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03. 汚れたベアブリック

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 信じられるはずがない。社会人としてもうすぐ一年になる。これまで順調に来た。それがどうしてこんな姿になるのか、冗談にもならない。

「は、はは……いや、そんな訳ないでしょ」

 引きつり笑いを漏らしながら唇が微かに震えてしまう。こんなホームレスの戯言に不思議と動揺している自分に気が付いた。

「だって、俺もうバリバリ働いてるし……あんたは、ほら。ホームレスでしょ?」
「でしゅ。でしゅが、十年後の自分を想像できましゅか? ぼ、ぼくね、自分がこうなるなんてね……想像もしてましぇんでしたよ」
「いや、そりゃ、たしかに想像できないけど……さすがに、こんなの……いや、あり得ないでしょ!」
「じ、じゃあ、十年前の自分が十年後に今みたいになるって、想像できてましゅたか……?」
「十年前って、俺まだ中一だけど、どうだったかな……」

 そうだ。中学一年の頃など、控えめに言ってアホの絶頂期である。消しゴムをボールに見立てて右手と左手でサッカーをしていた程だ。将来の事などその少ない脳味噌には微塵も入らなかったことだろう。

「理想通りの大人に、なれましゅたか?」
「あ……いや、でも、まだまだこれからだし……」
「これから……こう、なるでしゅよ」
「何でだよ! 何でこれからそうなるんだよ!」

 子どもの頃に自分の将来をイメージ出来ないなんて、至って普通のこと。そもそも俺より出来の悪い奴など五万といるというのに、どうしてよりによって俺がホームレスにまで落ちぶれるというのか。それもこんな醜い姿の乞食なんかに。

「だいたい、俺まだ二十三歳だから十年後でも三十三だぞ。おっさん、あんたいくつだよ?」
「三十三歳でしゅ」
「嘘つけよ! どう見たって五十歳以上いってるだろ!」
「し、しょんなことないでしゅ。ぼく三十三歳でしゅ」
「どんな生活してたらそんだけ老けるんだよ……だいたい顔も似てねぇだろ」

 顔どころではない。背丈も十センチ以上は低いし、何より一人称が「ぼく」に変わることなどあるだろうか。むしろ共通点を見つけることの方が難しい。

「で、でも……こうなるんでしゅ、十年後」
「だったら証拠を見せてくれよ。あんたが俺だって言う証拠が何かあるだろう」
「これでしゅ」

 男がポケットから取り出したのは、汚れたベアブリックのフィギュアだった。
 赤い塗装が溶けて、なんのキャラをモチーフにしたものかも分からない。

「何……それ?」
「これが……あなたの宝物でしゅ」

 一瞬自分がこんなものを持っていたか、記憶を辿ってみたが、全く心当たりはない。

「知らないよそんなもの。やっぱり人違いじゃないの?」
「しょんなことないでしゅ……あなたの、宝物でしゅよ」

 ドロドロに溶けた塗装がまるで血のようにも見えた。気色の悪い人形だ。

「……わ、悪いけど、他当たってくれよ。それじゃ」

 俺は男を躱し、足早にコンビニの中に入った。明るい店内の様相が、先ほどの出来事を悪い夢だったかのように洗って落としてくれる。
 迷わず安いノリ弁を手にとったが、飲み物を買うべきかどうかで少し迷った。
 ふとワンカップが置いてあるお酒コーナーが気になって見てみたが、安いものでも214円。やはりワンカップが税込百円で買えるというのは俄かに信じ難い。
 それに比べればコーラの一本くらい、贅沢と言われるものではないだろう。
 コーラのボトルを手に取り、ノリ弁と一緒に会計を済まして外に出た。

「おかえりなしゃい」

 悪い夢の続きが始まった。

「まだ居たのか、あんた」

「何買ったんでしゅか?」

「……ワンカップじゃないよ、弁当とコーラ」

「コーラ……」

「コーラで我慢できるなら、あんたにあげるよ。
 それでも十分だろ? こんな赤の他人に普通こんなことしないよ」

「いらないでしゅ……おかね、くだしゃい」

「ちっ、なんだよ。だったら知らねーよもう」

「し、しょのコーラ……」

「なんだ、やっぱり欲しいのか」

「しょのコーラ、何か付いてましぇんかね?」

 購入したコーラのボトルの先端には何やら小包装された玩具が括り付けられている。

「ああ、何かオマケが付いてるな。欲しいの?」

「いえ……しょれはあなたのでしゅよ」

「ん、別にこういうのに興味は……」

「よく見てくだしゃい」

「え? …………っ!?」

 思わず絶句した。コーラに付いていたオマケは、ベアブリックのフィギュアだったのだ。
 何かのアメコミのキャラクターがデザインされたようなフィギュアだが、詳しくは知らない。
 この男が持っていたボロボロのベアブリックに似ている。男が持っていたものは塗装が溶けてはいるが、色は俺のと同じ赤だった。あまりの偶然に背筋が凍り付いた。

「宝物……ゲットしましゅたね」

「な、なんだよ……別にこんなもん、10年も大事に持ち歩く訳ないだろ」

「でも、あなたに残るのは……しょれだけになりましゅよ」

「いい加減にしろよ、気持ち悪い! ふざけやがって……手の込んだ悪戯しやがって、このクソジジイ!」

 俺は男の胸ぐらを掴んで拳を振り上げた。
 もちろん殴るつもりなどなかったが、こんなホームレスに翻弄されているのがあまりに悔しくて、一つ仕返しに脅かしてやろうと思った。

「殴るんでしゅか? ん? 自分を?」

「ああ!? 誰がだよ!」

 声を荒げて振り上げる俺の腕を、通りがかった中年の男が掴んで引き止めた。

「おいおい、にいちゃん。そんなもん相手しよったらいかんよ」

 中年の男の手は分厚く、腕を動かそうとしてもビクともしなかった。

「くっ……くそ」

「何があったか知らんけど落ち着かんね」

「あ……ああ、大丈夫ですよ。少し脅かしただけで……あっ」

 ふと周りを見ると、行き交う人々が何人も足を止めて、こっちに注目していることに気がついた。
 そしてその野次馬の中に、姉川さんの姿があるのを見つけた。

「あ……姉川さん……」
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