答えの出口

藤原雅倫

文字の大きさ
上 下
28 / 28

【第28章】それは何もかも知っている

しおりを挟む
谷中の自宅に戻ると、季節はあっという間に冬を迎えた。
相変わらず警戒に伴う引き篭りの生活は続いたが、部屋の片付けをしていると、それだけで大分気持ちが晴れた。幸い、家のすぐ前に公衆電話もある為、時折、『庸介』や母に連絡を入れられる事だけでも便利になった。十二月になったら帯広に帰ろう。
 ある日、私は厳重に頭の中に仕舞い込んでいる『念書』の在処を思った。もしそれを『浅葱瑠璃子』へほいっと教えたらどうなるんだろうか?。しつこい嫌がらせや脅迫、何よりも私自身に於けるストレスは無くなるだろうけど、それ以外に何かが変わるのかな?。色々と考えてみても劇的に変わる要素は全く見当たらなかった。勿論、必死に探している敵側にとっては重要なモノである事は間違いない。恐らくこれを取り戻す事で何かしらの安全な保障がされるのだろう。『達三』おじいさんが絶対に渡さずに守り抜いた『念書』。この効力はどれ程のものなのだろう?。
私は次の行き先を見据え、起こり得る様々な要素を考えて見た。

 都内もすっかり冬模様となった十二月、私は『庸介』に近々戻る事を伝えた。彼は心から喜び涙声で「待ってる。」と優しく言ってくれた。帯広へ戻るのは大凡一年半以上振りだった。夜遅い公衆電話から出ると、通りの向こうに黒塗りのセダンが駐車していた。私は恨めしい眼差しでハッキリと確認出来ない運転手を見つめ軽蔑の眼差しを送った。自宅の電話を盗聴出来たとしても、きっと公衆電話までは確認出来ない筈だ。(恐らく)恐れる事なく玄関の扉を開け家内に入った。
 熱めに沸かしたバスタブのお湯に浸かり、とにかくストレスを発散する。随分前から眠れない日々が続き少し強めの睡眠導入剤を飲む日々が続いた。その効果も使い方も、私にとっては完全にドラッグと一緒だった。一時的な快楽を求め、現実と違った世界へ誘ってくれる唯一のモノ。既に私の身体は蝕まれ、気力だけで生きている事は言うまでもなかった。この勝負に、私は最後まで耐えられる事ができるだろうか、、?。
 お風呂から上がりリヴィングで冷え切ったハイネケンを飲みながらテレビを付けた。深夜のワイドショーでは「法隆寺」と「姫路城」「屋久島」「白神山地」が日本で初めての世界遺産に登録されたニュースを報じていた。私は以前訪れた奈良県の寺社仏閣を思い出し懐かしい思いに浸る事が出来た。一緒に訪れた『英司』が奈良公園の鹿に煎餅を与えたら一緒に指まで齧られ右手の人差し指を怪我した事があった。きっとその傷は今でも残っているに違いない。その時、慌てふためいた私に、彼は笑いながら言った。
「指一本くらい失っても、俺はギターを弾けるから大丈夫だよ。」と。その時の彼の自身に満ち溢れた言葉は愛情から尊敬へと変わり、心から愛した男が彼であって良かったと痛感した程だった。何にも動じない彼の姿は力強く、破天荒なその振る舞いが私を益々虜にさせた。

 目を覚ました時、私はリビングのソファに横になっていた。
時計の針は朝の六時二十七分。頭の中が重くてうまく起き上がることが出来ない。指先から神経を集中させていき長い時間をかけてやっと現実に身体が馴れはじめていく。すると、何かがいつもと違う事に気がついた。何だろうか?。頭の中でフラッシュバックする映像、、。鈍い痛みが私を悶絶させた。やがて気がつくと部屋のどこかでカタカタと物音が聞こえる。そうだ、夕べ聴いていたレコードを止めずに眠り込んでいたらしい。確かA面を二回聴きB面に裏返したところまでは覚えている。恐らくB面に針を落としてから終わるまでの間に眠ってしまったのだろう。ということはおおよそ二十分の間に眠り込んだという事かもしれない、、。
 夕べの出来事を思い出そうとするものの、頭の中の回路が拒否するかのように考え出すとキリキリと痛み出す。もっとも寝起きということもあり、その痛みに耐えられそうにないので、次第に考えることをやめてしまった。立ち上がってカーテンを全開にし、窓を開けてみると外は雪景色で、冷え切った風が室内に入り込み私の身体を震わせた。
プレイヤーの針を上げた時、回転しているレコードのレーベルを見て私は驚いた。

イーグルス『ホテル・カリフォルニア』!?。

一体、どうして、このアルバムを聴いていたのだろう?。自分が購入し所有している事自体が不思議だった。するとふっと私が映る鏡を見て混乱した!?
そこにはレコードのアルバムを手にした『英司』が映り込んでいた。


私は誰なの!? どうして彼が、、。


そんな錯覚を考える以上に私は疲れ切っており、
再び深い眠りについた。


   ***


 簡単に荷物をまとめ、帯広へ向かった。実家の玄関の鍵を閉めると何となく、もうこの家には戻らない感覚が私を纏った。どうしてそう思ったのだろう?。私は生まれてから長年住み着いたこの家を隅々まで眺めて後にした。
 
 帯広は真冬と言う事もあり凄まじい寒さと共に私を迎えた。大粒の雪が降り頻る中、私はそのサラサラとした雪を手のひらに受け帰ってきた事を実感した。駅を出て南十一丁目通りへ向かい差し掛かった銀座通りへ入る。少し歩くとその看板が見えた。


『ホテル・ニュー・カリフォルニア』


私が向かうべく場所。『達三』おじいさんが遺言に残した住所。その場所が何であり何故、訪れる理由は全く記されていなかった場所だ。しかし間違いなく、この場所が『念書』の在処に於いて重要な場所である事は間違いない。私はその部屋を訪れる為に帯広へ戻ったのだ。そして、この長年の戦いに終止符を打てるかもしれないと言う期待に胸を膨らませた。結果が何なのか、どうなるのかは分からない。でも、もう終わりにしたい。私にとって最後の手段だった。

 ホテルの入り口に着くと、雪を積らせた椰子の木が両端に置かれていた。造木だろう。私は真冬の椰子の木を見つめ可笑しくなった。一体どんなホテルなのだろう?。ま、ホテルの名称から推測するに間違いなくイーグルスの『ホテル・カリフォルニア』から付けた事は容易に理解が出来た。もしかしたら、七〇年大風なサイケデリック様式なのかも?。そんなチープな装いのホテルへ期待と共に足を踏み入れた。

 エレベーターで二階のフロントロビーを訪れると、予想外にシックな出立ちに驚いた。するとフロントの支配人らしき男が笑顔で私に会釈した。
「いらっしゃいませ。」私はレジストレーションカードへ記入しながら伝えた。
「二泊でお願いします。五〇〇号室は空いておりますか?。」すると男は一瞬、瞳孔が開いた様子を私は見逃さなかった。
「当ホテルには、その様な客室はございません。五〇一号室でしたらご用意が可能となります。ですが、こちらはダブルとなりますが、いかがなさいますか?。」私はその返答にもう一度、質問をした。
「こちらのホテルには五〇〇号室と言う客室は無いと言う事でしょうか?。」支配人は一瞬怯み応えた。
「さようでございます。」私はその答えを理解し、五〇一号室へ宿泊する事とした。
「わかりました。それじゃ、五〇一のダブルでお願いします。」
 鍵を受け取りエレベーターを待つ間、フロントの向こうから私を見つめる視線を感じた。振り返るとそこに鮮やかな金髪の女性が私を見つめていた。その視線は不思議と暖かく、これから始まるであろう未知なる世界への道標を指してくれている様な感覚だった。同時に今ここに『英司』が一緒に居てくれたら、と強く思った。

 客室は、エレベーターを降りた左側の一番奥にあった。その先は壁となっており細長い窓があるだけだった。室内は落ち着いた感じで、サイケデリックとはかけ離れた装いだった。荷物を椅子に置き、ベッドに寝転がり天井を見つめた。さぁ、まずは何をしようか?。しかし私は気が付くと深い眠りに落ちていた。

 目が覚めると窓の外は真っ暗になっていた。その窓を開けると雪景色の銀座通りを眺める事ができ同時に美味しそうな料理の香りが漂った。お腹が空いた。私は直ぐにエレベーターで二階へ向かいレストランで軽い食事をする事とした。
昭和の雰囲気が残る洋食店を思わせる店内は数組の客と私だけだった。でもこんな懐かしい雰囲気が私は好きだ。メニュー構成もいかにもそれらしい物ばかりだった。ナポリタン、ミートソース、デミグラス・ハンバーグ、サンドウィッチなど。セットメニューにはスープとサラダ、パンか、ご飯、そしてカフェが付く。なんて王道なんだ!。珍しく食欲が湧いてきた私は、店員にデミグラスソース・ハンバーグに目玉焼きのトッピングとサンドウィッチをオーダーし食後に追加料金でウィンナー・コーヒーをお願いした。
 料理を待つ間、店内の有線放送からは『松任谷由実』の『真夏の夜の夢』が流れていた。その変わらない歌声と共に時代によって変化しうる彼女のサウンドを改めて私は聴いていた。私達にとって若い頃から彼女は『ユーミン』と言う確固たるアーティストであり、先ずは『荒井由実』だった。そのカリスマ性は魔性の様な存在で決してテレビなどでは目にする事が出来ないほど圧倒的なものだった。そんな事を考えていると私は少しだけ当時の特別感を失った悲しみを感じ『英司』がよく言っていた「暗黒の九〇年代」と言う言葉をしみじみと感じられずにはいられなかった。そんな考えに耽っていると間も無く料理がテーブルに運ばれた。
「お待たせいたしました。デミグラスソース・ハンバーグ、目玉焼き乗せでございま~す。」目が覚めた様に店員を見ると、そこに真っ赤なロングヘアーにピアスだらけの若い女の子が立っていた。
「ありがとう。」そう答えると彼女は私の顔を見つめ硬直し唇を震わせ、間も無く店の奥へと戻って行った。

一体何なのだろう、、?

熱々でジューシーなハンバーグにナイフを入れると肉汁が溢れ鉄板の上で沸々と沸騰した。熟練されたシェフによる歴史を感じるデミグラスソースと相まり、その味わいに悶絶した。これ程の極上なハンバーグを都内でも食べた事がない!。きっと北海道の自然豊かな環境こそが、この美味しさのベースとなっているに違いない。私は自分でも驚くほどにその熱いハンバーグを頬張った。
 数分後に配膳された『サンドウィッチ』を見た私は驚愕した!。
「どうして、このサンドウィッチは丸いの!?。」すると赤髪の店員が応えた。
「ラヴ・アンド・ピースよ!。」私がナイフとフォークを手にすると急に頭の中がフラッシュバックし、忘れていた夢の様な出来事が現れた。頭が痛い、痛い!。
するとテーブルの向かいに現れた老人が私に問いかけた。

「どうしても好きになれんのじゃよ。あの四角くてヨレヨレした葉っぱが。もう分かっとるじゃろう?。好むと好まざると言う問題じゃないんじゃよ。あんた、ミキコのあれじゃろ?。」

一瞬か数分か分からないが目を覚ました時、私は激しく息を整えた。その目の前には赤髪の女の子が私を凝視し震えながら驚く事を言った。
「お母さん、、、なの?。」その言葉に混乱した瞬間、彼女は別人の様な声を発した。
「あなたが探しているものが、ここにはあるのかしら?。」私が探しているもの、、!。
「もうすぐ来るわ。」赤髪の店員は私の顔の正面に近づいた。
「誰が、、?。誰が来るの!?。」彼女は薄ら笑いで舌を突き出しその舌先に刺さったピアスを見せつけた。
「あの男よ。『澤村英司』が来る!。」私は驚愕した!。
「どうして! どうして彼がここに来るの!?。」すると彼女は静かに涙を流した。
「あなたを葬る為よ。」私はその言葉に驚愕し目を見開いて硬直した。

