45 / 57
42. 俺達の戦い ~処断
しおりを挟む マンションから徒歩5分ほどの場所に建つ認可保育園への転園許可通知が届いたのは、瑞希達が引っ越してから半月程が経ってからだった。
これは早いのか遅いのかは分からないが、ベビーシッターの小澤祥子に拓也がすっかり慣れた後だったので、また環境が変わるとなると少し可哀そうな気もする。
日曜の一時保育を通園ではなくベビーシッターにお願いするという手もあるし、それはまた伸也と相談することにした。自宅で見て貰えるのは拓也にとっても負担が少ないはずだ。
市役所からの通知とは別の封書で、通園予定の保育園からは入園前面談のお知らせが届いた。アレルギーなどの聞き取りや、拓也の発育相談などを兼ねた基本的な面談だと思うが、瑞希は前の園でのことを思い出し、少し躊躇った。
母子家庭で、実家とも疎遠になっている状態だった前の園での面談は、終始緊張したことを思い出す。最低月齢の6か月での入園希望で、母親以外の緊急連絡先は空欄。仕事もこれから探すという不安定な家庭環境で、よく入園許可を出してくれたものだと今でも思う。だから、面倒な奴が来たと思われて入園許可の取り消しにでもならないかと、ビクビクしながら園長先生と対峙したものだ。
新しく通う予定の保育園は、駅前の都市開発に合わせて建てられたのかまだ新しく、園舎の前の広々とした園庭が印象的だった。私立で制服や体操服、園バッグもあり、公立の園と比べると独自の入園準備品も多そうだ。以前の瑞希なら真っ先に候補から外してしまう、ワンランク上の保育園といった感じ。
「ご家族は、お母さんだけですか?」
「はい。その内に父親も一緒に暮らすようになるとは思いますが、今のところは私だけです」
再婚の予定でもあるのかと思われたのか、園長先生はにこりと微笑んで聞いてくれている。深堀して質問するような下衆なことはしてこない。
「あ、えっと、ずっと離れて暮らしていた父親が帰国して、ようやく入籍できそうなので……」
そこまで詳しい事情は聞かれていないのに、焦ってベラベラと余計なことまで説明してしまう。でも、正真正銘に伸也は拓也の血の繋がった父親なので、変な誤解を掛けられたくなかった。
「あら、それは拓也君も嬉しいですね。ご両親が揃っておられるのは、素敵なことです」
保育料の決定にも関わるので、入籍後は必ず連絡してくださいとだけ言われ、その話はすぐに終わった。まだ籍は入っていないけれど、緊急連絡先の二つ目には伸也の勤務先と携帯番号を記入する。三つ目にはかなり迷った挙句、相沢の実家の電話番号を書いた。実家に連絡が回ることなんて無いとは思うのでただの形だけだが、それでも嫌悪感はぬぐい切れない。
以前の園に比べると、とても呆気ない面談だった。聞かれたら困る事が無いというのは、こんなにも心の負担を減らしてくれるものなのか。
園長に代わって事務職員に園内を案内してもらい、拓也が通う予定の乳幼児クラスの保育室を覗く。トイレトレーニング用の広く清潔なトイレと、園内調理ができる給食室。屋上にはプールもあったし、茶室まであった。
「年長さんになると、保護者の方をご招待してのお茶会があるんですよ。お茶菓子にさつま芋の茶巾を手作りしておもてなしするんです」
「え、すごい……」
その材料のさつま芋は子供達がお世話している園舎裏の畑で収穫すると聞いて、瑞希は目を丸くした。あと4年もしたら、拓也もそんなことが出来るようになるのかと思うと、嬉しくもあり寂しくもある。
ずっと今を生きるのが精一杯だったから、拓也が大きくなった時のことを想像したことが無かった。その時その時のことしか考えてあげられず、将来の為に何かを経験させてあげようと考える余裕すらなかった。
保育園なんて、仕事の合間に子守りして貰うだけの場所だって思ってたかもしれない。
余裕が無かったせいでとても視野の狭い子育てをしていたことに気付き、申し訳ない気持ちが溢れ出る。と同時に、これからは伸也と一緒に相談しながら、拓也の成長を見守ることができるのだと思うと、とても心強い。
家に戻ってから、ベビーシッターの祥子に保育園の印象を伝えると、納得した顔で大きく頷いていた。この辺りでは有名な園らしく、人気があり過ぎて幼児クラスからは入りにくいとも言われているらしい。
「園長先生のこだわりが強くて、体操や英語のカリキュラムも組み込まれているらしいですね。ベビークラスの内に入れてラッキーですよ」
「そうなると、なんか通っている家も凄そうですね……」
「そうですねぇ、確かに余裕のある家のお子さんが多いかもしれませんね」
貰って来た入園の手引き書に目を通して、瑞希は顔を青褪める。幼児クラスが着ている制服のお値段はなかなかの物だった……ブランド制服、おそるべし。
