送することを告げる。同行していたメリルの専任スタッフ「F」が「必ず伯父様をお助けしますからねっ」と、励ますようにメリルに声を掛けた。
エフは自分達より少し年上の二十代半ばから後半と思われた。アフリカ系の茶褐色な肌が艶やかなダイナマイト・ボディの女性である。綺麗に六分割した頭頂部から、細かい三つ編みの束を長く垂らした紫黒色のブレイズ・ヘアーが美しい。
見た目からもどっしり落ち着いた様子の年上女性に、メリルは信頼を置いているようだった。ずっと孤独であった彼女だが、今はネイやエフがいてくれるのだと思うと、クウヤも少しホッとする想いがした。
「あの……「ミスターK」のことなんですが」
格納庫へ向かう途中、クウヤは前を歩くエフに尋ねた。
隣に並んでいたメリルと共にエフが振り返る。
「はい。ケイが何か?」
「彼のことを教えてもらえませんか? 分かる範囲で構いませんので」
既に救命士は『ムーン・アンビュランス』に教授を運び入れている。そちらへ一度振り返り、戻ってきたエフの表情は余り芳しいものではなかった。
「申し訳ございません。スタッフのプライベートなことは……」
「そう言われるとは思ってました。ですが教授があんなことになって、今はもう緊急事態とも呼べる状況かと? 少なくともあいつは何か知っている……ほんの少しでもいいんです。ヒントを貰えませんか?」
「うーん……あっ」
困り顔で唸り出したエフの視線は、返事を渋るように横へ逸らされたが、その先には無言で懇願するメリルの視線が待ち構えていて、思わず驚きの声を上げてしまった。
「困りましたわねぇ……」
「エフ様、搬送の準備が整いました」
背後からの声に振り向くと、救命士の一人が返事を待たずに扉の中へ消えていった。エフは二人に「それでは」と敬礼し、後へ続こうと踵を返す──も?
「あ~そうそう! 此処は『ムーン・シールド』上ですからねぇ、本名言ってもいいことになってますからー」
「え? あ、はい」
思い出したように勢い良く首を返して、彼女はイタズラっぽい面でクウヤに質問をした。
「ケイの本名って知ってます?」
「? あぁ……はい。「浅岡 啓太」ですが」
するとエフはわざとらしく驚いたように、しかし飽くまでも小声で囁いた。
「あらぁ、偶然! 弊社の日本支局長、アサオカっていうんですよぉ!」
「「──え?」」
二人の驚きの表情に大きな黒目で魅惑のウィンクを一つ、エフは手を振って『ムーン・アンビュランス』に乗り込んでいった。
「ありがとう、エフリン」
離れていく機体へ向け、メリルが感謝を告げる。
「アサオカ……」
『ムーン・シールド』の統括・管理・運営を行なう世界規模の連合組織──『ムーン・リンク』。
啓太はその日本支局代表者「アサオカ」との間に、一体どんな繋がりがあるのか!?
