21 / 57
19.安堵と決意
しおりを挟む「面会謝絶~っ?」
呆れたような声が扉の前で放たれる。
扉にはいつ作ったのか、看板までかかっていた。
「あ、あ、……あほかっ……、おばか……可愛い」
もう最初から仮病を見抜きつつ、保護者を気取る青年は一応医師を呼んだのだった。
37、これは監禁ではなくて軟禁ですから
寝具に潜り込み耳を澄ませていれば、空気のような呪術師レネンの近寄る気配が感じられる。
「坊ちゃん、当たり前ですが面会謝絶と言っても奴は来ます。ここは奴の城ですから」
チラッと目を開けて、クレイは恐る恐る確認した。
「僕には断る権利がない……?」
「残念ながら」
呪術師は残念そうに首を縦にして、クレイが中央にいた頃愛用していた赤い耳飾りを差し出すのだった。
「お医者さまを連れて参りました! さあさあ診せて頂きましょうクレイ様、俺の虚弱な殿下! 俺の気まぐれな殿下! ただいま貴方様の俺が参りましたぞ! 俺が!」
騒がしい声が聞こえてくる。
(ああ、うるさい……とてもうるさい……お前、これ絶対仮病だとわかってやってるね)
クレイは寝具にすっぽりと潜り込み、中で縮こまった。
「貴方の大好きな俺、そして貴方が大好きな俺! お父さまでお兄さまで騎士で婚約者、全部俺――無理すれば母にもなれるやも……両親共に俺! いかがです殿下、俺尽くし!」
(――無理しなくてよろしいっ!)
つっこみたくなるのをグッと堪える。このペースにつられてはいけないのだ。
天蓋カーテンが布の擦れる音を立てて、そこだけ厳かな儀式でもするように上品な雰囲気だった。
覗き込む気配は、俺に構ってほしいと訴えかけるよう。
「坊ちゃん、坊ちゃーん? クレイ様?」
「……」
「本日はどうして具合が悪くなってしまったのでしょうっ、俺は心当たりが多すぎて心が痛んで仕方ないのですぞ。とりあえず麗しいお顔を俺に見せてください、俺に。何故なら俺が見たいから!」
遠慮というものをどこかに放り投げたような手が掛け布団ごとクレイを持ち上げる。簀巻きみたいに布ごと抱っこされて顔だけ出せば、正面から簀巻きを抱えた青年とぱちりと目があった。
「――やあやあクレイ様!」
――その嬉しそうな声といったら!
なにやらとても楽しそうで、目をキラキラとさせて簀巻きを抱っこしているニュクスフォスの頭にはフェアグリンが乗っていて、一緒になってクレイを見ている。
「ようやくお顔を拝見できましたな。どれどれ、お熱は? 脈は? どちらの具合が優れぬのでしょうね?」
ぴたりと額をつけ、ちゃっかり頬に唇を落とされる。
簀巻きを緩めて座らされ、布の中に埋まっていた腕を発掘され、脈を取られる。
そして、「あー、これはお父さまに構ってほしい病ですね、間違いないっ。俺がいなくて寂しかったのですね殿下? 俺にこのようになでなでして欲しいのですね殿下?」などとほざくのだ――、
「う、う、う……うざい……」
思わず言わずにいられないクレイであった。
「なんと仰いましたかな、お父さまに対するには不適切な単語が聞こえましたな? かような言葉を口にしてはなりませぬ、とお父さまは嗜めなければなりませんかな?」
ニコニコと笑う顔は全く動じることなく、念のため連れてきたらしき医者も「仮病だから帰ってよろしい!」とにこやかに返してしまうではないか。
――僕はこの者に舐められすぎではないか!
