答えの出口

藤原雅倫

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【第23章】存在しない部屋

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 降り続ける大雪の中、私はホテルから駅裏まで歩いて向かった。
痺れる様な寒さだったが、自分が今こうして彼の為に役に立てている事を考えるだけで不思議と身体中が温まる感じがした。
 待ち合わせの喫茶店に入ると既に『宮下誠一』は珈琲を啜りながら新聞を読み耽っていた。
向かいに座ると彼は深くタバコを吸い込み、ドヤ顔でニヤリと笑いながら前のめりになって私を見つめた。

「急に呼び出してどうしたんだか?。」
彼はいやらしい眼差しで胸元に目をやった。
私は説明を抜きにして『澤村英司』から受け取ったメモ用紙をカバンから取り出し彼に差し出した。

「調べて欲しいのよ。この人の住所を。」
店員にカフェオレを注文しタバコに火を点けた。

「調査依頼って事か。ま~、陽子さんの為なら何でも致しますよ。」
彼は戯けながらそのメモを開くと、急に黙り込んで蒼白した。
眉間に皺を寄せながら喰い入るように見つめる彼に私は話しかけた。

「何? どうしたの?。」
すると『誠一』は立ち上がり私の腕を掴み急に勘定を済ませ外に連れ出した。

「外で話そう。」
私は余りに急な展開にただ彼に従うだけしか出来ず、
近くに駐車してあった彼の車に乗り込んだ。

「一体、どうしたのよ!? 何かヤバイ人なの!?。」
私は彼に問い詰めた。

「誰からの依頼なんだ?。」
珍しく真剣な『誠一』のその声を聞いて私はしばらく黙り込んでから伝えた。

「それは言えない、、。」
彼は納得するように何度も頷いた。

「そうだな、、。でも、オマエはその依頼者と何らかの接点があるって事だよな?。」
私がコクリと頷くと彼は腕を組みしばらくの間何かを考えていた。そしていつものように戯けながらエンジンを掛けた。

「分かった! 調べましょっ! その代わり今回の報酬は高いぜ~。一晩デートしてくれたら文句なし!。」
私は彼の頬を軽く平手打ちすると、
その手を握り「気をつけろよ。」と言った。


 ホテルに戻りすぐにフロントへ向かうと父と『麻理子』が真剣な顔つきで何やら話し込んでいた。
大抵、そんな時はろくでも無い話をしている。
二人は私の姿を見ると何度も頷いた。

「お姉ちゃん!、私、あの人好きよ。凄く良い人だし。」
私は妹の顔にある大きな青アザに呆れながら父の方を見ると
真剣な眼差しで肩に手を乗せながら言った。

「彼は素晴らしい人だ。間違いない。」
私は大きな溜息をついて
野良犬を祓うように二人をフロントから追い出した。

 仕事の間中、私はずっとついさっきの『誠一』との出来事や言葉を考えていた。
個人的にも、仕事上の些細な面倒な事は彼に頼り問題を解決してきた。
それは彼が警察官であり刑事という存在だからでもあるが、
思えば何故、
彼はそう言った面倒な事柄を全て解決する事が出来たのだろうか、、?。
こんな小さな町だ。警察官の一声で震え上がり面倒を介するヤクザな人もきっといるだろう。
しかし、それだけの事なのだろうか?。
いつにない彼の真剣な表情と声を思い返り、
何か重大な事に関わり始めているのだろうと推測した。
彼が別れ際に言った「気をつけろよ。」という言葉。
それは間違いなくきっと『澤村英司』が帯広を訪れた理由が関係しているのではないかとしか思いようがない、、。
私にとって彼は危険を及ぼす人物なのだろうか、、?。
しかし、実際に先日の夜、
私は彼と一緒に『あの部屋』で一夜を共にした。
その事実こそが、彼に対する確固たる信頼なのだ。
私しか(恐らく)入る事が出来なかったあの場所に、彼は入った。
いや、入れたのだ、、。
長い間、忘れ葬られて来た場所に何故、
今になって私は訪れる事が出来たのだろうか、、?。

