月とガーネット[下]

雨音 礼韻

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■Ⅶ■WITHOUT GARNET■

[1]Mr.K vs V・K (C&K)

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□いつも大変お世話様になっております<(_ _)>

 先々月に完結致しました『月とガーネット』[上巻]にお越しくださいました貴重な読者様♡

 誠にありがとうございました!!

 こちら[下巻]も末永いお付き合いを宜しくお願い致します(/ω\)

 [上巻]を未読でお越しくださいました貴重な皆様♡

 大変お手数ですが完結済の『月とガーネット』[上]を、是非お先にお目通しくださいませ(^人^)

   雨音 礼韻 拝






 ──誰か、こんなの……全て、夢だって、言ってくれ……。

 クウヤはしばらくそのまま動けなかった。

 庫口の床にうつ伏せで、両腕は口縁から垂れ下げたまま……先刻までそこには初めて見るメリルの自然な笑顔があったのに……今はメリルの右手だけがクウヤの手元に残っていて、その向こうには遥か遠くにうっすらと地上らしきいろが見えるだけだ。

 あれは正真正銘、心からの本音だった。どうせ壊れるなら自分であるべきだったのだ。

 今まで得た知識を無駄にして、ただひたすら時を浪費するだけの毎日。こんな自分の何処に生き残る価値などある? だったらどう考えてもメリルが救われるべきだった筈だ。誰であってもそう思うだろう。メリルをマリーアの元へ返してやる必要があったのに……メリルはマリーアを唯一自由にしてやれる分身であったのに……こんなクソみたいな自分だけが生き残ってしまった。

 クウヤはそんな自責の念が脳内をグルグルと渦巻きながら、両手を上げてメリルの右手を引き上げた。ようやく身を起こして座り込み、メリルの右手で顔を覆った。自分とメリルの指の隙間からポタポタと涙が滑り落ちる。今からでも『エレメント』の力で地上へ降り立ち、メリルの残骸を見つけるべきだろうか? いや、それが出来るのであったら、どうしてメリルが落ち始めた時、自分は飛び降りられなかったのか? あの時手を伸ばすだけでなく、自分も一緒に落ちていたら──けれどそんな後悔を今更実行するには、余りにも時が遅すぎた。

 メリルの手をギュッと握り締めると、ギュッと握られていたメリルの拳から、クウヤの脚の上にポトりと何かが落ちてきた。

 最後の力を振り絞って、メリルが自身の左耳から外したピアス──涙型をしたそれは、確かメリル自身の『ツール』だと言った。

「これをどうしろって言うんだよ……」

 残された『ツール』と右手。一方クウヤの『ツール』はドルフに壊されて、ボロボロになったベルトの一部分だけが、かろうじて左手首に絡みついている。

 このままではこの格納庫から上階へは上がれない。その内『上』の誰かが下りてくるのだろうか? マリーア本人か、メリルのようなしもべか──どちらにせよ、もはや合わせる顔もなかった。ピアスと右手を差し出して、メリルがこの世から存在しなくなってしまったことを告げたら──いっそ怒りに任せて殺してくれとつい願ってしまう。殺して『エレメント』をえぐり取ったら、抜け殻のようなこのしかばねなど、地上に投げ捨ててくれて結構というものだ。

「あちゃあ~……さすがに落ち込んでるねぇ。ちょっと確認に手間取っちゃったものだから……大丈夫? クウちゃん」

 その時少し向こうの正面から、これまた聞き覚えのある声が聞こえたが、今度は若い男の物だった。

 ガックリとうなだれていた頭を上げて、フルフルと震わせながらつむっていた瞼を開く。涙で霞んでいた視界が次第に鮮明となり、あの屈託のない笑顔が穴からひょっこり、こちらを見つめているのを捉えて、しばらく驚きで声も出なかった。

「!? ……けい──っ!!」

「ハーイ! 一週間振りかな? おまたせ~「ミスターK」参上だよ!」

「……ミス、ター、けい……た?」

 ──啓太。

 あの「少しうねりのある茶色の髪に、弓なりのつぶらな瞳」の、あのクウヤに「デス・シロップ一本分」を呑ませて、あの『エレメント』を身体に宿すなんていうとんでもない顛末てんまつを引き起こした、あの同級生の「浅岡 啓太」が目の前にいた!!