クレイはムカムカとした。
(心当たりが多すぎるだって! 僕も思えば機嫌を損ねる理由をたくさん思いつくよ。変な親子ごっことか)
この機会だ、物申してやろうではないか。
クレイは決意した。そして、口を開いたのだった。
「ニュクスは、僕を監禁してはいけないのだ」
キリッとした声で物申せば、ウンウンと頷く気配がふわふわしている。
「おお、もちろんですともクレイ殿下。いと高貴なる殿下は何にもにも縛られることなく、その心身は思うがまま、あるがままの自由なのです。ただし俺を除く……」
「最後……」
「そんでもって俺は俺で自由にして奔放ながら殿下にはがっつりと縛られているわけです。自由なる両者が自らの意思で互いに縛られ合う、これまさに愛というもの」
「そ、それが愛というものであったか……そして僕は自分の意思で縛られている……? ま、まあそうなのか。そうなるのか? うん……そうかもしれぬ……あれ……」
クレイは戸惑った。
(愛。愛ってなんだ……? 僕は自ら監禁されているのか……? この者の話を聞いていると思考が迷子になってしまいそう)
「ニュクス、ニュクス。ぼ、……僕の愛は縛らないと思うの……僕の愛は相手に何も求めぬ……」
「おお殿下! それは美しき至高の純愛でございますな、素晴らしいッ! つまり殿下は俺に何も求めぬと! 俺が何を致しても一切物申すことなし、と!」
「あ、あれえ……そうなる……? 僕、よくわからなくなってしまった……」
「おおクレイ様、細かいことを気にしてはならぬ。適当でよいのですぞ! フィーリングで生きていく――それが我が生家の教えでございました!」
自信満々に語る声に、クレイは曖昧な微笑みで頷いた。
「南の気風はおおらかで陽気でいいよね。僕は好ましく思うよ」
「そうだ、色々なことで頭を悩ませてしまう時には、おまじないを唱えるとよろしいでしょう」
ニュクスフォスは「可愛くて仕方ない」と言った顔で頭を撫でている。
「おまじない?」
「ええ、ええ!」
美しく整った顔立ちが近い距離感でニコニコしている。無邪気と言っても良い温度感で満面の笑みを浮かべる青年は、そうしていると数年前と変わらぬやんちゃな少年そのもので、クレイの胸にはなんとなく『こんな風に笑って懐いてくるのだもの、しょうがないな』といった気持ちが湧いてくる。
「どんなおまじないかな?」
そっと問いかければ、ニュクスフォスはクレイの指先に軽く口付けを落とした。期待に満ちた声が甘さを増して囁くように空気を震わせる。
「『僕はニュクスが大好き』」
「……」
クレイは半眼になった。
(単に言ってほしいのだな? そうだろう、ニュクス?)
注がれる視線に動じることなく、堂々とした声が続いている。
「ちなみに俺は監禁をした覚えはございませぬぞ。せいぜい軟禁と」
「軟禁は認めるんだね」
クレイははんなりと微笑んだ。
「もう、いいや……」
だんだん抗議する気も失せてくる。
――これだから僕はちょろいのだ。
「いやはや、問題が解決したようでなによりっ。ちなみに、その耳飾りはいかがなさいましたかな?」
快活に笑うニュクスフォスに、布の端から転がり出た耳飾りがひょいっと摘み上げられる。
「ん、それは……」
「クレイ様、こちらは中央にいた時に貴方がよく身につけていらした耳飾りですね? 懐かしい……」
耳飾りと似た紅い瞳が郷愁に似た念を淡くのぼらせて、部屋の照明に照らすようにしてそれを鑑賞している。
「う、うむ。ニュクス、それを貸してみよ」
見せてやろうではないか――クレイはおずおずと手を差し出した。
どうぞと渡された耳飾りの上部と下部それぞれを両手で摘んで逆方向にくるりと捻ると、上と下とがぱっくりと離れて、下部の内部空洞と底に収められた錠剤があらわになる。
「ほう。クレイ様、これはポイズンリングというものですかな」
感心するような笑顔をたたえつつ、ニュクスフォスが名を呟く。
「うん、うん。まさしくそんな類のものである」
ポイズンリング――それは、装身具の中でも毒を秘められるものである。
主に敵の手にかかり名誉を汚されそうな時や暗殺などに使うためのもの。
クレイはだいたいの毒に耐性はあるが、発熱程度ならたやすい。
他の毒物と併せれば、死ぬことだってできるかもしれなかった。
「よいか、ニュクス。僕を舐めてはいけないのだ」
(僕の騎士は、僕が仮病だと舐めてかかってはいけないのだ! 皇帝は、僕を飼い殺して支配した気になって調子に乗ってはいけないのだ!)
「僕は他にもこういうのを持っているし、自害はもちろん、暗殺とてたやすくできる……」
「ほう、ほう」
ニュクスフォスが軽く眉を寄せる。
「不穏ですな」
――不穏なのはお前だ。いつも。
クレイはほわほわと微笑んだ。
「ふふん。良い子にしていたら、装飾具は綺麗な装飾具のままでいるのだよ」
――おいたをしたら、僕はお前に牙を剥くのだ。
肩をそびやかすようにして言い放てば、「なるほど、なるほど」と声が返される。
「わかったか、ニュクス?」
「ええクレイ様。とてもよくわかり申した!」
キッパリはっきりと返す声が潔い。
クレイはよしよしと目を細めた。
(これがコルトリッセンである。位が上の者であっても、相手の城の中であっても、僕は上位ポジションを取る。手綱とはこのように握るのである!)
「ニュクス。お前、聞くところによるとアクセルを縛ってポイってしたのだとか。あれは一応僕の父なのだから、名誉を汚す真似はならぬのだ。縛るまでは仕方ないとしてもポイって投げてはならぬのだ」
「それは申し訳ないっ、次に病公爵を縛った時は、いっそう丁重に扱うよう気をつけましょう!」
「お前、僕が病気で面会できないと嘘をついて客を帰したりしているだろう……会うか会わないかを決めるのは僕なので、勝手にやってはいけないのだ」
調子に乗って続ければ、ウンウンと頷きが返されて紅の視線が一瞬だけ、フェアグリンを見た。
フェアグリンが意を汲んだようにふわりと舞って、部屋中をくるくる遊ぶ。
ニュクスフォスの大きくてあたたかな手が伸びて、クレイの髪を柔らかに撫でた。
吐息が触れそうなほど近く寄せられた顔が甘やかに笑む。
不思議な切なさみたいなものをチラつかせる瞳が綺麗で、まっすぐに見つめられるとその感情が伝播したみたいに胸がきゅう、となる。
(あ、その眼……)
――たまに見せる不可解な感情の渦。
そして、色香。
それに、クレイは弱いのだ。
「クレイ様、俺は申さねばならぬ」
低く囁かれれば、クレイの頬にほわりと朱がのぼる。
「な、なあに」
「……それを決めるのは俺です、と」
淡い燐光を魅せ、フェアグリンが棚にあった小瓶を抱えて机に飛ぶ。それを置いて、今度は引き出しから軟膏の器を運ぶ。宝石箱をあけて指輪を取る。衣装棚に隠された粉末入りの匂い袋を発見する――、
(あっ、それ僕の毒。そ、それも毒……)
フェアグリンがひとつ、またひとつ部屋に隠された毒物を探りあてて机の上に集めていく。
(あ、ああ~っ、隠してたのが全部! これ、これ……取られちゃうやつだ。絶対そうだ!)
クレイは涙目になった。
「物騒ですな。では、これも含めて全て没収、と」
ニュクスフォスは目をすがめて呆れるような顔をして耳飾りを取り上げた。
「ぼ、僕の……僕の!!」
「おお殿下。俺にお宝を奪われて憤る表情も可愛らしい……うっかり新しい性癖に目覚めてしまいそうな心地がいたしますな。……まさに魔性」
『お宝』を抱えたニュクスフォスが面白がるように笑って、長身を屈める。
頬をぺろりと舐められると、クレイは目を釣り上げた。
「僕を舐めてはいけないのだ……僕の物を奪ってはいけないのだ……っ」
「他に没収して欲しい物騒なものはありますか? クレイ?」
「ない。ないよ……!」
「ありますな。離宮に……」
「!!」
ニコニコとしたニュクスフォスの顔が恐ろしい真実を突きつけようとしている。
それを悟って、クレイは青褪めた。
「妹君から贈られたたくさんの不健全な玩具が、ありますな……?」
「……!!」
それは、それは、いつか封印したアレのことではあるまいか。
『騎士王』相手に使うのか~、などと妄想してドキドキしていた玩具の数々ではあるまいか。