でもそこに、あの子は居なかった。


 幼い頃、私は妹と二人でよく実家の「ホテル・ニュー・カリフォルニア」で遊んだ。
私達にとっては最高の遊び場だった事は言うまでもない。
五歳か六歳くらいのある日、
いつものように空いている部屋に忍び込んでいると私は知らない女の子と出会った。
確か、彼女の名前は『マリエ』ちゃんだった。
私達は何度となくその部屋で出会い、遊び、交友を深めて行った。
しかし、年齢を重ねる毎にその部屋で彼女と会う事も減り、
いつしか私はそれが幼少時代の夢で妄想だったのでないかと思うようになった。
常識的に考えればそりゃそうだ。
そんなSFファンタジー映画の様な出来事なんて現実にある筈が無い。
妹の『麻理子』なんてとっくにそんな記憶も失っている。
しかし今でも、
彼女と二人でこっそりと過ごした日々を忘れる事が出来ない。
蛇のように這い込んで下半身を愛撫した彼女の指は、私に罪悪感と快楽を与えてくれた。
次第に、その行為を二人だけの『秘密』として共有する事となった。
思えば、父や母は『あの部屋』の存在を知っていたのだろうか?


 深夜零時を過ぎたフロントは、ほぼ出入りする宿泊客も居ない。
そんな時間を最近は、先日父が新たに導入した
最新のパソコン『Windows95』に没頭する事が出来た。
こういうテクノロジー系に関しての父は驚くほどに敏感だった。
以前から、これからの世界はインターネットにより進化して行くと力説はしていたが、
私にとってはどうでも良い事とばかり思っていた。
しかしこうして目の当たりにし『Internet Explorer2.0』を立ち上げると、
今まで見た事も感じた事もない世界が目の前に広がった。
画面もワープロとは全く異なり、まるでテレビ画面を見ているようだ。
私は現在までの顧客名簿を最新のソフトで作成し忍耐強く入力していった。
それは正に気の遠くなる様な作業だった。
しかし途中で、以前まで作成保存しておいたフロッピーディスクで
このパソコンに読み出せないかと思いスロットに挿入してみた。
我慢強く画面を見続けると、驚いたことに簡単に読み込む事が出来た。
直ぐにそのアイコンをクリックすると暫くして画面が表示された。
体裁や書体が若干崩れているものの、
全てを入力して行くよりも、修正する方が圧倒的に早い事に気が付いた。
そんな事に気付いてしまった私は数十冊の名簿帳を段ボールに戻し元あった棚の奥へと仕舞い込んだ。

 深夜二時過ぎ、私はエレベーターに乗り込み五階へ向かった。

そう、『あの部屋』を確かめに。

扉が開き、非常灯だけのあかりの中で廊下を一番奥まで歩く。
そして五〇一号室の前で立ち止まった。
『澤村英司』が宿泊している部屋だ。
私は静かに扉へ右耳を押し当ててみた。恐らく彼は既に寝ているだろう。
視線の直ぐ先には行き止まりの壁が立ちはだかり僅かな長方形の曇り窓があった。
私は扉から離れ、その壁に触れた。
冷んやりとするコンクリートは沈黙し、私の前に立ち塞がる巨大な壁の様に思えた。
確かにここに『あの部屋』は存在するのだ。
でもどうやったら入れるのだろうか?。
私は子供の頃、どうやって一人で入っていたのだろうか?。
何も思い出せない、、。
真夜中のホテル。
通路の一番端で、私は完全に行き場を失っていた。


   ***


このホテルを最初に始めたのは父方の祖父だった。
所謂、私達にとってのお爺ちゃんだ。
随分昔、父に聞いた話によれば確か一九四〇年頃だったと記憶している。
当時は木造の旅館だったらしいが、
七〇年代初頭に現在の五階建て鉄筋コンクリートに建て替えたらしい。
先代より『佐山荘』と言う名称だったらしいが、
父が受け継いだその後『ホテル・ニュー・カリフォルニア』と変更したのだ。
ま、当時ヒッピーだった父が考えるには分かりやすく、
きっと当時の『イーグルス』の人気に肖ったのだろう事は言うまでも無い。

