双姦関係協奏曲

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第五章 二重讃美歌

フーリエ変換の法則

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数日が過ぎた。あの巧と真奈美の情事を目撃した後、真由美は自分の寝室で目覚めた。夢であったのかもしれない。でも、夢でない現実性が頭の痛みとともに残っていた。(ああ、どうしたらいいの、ママ?)拓也の遺影に語りかけても、拓也はひまわりのように咲いたまま動かない。(拓也がいてくれれば、拓也が……)そう真由美は思うが、写真の中の拓也だけで現実には存在しない。(いえ、拓也はいるのよ。そう、私の中で生きてる。)真由美は観念的な愛を信じることに今は決めたようだ。動かない写真の中に、真由美は現実を見出そうとする。拓也はいつもどおり笑っている。だが、一瞬真由美の中で「氷のようだ。」と思ってしまう。実際に、写真である。温かいわけがない。だが、思考のなかでは温かい拓也なのだ。指先で触れてみる。触れた瞬間、火傷にでもあったかのように手を引っ込める。(ああ、どうして……)

もはや、そういうものなのだ。

家の中の配置が少し変わっていた。どこというものではない。すぐには気づかない。だが、気づく人は気づくという変化だった。それは、サラダをおく位置などにすぐ現れた。昔は、二人の少年がとりやすいようにおいた。しかし、もうここには拓也はいない。常に、食べるのは母である真由美と巧の二人である。自然と母は息子である巧がとりやすいように食事をおく。食器の配置も少し変わった。備え付けの食器洗い機にいつも入れられていた拓也用の箸はもうない。いつもなら、拓也の分までの洗濯ものが干してあったり、たたんであったりするのだが、それも一人分すくない。すべてが、一人分少ないのだ。微細ながらもそれは、変化といえたし、感情の側面で残していたいと思っていても、ある種の効率性や利便性を求める自分の心が排除を求めていることを意味していた。拓也の痕跡は数日しかたっていなのに、もう風化を始めていた。
(ああ、私の中の拓也がどんどん削られていくようで切ない。)
それは心理的な安全の領域を少なくなっていくような感覚だった。真由美の中で、拓也のいる領域は真由美の体の拡張された領域であり、延長された領域だったのだ。それがぽっかり空いてしまった。

「母さん、どうかしたの?」
巧が不安げな顔で真由美の顔を覗き込んでいる。
「え、ええ……」
真由美はにこりと無理やり微笑んで見せる。(だいじょぶ。だいじょぶ。)そう言い聞かせながら、呼吸する。
「料理まずかった?」
巧が質問する。珍しく、捨てられそうな子犬様な表情を浮かべている。偽装だとしても、あざやか過ぎる。おそらくは、本音と嘘がいりまじった完全一体となった状態なのだろう。だから、真由美は見抜けない。単純に「息子が心配してくれている。」と考えた。
「そんなことは……」
ここ数日の料理は巧が全部こなしてくれているのだ。家事全般もそうである。ふさぎこみがちな母親にかわり、巧が全部賄っていた。それは、明確な配慮であり、また真由美は気づいていないが、徐々に巧が兄である拓也の存在を消していっているという事実だった。
「いや、そんなことはないわ。巧。」
真由美は努めて冷静に振り切るように言う。微笑みさえ浮かべている。なんとか切り替えようとしていた。
「そう?ならいいけど。」
巧はいつものようにすっとひく。けして、追わない。追い詰めない。相手の領域に間合いを急激につめては、すっとひく。絶妙の判断である。
「うん。」
真由美のそれ以上は何もいえなくて、話をやめてしまう。