「僕、使わなかった! 思い直して封印した! 僕は送り付けられただけで、悪くない……!!」
「思い直して?」
「はっ……!」
「何をどう思い直されたのか、気になりますな!」
部屋中の毒物を抱えて出ていったニュクスフォスは、その足で離宮に赴き、いつかクレイが封印した大量の玩具を回収した。
そして、どうやら『歩兵』のほとんどが現在帝都にいないらしいと気付くのだった。
呆れたような声が扉の前で放たれる。
扉にはいつ作ったのか、看板までかかっていた。
「あ、あ、……あほかっ……、おばか……可愛い」
もう最初から仮病を見抜きつつ、保護者を気取る青年は一応医師を呼んだのだった。
37、これは監禁ではなくて軟禁ですから
寝具に潜り込み耳を澄ませていれば、空気のような呪術師レネンの近寄る気配が感じられる。
「坊ちゃん、当たり前ですが面会謝絶と言っても奴は来ます。ここは奴の城ですから」
チラッと目を開けて、クレイは恐る恐る確認した。
「僕には断る権利がない……?」
「残念ながら」
呪術師は残念そうに首を縦にして、クレイが中央にいた頃愛用していた赤い耳飾りを差し出すのだった。
「お医者さまを連れて参りました! さあさあ診せて頂きましょうクレイ様、俺の虚弱な殿下! 俺の気まぐれな殿下! ただいま貴方様の俺が参りましたぞ! 俺が!」
騒がしい声が聞こえてくる。
(ああ、うるさい……とてもうるさい……お前、これ絶対仮病だとわかってやってるね)
クレイは寝具にすっぽりと潜り込み、中で縮こまった。
「貴方の大好きな俺、そして貴方が大好きな俺! お父さまでお兄さまで騎士で婚約者、全部俺――無理すれば母にもなれるやも……両親共に俺! いかがです殿下、俺尽くし!」
(――無理しなくてよろしいっ!)
つっこみたくなるのをグッと堪える。このペースにつられてはいけないのだ。
天蓋カーテンが布の擦れる音を立てて、そこだけ厳かな儀式でもするように上品な雰囲気だった。
覗き込む気配は、俺に構ってほしいと訴えかけるよう。
「坊ちゃん、坊ちゃーん? クレイ様?」
「……」
「本日はどうして具合が悪くなってしまったのでしょうっ、俺は心当たりが多すぎて心が痛んで仕方ないのですぞ。とりあえず麗しいお顔を俺に見せてください、俺に。何故なら俺が見たいから!」
遠慮というものをどこかに放り投げたような手が掛け布団ごとクレイを持ち上げる。簀巻きみたいに布ごと抱っこされて顔だけ出せば、正面から簀巻きを抱えた青年とぱちりと目があった。
「――やあやあクレイ様!」
――その嬉しそうな声といったら!
なにやらとても楽しそうで、目をキラキラとさせて簀巻きを抱っこしているニュクスフォスの頭にはフェアグリンが乗っていて、一緒になってクレイを見ている。
「ようやくお顔を拝見できましたな。どれどれ、お熱は? 脈は? どちらの具合が優れぬのでしょうね?」
ぴたりと額をつけ、ちゃっかり頬に唇を落とされる。
簀巻きを緩めて座らされ、布の中に埋まっていた腕を発掘され、脈を取られる。
そして、「あー、これはお父さまに構ってほしい病ですね、間違いないっ。俺がいなくて寂しかったのですね殿下? 俺にこのようになでなでして欲しいのですね殿下?」などとほざくのだ――、
「う、う、う……うざい……」
思わず言わずにいられないクレイであった。
「なんと仰いましたかな、お父さまに対するには不適切な単語が聞こえましたな? かような言葉を口にしてはなりませぬ、とお父さまは嗜めなければなりませんかな?」
ニコニコと笑う顔は全く動じることなく、念のため連れてきたらしき医者も「仮病だから帰ってよろしい!」とにこやかに返してしまうではないか。
――僕はこの者に舐められすぎではないか!