 気が付くと私は、テーブルにある丸いサンドウィッチを目の前にしていた。その趣をマジマジと眺めると懐かしい『英司』がよく作ってくれたサンドウィッチを思い出した。

「どうして、あなたのサンドウィッチっていつも丸いのかしら?。」
「あはは、、どうしてだろうな?。」
「でも私、これ凄く好きよ。」
「ありがとう。何となく、君は角があるより丸い方が好きなんじゃないかと思って?。」
「あら、あなたって意外と優しいのね?。」
「そうかな? だって、既成概念が正しいとは限らないだろぅ?。」
「そうね。私、あなたのそう言う考え方が好きよ。」
彼は静かに言った。

「君を抱きたい。」


   ***


 宿泊初日の深夜、私は静かに客室の扉を開け廊下を眺めた。今となっては、厳重な監視さえ、どうでも良かった。ひっそりとしたその空間は物音一つせず静まり返っていた。一体、五〇〇号室は何処にあるのだろうか? 私は足を潜め各階を散策する事とした。長い時間をかけ全階を確認してみたが、それらしき部屋は何処にも確認する事は出来なかった。やっぱり、どう考えても五階に存在するとしか思えない。しかしながら、私が宿泊する五〇一号室の隣は明らかに固い壁であり、特殊な細工がされているとは到底思えない状態だった。行き止まりの細長い窓は、まるで私を拒むかの様に向こう側を遮った。
 部屋に戻ると、私はすぐに何かが違う事に気がついた。何だろう? 扉の前で立ち尽くしながら私は目を瞑り暫くの間、時間が過ぎるのを待った。以前もこんな感じがあった様な気がする。私はこれまでの経緯と出来事を注意深く思い出しながら巡った。そうだ! この感覚は、『英司』と訪れた静岡のホテルで感じたのと同じだ。『ホテル・ニュー・ホライズン』それに、この生温い空気の感触だけは今でもハッキリと思い出し感じ取ることが出来た。目を開けるのが怖い、、。すると鼻からカビの様な異臭を僅かに感じた。全身の毛穴から汗が吹き出し次第に耳鳴りが大きくなっていった。すると誰かが私に声をかけた。
「ねぇ、目を開けてよ! ちゃんと私を見て!。」誰!? 一体誰なの!? 恐る恐る目を開けると、そこに見覚えのある女性が全裸で私に馬乗りになって激しく腰を上下させた。彼女は!? 『エリ子』さん!? 私は彼女を振り払いベッドから逃げ出した。すると誰かが私の手をしっかりと握るのを感じ振り返ると、幼い少女が上目遣いで私を見つめた。
「お母さん、もう何処にも行かないで、、。」この子は誰!? お母さんなんかじゃない!? 私はあなたのお母さんじゃないの!! 手を振り払うと少女は悲しそうな眼差しで私に訴えた。
「だって、、おじいちゃんは嫌いだもん、、。」私は困惑した、、。祖父が嫌い!? 一体誰の事なの!? すると誰かが私の髪を優しく撫でながら言った。
「あなたもミキコさんでしたか、、。随分、辛い思いをして参りましたね。」振り返るとそこに、白髪で聡明な出立の老婦人が私を静かに介抱してくれた。その腕の中で私は涙が止まらなくなり、思いをぶつけた。
「どうして私なの? どうしたらいいの!?。」老婆は私の背中をゆっくり摩りながら静かに答えた。
「そうね、辛い事ばかりね、、。でもね、あなたが受けた辛さはきっと世界を変える事が出来るのよ。何もかも無駄じゃないの。私達、家族がもう一度ここで出会い、幸せになれるのよ。あなたにも守りたい人がいるでしょ?。」私は涙を拭いながら彼女に問いた。

「おばあちゃん、私、死ぬの、、?。」

 気がつくと私は、ロビーのソファーに横たわり厚い毛布がかけられている事に気がついた。ゆっくりと身を起こし、暫く頭を整理させていると向かいの椅子に誰かが腰掛け声をかけた。
「お気分は大丈夫ですか?。」見るとそこに、鮮やかな金髪の女性が居た。状況を把握出来ない私は彼女に吐き捨てる様に問いた。
「一体、何が起こっているの!?。」彼女はタイトスカートから露わな足を組み直し、しっかりと私を見つめながら驚く事を言った。
「あなたをお待ちしておりました。ずっと。」私はその言葉の意味を全く理解出来なかった。
「どうして、、、私なの、、?。」彼女はタバコに火をつけゆっくりと肺に吸い込み天井に向けて煙を吐いた。
「私達、いえ、そうね、、。家族に纏わる負の連鎖を終わらせる為とでも言うのかしら。」私達の家族!?

一体何の話だ?

「私の知らない世界や家族を守る為に、こんな酷い仕打ちを受けてるの!?。」金髪の女は私を見つめた。
「あなたは本当に何も知らなかったのかしら? それは、私達・家族らが受け継いだ歴史の浄化なのかもしれない。」私はその言葉をしっかりと受け止め考えた。
「つまり、『達三』おじいさんからの遺言がそうなの?。」彼女は静かに頷き口を開いた。
「そうよ。あの男を葬るまでは。」あの男!?
「私には分からないわ、、。一体、その男は誰なの?。」彼女はタバコを灰皿に揉み消した。
「あなたの祖父よ。それは『達三』さんじゃない。」私は一気に混乱した。
「だって、、だって! 『達三』さんが私の祖父じゃないの!?」私はかつて耳にした義祖父と言う言葉を思い出した。
「残念だけど、それは違うわ、、。彼らは犠牲者よ。そして私の母も家族も、、。それに、あなたの家族もみんな。」私はその真っ直ぐな言葉と眼差しに少しだけ、これまでの経緯を察する事がやっと出来た。
「私は、どうしたらいいの、、?。」彼女は俯き、長い時間をかけてやっと言葉にした。
「それは、彼の行動次第なのかもしれない。」私はその言葉に少しだけ疑念を感じた。
「彼、、って誰なの、、?」半信半疑で問いかけると、彼女は立ち上がりカウンターの奥から「グレンフィディック」とロックグラスを二つテーブルに置きゆっくりと注いだ。
「澤村英司よ。」私はその答えに驚愕した!!!。
「英司!? どうして彼なの!!??。」彼女はそのスコッチを一口で飲み干した。
「私達家族に於ける負の世界に入り込んでしまった他人であり第三者とでも言うべきかしら。彼はあなたを通じて二つの世界の扉からあの部屋へ入り込めた唯一の人。もうすぐ彼はここにやってくる。それに、彼の身に起きた全ての出来事は偶然じゃないのよ。」私は直ぐにその言葉の意味を理解できた。
「私のせいで彼も犠牲になった、、って言う事?。」一口飲んだ熱いスコッチが喉を通りやがて私の胃袋へ到達した。
「そうじゃない。あなたのせいじゃないの。あなただって分かっているはずでしょ? だから此処に『答えの出口』を求めに来たはず。『達三』さんの愛と情熱、そして何より真実を求めて。それは今の澤村英司も同じ事に違いない。」私はこれまでの『浅葱瑠璃子』からの執拗な出来事を振り返った。
「それは復讐って事なの?。」金髪の彼女は少し考えてから答えた。
「そうじゃないわ。ねぇ、この世界で知り合った人々は偶然じゃないの。それらは全てあなた自身なのよ。あなたと私、そして彼も皆、同じなの。狭い檻の中で繰り返し生きて行くだけ。あなたの記憶の片隅にある断片は全てそう。だけど、あなたと彼の行動次第で状況は好転するかもしれない。それと私達を追い詰めたあの卑劣な男はこの世界の入り口をあらゆる手段をもって探し続けている。きっともうすぐ見つけられてもおかしくないわ。だから、もう終わりにしないといけない。」

私達は皆一緒!? どういう事だ!?