「あらあら。KAJIコーポレーションの安達社長のお子さんなんですから、拓也君も負けてはいませんよ」
祥子の言葉も、貧乏性がガッツリ身に付いた瑞希には何の慰めにもならなかった。
これは早いのか遅いのかは分からないが、ベビーシッターの小澤祥子に拓也がすっかり慣れた後だったので、また環境が変わるとなると少し可哀そうな気もする。
日曜の一時保育を通園ではなくベビーシッターにお願いするという手もあるし、それはまた伸也と相談することにした。自宅で見て貰えるのは拓也にとっても負担が少ないはずだ。
市役所からの通知とは別の封書で、通園予定の保育園からは入園前面談のお知らせが届いた。アレルギーなどの聞き取りや、拓也の発育相談などを兼ねた基本的な面談だと思うが、瑞希は前の園でのことを思い出し、少し躊躇った。
母子家庭で、実家とも疎遠になっている状態だった前の園での面談は、終始緊張したことを思い出す。最低月齢の6か月での入園希望で、母親以外の緊急連絡先は空欄。仕事もこれから探すという不安定な家庭環境で、よく入園許可を出してくれたものだと今でも思う。だから、面倒な奴が来たと思われて入園許可の取り消しにでもならないかと、ビクビクしながら園長先生と対峙したものだ。
新しく通う予定の保育園は、駅前の都市開発に合わせて建てられたのかまだ新しく、園舎の前の広々とした園庭が印象的だった。私立で制服や体操服、園バッグもあり、公立の園と比べると独自の入園準備品も多そうだ。以前の瑞希なら真っ先に候補から外してしまう、ワンランク上の保育園といった感じ。
「ご家族は、お母さんだけですか?」
「はい。その内に父親も一緒に暮らすようになるとは思いますが、今のところは私だけです」
再婚の予定でもあるのかと思われたのか、園長先生はにこりと微笑んで聞いてくれている。深堀して質問するような下衆なことはしてこない。
「あ、えっと、ずっと離れて暮らしていた父親が帰国して、ようやく入籍できそうなので……」
そこまで詳しい事情は聞かれていないのに、焦ってベラベラと余計なことまで説明してしまう。でも、正真正銘に伸也は拓也の血の繋がった父親なので、変な誤解を掛けられたくなかった。
「あら、それは拓也君も嬉しいですね。ご両親が揃っておられるのは、素敵なことです」
保育料の決定にも関わるので、入籍後は必ず連絡してくださいとだけ言われ、その話はすぐに終わった。まだ籍は入っていないけれど、緊急連絡先の二つ目には伸也の勤務先と携帯番号を記入する。三つ目にはかなり迷った挙句、相沢の実家の電話番号を書いた。実家に連絡が回ることなんて無いとは思うのでただの形だけだが、それでも嫌悪感はぬぐい切れない。
以前の園に比べると、とても呆気ない面談だった。聞かれたら困る事が無いというのは、こんなにも心の負担を減らしてくれるものなのか。
園長に代わって事務職員に園内を案内してもらい、拓也が通う予定の乳幼児クラスの保育室を覗く。トイレトレーニング用の広く清潔なトイレと、園内調理ができる給食室。屋上にはプールもあったし、茶室まであった。
「年長さんになると、保護者の方をご招待してのお茶会があるんですよ。お茶菓子にさつま芋の茶巾を手作りしておもてなしするんです」
「え、すごい……」
その材料のさつま芋は子供達がお世話している園舎裏の畑で収穫すると聞いて、瑞希は目を丸くした。あと4年もしたら、拓也もそんなことが出来るようになるのかと思うと、嬉しくもあり寂しくもある。
ずっと今を生きるのが精一杯だったから、拓也が大きくなった時のことを想像したことが無かった。その時その時のことしか考えてあげられず、将来の為に何かを経験させてあげようと考える余裕すらなかった。
保育園なんて、仕事の合間に子守りして貰うだけの場所だって思ってたかもしれない。
余裕が無かったせいでとても視野の狭い子育てをしていたことに気付き、申し訳ない気持ちが溢れ出る。と同時に、これからは伸也と一緒に相談しながら、拓也の成長を見守ることができるのだと思うと、とても心強い。
家に戻ってから、ベビーシッターの祥子に保育園の印象を伝えると、納得した顔で大きく頷いていた。この辺りでは有名な園らしく、人気があり過ぎて幼児クラスからは入りにくいとも言われているらしい。
「園長先生のこだわりが強くて、体操や英語のカリキュラムも組み込まれているらしいですね。ベビークラスの内に入れてラッキーですよ」
「そうなると、なんか通っている家も凄そうですね……」
「そうですねぇ、確かに余裕のある家のお子さんが多いかもしれませんね」
貰って来た入園の手引き書に目を通して、瑞希は顔を青褪める。幼児クラスが着ている制服のお値段はなかなかの物だった……ブランド制服、おそるべし。
「あらあら。KAJIコーポレーションの安達社長のお子さんなんですから、拓也君も負けてはいませんよ」