クレイはムカムカとした。
(心当たりが多すぎるだって! 僕も思えば機嫌を損ねる理由をたくさん思いつくよ。変な親子ごっことか)
この機会だ、物申してやろうではないか。
クレイは決意した。そして、口を開いたのだった。
「ニュクスは、僕を監禁してはいけないのだ」
キリッとした声で物申せば、ウンウンと頷く気配がふわふわしている。
「おお、もちろんですともクレイ殿下。いと高貴なる殿下は何にもにも縛られることなく、その心身は思うがまま、あるがままの自由なのです。ただし俺を除く……」
「最後……」
「そんでもって俺は俺で自由にして奔放ながら殿下にはがっつりと縛られているわけです。自由なる両者が自らの意思で互いに縛られ合う、これまさに愛というもの」
「そ、それが愛というものであったか……そして僕は自分の意思で縛られている……? ま、まあそうなのか。そうなるのか? うん……そうかもしれぬ……あれ……」
クレイは戸惑った。
(愛。愛ってなんだ……? 僕は自ら監禁されているのか……? この者の話を聞いていると思考が迷子になってしまいそう)
「ニュクス、ニュクス。ぼ、……僕の愛は縛らないと思うの……僕の愛は相手に何も求めぬ……」
「おお殿下! それは美しき至高の純愛でございますな、素晴らしいッ! つまり殿下は俺に何も求めぬと! 俺が何を致しても一切物申すことなし、と!」
「あ、あれえ……そうなる……? 僕、よくわからなくなってしまった……」
「おおクレイ様、細かいことを気にしてはならぬ。適当でよいのですぞ! フィーリングで生きていく――それが我が生家の教えでございました!」
自信満々に語る声に、クレイは曖昧な微笑みで頷いた。
「南の気風はおおらかで陽気でいいよね。僕は好ましく思うよ」
「そうだ、色々なことで頭を悩ませてしまう時には、おまじないを唱えるとよろしいでしょう」
ニュクスフォスは「可愛くて仕方ない」と言った顔で頭を撫でている。
「おまじない?」
「ええ、ええ!」
美しく整った顔立ちが近い距離感でニコニコしている。無邪気と言っても良い温度感で満面の笑みを浮かべる青年は、そうしていると数年前と変わらぬやんちゃな少年そのもので、クレイの胸にはなんとなく『こんな風に笑って懐いてくるのだもの、しょうがないな』といった気持ちが湧いてくる。
「どんなおまじないかな?」
そっと問いかければ、ニュクスフォスはクレイの指先に軽く口付けを落とした。期待に満ちた声が甘さを増して囁くように空気を震わせる。
「『僕はニュクスが大好き』」
「……」
クレイは半眼になった。
(単に言ってほしいのだな? そうだろう、ニュクス?)
注がれる視線に動じることなく、堂々とした声が続いている。
「ちなみに俺は監禁をした覚えはございませぬぞ。せいぜい軟禁と」
「軟禁は認めるんだね」
クレイははんなりと微笑んだ。
「もう、いいや……」
だんだん抗議する気も失せてくる。
――これだから僕はちょろいのだ。
「いやはや、問題が解決したようでなによりっ。ちなみに、その耳飾りはいかがなさいましたかな?」
快活に笑うニュクスフォスに、布の端から転がり出た耳飾りがひょいっと摘み上げられる。
「ん、それは……」
「クレイ様、こちらは中央にいた時に貴方がよく身につけていらした耳飾りですね? 懐かしい……」
耳飾りと似た紅い瞳が郷愁に似た念を淡くのぼらせて、部屋の照明に照らすようにしてそれを鑑賞している。
「う、うむ。ニュクス、それを貸してみよ」
見せてやろうではないか――クレイはおずおずと手を差し出した。
どうぞと渡された耳飾りの上部と下部それぞれを両手で摘んで逆方向にくるりと捻ると、上と下とがぱっくりと離れて、下部の内部空洞と底に収められた錠剤があらわになる。
「ほう。クレイ様、これはポイズンリングというものですかな」
感心するような笑顔をたたえつつ、ニュクスフォスが名を呟く。
「うん、うん。まさしくそんな類のものである」
ポイズンリング――それは、装身具の中でも毒を秘められるものである。
主に敵の手にかかり名誉を汚されそうな時や暗殺などに使うためのもの。
クレイはだいたいの毒に耐性はあるが、発熱程度ならたやすい。
他の毒物と併せれば、死ぬことだってできるかもしれなかった。
「よいか、ニュクス。僕を舐めてはいけないのだ」
(僕の騎士は、僕が仮病だと舐めてかかってはいけないのだ! 皇帝は、僕を飼い殺して支配した気になって調子に乗ってはいけないのだ!)