◆ ◆ ◆
「大変遅くなってしまいましたが……わたくしの知る全てをお話しします」
二人は邸宅のリビングに戻り、メリルの入れたハーブティーで喉を潤した。
斜め四十五度の一人掛けソファに腰掛けたメリルが、ティーカップを戻しておもむろに語り始める。
「あぁ……うん」
「クウヤくん」と「ありがとう」は言えても、相変わらずの「バカ丁寧な敬語」と「わたくし」は変わらないのなーと内心苦笑しながら、それでも彼女の告白に集中した。
「伯父様からわたくしの両親のことはお聞きになられましたでしょうか? 二人は秘境を旅する探検家でございました。世界各地へ赴く度、わたくしも拠点となる都市までは同行し、探検の期間は母親代わりのメイドがお世話をしてくれました」
「ああ……聞いてる。有名な探検家夫婦だったらしいな」
教授から聞いた時にはなかなかの驚きであった。メリルの人生は両親を失う前でも、相当特異な毎日だったのだ。
「十歳のわたくしが日本へ参りましたのは、両親のビジネスのため、であったということだけは覚えています。その頃にはもう伯父様はアメリカで研究をしていましたが、わたくし達に合わせて一時的に帰国しておりました。伯父様が借りてくれたお屋敷に一週間ほど滞在し、わたくしはその内の三日のみ、近隣の小学校へ特別に通学させていただいたのです」
「それが俺と啓太のクラスだった」
「はい」
その中のどれが偶然でどれが必然であったのだろう? メリルの記憶の断片だけでは、一概に判断は出来なかった。
「両親の用が済んだのち、わたくし達は自国ドイツへ戻りましたが、それまで住んでいました父の故郷ミュンヘンではなく、新たにディアーク医師の隣家へ移動し、それから二人が探検家を廃業致しましたのは……おそらく何かしらの理由があったのだと思われます」
「そのタイミングでとなれば……確かに、な」
メリルの両親が『ムーン』に関する用件で、日本在住のアサオカに会いに来ていたとしたら。
医師で義肢装具士でもあったシドの父親ディアークだが、あれだけ『ムーン・システム』を自在に操った人物だ。日本支局長とはそれなりに繋がりがあったことも考えられた。
「あ、のさ……メリル」
「は、はい?」
クウヤの呼びかけが何とも言いづらそうに消極的であったため、メリルの応答も困惑気味に返されたが、クウヤは意を決し続きを口にした。
「あんまり思い出したくないと思うけど……シドが俺に話したメリルの両親の死は、強盗犯に依るものだったって……でも、本当は違うのだろ?」
「は、はい……」
予想通りの辛い過去への質問に、メリルは重ねた両手をギュッと握り締めた。それでも一息気持ちを落ち着かせるように呼吸を整えて、いつもの冷静な口調を取り戻す。
「……シド様がそう仰いましたのは、それ以上疑惑を持たれないように仕向けた故だと思います……ただ、それはわたくしに対してもでした。ディアーク医師も、シド様も、そして伯父様でさえずっと……あれは強盗犯の仕業だったのだと、今まで言い続けてこられたのです」
「え?」
衝撃の告白に、咄嗟にもたげたクウヤの視線がメリルのそれとかち合った。
──高科教授すらメリルに嘘をついていた……?
「ですが……それも愛情あっての虚偽だったのだと思います。強盗であれば少なくとも動機は明白ですので。もちろんそうであったとしても犯人について知りたいと思うのが通常の心理なのですが、以前のわたくしは……両親のことには蓋をしておりましたので……」
切なそうなメリルの眼差しは、頑ななままの両手を見下ろすように下げられた。
シドが話した通りであれば、メリルは事件後何年もベッドの上で口もきかない状態だったのだ。となれば強盗殺人であったという作り話は、後味を残さない都合の宜しい理由づけではあっただろう。
「でも……それが嘘だと気付いたってことは?」
──メリルが気付く何かが遭ったということだ。
「はい……先程クウヤくんにも気付かれた通り、時折夢を見るようになったのです。両親が殺されたあの場面を……ですが視点はわたくしではなく、犯人らしき人物の背後──それもずっと遠い位置からで……その犯人は何も盗らず何も持たず、ただ去っていくのです」
「だから強盗ではなかったのでは? と」
「ええ……ですが伯父様にもシド様にも問い質しても否定されるばかりで……犯人は今でも捕まっておりません。探検先での戦利品はとても珍しい物ばかりでしたから、そういった物が盗まれていたとすれば、盗品から足がついて逮捕に至ることもあると思うのですが」
「うーん……」
自分だけでなくメリルも「同じ夢」にうなされる日々を送ってきたとは……クウヤもさすがに気のせいとは思えなかった。
「その夢はいつ頃から見始めたんだ?」
「クウヤくんのように眠る度にではありませんので定かではありませんが……おそらく一年ほど前からかと」