祥子の言葉も、貧乏性がガッツリ身に付いた瑞希には何の慰めにもならなかった。
0
お気に入りに追加
9
あなたにおすすめの小説
貴族家三男の成り上がりライフ 生まれてすぐに人外認定された少年は異世界を満喫する
美原風香
ファンタジー
「残念ながらあなたはお亡くなりになりました」
御山聖夜はトラックに轢かれそうになった少女を助け、代わりに死んでしまう。しかし、聖夜の心の内の一言を聴いた女神から気に入られ、多くの能力を貰って異世界へ転生した。
ーけれども、彼は知らなかった。数多の神から愛された彼は生まれた時点で人外の能力を持っていたことを。表では貴族として、裏では神々の使徒として、異世界のヒエラルキーを駆け上っていく!これは生まれてすぐに人外認定された少年の最強に無双していく、そんなお話。
✳︎不定期更新です。
21/12/17 1巻発売!
22/05/25 2巻発売!
コミカライズ決定!
20/11/19 HOTランキング1位
ありがとうございます!

もう死んでしまった私へ
ツカノ
恋愛
私には前世の記憶がある。
幼い頃に母と死別すれば最愛の妻が短命になった原因だとして父から厭われ、婚約者には初対面から冷遇された挙げ句に彼の最愛の聖女を虐げたと断罪されて塵のように捨てられてしまった彼女の悲しい記憶。それなのに、今世の世界で聖女も元婚約者も存在が煙のように消えているのは、何故なのでしょうか?
今世で幸せに暮らしているのに、聖女のそっくりさんや謎の婚約者候補が現れて大変です!!
ゆるゆる設定です。
どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~
さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」
あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。
弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。
弟とは凄く仲が良いの!
それはそれはものすごく‥‥‥
「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」
そんな関係のあたしたち。
でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥
「うそっ! お腹が出て来てる!?」
お姉ちゃんの秘密の悩みです。
公爵家長男はゴミスキルだったので廃嫡後冒険者になる(美味しいモノが狩れるなら文句はない)
音爽(ネソウ)
ファンタジー
記憶持ち転生者は元定食屋の息子。
魔法ありファンタジー異世界に転生した。彼は将軍を父に持つエリートの公爵家の嫡男に生まれかわる。
だが授かった職業スキルが「パンツもぐもぐ」という謎ゴミスキルだった。そんな彼に聖騎士の弟以外家族は冷たい。
見習い騎士にさえなれそうもない長男レオニードは廃嫡後は冒険者として生き抜く決意をする。
「ゴミスキルでも美味しい物を狩れれば満足だ」そんな彼は前世の料理で敵味方の胃袋を掴んで魅了しまくるグルメギャグ。

調子に乗りすぎて処刑されてしまった悪役貴族のやり直し自制生活 〜ただし自制できるとは言っていない〜
EAT
ファンタジー
「どうしてこうなった?」
優れた血統、高貴な家柄、天賦の才能────生まれときから勝ち組の人生により調子に乗りまくっていた侯爵家嫡男クレイム・ブラッドレイは殺された。
傍から見ればそれは当然の報いであり、殺されて当然な悪逆非道の限りを彼は尽くしてきた。しかし、彼はなぜ自分が殺されなければならないのか理解できなかった。そして、死ぬ間際にてその答えにたどり着く。簡単な話だ………信頼し、友と思っていた人間に騙されていたのである。
そうして誰もにも助けてもらえずに彼は一生を終えた。意識が薄れゆく最中でクレイムは思う。「願うことならば今度の人生は平穏に過ごしたい」と「決して調子に乗らず、謙虚に慎ましく穏やかな自制生活を送ろう」と。
次に目が覚めればまた新しい人生が始まると思っていたクレイムであったが、目覚めてみればそれは10年前の少年時代であった。
最初はどういうことか理解が追いつかなかったが、また同じ未来を繰り返すのかと絶望さえしたが、同時にそれはクレイムにとって悪い話ではなかった。「同じ轍は踏まない。今度は全てを投げ出して平穏なスローライフを送るんだ!」と目標を定め、もう一度人生をやり直すことを決意する。
しかし、運命がそれを許さない。
一度目の人生では考えられないほどの苦難と試練が真人間へと更生したクレイムに次々と降りかかる。果たしてクレイムは本当にのんびり平穏なスローライフを遅れるのだろうか?
※他サイトにも掲載中

魅了が解けた貴男から私へ
砂礫レキ
ファンタジー
貴族学園に通う一人の男爵令嬢が第一王子ダレルに魅了の術をかけた。
彼女に操られたダレルは婚約者のコルネリアを憎み罵り続ける。
そして卒業パーティーでとうとう婚約破棄を宣言した。
しかし魅了の術はその場に運良く居た宮廷魔術師に見破られる。
男爵令嬢は処刑されダレルは正気に戻った。
元凶は裁かれコルネリアへの愛を取り戻したダレル。
しかしそんな彼に半年後、今度はコルネリアが婚約破棄を告げた。
三話完結です。
加護を疑われ婚約破棄された後、帝国皇子の契約妃になって隣国を豊かに立て直しました
黎
ファンタジー
幼い頃、神獣ヴァレンの加護を期待され、ロザリアは王家に買い取られて王子の婚約者となった。しかし、侍女を取り上げられ、将来の王妃だからと都合よく仕事を押し付けられ、一方で、公爵令嬢があたかも王子の婚約者であるかのように振る舞う。そんな風に冷遇されながらも、ロザリアはヴァレンと共にたくましく生き続けてきた。
そんな中、王子がロザリアに「君との婚約では神獣の加護を感じたことがない。公爵令嬢が加護を持つと判明したし、彼女と結婚する」と婚約破棄をつきつける。
家も職も金も失ったロザリアは、偶然出会った帝国皇子ラウレンツに雇われることになる。元皇妃の暴政で荒廃した帝国を立て直そうとする彼の契約妃となったロザリアは、ヴァレンの力と自身の知恵と経験を駆使し、帝国を豊かに復興させていき、帝国とラウレンツの心に希望を灯す存在となっていく。
*短編に続きをとのお声をたくさんいただき、始めることになりました。引き続きよろしくお願いします。

勇者召喚に巻き込まれ、異世界転移・貰えたスキルも鑑定だけ・・・・だけど、何かあるはず!
よっしぃ
ファンタジー
9月11日、12日、ファンタジー部門2位達成中です!
僕はもうすぐ25歳になる常山 順平 24歳。
つねやま じゅんぺいと読む。
何処にでもいる普通のサラリーマン。
仕事帰りの電車で、吊革に捕まりうつらうつらしていると・・・・
突然気分が悪くなり、倒れそうになる。
周りを見ると、周りの人々もどんどん倒れている。明らかな異常事態。
何が起こったか分からないまま、気を失う。
気が付けば電車ではなく、どこかの建物。
周りにも人が倒れている。
僕と同じようなリーマンから、数人の女子高生や男子学生、仕事帰りの若い女性や、定年近いおっさんとか。
気が付けば誰かがしゃべってる。
どうやらよくある勇者召喚とやらが行われ、たまたま僕は異世界転移に巻き込まれたようだ。
そして・・・・帰るには、魔王を倒してもらう必要がある・・・・と。
想定外の人数がやって来たらしく、渡すギフト・・・・スキルらしいけど、それも数が限られていて、勇者として召喚した人以外、つまり巻き込まれて転移したその他大勢は、1人1つのギフト?スキルを。あとは支度金と装備一式を渡されるらしい。
どうしても無理な人は、戻ってきたら面倒を見ると。
一方的だが、日本に戻るには、勇者が魔王を倒すしかなく、それを待つのもよし、自ら勇者に協力するもよし・・・・
ですが、ここで問題が。
スキルやギフトにはそれぞれランク、格、強さがバラバラで・・・・
より良いスキルは早い者勝ち。
我も我もと群がる人々。
そんな中突き飛ばされて倒れる1人の女性が。
僕はその女性を助け・・・同じように突き飛ばされ、またもや気を失う。
気が付けば2人だけになっていて・・・・
スキルも2つしか残っていない。
一つは鑑定。
もう一つは家事全般。
両方とも微妙だ・・・・
彼女の名は才村 友郁
さいむら ゆか。 23歳。
今年社会人になりたて。
取り残された2人が、すったもんだで生き残り、最終的には成り上がるお話。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる