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3章
それは秘密です
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馬車は順調に街道を進んで、王都の城壁が近付いて来た。
近付くにつれて、王都を囲う城壁と、南海州の州都マリーアの城壁は全然違うなと思った。マリーアは、南は海に面しているので、城壁は南の港を囲うように、五つの結界塔と繋がりながら街を護っている。
王都を囲む城壁から見える塔は、中心にそびえる主塔だけだった。ラドゥ様が、王都の結界塔は主塔一つだけだよ、と教えてくれた。
「王都の結界は、炎と天人と水の巫覡が張ったものだよ」
そう言って、ふふふ、と僕たちを見て笑った。
えっと、思わずレオリムを見ると、う~んと唸って首を傾げた。
「……覚えてない」
そう言って、馬車の窓越しにじっと城壁の奥にある主塔を眺めて、やがて肩を竦めて顔を馬車内へ戻した。ちょっと悔しそう。
一番高い城壁は、マリーアの城壁と同じくらいの高さに見えた。それよりも気になったのは、城壁の外側。高い城壁を低い壁が囲っていた。それには駅所にあるような門があって、そこで一度止められた。そこを潜ると、奥の高い城壁へ向かう街道沿いに建物が連なっている。城壁と城壁の間に宿駅があるような感じ。
王都の正式な城門は、一番高い城壁にある門だよ、とラドゥ様が言った。
そこへ至るまで、いくつかの堀や塀と、その間に建物や天幕、そしてたくさんの人々が行き来していた。最初は天幕が並んでいて、いくつかの塀を越え城門へ近付くにつれてしっかりとした造りの建物になっている。城壁の外を、別の街が層のように囲んでいる。
レオリムは、その街の様子を見ながら、あまり興味なさそうに呟いた。
「覚えてないけど、二人がここに結界を張った時よりも、街が広がったって感じだな」
僕も、そう思った。これは、最初にあの高い壁に囲まれた街があって、時代が進んで人が増え、壁の外へ溢れたように見える。そう思ってラドゥ様の顔を見ると、満足そうに、うん、と首を縦に振った。
「そう。ここにあった集落の者に頼まれ、お二人が結界を張った。魔獣から守られた集落はやがて大きくなり、王国を築くに至った。結界の真ん中に主塔を建て、そこを中心に最初の城壁が築かれ、人口の増加に合わせて街は外へ向かって大きくなったが、少々雑多だね」
ラドゥ様は、馬車の窓から、ひしめき合う建物や人々を見つめて、懐かしそうに言った。
「あ、そうそう。水の巫覡殿が王都の結界を張った一人であることは国家の秘匿事項だから、他所では口しないように」
えぇ!?
びっくりしてラドゥ様を見ると、イタズラが成功したような顔で、くくく、と笑っている。
冗談? どっち?
レオリムも目を丸くしていて、父さんも顔が引き攣っている。
「まぁ、高位貴族や中枢にいる官吏の間では公然の秘密だがね」
ほっ、ほんとのやつ?!
「どのくらい前だったかな。当時の王家の権力が揺らいだ時期があってね。彼らは自分たちは炎の天人の子孫であると信じているから、炎の天人の偉業を強調しだしてね。史実から巫覡殿の名を削ったのだよ」
ラドゥ様は、組んだ手の、人差し指で反対の手の甲をとんとんと叩いた。
「師父はそういうことに構う方でなくてね。放っておけと言われてそのままになって、巫覡殿の名は多くの史書から消えて行った。その頃にはほとんどの天人は人と関わることをやめていたし、今では天人も神話の存在だと思う者が多いだろうね。伝え説くことも出来たが、巫覡殿は慎ましい方だから、師父もそれで良いと言われて、ね。我々も干渉しなかった」
ラドゥ様は僕たちを見て微笑んだけど、声を少し潜めた。
もしかして、国の成り立ちや消えた歴史の話をされているのでは……と気付いて、ぶるっと震えた。
「天人は今では神話の中に息づく存在だが、王家や一部の貴族は実在することを知っている。炎の天人が生まれ変わったと知れば、目の色を変えるだろうし、水の巫覡の名は、禁忌というわけではないが、王家に探りを入れていると見られかねない」
レオリムが僕の手を握った。
「シーランが水の巫覡の生まれ変わりということは、知られないに越したことはない。気を付けなさい」
「はい。あの、レオが、炎の天人の生まれ変わりなのも、秘密ですよね?」
ラドゥ様は頷いた。父さんは聞こえないふり。レオリムは僕の手を握る力をすこし強めた。
「父上、あまりシーラを怖がらせないでくれ」
「ははは。少し脅かし過ぎたかな。二人の魂まで感知できるような魔法使いは、今の貴族の中にはほとんどいないから、それほど気負うこともないよ。分かるのはこちらの事情を知っている者くらいだろうからね」
「それよりも問題は、魔獣の方だ。精霊にはすぐに気付かれてしまったし、やはり二人の魂の輝きはあれらを引き付ける。王都の私の屋敷についたら、魔石に隠蔽と結界の魔法を籠めよう」
ラドゥ様は胸元から小さな袋を取り出した。ラドゥ様が袋を逆さに振ると、精霊湖を出た後に討伐した魔獣から得た闇色の魔石が出て来た。
「この旅の途中で、ちょうど良い魔石も手に入った。闇色の魔石は、隠蔽の魔法ととても相性がいい。この大きさなら、二人分に充分足りるだろう」