「僕は他にもこういうのを持っているし、自害はもちろん、暗殺とてたやすくできる……」
「ほう、ほう」
ニュクスフォスが軽く眉を寄せる。
「不穏ですな」
――不穏なのはお前だ。いつも。
クレイはほわほわと微笑んだ。
「ふふん。良い子にしていたら、装飾具は綺麗な装飾具のままでいるのだよ」
――おいたをしたら、僕はお前に牙を剥くのだ。
肩をそびやかすようにして言い放てば、「なるほど、なるほど」と声が返される。
「わかったか、ニュクス?」
「ええクレイ様。とてもよくわかり申した!」
キッパリはっきりと返す声が潔い。
クレイはよしよしと目を細めた。
(これがコルトリッセンである。位が上の者であっても、相手の城の中であっても、僕は上位ポジションを取る。手綱とはこのように握るのである!)
「ニュクス。お前、聞くところによるとアクセルを縛ってポイってしたのだとか。あれは一応僕の父なのだから、名誉を汚す真似はならぬのだ。縛るまでは仕方ないとしてもポイって投げてはならぬのだ」
「それは申し訳ないっ、次に病公爵を縛った時は、いっそう丁重に扱うよう気をつけましょう!」
「お前、僕が病気で面会できないと嘘をついて客を帰したりしているだろう……会うか会わないかを決めるのは僕なので、勝手にやってはいけないのだ」
調子に乗って続ければ、ウンウンと頷きが返されて紅の視線が一瞬だけ、フェアグリンを見た。
フェアグリンが意を汲んだようにふわりと舞って、部屋中をくるくる遊ぶ。
ニュクスフォスの大きくてあたたかな手が伸びて、クレイの髪を柔らかに撫でた。
吐息が触れそうなほど近く寄せられた顔が甘やかに笑む。
不思議な切なさみたいなものをチラつかせる瞳が綺麗で、まっすぐに見つめられるとその感情が伝播したみたいに胸がきゅう、となる。
(あ、その眼……)
――たまに見せる不可解な感情の渦。
そして、色香。
それに、クレイは弱いのだ。
「クレイ様、俺は申さねばならぬ」
低く囁かれれば、クレイの頬にほわりと朱がのぼる。
「な、なあに」
「……それを決めるのは俺です、と」
淡い燐光を魅せ、フェアグリンが棚にあった小瓶を抱えて机に飛ぶ。それを置いて、今度は引き出しから軟膏の器を運ぶ。宝石箱をあけて指輪を取る。衣装棚に隠された粉末入りの匂い袋を発見する――、
(あっ、それ僕の毒。そ、それも毒……)
フェアグリンがひとつ、またひとつ部屋に隠された毒物を探りあてて机の上に集めていく。
(あ、ああ~っ、隠してたのが全部! これ、これ……取られちゃうやつだ。絶対そうだ!)
クレイは涙目になった。
「物騒ですな。では、これも含めて全て没収、と」
ニュクスフォスは目をすがめて呆れるような顔をして耳飾りを取り上げた。
「ぼ、僕の……僕の!!」
「おお殿下。俺にお宝を奪われて憤る表情も可愛らしい……うっかり新しい性癖に目覚めてしまいそうな心地がいたしますな。……まさに魔性」
『お宝』を抱えたニュクスフォスが面白がるように笑って、長身を屈める。
頬をぺろりと舐められると、クレイは目を釣り上げた。
「僕を舐めてはいけないのだ……僕の物を奪ってはいけないのだ……っ」
「他に没収して欲しい物騒なものはありますか? クレイ?」
「ない。ないよ……!」
「ありますな。離宮に……」
「!!」
ニコニコとしたニュクスフォスの顔が恐ろしい真実を突きつけようとしている。
それを悟って、クレイは青褪めた。
「妹君から贈られたたくさんの不健全な玩具が、ありますな……?」
「……!!」
それは、それは、いつか封印したアレのことではあるまいか。
『騎士王』相手に使うのか~、などと妄想してドキドキしていた玩具の数々ではあるまいか。
「僕、使わなかった! 思い直して封印した! 僕は送り付けられただけで、悪くない……!!」
「思い直して?」
「はっ……!」
「何をどう思い直されたのか、気になりますな!」
部屋中の毒物を抱えて出ていったニュクスフォスは、その足で離宮に赴き、いつかクレイが封印した大量の玩具を回収した。
そして、どうやら『歩兵』のほとんどが現在帝都にいないらしいと気付くのだった。
0
お気に入りに追加
9
あなたにおすすめの小説
貴族家三男の成り上がりライフ 生まれてすぐに人外認定された少年は異世界を満喫する
美原風香
ファンタジー
「残念ながらあなたはお亡くなりになりました」
御山聖夜はトラックに轢かれそうになった少女を助け、代わりに死んでしまう。しかし、聖夜の心の内の一言を聴いた女神から気に入られ、多くの能力を貰って異世界へ転生した。
ーけれども、彼は知らなかった。数多の神から愛された彼は生まれた時点で人外の能力を持っていたことを。表では貴族として、裏では神々の使徒として、異世界のヒエラルキーを駆け上っていく!これは生まれてすぐに人外認定された少年の最強に無双していく、そんなお話。
✳︎不定期更新です。
21/12/17 1巻発売!
22/05/25 2巻発売!
コミカライズ決定!
20/11/19 HOTランキング1位
ありがとうございます!

もう死んでしまった私へ
ツカノ
恋愛
私には前世の記憶がある。
幼い頃に母と死別すれば最愛の妻が短命になった原因だとして父から厭われ、婚約者には初対面から冷遇された挙げ句に彼の最愛の聖女を虐げたと断罪されて塵のように捨てられてしまった彼女の悲しい記憶。それなのに、今世の世界で聖女も元婚約者も存在が煙のように消えているのは、何故なのでしょうか?
今世で幸せに暮らしているのに、聖女のそっくりさんや謎の婚約者候補が現れて大変です!!
ゆるゆる設定です。
公爵家長男はゴミスキルだったので廃嫡後冒険者になる(美味しいモノが狩れるなら文句はない)
音爽(ネソウ)
ファンタジー
記憶持ち転生者は元定食屋の息子。
魔法ありファンタジー異世界に転生した。彼は将軍を父に持つエリートの公爵家の嫡男に生まれかわる。
だが授かった職業スキルが「パンツもぐもぐ」という謎ゴミスキルだった。そんな彼に聖騎士の弟以外家族は冷たい。
見習い騎士にさえなれそうもない長男レオニードは廃嫡後は冒険者として生き抜く決意をする。
「ゴミスキルでも美味しい物を狩れれば満足だ」そんな彼は前世の料理で敵味方の胃袋を掴んで魅了しまくるグルメギャグ。

調子に乗りすぎて処刑されてしまった悪役貴族のやり直し自制生活 〜ただし自制できるとは言っていない〜
EAT
ファンタジー
「どうしてこうなった?」
優れた血統、高貴な家柄、天賦の才能────生まれときから勝ち組の人生により調子に乗りまくっていた侯爵家嫡男クレイム・ブラッドレイは殺された。
傍から見ればそれは当然の報いであり、殺されて当然な悪逆非道の限りを彼は尽くしてきた。しかし、彼はなぜ自分が殺されなければならないのか理解できなかった。そして、死ぬ間際にてその答えにたどり着く。簡単な話だ………信頼し、友と思っていた人間に騙されていたのである。
そうして誰もにも助けてもらえずに彼は一生を終えた。意識が薄れゆく最中でクレイムは思う。「願うことならば今度の人生は平穏に過ごしたい」と「決して調子に乗らず、謙虚に慎ましく穏やかな自制生活を送ろう」と。
次に目が覚めればまた新しい人生が始まると思っていたクレイムであったが、目覚めてみればそれは10年前の少年時代であった。
最初はどういうことか理解が追いつかなかったが、また同じ未来を繰り返すのかと絶望さえしたが、同時にそれはクレイムにとって悪い話ではなかった。「同じ轍は踏まない。今度は全てを投げ出して平穏なスローライフを送るんだ!」と目標を定め、もう一度人生をやり直すことを決意する。
しかし、運命がそれを許さない。
一度目の人生では考えられないほどの苦難と試練が真人間へと更生したクレイムに次々と降りかかる。果たしてクレイムは本当にのんびり平穏なスローライフを遅れるのだろうか?