私が幼少の頃のホテルは何処もかしこもサイケデリックなペイントで施され、
いつも喧しい音楽が流れていたものだった。
『イーグルス』は勿論、『ジャニス・ジョップリン』に『ジミ・ヘンドリクス』など。
訪れる男達は誰もがロン毛に髭、そしてベルボトムを履き、
女らは色鮮やかな服を纏い大きなサングラスをかけていた。
フロントはいつもタバコの煙で真っ白。
次第に壁はヤニに侵食され茶色へと変わって行った。
客室からは頻繁に女が喘ぐ声が漏れ、私は時折、扉に耳を押し当ててこっそりと聞き続けた。
そして私が十七歳の頃、母は突然家を出た。

高校を卒業した私は、
市内のアパレル店員として働いていたが、
俗に言う『バブル崩壊』もありホテルの経営は逼迫していった。
次第に従業員を雇う事も不可能となり、結局、私が父と共にホテルで働く事となった。
しかしそれは私にとって決して残念な事では無かった。

まず思い切って最初に私が行なったのは、館内のリニューアルだった。
時代遅れのサイケデリックな色相を改め、シックでソフィスティケイトされた壁紙と室内。
私が求めたのは、落ち着いた空間そのものだった。
それらに対し父は何一つ文句を言わなかった。
時代と共に変わって行くホテルの様をきっと悲しんでいた事は承知していた。
ただ一つ、父がそれだけは、
と願った『ホテル・ニュー・カリフォルニア』と言う屋号だけはそのまま残す事とした。


   ***


その日は、珍しく朝からフロントに『イーグルス』の『ホテル・カリフォルニア』が流れていた。
客の居ないカウンターの中で父は鼻歌を歌いながらあちこちを片付けていた。
私が近づくと少し驚いた表情で暫く見つめた。

「何? どうしたの?。」
父は両腕を組み、真剣な眼差しで私の全身を見渡し大きく頷いた。

「い~身体してるなぁ。惚れ惚れする。特に腰周りは最高だ。太腿の肉付きも素晴らしい!。」
私はお尻を突き出し父に向かって投げキッスした。

 カウンターに二人で並びながら過ごす時間は好きだ。
親子だからと言う特別な理由では無いが、何となく好きなのだ。
この人の側にこうしているだけで落ち着く。
やはりそれは、親子だからなのだろうか?。

「父さん、余程、『イーグルス』が好きだったのね。」
私が何となくそう話すと父は驚く事を言った。

「べつに、、。特に好きじゃない。」
私は驚愕し暫くの間硬直した。
父は真顔で首だけをこちらに向けキョトンとした表情で不思議そうに見つめた。

「好きなんじゃないの!? ずっと大好きだと思ってた! 母さんが好きだったの?。」
父は首を傾げた。

「母さんは大嫌いだったな。あんな薄汚いヒッピーより『マーク・ボラン』や『ボウイ』みたいな王子様が好きだった。」
私は半分納得したが、
二人とも『イーグルス』が嫌いだったと言う事実を認識するまでに時間が必要だった。

「じゃ、何で『ニュー・カリフォルニア』って言う名前にしたのよ!?。子供の頃からずっと今まで『イーグルス』が好きで付けた名前だと思っていたのに!。」
すると父は仰天し頭を抱えた。

「お前、バカか!?。」
私は完全に固まった。そうだ、私はバカだ。バカだったのだ!?。
暫くすると父は、優しく穏やかに、
子供の私が理解出来る様に言った。

「ここが『ホテル・カリフォルニア』だからだ。」
その真剣な眼差しを見つめ私は吹き出した。

「言ってる意味がさっぱり分からない!。ここは『ホテル・ニュー・カリフォルニア』よ!。」
戯けた私の肩を両手で掴み、
いつになく真剣な表情で私を落ち着かせた。

「いいか、陽子、お前は子供の頃からとっくに気付いている筈だ。」
その言葉を聞き私はハッと目を見開いた。
私が子供の頃からとっくに気が付いていた事、、。
そうだ、、私は気付いていた、、。
気が付くと私の瞳から大粒の涙が溢れていた。