にこにこと笑うラドゥ様の瞳が、その柔和さの奥で老獪に光った気がした。罠に掛かった獣は憐れだと寂しげに笑ったラドゥ様の仕掛けた罠は、どこからどこまでだったんだろう。
近付くにつれて、王都を囲う城壁と、南海州の州都マリーアの城壁は全然違うなと思った。マリーアは、南は海に面しているので、城壁は南の港を囲うように、五つの結界塔と繋がりながら街を護っている。
王都を囲む城壁から見える塔は、中心にそびえる主塔だけだった。ラドゥ様が、王都の結界塔は主塔一つだけだよ、と教えてくれた。
「王都の結界は、炎と天人と水の巫覡が張ったものだよ」
そう言って、ふふふ、と僕たちを見て笑った。
えっと、思わずレオリムを見ると、う~んと唸って首を傾げた。
「……覚えてない」
そう言って、馬車の窓越しにじっと城壁の奥にある主塔を眺めて、やがて肩を竦めて顔を馬車内へ戻した。ちょっと悔しそう。
一番高い城壁は、マリーアの城壁と同じくらいの高さに見えた。それよりも気になったのは、城壁の外側。高い城壁を低い壁が囲っていた。それには駅所にあるような門があって、そこで一度止められた。そこを潜ると、奥の高い城壁へ向かう街道沿いに建物が連なっている。城壁と城壁の間に宿駅があるような感じ。
王都の正式な城門は、一番高い城壁にある門だよ、とラドゥ様が言った。
そこへ至るまで、いくつかの堀や塀と、その間に建物や天幕、そしてたくさんの人々が行き来していた。最初は天幕が並んでいて、いくつかの塀を越え城門へ近付くにつれてしっかりとした造りの建物になっている。城壁の外を、別の街が層のように囲んでいる。
レオリムは、その街の様子を見ながら、あまり興味なさそうに呟いた。
「覚えてないけど、二人がここに結界を張った時よりも、街が広がったって感じだな」
僕も、そう思った。これは、最初にあの高い壁に囲まれた街があって、時代が進んで人が増え、壁の外へ溢れたように見える。そう思ってラドゥ様の顔を見ると、満足そうに、うん、と首を縦に振った。
「そう。ここにあった集落の者に頼まれ、お二人が結界を張った。魔獣から守られた集落はやがて大きくなり、王国を築くに至った。結界の真ん中に主塔を建て、そこを中心に最初の城壁が築かれ、人口の増加に合わせて街は外へ向かって大きくなったが、少々雑多だね」
ラドゥ様は、馬車の窓から、ひしめき合う建物や人々を見つめて、懐かしそうに言った。
「あ、そうそう。水の巫覡殿が王都の結界を張った一人であることは国家の秘匿事項だから、他所では口しないように」
えぇ!?
びっくりしてラドゥ様を見ると、イタズラが成功したような顔で、くくく、と笑っている。
冗談? どっち?
レオリムも目を丸くしていて、父さんも顔が引き攣っている。
「まぁ、高位貴族や中枢にいる官吏の間では公然の秘密だがね」
ほっ、ほんとのやつ?!
「どのくらい前だったかな。当時の王家の権力が揺らいだ時期があってね。彼らは自分たちは炎の天人の子孫であると信じているから、炎の天人の偉業を強調しだしてね。史実から巫覡殿の名を削ったのだよ」
ラドゥ様は、組んだ手の、人差し指で反対の手の甲をとんとんと叩いた。
「師父はそういうことに構う方でなくてね。放っておけと言われてそのままになって、巫覡殿の名は多くの史書から消えて行った。その頃にはほとんどの天人は人と関わることをやめていたし、今では天人も神話の存在だと思う者が多いだろうね。伝え説くことも出来たが、巫覡殿は慎ましい方だから、師父もそれで良いと言われて、ね。我々も干渉しなかった」
ラドゥ様は僕たちを見て微笑んだけど、声を少し潜めた。
もしかして、国の成り立ちや消えた歴史の話をされているのでは……と気付いて、ぶるっと震えた。
「天人は今では神話の中に息づく存在だが、王家や一部の貴族は実在することを知っている。炎の天人が生まれ変わったと知れば、目の色を変えるだろうし、水の巫覡の名は、禁忌というわけではないが、王家に探りを入れていると見られかねない」
レオリムが僕の手を握った。
「シーランが水の巫覡の生まれ変わりということは、知られないに越したことはない。気を付けなさい」
「はい。あの、レオが、炎の天人の生まれ変わりなのも、秘密ですよね?」
ラドゥ様は頷いた。父さんは聞こえないふり。レオリムは僕の手を握る力をすこし強めた。
「父上、あまりシーラを怖がらせないでくれ」
「ははは。少し脅かし過ぎたかな。二人の魂まで感知できるような魔法使いは、今の貴族の中にはほとんどいないから、それほど気負うこともないよ。分かるのはこちらの事情を知っている者くらいだろうからね」
「それよりも問題は、魔獣の方だ。精霊にはすぐに気付かれてしまったし、やはり二人の魂の輝きはあれらを引き付ける。王都の私の屋敷についたら、魔石に隠蔽と結界の魔法を籠めよう」
ラドゥ様は胸元から小さな袋を取り出した。ラドゥ様が袋を逆さに振ると、精霊湖を出た後に討伐した魔獣から得た闇色の魔石が出て来た。
「この旅の途中で、ちょうど良い魔石も手に入った。闇色の魔石は、隠蔽の魔法ととても相性がいい。この大きさなら、二人分に充分足りるだろう」
にこにこと笑うラドゥ様の瞳が、その柔和さの奥で老獪に光った気がした。罠に掛かった獣は憐れだと寂しげに笑ったラドゥ様の仕掛けた罠は、どこからどこまでだったんだろう。
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