カチャカチャカチャ。一端黙り込んでしまうととてつもない。静寂が訪れる。
食器と食べ物を口に運び、咀嚼する音だけが聞こえてくる。

「そうだ。お話をしてあげようか?」
突然、だしぬけに巧がいう。
「お話?」
真由美はびっくりして巧の顔を眺める。冗談ではないようである。巧が満面の笑みを浮かべて話す。
「そうお話?」
サラダを食べながら、巧が突然歌うように言う。テーブルの上には温めなおされた食事がのっている。
「数学の世界にフーリエ変換というのがあってね。」
とつとつと巧が話し始める。母の真由美には新鮮な光景だった。あまり、彼のことを気にかけてこなかった。が、ゆえに不注意であり、彼が何に興味を抱いているのかが、深く理解できてないといえた。
「ええ」
真由美は真由美なりに、彼を理解しようとしていた。たとえ、あのようなことや夢かもしれないとうことが起こったとはいえ、彼は彼女の最愛の息子の一人なのだ。
ボタンをかけ違えてるだけなのかもしれない。
「母さんは、音楽は好きだよね。」
巧は笑顔を浮かべる。それは、真由美の中では安らぎを覚える拓也の表情に似ていた。誤解してるという風に思う。だが、自分と息子の共通項を見出しいて安堵している自分がいる。
「ええ、とっても好きよ。」
真由美は深く頷く。最大限の肯定的な態度である。深く受容していた。
(音楽の話ならついていける。)真由美は自然とそうおもった。
「音楽は数学や物理でいうと波ということなる。」
巧は巧なりに、考えていることを表現している。それは、彼の哲学であり、生き方、そのものなのかもしれない。
「波?」
真由美はそうつぶやく。あまり、物理や数学に興味がない真由美には理解しにくい話である。おそらく、電子ピアノをいじるなどしていれば、すぐにいろんなことに考えがいくかもしれないが、彼女が愛しているのはクラシカルなものであり、ほとんどがアナログといえた。キーボードよりはピアノなのである。Eメールよりは手紙。もちろん、さすがに現代社会においてメールも打てないというわけではないが、それでも巧や真奈美に比べるとかなり疎いといえる。
「そう波だね。」
巧は厳かにつぶやく。
「どんなに複雑な波でもシンプルな波を足し合わせることで表現できるというフーリエの定理があってね。」
巧は数式を思い出しながら、つぶやく。頭の中で波の揺れを考えているらしい。その姿は、普段の冷徹な彼からは推し量れない熱情が見て取れる。
「ええ」
母としては、生きている息子が今興味があることには、とても興味がわく。おしゃべりをしていると気がまぎれるのだ。そして、その彼が言おうとしている世界は真由美と共通の音楽でありながら、異質な世界の様な気が真由美にはしている。
「フーリエ変換はその他にも振動や波動や熱などに使われる。」
巧は小さく囁く。
「うん。」
(振動や波動や熱などに使われるというのはどういうことなのだろう?)真由美は世界の種明かしをしはじめた息子に対して、不思議な興味をもって見守る。

「振動はある特定の場所で者が動く現象。」
巧は話し始める。口数の多くない男が珍しくしゃべっている。余程、話したいのだろう。あるいは、伝えたい要素なのかもしれない。
「ええ。」
真由美は頷く。これも、少年と同じように小さくである。
「つまり、ピアノの弦が震えた時に、ピアノの弦が動いてるという現象。」
巧は母の真由美にわかりやすいように具体化をしてくれるらしい。巧にしては親切な行為といえた。巧は普段にない快活さを見せ始める。
「なるほど。」
母親である真由美は嬉しくなって、同調をしてしまう。真由美はピアノ弦が揺れているというのはものすごく理解しやすい状態なのである。
「波動はその動きが伝わっていく現象。」
巧の雰囲気がまた、なりをひそめる。中くらいの声の大きさと音程である。
「ええ。」
母親として同調していた真由美も小さく身をひそめる。
「つまり、ピアノの弦が空気を震わせて相手に届く現象。」
巧の声が少し大きくなる。
「なるほど。」
真由美はいつも弾いてる曲のことを思い出していた。「弾いた音が相手まで届く現象だ。」と息子は説明している。
「熱は波動と似ていて温度が場所と時間で変化するもの。」
巧の声の大きさが、大きくなる。そして、ある高音で声が響いている。あまりに高い音を出すとそれは公共的な意味をもつために、ひめやかな作用を働かさない。少年はいま、絶対的な真理のひとつを解き明かしている。
「ええ。」
真由美には熱と波動の関係性がいまいち理解できない。時間の変化といえわれれば理解できそうだが、まだかすみがかかっている。
「そして、ピアノが観客まで届いた時の熱量の変化といえる。」
少年はピアノが押されて振動し、波動し、熱へと変換される具体的なイメージを伝えた。時間というところだけを共通項にして、教えているのである。
「なるほど。」
真由美は深く理解する。

「それを手繰れば……」
巧は時限爆弾をしかけるまえの犯人の様な笑顔を少しばかりうかべる。
「どんな熱も時間とともにどこかへ逃げていき、どんどん0に近づく。」
巧はいつもの0の仮面をかぶる。何もよめない。今までの心を開いた巧とは一転して、閉じた目をしている。
「愛情がきえたら、近づく先は絶対零度。ということを表現している。」
巧は瞳を閉じながら、そういった。
「え!!!」
真由美は驚く。それが意味するところを深く考えたくない。

「この料理みたいに冷えるねって話さ。」
再び、瞳をあけながら巧はつげた。冷めたスープが置いてある。すべてのものが熱を抱えている以上周りの熱の状況に影響を受けざる得ない。温かいものは冷たくなるし、冷たいものは温かくなる。自然の摂理をことさらに言っただけの話だ。だが、何か真由美はごまかされたような気になる。
「ああ、うん。」
真由美としては鷹揚にうなずくしかない。
「そういえば、母さん。」
巧は話題を変え始める。
「はい、うん。」
真由美は少しばかりぼーとしていた。先ほど言われた発言がよほど気になるらしい。
「そういえば、真奈美叔母さんがまた来るらしいよ。」
巧がそう言う。少し笑みを浮かべている。嬉しいらしい。
「え?そうなの?」
真由美は注意力が散漫になっている。
「うん。どうしたの母さん?」
巧が懐疑的な顔を浮かべる。それしては、どこか満ち足りている。
「いえ、何も……」
真由美は答えようとする。
「その割には表情が暗いよ。」
そういった巧の言葉を最後にまた、母の視界が暗転した。
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