「でも、どうして『ホテル・カリフォルニア』なの、、?。」
父は私の涙を指で拭い、レコード棚から『イーグルス』の古いアナログレコードアルバム『ホテル・カリフォルニア』を取り出し私に渡した。

「今のお前ならきっと理解出来る筈だ。何故、ここが『ホテル・カリフォルニア』だと言う事も、それとな、、。」
父は言葉を詰まらせた。

「それと、、何なの、、?。」
唇を軽く噛み締め父は続けた。

「母さんが此処を出て行った理由だよ、、。」
私は仰反るほど驚愕した!。母さんが出て行った理由!?。
完全に混乱し言葉を発する事も出来ず、ただ父の哀しげな顔を見つめた。
父は私をしっかりと抱きしめた。

「それにな、『澤村』様がこのホテルを訪れたのは偶然じゃない。たまたまじゃ無いんだよ。来るべきして此処にやって来たんだ。その理由まで、父さんは知らないが、恐らく、お前がその道標を示す役割なんだと思う。今、起こっている出来事は全て必然な事だ。力になってやれ。」
私は何もかも理解出来ず、
ただ温かい父の腕の中で子供の頃を思い出していた。


   ***


 指定された駐車場を訪れると『誠一』は車内でタバコを吹かしながら待っていた。
私が助手席に乗り込むと、彼は笑顔を向けた。

「分かったよ。」
私は彼の仕事の早さに感心した。

「市内に居るの?。」
彼は少し考えてから言葉を選ぶように伝えた。

「あぁ、そうだ。帯広市内だ。ただ、正確に言えば、帯広に居たって事だ。」
私は少しガッカリした。

「そっかぁ、、。残念、、。それ以降の足取りは、やっぱり分からないわよね。」
彼は頷いた。

「ただ、その住所を依頼人に伝える事はとても重要な事だ。必ず役に立つ。」
私は窓に降り注ぐ大粒の雪を眺め溜息をついた。
『誠一』は私の手を優しく握り話し出した。

「陽子、聞いて欲しい事がある。あくまで俺の一方的な話で、何か疑問を持っても問わないで欲しい。」
私は彼の目を見つめ頷いた。

「その場所に、探している人が居ないと分かっていても、必ずその住所を依頼人に知らせて欲しいんだ。それは必ず、その人にとっての次の道標となる筈だ。もしかしたら、想像出来ない程の絶望や苦悩があるかもしれない。その時は、助けてあげて欲しい。真実から目を逸らさない様にだ。」
私はぼんやりと彼の言葉を聞いていた。

「それとな、もしかしたら俺、そろそろ東京に戻らなければいけないかもしれない。もう、俺の役目も終わりに近づいている。」
私はその『役目』と言う言葉に反応し、
つい聞き返してしまった。

「もう、会えないって事?。」
彼は頷いてハッキリと答えた。

「そうだ。恐らく今日が最後になるかもしれない。」
彼はエンジンを掛け追い払うように私を車から出した。

「ありがとう! 誠一!。」
彼は手を振りながら冷たい雪の中を走り去った。


 渡さなければ。でも気が重い、、。
実際にそこを訪れたらきっと『英司』さんはガッカリして落ち込む事だろう、、。
しかし、必ず渡す事に意義がある筈だ。
『誠一』は恐らく依頼人が『澤村英司』だと言う事を知っている。
何か理由がある筈だ。
それと、全く接点のない父と『誠一』が伝えた『道標』と言う言葉。
これも偶然では無い筈だ。
一体、私に何が出来るのだろうか?。
取り残された駐車場で、
私は独りぼっちになってしまった様な気持ちになった。


 ホテルのレストランを訪れると『英司』さんは既にウィンナー・コーヒーを飲んでいた。
見ると父と『麻理子』がまたフロントで熱く語り合っていた。
私が鋭い眼差しで睨みつけると二人は直ぐに退散した。
 住所のメモを渡すと、彼は心から喜び感謝の言葉を伝えてくれた。
そんな姿を見ていると少しだけ気持ちが和らいだ。
色々と質問したい事もあったが、私は我慢する事にした。

 彼が去った後、昨夜、父から渡された『イーグルス』のアルバムをしっかり見てみようと思い事務所からそれを持ち出し、ロビーのソファでそれを広げた。
いかにも父や母が好きそうな雰囲気の写真だ。
表ジャケットの夕焼けに佇むホテル。
うちのホテルの入り口に椰子の木を置いている理由も一目で理解できた。
実に分かり易い。
もっとも、子供の頃からそんな理由は分かっていた。
フロントのホールに集まるバンドメンバーや宿泊客だと思われる大勢の人々、
そして誰も居ない静かなフロント。
古めかしい時代を感じるヘアスタイルやファッション、インテリア。
それ以外に私を惹きつける物など何も無かった。
私はそれらを観察しながら父にレコードで『ホテル・カリフォルニア』を流してくれる様にお願いした。
幼い頃から聴き慣れた楽曲にギターフレーズ。
ギターソロを口で歌える程、私は熟知している。
今、考えれば確かに決して大好きな曲でも無いのに、、。
そう考えれば、父も母も実は嫌いな曲だった、と言う意味も理解が出来る。
でも、何故か耳に残るその絶対的なギターやメロディーが印象的なのだ。
恐らくそれこそが名曲と言われる所以なのだろう。
世の中には『イーグルス』や『ホテル・カリフォルニア』に直接的な興味が無くても、
聴いた事がある人々は世界中に大勢いるに違いない。
アーティストが伝えようとした意味や理由を別に。
そして私は初めて日本語訳された歌詞を眺めた。

一通り読み終えた私は、その内容の僅かな箇所に同調した。
確かに意味深く、父が言ったこのホテルと類似した様もある。
しかしこれは単なる歌詞であり殆どが解読不能だった。

全く意味が分からない?。

すると『麻理子』が突然、激しくエアギターをしながらフロントに現れた。
その陶酔し、ステージさながらのゼスチャーに私は圧巻され恥ずかしさと一緒に呆れ果てた。

「ウェルカム・トゥー・ザ・ホテル・カリフォルニア~! 最高だよね~! ジャンキー最高!。」
私は呆れたが、父は目を輝かせて娘のパフォーマンスに感嘆しリズムに合わせて手拍子をしていた。

「あんた、この曲の何を知ってるのよ!?。」
すると『麻理子』がエアギターから手を下ろし真顔で言った。

「え!? お姉ちゃん、知らないの!? この曲はジャンキーの曲だよ。ドラッグでイカれた男が泊まったホテルの歌。ん~、入ったら出られない、みたいな感じかな。要するに、逃げられない、みたいなかな?。」
私はその見解に驚き再びアルバムを広げ写真を見入った。

出られない! 逃げられない!?。

私はそのフロントのロビーに集まる人々をまじまじと眺めた。
もしかして、この人達はホテルに囚われた人なのだろか?
ジャンキー? ドラッグに溺れた人々?
それと『あの部屋』は何か繋がっているのだろうか?。

「父さん! そういう意味なの! 私には全然分からないんだけど!?。」
妹の頭を優しく撫でながら父は優しく言った。

「それは、人によって違うって事だ。誰の解釈も間違いじゃ無いし、正しいと思えばそれが答えだ。」

「そうだよ! お姉ちゃん! 私、あの人好きだよ。だって私を助けてくれた! 自由にしてくれたんだよ!。」
その言葉は、私の硬直した胸と心を打ち破った。
この感覚は何なのだろうか?
私は、、自由じゃ無かったのか、、も、、。
囚われていたのかも、、。
何に!? 一体何に囚われていたの!?
そう自問すればする程、私には分かっていた。
そうだ、私が囚われていたのは『あの部屋』だと言う事を。
恐らく家族全員がそうだったのだろう。
妹の『麻理子』ですらそうだったのかもしれない。
そして無論、父と母も、、。
母は何故、
家族を捨ててまで此処を出て行ったのだろう、、。


   ***


 目を覚ました時、私はリビングのソファに横になっていた。
時計の針は朝の六時二十七分を指していた。
頭の中が重くてうまく起き上がることが出来ない。
指先から神経を集中させていき長い時間をかけてやっと現実に身体が馴れはじめていく。
気がつくと部屋のどこかでカタカタと物音が聞こえる。
そうか、夕べずっと聴いていた『ホテル・カリフォルニア』のレコードを止めずに眠り込んでいたらしい。
やっと起き上がろうとしたその時、頭の回路がフラッシュバックした。
頭が痛い、、。割れそうだ! 誰か助けて! 助けて!
次第に意識が朦朧とし遠のいて行った。


気が付くと私は公園のベンチに座っていた。

ここは何処だろうか?

とても居心地が良く穏やかな気分だ。
正面の大きな川がキラキラと輝きながら流れていた。
通りの向こうから黒髪でロングヘアーの女性がこちらにゆっくりと歩いて向かっている。
あの綺麗な女性は誰だろう?。
ベッドには細っそりとした可憐な老婦が静かに眠り、
その寝息を見守る様に老父が手を握っている。
私は寂れたホテルのロビーのソファに座り、
支配人の女性に促されるがまま、その部屋の扉を開けた。
するとその暗い廊下の途中でかすかなズレのようなものを感じた。
立ち止り、ゆっくりと左右の壁から天井へと意識を集中させて見回した時、
急に誰かが手を掴んだ。
驚いて咄嗟に振り返ると、血まみれの女が私を見つめた。
ゆっくりと生唾を飲み込んだ時、
女は顔を近づけて耳元で囁いた。

「あなたが探しに来たものがここにあるのかしら?。」
私が探しに来たもの?
金縛りにあったように硬直した私の手を、
女はゆっくりとヴァギナに押しあて僅かなうめき声をあげた。

「ほら、入りなさい、、。そうしたかったんでしょ?。」
エレベーターは長い時間をかけてロビーへ到着し、やがて扉が開いた。
真っ暗なそこに足を踏み入れた瞬間、私は懐かしいような香りを嗅いだ。
手探りで僅かな明かりの中やっとソファに座る人影を見つけ声をかけた。

「お母さん!?。」
彼女はすっと立ち上がり奥の扉を開き私を手招いた。

「行きましょう。」
油臭い扉の中に入った私は母の背中を追いながら長い時間歩き続けた。

「何処に行くの!?。」
母は振り返りもせずに無言で歩き続けた。
身体中に感じる重さが足にまで達し疲れ果てた時やっと母が立ち止まった。
何かを探るように真っ暗な壁に耳をあて、やがてその扉を開けて入っていった。
独り取り残された私は閉鎖された恐怖と孤独に怯えその見当たらない扉のノブを探しながら壁を叩きつけた。

「お母さん! 開けて! 助けて!。」
その叫びが空しく木霊する真っ暗な空間の中で私は声を枯らし固い壁を叩き続けた。

「お母さん! 開けて! お母さん!!。」
木霊する声はいくつも重なり合い、錯乱した私は僅かな意識の中で身体が震えるほどの絶望を感じた。
すると目の前に聳え立つ巨大な壁の向こうから誰かが叫んだ。
私は突然鳴り響いた警報と群衆の渦に巻き込まれながら必死にその壁の向こう側へ拳を叩きつけた!。
耳をつんざく様なサイレンの音。
此処は何処!? 一体何処なの!? 
空が真っ赤に燃え上がり、鳴り響く警報の中で、
私は人々にもみくちゃにされながらも必死に扉を見つけようと群衆の中を掻き分けた。
しかし次々と折り重なるような人混みの状態の中では、ただひたすら叫ぶ事だけで精一杯だった。
すると一瞬、私はその壁の向こうから叫びを聞いた。
確かに聞いた。

「美樹子! 開けてくれ! 美樹子!!。」
その叫び声を聞いて直ぐに『英司』さんだと分かった。

「私よ! 陽子よ! 英司さん! 私よ!!。」
叩きつけた血だらけの拳を振り下ろし、
その場で愕然と泣き崩れた私に、知らない老人が手を差し伸べてくれた。

「大丈夫じゃよ。大丈夫じゃ。あんた、ミキコのあれじゃろ? 守ってやるからな。心配せんでもいいんじゃ。」
私は身も知らない老人の腕の中に抱かれ安堵し、
やがて深い眠りについた。
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