私は僅かな時間で、これまでの人生に関わったあらゆる人々を思い巡らせた。誰も知らない私の記憶の中でデリートしたもの、、。それは幼少の頃に受けた父からの性暴力と母へのDV。私達への度重なる執拗な恐喝と脅しによる逃避生活。あの悪魔の硬いものが幼少な私の中へ入り込んだ瞬間の痛さと感触は今でも覚えている。そしてその時、いつか必ず『この男を殺してやる』と心に誓った事を思い出した。

グラスの氷が溶けカランっと鳴った瞬間、私は確かにあの朝に目覚めた不可解な出来事を思い出した。そこには英司の部屋で目覚め手に取ったレコードがあった。彼が絶対に好まないアルバム、イーグルスの『ホテル・カリフォルニア』だ。そのアルバムとこのホテルに何か関係があるのだろうか? そして訪れた『ホテル・ニュー・カリフォルニア』 私は深く深呼吸をして考えた。しかし、深い意味など到底理解出来ないが、ただその言葉の違いだけを今やっと気づく事が出来た。

もしかして、、
そう言う事なのだろうか!!!???

『ニュー・New』? それはもしかして「新しい」という意味ではなく
「知っていた・Knew」と言う意味なのかも知れない。



『ホテル・ニュー・カリフォルニア』



それはまさに、
このホテルは「何もかも知っている」と言う事なのだろうか?



すると突然、私の携帯電話が着信音を鳴らした。手に取り液晶画面を見ると、それは『木下エリ子』からだった。暫く考え、結局、私はその電話を切った。きっと彼女は何かに気付いているに違いない。僅かな空間に大きな溜息を吐くと金髪の彼女は頷きながら姿勢を正しキッパリと伝えた。

「明日の午前二時、あなたを迎えに行きます。」私はグラスをテーブルに置いた。
「五〇〇号室へ案内してくれるのかしら?。」彼女は立ち上がり真っ黒なタイトスーツの皺をしっかりと伸ばし金髪のボブヘアを整えた。
「さようでございます。ただし状況によっては、これが最初で最後の入室となり、あなたは二度とその部屋から出る事は出来ません。それでも、お越し頂けますか?。」彼女は背筋を伸ばし真っ直ぐと伝え、私は迷う事なく伝えた。
「勿論です。その為に私は此処まで来ましたから。」柔らかい物腰と共に彼女はしっかりと伝えた。

「ウェルカム トゥ、ホテル・ニュー・カリフォルニア。」
しおりを挟む
感想 2

この作品の感想を投稿する

みんなの感想(2件)

黒巻雷鳴
2021.09.19 黒巻雷鳴

言葉選びや描写、リズムに心地よさとダンディズムを感じるのは私だけでしょうか……続きを読むのが楽しみです!

2021.09.21 藤原雅倫

ありがとうございます。
こちらでは未だ途中までの投稿ですが、
お読み頂ければ幸いです。
是非【藤原イズム】にごハマり下さい。
私もお読させて頂きます。

解除
スパークノークス

おもしろい!
お気に入りに登録しました~

2021.08.21 藤原雅倫

ありがとうございます。
現在、第25章まで執筆中ですので、
是非、今後もご拝読下さい。

解除

あなたにおすすめの小説

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

会社の上司の妻との禁断の関係に溺れた男の物語

六角
恋愛
日本の大都市で働くサラリーマンが、偶然出会った上司の妻に一目惚れしてしまう。彼女に強く引き寄せられるように、彼女との禁断の関係に溺れていく。しかし、会社に知られてしまい、別れを余儀なくされる。彼女との別れに苦しみ、彼女を忘れることができずにいる。彼女との関係は、運命的なものであり、彼女との愛は一生忘れることができない。

極悪家庭教師の溺愛レッスン~悪魔な彼はお隣さん~

恵喜 どうこ
恋愛
「高校合格のお礼をくれない?」 そう言っておねだりしてきたのはお隣の家庭教師のお兄ちゃん。 私よりも10歳上のお兄ちゃんはずっと憧れの人だったんだけど、好きだという告白もないままに男女の関係に発展してしまった私は苦しくて、どうしようもなくて、彼の一挙手一投足にただ振り回されてしまっていた。 葵は私のことを本当はどう思ってるの? 私は葵のことをどう思ってるの? 意地悪なカテキョに翻弄されっぱなし。 こうなったら確かめなくちゃ! 葵の気持ちも、自分の気持ちも! だけど甘い誘惑が多すぎて―― ちょっぴりスパイスをきかせた大人の男と女子高生のラブストーリーです。

父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

四季
恋愛
父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

後宮なりきり夫婦録

石田空
キャラ文芸
「月鈴、ちょっと嫁に来るか?」 「はあ……?」 雲仙国では、皇帝が三代続いて謎の昏睡状態に陥る事態が続いていた。 あまりにも不可解なために、新しい皇帝を立てる訳にもいかない国は、急遽皇帝の「影武者」として跡継ぎ騒動を防ぐために寺院に入れられていた皇子の空燕を呼び戻すことに決める。 空燕の国の声に応える条件は、同じく寺院で方士修行をしていた方士の月鈴を妃として後宮に入れること。 かくしてふたりは片や皇帝の影武者として、片や皇帝の偽りの愛妃として、後宮と言う名の魔窟に潜入捜査をすることとなった。 影武者夫婦は、後宮内で起こる事件の謎を解けるのか。そしてふたりの想いの行方はいったい。 サイトより転載になります。

イケメン社長と私が結婚!?初めての『気持ちイイ』を体に教え込まれる!?

すずなり。
恋愛
ある日、彼氏が自分の住んでるアパートを引き払い、勝手に『同棲』を求めてきた。 「お前が働いてるんだから俺は家にいる。」 家事をするわけでもなく、食費をくれるわけでもなく・・・デートもしない。 「私は母親じゃない・・・!」 そう言って家を飛び出した。 夜遅く、何も持たず、靴も履かず・・・一人で泣きながら歩いてるとこを保護してくれた一人の人。 「何があった?送ってく。」 それはいつも仕事場のカフェに来てくれる常連さんだった。 「俺と・・・結婚してほしい。」 「!?」 突然の結婚の申し込み。彼のことは何も知らなかったけど・・・惹かれるのに時間はかからない。 かっこよくて・・優しくて・・・紳士な彼は私を心から愛してくれる。 そんな彼に、私は想いを返したい。 「俺に・・・全てを見せて。」 苦手意識の強かった『営み』。 彼の手によって私の感じ方が変わっていく・・・。 「いあぁぁぁっ・・!!」 「感じやすいんだな・・・。」 ※お話は全て想像の世界のものです。現実世界とはなんら関係ありません。 ※お話の中に出てくる病気、治療法などは想像のものとしてご覧ください。 ※誤字脱字、表現不足は重々承知しております。日々精進してまいりますので温かく見ていただけると嬉しいです。 ※コメントや感想は受け付けることができません。メンタルが薄氷なもので・・すみません。 それではお楽しみください。すずなり。

妻への最後の手紙

中七七三
ライト文芸
生きることに疲れた夫が妻へ送った最後の手紙の話。

伏線回収の夏

影山姫子
ミステリー
ある年の夏。俺は15年ぶりにT県N市にある古い屋敷を訪れた。大学時代のクラスメイトだった岡滝利奈の招きだった。屋敷で不審な事件が頻発しているのだという。かつての同級生の事故死。密室から消えた犯人。アトリエにナイフで刻まれた無数のX。利奈はそのなぞを、ミステリー作家であるこの俺に推理してほしいというのだ。俺、利奈、桐山優也、十文字省吾、新山亜沙美、須藤真利亜の6人は大学時代、この屋敷でともに芸術の創作に打ち込んだ仲間だった。6人の中に犯人はいるのか? 脳裏によみがえる青春時代の熱気、裏切り、そして別れ。懐かしくも苦い思い出をたどりながら事件の真相に近づく俺に、衝撃のラストが待ち受けていた。 《あなたはすべての伏線を回収することができますか?》

処理中です...
本作については削除予定があるため、新規のレンタルはできません。

このユーザをミュートしますか?

※ミュートすると該当ユーザの「小説・投稿漫画・感想・コメント」が非表示になります。ミュートしたことは相手にはわかりません。またいつでもミュート解除できます。
※一部ミュート対象外の箇所がございます。ミュートの対象範囲についての詳細はヘルプにてご確認ください。
※ミュートしてもお気に入りやしおりは解除されません。既にお気に入りやしおりを使用している場合はすべて解除してからミュートを行うようにしてください。