「よっこいしょっと」

 自力で格納庫へ上ってきた啓太が、クウヤの前に同じように座り込んだ。今回はご立派なスーツなどではなく、動きやすそうなペールブルーのエンジニア・ウェアをまとっている。

「あ……え? おまっ……「ミスターK」って……前からメリルと繋がってたのかっ!?」

 クウヤはハッとして噛みついた。

 「ミスターK」という言葉を口にしたのはメリルなのだ。実は啓太が盗聴器でも仕掛けていて、事前にその言葉を知ったという可能性も無きにしも非ずだが、今のところ啓太が「ミスターK」になりすます理由も考えられなかった。

「んーまぁ、クウちゃんほど仲良しって訳でもないけどね」

 相変わらず飄々ひょうひょうとした軽い態度に、クウヤは噛みつくだけでは飽き足らず、思わず胸倉に掴みかかる。

「ゴメンね、クウちゃん。色々悪かったと思ってる。心配だと思うから先に言うよ。メリちゃんは無事だから。安心して」

「えっ……ほ、本当かっ!?」

 その報告にクウヤの怒りと悲しみは一掃されて、啓太をすぐに解放した。

「ただ無傷というワケにはいかなかったから、ひとまずあのマッド・サイエンティストの元には行かないといけないけどね」

「マッド、サイ……?」

「二人が「シド」って呼ぶあの科学者クンだよ」

「あ、ああ……」

 だが、シドの元へ上るには『ツール』が要る。クウヤは慌てて、啓太にメリルのピアスと右手を押しつけた。

「メリルには誰か付き添ってるんだろ!? だったらこれを早急に──」

「だーいじょうぶ! 落ち着いて、クウちゃん。クウちゃんの『ツール』は壊れちゃったから、ラヴィにメリちゃん用として再作製してくれるよう頼んであるよ。メリちゃんのこっちは、クウちゃんのために使える。さすがメリちゃん、用意周到だよねー」

「??」

 突然目まぐるしく動き出した展開に、クウヤの脳ミソはついて行けなかった。自分の知っている人物を全て知っていそうな啓太。「一体どういうことなのだ」という眼差しでフリーズするクウヤに、啓太もゆっくり説明する気になったようだ。

「じゃあ……そうだね。まずボクは……クウちゃんとメリちゃんの味方、ということだけは信じてほしい。ボクが勤めているのは『ムーン・シールド』の管理機関『ムーン・リンク』なんだ。だから『ムーン・シールド』上に住むメリちゃんやシドくん、上るために必要なツール・ブローカーのラヴィ氏や、バンコクのブンナーク親子のことも知ってる。知ってはいるけど、今回の騒動までほとんど接触したことはなかったかな。ボク自身まだまだ新米の新卒入社だし、ウチの機関に所属するスタッフは『ムーン・シールド』上の人口よりも多いから。住人は完全に機関下で管理されているので、さっきのメリちゃんのような危機で呼ばれれば、迅速に駆けつける手筈になってるんだ」

「なる、ほど……な。そこまでは了解した」

 啓太を信じるか否か──とりあえずその部分は後回しにして、啓太の解説には納得がいった。しかしこれらが事実であれば、啓太がそのような大それた機関の職員になっていたとは、十歳の啓太しか知らないクウヤにとっては、全てが驚くことばかりであった。



「メリちゃんは落下前に救援信号を出していて、一番近くにいるスタッフが救助したんだ。そのスタッフがラヴィ邸経由でシドくんの所まで送ってくれる。メリちゃんから事前に、シドくんの施術の際には女性スタッフを帯同してほしいと要望を受けてるので、その辺りも心配ご無用だからね」

「そっか……良かった」

 口にしづらい懸念を払拭ふっしょくしてくれた啓太に、クウヤは心から感謝した。

「さて……過去のことはこれくらいにして、まずはクウちゃんを『上』に上げなくちゃね」

 啓太はこれで説明することは終わったと、刹那に話を切り替えたが、

「ちょっと待った」

 クウヤは「そうは問屋が卸さない」とばかりに、啓太の肩を握り締めた。

「一番肝心なことが分かってないぞ」

「えぇえ~?」

 啓太もクウヤが何を尋ねたいのか、即座に察知したようだ。が、その白々しい反応に、啓太が余り答えたくないことも感じられた。

「まぁねぇ……そりゃあ、そうだよねぇ……「単なるイタズラのつもりだったのだけどー」と言ったら……信じてくれる?」

「お前が『ムーン・シールド』関連の仕事してるって分かった今、その大元である『エレメント』の騒動となれば、あれがイタズラだったとは思えないな」

「まぁ、そうだよねぇ……」

 苦々しいわらいと共に後頭部をこすり出す啓太。一つ小さく溜息をついて落ち着きを取り戻した姿は、とうとう観念したかと思わせたが、

「一つ言えることは、メリちゃんの仕業しわざではないってこと、ってだけかな……あとは数日の内にはきっと明らかになるよ。本当申し訳ないけれど、クライアントとの契約でね。どうかココまでで勘弁して~!」

「クライアント……!」

 クウヤは唖然として呟いた。味方と思われた啓太が、クライアントとやらの指示で、自分に『エレメント』を呑み込ませるなどとは!? ──どう考えたって~正気の沙汰とは思えない!!

「数日の内にってどういうことだよっ!? そいつは一体何処にいるんだ!!」

「エーン、だから言いたくなかったのに~! もちろん『上』だよ、ココの上~!!」

「こっ、此処の、上……!?」

 此処にいるのはマリーアだけではないということか? もしくはメリルとマリーアがイコールでないとすればマリーア本人ということか? はたまたメリルが言ったように既にマリーアは存在せず、メリルの主人が全くの別人であるとすれば……益々謎が深まるばかりの状況に、クウヤはいつの間にか「ぐぬぬぬぬぅ」と唸り声を上げていた。

「どうどう、クウちゃん……落ち着いてぇ」

 暴れ馬をなだめるが如く啓太は神妙に声を落としたが、「誰のお陰でこんなことになってんだっ!?」と一吠え、クウヤは奥歯を嚙み殺した。

「お前、嘘ついてたらタダじゃあおかないからな! んじゃあ『エレメント』については上の奴に問いただすから、さっき襲ってきた敵については正直に話せっ」

「敵って……メリちゃんと落ちていった大男のこと?」

「そうだっ!!」

 クウヤの咆哮に啓太は再び神妙な表情をして、少々厄介そうな雰囲気を露わにした。

「『ムーン・システム』や『エレメント』は利用価値が高いから、とにかく面倒なやからが多いんだよね。あのロボットはおそらくだけど、その中でも頭一つ飛び抜けた問題児の組織だと思う」

「飛び抜けた……まぁ、そうだろうな……」

 何せセシリアは(手が滑ったと言ってはいたが)人一人殺しているほどの危険人物だったのだ──てか、俺の元カノ、殺人犯だった──!!

「……? 急に顔色悪くなったけど、大丈夫? クウちゃん? ……でね、その組織、もちろん国際警察には手配されているのだけど、どうも鬼ごっこが得意らしくて。なかなか一掃出来ずにみんな手をこまねいているみたい。全く情報が出ないから組織名も知れ渡っていないけど……誰が言い出したのか『ファオカー』って呼ばれるようになったんだ」

「『ファオ・カー』……」

 そんな組織が何故シドの父親を狙ったのか? 何故自分を三年も監視して、更に『エレメント』を手に入れる前から自分を追いかけてきたのか!? 自分も……いつか殺されるのか……以前愛し合った筈のセシリア、に?

 先刻まで「こんな自分の命など」と割り切れていたクウヤであったが、理由も分からず殺されるのはやはり嫌だと思っていた。もちろんどんな理由があったとしても、そもそも殺されたくなどないのだが。

「益々血の気がなくなってきてるけど……クウちゃん、本当に大丈夫?」

「あ、ああ……とにかく『上』に行ってみる」

 此処でのんびり啓太と下界を望みながら、いかったり落ち込んでいる場合ではなかった。とにかく分からないことが多すぎる。今後のために少しでも情報を掌握して、危機に備えなければならない。

 損傷どころでは済まされない覚悟までして、自分を救ってくれたメリルの……足手まといとならないように──。


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