「一年も前から……」
毎晩ではないとはいえ、クウヤの夢とは違って彼女にとっては思い出したくもない史上最悪の事件だ。この悪夢もまた、笑顔を取り戻す障壁になっていたに違いなかった。
「夢を見るようになったキッカケが何だったかは思い出せないか? 俺が夢を見始めたのは『エレメント』を呑み込んで、メリルの『エレメント』が触れてからだ。もしかしたら教授は一年前からメリルの人差し指に『エレメント』を……あぁ、でも教授はその事件現場に遭遇してないもんな……だとしたら可能性が高いのはシドか? シドは『エレメント』を持っているのか?」
「そう、ですね……」
メリルは上目遣いで過去を手繰り寄せたが、特に思い当たる記憶がないのか、なかなか答えを言い出さなかった。
そんな無言の張り詰めた空気を、メリルのメディアが唐突に打ち破った。教授が襲われた直後というこのタイミングだ。二人は一瞬緊張を露わにしたが、着信相手の名を見たメリルの面は、にわかに柔らかみを取り戻していた。
『メリーさん! ガブですよー!』
「ん? ガブ!?」
クウヤにとっては懐かしいダミ声が良く聞こえるよう、メリルは二人が囲うソファ・テーブルの中心へメディアを置いた。
『あっ? クーさん!? 良かったー! 無事でしたかっ!!』
「お陰様でな! ガブもワンもメリルを送ってくれてありがとうな!」
『いえいえ~! あっいや、それよりっ、実はメリーさんを送った後、そのまま周囲を巡回していたんですがね、今朝方得体の知れない輩が上がっていったじゃないですか! 出てきたそいつを追っかけてったらトルコまで来ちまいましてね……』
「「えっ!!」」
ガブリエルのまさかの告白に、こちらの二人も驚きを隠せなかった。
『得体のしれない輩』とは教授を襲った犯人に間違いない。
「えっ、あっ、ガブ! そしたらそこで俺達が行くまで見張っててくれ!! でっ、トルコの何処にいるんだ!?」
思わず腰を上げ、メディアの前に両手を突き叫ぶ!
『えぇと……トルコのカッパドキアです』
吊られて立ち上がったメリルと共に、二人は同時に繰り返していた。
「「カッパドキア……!!」」
そここそが『敵』のアジトなのか──!?
第八章・■Ⅷ■WITH GARNET■・完結
□最後までお読みくださいまして、誠にありがとうございます!
前回の投稿文末に「次の更新(全2話)」とお知らせ致しましたが、今章残り2話の予定が1話に変更されましたので、こちらの1話のみ掲載させていただきます(。-人-。)
何卒ご了承くださいませ~!
次の更新[←こそは全2話です(;^_^A ]は、12月28日夜の予定です□
前回の投稿から随分経っておりますので、宜しければ簡単にでも先の2話を振り返ってからお読みください(^人^)
クウヤがメリルの部屋を訪れてから、十分は経っていなかったと思われたが。
二人が階下へ降りていった時には、もう啓太の姿は何処にも見つからなかった。
「あいつぅ……自分の知ってる全てを話すって言ってたのにっ!」
辺りを見渡すとダイニングテーブルの上に小さな紙片が一枚。「クウちゃん、ゴメン。犯人を捜してくる。必ず戻ってくるから、ナオちゃんのことよろしく」と走り書きされていた。
「犯人捜してくるって……当てがあんのかよ!?」
だったら協力して叩き潰せばいいものをと、クウヤは歯痒さに顔を歪めた。
「あの……このナオちゃんとは、伯父様のことでしょうか?」
メモを凝視しながらメリルが問う。
「え? あ、あぁ、そうだけど……何でメリルが知らないんだよ? 「ミスターK」こと啓太とは面識があるんだろ?」
「K、タさん……ですか?」
「んん??」
メリルが言うには、ミスターKは飽くまでも高科教授の専任で、入巣しても直接教授の隠し部屋へ行ってしまうため、一度も面会したことがないとのことだった。
啓太への緊急信号は伯父上からの唯一の情報提供であり、発信方法だけは教えてもらえたが、やり取りは出来ない仕様になっているという。
「いや……ミスターKとしてではなくても、メリルだって少なくとも二回は会ってる筈だぞ? あの『グランド・ムーン』でデス・シロップ入りカクテルを飲ませた相棒だった訳だし……十三年前に鞠亞として転校してきた時、あいつも俺達のクラスメイトだったんだから」
「えっ……? えぇ──っ!?」
初めてメリルがすっとんきょうな驚きの声を上げ、その様子にクウヤはプッと吹き出してしまった。とは言えそんなことで笑っている場合ではない。
「ってことは……あの小学四年のあの教室に、たった三日間だけど……後々『エレメント』に関わる人間が、三人も集まっていたことになるんだな……」
十三年前に出逢っていた三人が、期せずして同じ日に同じ店で再会した──これは一体何を意味しているのか?
「いえ……本当に、そうなのでしょうか……?」
「え?」
メリルの含みを持った発言をクウヤは深堀りしようとしたが、その刹那音声AIが医療チームの到着をアナウンスした。
「……では、宜しくお願い致します」
医師一名と救命士が二名。一通り教授の状態を確認して、国際医療センターに搬送することを告げる。同行していたメリルの専任スタッフ「F」が「必ず伯父様をお助けしますからねっ」と、励ますようにメリルに声を掛けた。
エフは自分達より少し年上の二十代半ばから後半と思われた。アフリカ系の茶褐色な肌が艶やかなダイナマイト・ボディの女性である。綺麗に六分割した頭頂部から、細かい三つ編みの束を長く垂らした紫黒色のブレイズ・ヘアーが美しい。
見た目からもどっしり落ち着いた様子の年上女性に、メリルは信頼を置いているようだった。ずっと孤独であった彼女だが、今はネイやエフがいてくれるのだと思うと、クウヤも少しホッとする想いがした。
「あの……「ミスターK」のことなんですが」
格納庫へ向かう途中、クウヤは前を歩くエフに尋ねた。
隣に並んでいたメリルと共にエフが振り返る。
「はい。ケイが何か?」
「彼のことを教えてもらえませんか? 分かる範囲で構いませんので」
既に救命士は『ムーン・アンビュランス』に教授を運び入れている。そちらへ一度振り返り、戻ってきたエフの表情は余り芳しいものではなかった。
「申し訳ございません。スタッフのプライベートなことは……」
「そう言われるとは思ってました。ですが教授があんなことになって、今はもう緊急事態とも呼べる状況かと? 少なくともあいつは何か知っている……ほんの少しでもいいんです。ヒントを貰えませんか?」
「うーん……あっ」
困り顔で唸り出したエフの視線は、返事を渋るように横へ逸らされたが、その先には無言で懇願するメリルの視線が待ち構えていて、思わず驚きの声を上げてしまった。
「困りましたわねぇ……」
「エフ様、搬送の準備が整いました」
背後からの声に振り向くと、救命士の一人が返事を待たずに扉の中へ消えていった。エフは二人に「それでは」と敬礼し、後へ続こうと踵を返す──も?
「あ~そうそう! 此処は『ムーン・シールド』上ですからねぇ、本名言ってもいいことになってますからー」
「え? あ、はい」
思い出したように勢い良く首を返して、彼女はイタズラっぽい面でクウヤに質問をした。
「ケイの本名って知ってます?」
「? あぁ……はい。「浅岡 啓太」ですが」
するとエフはわざとらしく驚いたように、しかし飽くまでも小声で囁いた。
「あらぁ、偶然! 弊社の日本支局長、アサオカっていうんですよぉ!」
「「──え?」」
二人の驚きの表情に大きな黒目で魅惑のウィンクを一つ、エフは手を振って『ムーン・アンビュランス』に乗り込んでいった。
「ありがとう、エフリン」
離れていく機体へ向け、メリルが感謝を告げる。
「アサオカ……」
『ムーン・シールド』の統括・管理・運営を行なう世界規模の連合組織──『ムーン・リンク』。
啓太はその日本支局代表者「アサオカ」との間に、一体どんな繋がりがあるのか!?
◆ ◆ ◆
「大変遅くなってしまいましたが……わたくしの知る全てをお話しします」
二人は邸宅のリビングに戻り、メリルの入れたハーブティーで喉を潤した。
斜め四十五度の一人掛けソファに腰掛けたメリルが、ティーカップを戻しておもむろに語り始める。
「あぁ……うん」
「クウヤくん」と「ありがとう」は言えても、相変わらずの「バカ丁寧な敬語」と「わたくし」は変わらないのなーと内心苦笑しながら、それでも彼女の告白に集中した。
「伯父様からわたくしの両親のことはお聞きになられましたでしょうか? 二人は秘境を旅する探検家でございました。世界各地へ赴く度、わたくしも拠点となる都市までは同行し、探検の期間は母親代わりのメイドがお世話をしてくれました」
「ああ……聞いてる。有名な探検家夫婦だったらしいな」
教授から聞いた時にはなかなかの驚きであった。メリルの人生は両親を失う前でも、相当特異な毎日だったのだ。
「十歳のわたくしが日本へ参りましたのは、両親のビジネスのため、であったということだけは覚えています。その頃にはもう伯父様はアメリカで研究をしていましたが、わたくし達に合わせて一時的に帰国しておりました。伯父様が借りてくれたお屋敷に一週間ほど滞在し、わたくしはその内の三日のみ、近隣の小学校へ特別に通学させていただいたのです」
「それが俺と啓太のクラスだった」
「はい」
その中のどれが偶然でどれが必然であったのだろう? メリルの記憶の断片だけでは、一概に判断は出来なかった。
「両親の用が済んだのち、わたくし達は自国ドイツへ戻りましたが、それまで住んでいました父の故郷ミュンヘンではなく、新たにディアーク医師の隣家へ移動し、それから二人が探検家を廃業致しましたのは……おそらく何かしらの理由があったのだと思われます」
「そのタイミングでとなれば……確かに、な」
メリルの両親が『ムーン』に関する用件で、日本在住のアサオカに会いに来ていたとしたら。
医師で義肢装具士でもあったシドの父親ディアークだが、あれだけ『ムーン・システム』を自在に操った人物だ。日本支局長とはそれなりに繋がりがあったことも考えられた。
「あ、のさ……メリル」
「は、はい?」
クウヤの呼びかけが何とも言いづらそうに消極的であったため、メリルの応答も困惑気味に返されたが、クウヤは意を決し続きを口にした。
「あんまり思い出したくないと思うけど……シドが俺に話したメリルの両親の死は、強盗犯に依るものだったって……でも、本当は違うのだろ?」
「は、はい……」
予想通りの辛い過去への質問に、メリルは重ねた両手をギュッと握り締めた。それでも一息気持ちを落ち着かせるように呼吸を整えて、いつもの冷静な口調を取り戻す。
「……シド様がそう仰いましたのは、それ以上疑惑を持たれないように仕向けた故だと思います……ただ、それはわたくしに対してもでした。ディアーク医師も、シド様も、そして伯父様でさえずっと……あれは強盗犯の仕業だったのだと、今まで言い続けてこられたのです」
「え?」
衝撃の告白に、咄嗟にもたげたクウヤの視線がメリルのそれとかち合った。
──高科教授すらメリルに嘘をついていた……?
「ですが……それも愛情あっての虚偽だったのだと思います。強盗であれば少なくとも動機は明白ですので。もちろんそうであったとしても犯人について知りたいと思うのが通常の心理なのですが、以前のわたくしは……両親のことには蓋をしておりましたので……」
切なそうなメリルの眼差しは、頑ななままの両手を見下ろすように下げられた。
シドが話した通りであれば、メリルは事件後何年もベッドの上で口もきかない状態だったのだ。となれば強盗殺人であったという作り話は、後味を残さない都合の宜しい理由づけではあっただろう。
「でも……それが嘘だと気付いたってことは?」
──メリルが気付く何かが遭ったということだ。
「はい……先程クウヤくんにも気付かれた通り、時折夢を見るようになったのです。両親が殺されたあの場面を……ですが視点はわたくしではなく、犯人らしき人物の背後──それもずっと遠い位置からで……その犯人は何も盗らず何も持たず、ただ去っていくのです」
「だから強盗ではなかったのでは? と」
「ええ……ですが伯父様にもシド様にも問い質しても否定されるばかりで……犯人は今でも捕まっておりません。探検先での戦利品はとても珍しい物ばかりでしたから、そういった物が盗まれていたとすれば、盗品から足がついて逮捕に至ることもあると思うのですが」
「うーん……」
自分だけでなくメリルも「同じ夢」にうなされる日々を送ってきたとは……クウヤもさすがに気のせいとは思えなかった。
「その夢はいつ頃から見始めたんだ?」
「クウヤくんのように眠る度にではありませんので定かではありませんが……おそらく一年ほど前からかと」
「一年も前から……」
毎晩ではないとはいえ、クウヤの夢とは違って彼女にとっては思い出したくもない史上最悪の事件だ。この悪夢もまた、笑顔を取り戻す障壁になっていたに違いなかった。
「夢を見るようになったキッカケが何だったかは思い出せないか? 俺が夢を見始めたのは『エレメント』を呑み込んで、メリルの『エレメント』が触れてからだ。もしかしたら教授は一年前からメリルの人差し指に『エレメント』を……あぁ、でも教授はその事件現場に遭遇してないもんな……だとしたら可能性が高いのはシドか? シドは『エレメント』を持っているのか?」
「そう、ですね……」
メリルは上目遣いで過去を手繰り寄せたが、特に思い当たる記憶がないのか、なかなか答えを言い出さなかった。
そんな無言の張り詰めた空気を、メリルのメディアが唐突に打ち破った。教授が襲われた直後というこのタイミングだ。二人は一瞬緊張を露わにしたが、着信相手の名を見たメリルの面は、にわかに柔らかみを取り戻していた。
『メリーさん! ガブですよー!』
「ん? ガブ!?」
クウヤにとっては懐かしいダミ声が良く聞こえるよう、メリルは二人が囲うソファ・テーブルの中心へメディアを置いた。
『あっ? クーさん!? 良かったー! 無事でしたかっ!!』
「お陰様でな! ガブもワンもメリルを送ってくれてありがとうな!」
『いえいえ~! あっいや、それよりっ、実はメリーさんを送った後、そのまま周囲を巡回していたんですがね、今朝方得体の知れない輩が上がっていったじゃないですか! 出てきたそいつを追っかけてったらトルコまで来ちまいましてね……』
「「えっ!!」」
ガブリエルのまさかの告白に、こちらの二人も驚きを隠せなかった。
『得体のしれない輩』とは教授を襲った犯人に間違いない。
「えっ、あっ、ガブ! そしたらそこで俺達が行くまで見張っててくれ!! でっ、トルコの何処にいるんだ!?」
思わず腰を上げ、メディアの前に両手を突き叫ぶ!
『えぇと……トルコのカッパドキアです』
吊られて立ち上がったメリルと共に、二人は同時に繰り返していた。
「「カッパドキア……!!」」
そここそが『敵』のアジトなのか──!?
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□最後までお読みくださいまして、誠にありがとうございます!
前回の投稿文末に「次の更新(全2話)」とお知らせ致しましたが、今章残り2話の予定が1話に変更されましたので、こちらの1話のみ掲載させていただきます(。-人-。)
何卒ご了承くださいませ~!
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