※他サイトにも掲載中

【完結】あなたに知られたくなかった
ここ
ファンタジー
セレナの幸せな生活はあっという間に消え去った。新しい継母と異母妹によって。
5歳まで令嬢として生きてきたセレナは6歳の今は、小さな手足で必死に下女見習いをしている。もう自分が令嬢だということは忘れていた。
そんなセレナに起きた奇跡とは?

勇者召喚に巻き込まれ、異世界転移・貰えたスキルも鑑定だけ・・・・だけど、何かあるはず!
よっしぃ
ファンタジー
9月11日、12日、ファンタジー部門2位達成中です!
僕はもうすぐ25歳になる常山 順平 24歳。
つねやま じゅんぺいと読む。
何処にでもいる普通のサラリーマン。
仕事帰りの電車で、吊革に捕まりうつらうつらしていると・・・・
突然気分が悪くなり、倒れそうになる。
周りを見ると、周りの人々もどんどん倒れている。明らかな異常事態。
何が起こったか分からないまま、気を失う。
気が付けば電車ではなく、どこかの建物。
周りにも人が倒れている。
僕と同じようなリーマンから、数人の女子高生や男子学生、仕事帰りの若い女性や、定年近いおっさんとか。
気が付けば誰かがしゃべってる。
どうやらよくある勇者召喚とやらが行われ、たまたま僕は異世界転移に巻き込まれたようだ。
そして・・・・帰るには、魔王を倒してもらう必要がある・・・・と。
想定外の人数がやって来たらしく、渡すギフト・・・・スキルらしいけど、それも数が限られていて、勇者として召喚した人以外、つまり巻き込まれて転移したその他大勢は、1人1つのギフト?スキルを。あとは支度金と装備一式を渡されるらしい。
どうしても無理な人は、戻ってきたら面倒を見ると。
一方的だが、日本に戻るには、勇者が魔王を倒すしかなく、それを待つのもよし、自ら勇者に協力するもよし・・・・
ですが、ここで問題が。
スキルやギフトにはそれぞれランク、格、強さがバラバラで・・・・
より良いスキルは早い者勝ち。
我も我もと群がる人々。
そんな中突き飛ばされて倒れる1人の女性が。
僕はその女性を助け・・・同じように突き飛ばされ、またもや気を失う。
気が付けば2人だけになっていて・・・・
スキルも2つしか残っていない。
一つは鑑定。
もう一つは家事全般。
両方とも微妙だ・・・・
彼女の名は才村 友郁
さいむら ゆか。 23歳。
今年社会人になりたて。
取り残された2人が、すったもんだで生き残り、最終的には成り上がるお話。
5年も苦しんだのだから、もうスッキリ幸せになってもいいですよね?
gacchi
恋愛
13歳の学園入学時から5年、第一王子と婚約しているミレーヌは王子妃教育に疲れていた。好きでもない王子のために苦労する意味ってあるんでしょうか。
そんなミレーヌに王子は新しい恋人を連れて
「婚約解消してくれる?優しいミレーヌなら許してくれるよね?」
もう私、こんな婚約者忘れてスッキリ幸せになってもいいですよね?
3/5 1章完結しました。おまけの後、2章になります。
4/4 完結しました。奨励賞受賞ありがとうございました。
1章が書籍になりました。

せっかくのクラス転移だけども、俺はポテトチップスでも食べながらクラスメイトの冒険を見守りたいと思います
霖空
ファンタジー
クラス転移に巻き込まれてしまった主人公。
得た能力は悪くない……いや、むしろ、チートじみたものだった。
しかしながら、それ以上のデメリットもあり……。
傍観者にならざるをえない彼が傍観者するお話です。
基本的に、勇者や、影井くんを見守りつつ、ほのぼの?生活していきます。
が、そのうち、彼自身の物語も始まる予定です。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる